表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルダニア大戦記〜敗残兵に飯と役目を与えていたら、乱世の国づくりが始まりました〜  作者: 志摩 伊純
第3章:灰衣大乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/65

第55話 仕置き


「下りるぞ」


 副長の声で、止まっていた息が戻った。


 僕は高台の階段へ向かった。急いだつもりはなかったけれど、二段目で足がもつれかけた。すぐ後ろから、カインの手が背を支える。


「アズール様」


「分かってる。今のは急いだんじゃなくて、足を滑らせただけ」


「同じことです」


 副長は振り返りもしなかった。


「知っている声か」


「はい」


「下の連中を全員知っているのか」


「……全員は知りません」


「なら、知っている者だけ確認しろ。勝手に線を越えるなよ」


「はい」


 高台を下りると、ロイター殿が待っていた。左腕を庇いながら、すでに南線の方を見ている。


「私も行こう」


 副長が一度だけロイター殿を見た。


「ヴェルナー子爵家の者なら来い。証言が要るかもしれん」


 僕たちは前哨の南側へ向かった。


 さっきまで灰衣らしき者たちへ向けられていた兵の一部が、今度は南線へ並んでいる。槍は立てたまま。弓もまだ下がっている。それでも、通ってよい場所と、通ってはいけない場所は、ひと目で分かった。


 その向こうに、青い一団がいた。


 近くで見ると、本当に揃っていない。

 槍を持つ者。棒を杖にしている者。肩を貸している者。荷車の横へ座り込みそうになって、後ろから押されている者。


 その先頭近くに、青い一条の布があった。

 掲げているのはミケルだった。布に隠れて顔が見えなくなり、風が戻るとまた見える。ミケルは僕に気づいたのか、小さく頭を下げた。


 その横には、帳面を抱えたノエル。

 少し前に、ガレス。大棍棒を肩に載せたブルーノ。列の外側を見ているエルヴィン。

 ニルスもいた。片方の肩を庇っているけれど、自分の足で立っている。

 荷車のそばでは、トマが車輪を気にしながら、帝国兵に何か説明していた。


 皆、生きていた。


 そう思ったところで、帝国兵の槍が少しだけ横へ動いた。

 僕が線へ近づきすぎたらしい。


「そこで止まれ」


「はい」


 言われなくても止まるつもりだった。

 たぶん。


「アズール」


 ガレスが僕の名を呼んだ。


「ガレス」


「無事だったか」


「それは僕の台詞だよ」


 ガレスは何か言いかけて、やめた。

 代わりに、隣からブルーノが顔を出す。


「捕まってた割には元気そうじゃねえか」


「好きで捕まってたわけじゃないよ」


「何でもいい。生きてんなら」


 ブルーノはそれだけ言って、鼻を鳴らした。

 大棍棒を持つ手が、いつもより少し強く握られている。


「エルヴィンも」


「ああ」


 エルヴィンは短く答えた。


「まだ生きている」


「よかった」


「そちらもな」


 後ろで、知らない誰かが声を上げた。


「大親分だ」


「本当にいたぞ」


「思ったより普通だな」


「最後の人、聞こえてるからね」


 僕が言うと、何人かが黙った。

 別の何人かは笑った。


「兄上」


 ノエルが帳面を抱え直した。


「生存確認は終わりましたか」


「終わってないよ。ニルスもトマもいるし、まだ聞きたいことが」


「後にしてください。こちらは八十人以上止められています」


「……はい」


 ノエルの言い方は、離れ離れになる前と何も変わっていなかった。

 その様子に少しだけ安心した。


 副長が南線の前へ出た。


「代表は三人までだ。武器は線の外へ置け」


 ガレスが短槍を地面へ置いた。

 ノエルは最初から武器らしいものを持っていない。もう一人はミケルが出ようとしたが、ノエルが青い布を見て止めた。


「ミケルはそのままで。布が下がると、皆が迷います」


「では、誰だ」


 副長が聞く。


「私とガレスさんで足ります。必要なら、後から呼んでください」


 副長はうなずきもしなかったが、止めもしなかった。


 南線の内側へ粗い机が運ばれてきた。机といっても、板を二つの箱へ渡しただけだ。軍吏が帳面と墨壺を置く。


 ノエルとガレスは線の外。

 副長と軍吏、僕たちは線の内側。


 近いのに、間には縄が一本あった。


「所属は?」


 生真面目そうな軍吏が帳面に目を落としながら口を開く。


「エスター男爵家分遣隊です。現在は、ヴェルナー子爵家軍の預かりです」


 ノエルは革袋から紙を取り出した。

 エスター家から渡された証文。端には、ヴェルナー子爵家軍で受理された印がある。その下から、元の隊員を記した帳面も出てきた。


 軍吏が証文を受け取り、封と印を確かめる。

 別の兵がロイター殿へ持っていった。


「見覚えは」


「ある。ヴェルナー子爵家軍へ合流した時に確認されたものだ」


「隊長は」


「アズール・エスターです」


 軍吏が僕を見た。


「本人か」


「本人です」


 後ろから、また声が飛ぶ。


「大親分だぞ!」


「……違います」


 ノエルが即座に訂正した。


「静かにしろ!」


 ガレスの声も飛ぶ。

 ブルーノは振り返り、誰かの頭を小突いていた。


 軍吏は何も言わず、帳面へ筆を走らせた。


「元の帳面では、この人数ではないな」


「増えました」


「増えましたで済む数か」


「済まないので、別帳を作っています」


 ノエルは、もう一冊を机へ置いた。


 帳面と呼んでよいのか少し迷うものだった。紙の大きさは揃っていない。紐で綴じたものもあれば、折った紙を挟んだだけのところもある。端には泥がつき、何度も書き直した跡もあった。


「後ろの者たちは」


「廃村に集まっていた者です。現地徴用として、元の隊員とは分けて記しています」


「誰の命令だ」


「兄上の命令ではありません」


 軍吏と副長が、今度は僕を見る。


「僕も今、初めて聞きました」


 後ろがざわついた。


「大親分、何も知らねえぞ」


「それで大親分なのか」


「だから大親分じゃないって言ってるだろ!」


 ブルーノの怒鳴り声で、ざわめきが一度引いた。


 副長がノエルへ戻る。


「では、誰が徴用した」


「ガレスさんたちが廃村で押さえていました。散らせば畑を荒らすか、近くの村と争う可能性がありましたので、私が名前を聞き、ここまで連れてきました」


「全員、戦えるのか?」


「いいえ」


「灰衣は混じっているか?」


「分かりません」


「野盗は?」


「それも確認中です」


「名前は確認しているのか?」


「聞いています。本名かどうかまでは分かりません。言いたくない者もいると思います」


 ノエルは、答えられないことまで答えたふりをしなかった。

 副長は別帳を手に取ろうとして、ノエルが少しだけ指を残した。


「写しがありません」


「取らん。軍吏に見せろ」


「この場でお願いします」


「それでいい」


 ノエルが指を離す。

 軍吏は別帳を開き、最初の数枚をめくった。


「名前の横の印は?」


「武器、怪我、見張り、荷、要注意です」


「これは」


「荒い者です」


「多いな」


「はい」


 ブルーノが遠くから怒鳴った。


「こっち見て言うんじゃねえ!」


 軍吏が初めて少しだけ顔を上げた。


「なるほど」


「何がだ!」


 ベルントらしき男が、ブルーノの袖を引いている。

 止められてはいないけれど、話を増やさない役には立っていた。


 副長が僕へ向き直る。


「追加された者について、お前は知らなかった」


「はい」


「お前の隊ではないのか」


 すぐには答えられなかった。


 僕が知っているのは、前にいる何人かだけだ。

 後ろには、顔も名前も知らない者が大勢いる。何をしてきたのかも分からない。灰衣が混じっているかもしれない。村から盗んだ者もいるかもしれない。


 けれど、ガレスたちがここまで連れてきた。

 ノエルは名前を聞き始めている。

 今さら、僕には関係がないと言って、どこへ戻せばいいのだろう。


「元から僕の隊だった人たちではありません」


「なら、違うのか」


「……ノエル。帳面では、どうなってる?」


「アズール隊付属の現地徴用者。確認中です」


「じゃあ、今はそれでお願いします」


 ノエルは一度だけ僕を見た。

 何も言わず、すぐに帳面へ目を戻した。


 副長が眉を寄せた。


「徴用を認めろという話なら、ここではできん。ヴェルナー子爵家へ言え」


「はい。認めてほしいというより、今ここへ一緒に来たことを、そう書いてください」


「事実だけなら書く」


 副長は軍吏へ言った。


「ヴェルナー子爵家預かり、アズール・エスター隊。到着、八十余。現地徴用者として申告された者を含む。別帳は照合中」


 軍吏の筆が動く。


 それだけだった。

 誰かが許したわけでもない。正式な兵になったわけでもない。

 それでも、後ろの者たちは、もう前哨の帳面に何もない者ではなくなった。


「次だ」


 副長が南線の兵へ声をかける。


「槍と棒は、あの杭へまとめろ。短剣は一本ずつ申告。荷車は南の空き地へ回せ。動けない者から先に見ろ」


 命令が伝わると、青い一団の中がざわめいた。


「武器を置けだと」


「置いたら返ってこねえんじゃないか」


「灰衣が来たらどうする」


 欠けた槍を持った若者が、一歩だけ後ろへ下がった。


「ラウ」


 ガレスが呼んだ。


 若者が止まる。


「槍を下げろ」


「でも」


「上げれば、向こうも上げる」


 ラウは帝国兵を見た。

 帝国兵の槍はまだ立っている。けれど、すぐ倒せる位置にあった。


 ラウは唇を噛み、それから槍を下げた。


「今は置け」


 ガレスが言う。


「返さないと言われた時に、もう一度話す」


「……分かった」


 横からマルクが入って、ラウの槍を受け取った。


「大丈夫大丈夫。槍の兄貴は、返ってこなかったら自分で取りに行く顔してるから」


「余計なことを言うな」


 別の場所では、一人が列から抜けようとしていた。

 エルヴィンがいつの間にかその前へ回っている。


「どこへ行く」


「小便だよ」


「申告してから行け」


「小便までかよ」


「今だけだ」


 ブルーノは荒い者たちの前へ出た。


「置けって言われたんだから置け! ここで槍向けたら、返してもらう前に刺されんぞ!」


「親分が置けって言うなら」


「親分じゃねえ!」


 その声で、何人かが笑った。

 笑いながら、槍や棒を杭の方へ運び始める。


 ベルントがその横で、名前と武器を確認している。


「槍一本……短剣は」


「一本」


「本当に一本ですね?」


「一本だって」


「後で出てきたら、私が怒られるんですよ……」


 セオは列の外側を歩き、勝手に離れようとする者を戻している。

 ミケルは青い布を下げず、ただ少しだけ高さを落とした。

 トマは帝国兵と荷車の向きを変えながら、車輪を溝へ落とすなと怒鳴っている。


 ばらばらだった。

 でも、誰かの声で少しずつ動いた。


 副長はしばらくその様子を見ていた。


「南の空き地に杭を打て。前哨の中へはまだ入れるな。水は回せ。重い怪我人だけ先に分けろ」


「はい」


「数が合ったら報告しろ」


 副長は、それ以上何も言わなかった。


 ノエルは別帳を軍吏の前へ広げ、ガレスは武器を置く列へ戻る。

 ブルーノはまだ親分ではないと怒鳴っている。

 エルヴィンは、いつの間にか青い一団の後ろへ回っていた。


「兄上」


 ノエルが帳面から顔を上げた。


「何?」


「隊長本人の確認があります」


 軍吏が筆を持ったまま僕を見る。


「アズール・エスターで間違いないな」


「はい」


「隊長として記す」


「はい」


 また後ろから声がした。


「大親分で書いとけ!」


「書きません!」


 ノエルの声が飛んだ。

 ブルーノも何か怒鳴っている。ガレスは騒ぐなと言い、ニルスは笑っている。カインは僕の横で、深く息を吐いた。


「アズール様」


「何?」


「ずいぶん増えましたね」


「僕も今、知ったよ」


 僕が知っている顔は、その中のほんの少しだった。


 大親分になった覚えはない。

 けれど、訂正している暇もなさそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ