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エルダニア大戦記〜敗残兵に飯と役目を与えていたら、乱世の国づくりが始まりました〜  作者: 志摩 伊純
第3章:灰衣大乱

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第53話 帳面の兄貴


 南の道に、青い線が見えた。


 最初に気づいたのは、細い魚を二匹だけ抱えて戻ってきた若者だ。

 若者は廃村の入口で足を止め、魚を落としかけ、それから井戸のそばに立っていた大柄な男へ向かって声を張った。


「親分、なんか来ます」


「親分じゃねえ」


 ブルーノは、いつものように怒鳴った。

 だが若者は、もうその怒鳴り声に慣れているのか逃げる様子はなく、首だけを南の道へ向けたまま、もう一度口を開く。


「あれは……旗ですかね」


「旗だぁ?」


 ブルーノは、大棍棒の柄を肩に担ぎ直した。

 井戸の周りにいた者たちが、ぞろぞろと道の方を見る。崩れた壁の陰で鍋を見ていた者も、折れ枝で作った境の近くにいた者も、何かが来るというだけで体を動かしかけた。


「不用意に動くな」


 低い声が落ちた。

 ガレスが、廃屋の壁際から一歩だけ前へ出る。槍先は下げたままだが、その一声で、前に出かけた若者たちの足が止まった。


「まだ何者たちか分からん。武器を上げるな」


「でも、槍の兄貴」


「武器を上げるなと言った」


 若者たちは、半端に持ち上げかけた槍や斧を下ろした。

 全員が従ったわけではない。だが、従わなかった者の肩を、近くの者が引いた。


 エルヴィンは、崩れた塀の上に手を置き、目を細めていた。

 遠くの道に、白とも灰ともつかない布が見える。そこに、青い線が一本、縫いつけられている。

 その下に、武器を持った者たちが続いていた。

 槍はある。荷車もある。人の数は多くない。だが、賊にしては微妙に整ってはいる。


「……旗ではないな」


「旗だろ、あれ」


 ブルーノは、あまり深く考えていない顔で顎を撫でながら、旗らしきものを眺めていた。


「布に棒がついてるだけだ」


「なおさら旗じゃねえか」


「そういうものか」


 エルヴィンは短く言ったが、声に少しだけ力が戻っていた。

 青い線の下に、帳面を抱えた若い男が見えたからだ。


 廃村の若者たちが、一拍遅れてざわめいた。


「あれは……前に聞いた、帳面の兄貴では?」


「帳面の兄貴が来たぞ!」


「槍の兄貴と静かな兄貴の次は、帳面の兄貴か!」


「兄貴を増やすんじゃねえ!」


 ブルーノの怒鳴り声が、廃村の井戸に響いた。

 だがその声は、昨日までより少しだけ明るかった。


*


 ノエルは、南の廃村を見て、最初に息を止めた。


 崩れた家。炊き口の前に並ぶ、空に近い椀。薄い湯気の立つ鍋。

 槍とも棒ともつかないものを持った若者たち。その向こうに見える、畑。畑のさらに奥に、こちらを見ている村人たち。


 近すぎる。

 ノエルは、そう思った。


 廃村と畑が近い。畑と村が近い。武器を持った者たちと、怯えて槍を握る村人たちが近すぎる。そのあいだにあるのは、折れた枝と、赤茶けた布を結んだだけの頼りない線だった。


「ミケル」


「はい」


「その布は下げないでください。高すぎても駄目です。こちらの位置が分かる程度に」


「はい」


 ミケルは、緊張した顔で青い一条の布を握り直した。

 旗ではない。少なくとも、ノエルはそう言い張るつもりだった。だが今この場で、何も掲げずに武器を持って近づけば、畑の向こうの村人たちには野盗の一団にしか見えないだろう。


「マルク」


「はいはい」


「はい、は一度でいいです。槍は構えないで下げてください。揃えるだけです」


「了解です。怖くない感じでやっときますよ」


「……軽すぎますが、今はそれでよしとします」


 マルクは、へらりと笑いながらも、前にいた槍持ちたちの肩を軽く叩いて回った。


「はい、槍先下げてー。顔は怖くても、槍先まで怖くしない感じでよろしく」


「マルク」


「はい、黙ります。槍は下げます」


 ノエルはため息をのみ込んだ。

 完全には黙らないだろう。だが、槍先は下がっている。なら、今はよい。


「セオ」


「はい」


「道脇、後ろ、村側。勝手に離れそうな人も見てください」


「はい」


 セオは短く答えると、もう視線を外していた。

 返事の少なさは気になるが、仕事は早い。ノエルはそれ以上言わないことにした。


「ベルント」


「はい」


「荷車を止める位置を見てください。前に出すぎないように。あと、荒い人が勝手に前へ出ないように」


「……すでに胃が痛いのですが」


「まだ着いていませんよ」


「なおさらですよ」


 ベルントは眉を下げながら真面目な顔でそう言い、しかし荷車の側へ回った。

 トマが車輪の音を聞きながら、鼻を鳴らす。


「道が悪いんだよ、道が。廃村に来る道なんだから当たり前だけどな」


「トマさん、水の桶は」


「ある。こぼれてねえ。車軸もまだ泣いてねえ。泣きたいのは俺だ」


「泣くのは、着いてからにしてください」


「ひどいな、ノエル坊ちゃん」


 ニルスが横で、痛む肩を庇いながら笑った。


「坊ちゃん、今のひどいですよー」


「あなたも肩を無理に動かさないでください」


「はいはい」


「はいは一度です」


「うわ、マルクと同じ注意された」


 ノエルは返事をしなかった。

 廃村の入口で、三人が待っていたからだ。


 ガレス。

 エルヴィン。

 ブルーノ。


 三人とも、生きていた。


 その事実が、胸の奥で一度だけ大きく膨らんだ。

 ノエルは帳面を抱える手に力を入れ、深く息を吐いた。


「生きていてよかったです」


 最初に出た言葉は、それだった。

 自分でも、少しだけ驚いた。


 ガレスがわずかに表情を緩めながら静かに頭を下げた。


「心配をかけた」


「かけました」


 エルヴィンも、表情は変えないまでも、申し訳なさそうに短く言う。


「すまない」


「謝罪より、分かっていることを教えてください」


「……分かった」


 ブルーノは大棍棒を肩に担いだまま、踏ん反り返りつつ、少しだけ目を逸らしていた。


「ノエルも無事だったか。なによりじゃねえか」


「見れば分かるでしょう」


「他の奴はどうだ」


「ニルスさんは生きています。トマさんも生きています。僕も生きています」


「そりゃよかったぜ」


「それで」


 ノエルは、廃村を見回した。


 井戸、鍋、武器、畑、村。

 そして、ブルーノの周りに集まっている若者たち。


「どうして生きている人たちは、こうも僕の仕事を増やすんですか」


 ブルーノが、露骨に嫌な顔をした。


「俺に言うんじゃねえよ」


「どうせ、ブルーノさん絡みですよね?」


「親分じゃねえぞ」


「分かっています。ですが、客観的に見れば親分のように見えるので」


「見えねえよ!」


 廃村の若者が、小さく手を上げた。


「見えてます」


「黙ってろ!」


 若者は肩をすくめた。怖がってはいる。だが、笑ってもいる。

 ノエルはそれを見て、ますます顔をしかめた。


「ブルーノさん」


「……おう」


「畑を荒らさせなかったことは、えらいです」


「お、おう」


「村を襲わせなかったことも、えらいです」


「もっと褒めてもいいぜ」


「ですが」


 ノエルは帳面を開いた。


「何名いるんですか?」


「……」


「食料の残りは?」


「……鍋はある」


「量です」


「……」


「武器の数も把握できていませんよね?」


「見りゃ分かるだろ」


「見ただけでは帳面に載せられません」


「……」


「寝る場所も決めきれていないんじゃないですか?」


「寝られるところで寝てる。何も問題ねえ」


「……問題しかありません」


 ブルーノは、言い返す言葉を探すように口を動かしたが、結局何も出なかった。


「それでは、親分とは名乗れませんね」


「親分じゃねえ! いや、そう、親分じゃねえ」


「なんでもいいんですけど、数くらいは数えてください!」


 ノエルの声が、廃村の前に響いた。

 若者たちが、今度は本当に少し静かになった。


 ガレスが、わずかに目を伏せた。

 エルヴィンは、壁に預けていた手を離し、ノエルの帳面を見た。


「人数は、朝より増えている」


「でしょうね」


「分かるのか」


「見れば分かります。鍋の湯気より、並べられている椀の数の方が多いじゃないですか……」


 エルヴィンは短く息を吐いた。


「昨日よりも多い。今朝、二人増えた。昼前にも一人戻った。魚を取りに出ている者もいる」


「出入りがあるんですね」


「ある」


「一番困るやつです」


「そうだ」


 ノエルは、ガレスを見た。


「境界は?」


「保てているとは言い難いところだ」


「保とうと努力しているだけで十分です。今は」


 ガレスは、畑の方を見た。

 村の男たちが、こちらを見ている。槍を持っているが、近づいては来ない。怖れている。怒ってもいる。

 ノエルは、そちらへ向けて空の手を上げた。


「こちらから、その線は越えません」


 声が届いたかは分からない。

 だが、マルクがすぐに槍持ちたちへ声をかけた。


「はい、槍は下げたまま。見せるのは礼儀正しさってね。怖くしない、怖くしない」


 畑の向こうの村人たちは、まだ動かなかった。

 それでいい。今は、それで十分だった。


「まず、数えましょう」


 ノエルが言うと、廃村の若者たちがざわついた。


「数えるって、何をだ? 俺らか?」


「名前、言うのか?」


「言ったら捕まるんじゃねえのか」


「捕まえるために聞くのではありません」


 ノエルは、できるだけ声を平らにした。


「飯を出すためです。寝る場所を決めるためです。怪我をした時に、誰が倒れたか分かるようにするためです。勝手に死んだことにされないためです」


 ざわめきが、少し変わった。


 死んだことにされない。

 その言葉だけを、何人かが拾った。


 ノエルは一人目の若者を見た。

 魚を持って戻ってきた、最初に青一条へ気づいた若者だった。


「名前は」


「……ヨルン」


「武器は」


「短剣。あと、棒」


「畑を荒らしましたか?」


「入ってすらいねえ。親分が怒るから」


「親分ではありません」


 ノエルとブルーノの声が、ほとんど同時に出た。


 若者たちが笑った。

 ノエルは無視して、続けた。


「魚は取れますか?」


「少しなら」


「道は分かりますか?」


「この辺なら多少は……」


「では、エルヴィンさんのところへ移動してください」


「静かな兄貴のところですか」


「エルヴィンさんです」


 エルヴィンが、わずかに眉を寄せた。


「俺に預けるのか」


「道を見られる者は、エルヴィンさん預かりです」


「魚を取ってただけだぞ」


「戻ってこれるなら十分です」


 エルヴィンは黙った。

 横にいたセオが、一歩だけ近づく。


「セオ」


「はい」


「ついてこい、後ろを任せる。勝手に離れた者も見ておけ」


「はい」


 それだけで通じていた。

 ノエルは、少しだけ二人を見比べた。


「……それだけで足りるんですね」


「足りる」


 エルヴィンが短く答える。

 セオも、うなずくだけだった。


 次に前へ出てきたのは、痩せてはいるが肩の張った若者だった。手には、どこかから拾ったらしい槍を持っている。槍先は欠けていた。


「名前は」


「ラウ」


「槍は使えますか?」


「使える」


「誰に教わりましたか」


「見よう見まねで」


「あなたは、ガレスさんのところへ移動してください」


 ラウは、ぎょっとした顔をした。


「槍の兄貴のところかよ」


「槍を持って戦えそうな者は、ガレスさんです」


「戦うとか怖いんだが……」


「怖い方が、前に出すぎなくて済みます」


 横からマルクが軽く手を振った。


「大丈夫大丈夫。槍の兄貴は顔が怖いだけで、指示はだいたい正しいから」


「マルク」


「はい、黙ります。槍を揃えますね」


 ガレスは、マルクを一瞥したあと、ラウに向き直った。


「槍は勝手に上げるな」


「え?」


「槍は指示があるまで上げるな、その前に足を揃えろ」


「足?」


「そこからだ」


 ラウは、思っていたより地味な指示に、口を開けた。

 マルクがその横で、ひょいと槍先を下げる。


「そうそう、足からね。槍の兄貴は、最初から最後まで足の話しますよ、俺にはわかります。たぶんだけど」


「黙れ」


「はい」


 少しだけ、廃村の空気が緩んだ。


 だが、緩んだままにはしない。

 ノエルは、次の者を呼ぶ。


 怪我をしている者は、トマの荷車近くへ。

 鍋の周りにいた者には、誰が食料を分けていたかを聞き、夜に見張りをしていた者には、どちらの道を見ていたかを確認した。

 畑に近づいた者は、理由を聞いて、ブルーノに怒鳴られて止まれた者は、そのことだけは帳面に書く。


「止まれたなら、そこは書き残します」


「怒られたことも書くのか」


「必要なら残します」


「書かないでくれよ……」


「では次から近づかないでください」


 若者は、素直にうなずいた。


 やがて、前に出てくる者の中に、明らかに気配の荒い者たちが混じり始めた。

 肩が広い。目つきが鋭い。腹が減れば先に声を荒げそうな者たち。悪人ではないのかもしれないが、行き場を失った力が、そのまま外へ向いている者たちだった。


「あなたたちは」


 ノエルが言うより先に、一人が胸を張った。


「親分のところでいいです」


「親分じゃねえ」


「ブルーノさんのところです」


 ノエルは訂正した。

 ブルーノが嫌そうな顔をする。


「俺のところかよ」


「はい。ただし、ベルントさんも付きます」


「え? 私ですか!?」


 ベルントが、静かに顔色を悪くした。


「はい」


「……私では、ブルーノ殿を止められるとは思えませんが」


「止めなくていいです」


「では、何を」


「暴れだすのは織り込み済みで、方向だけ整えてあげてください」


「……できるとは思えないんですけど」


「あなたなら、できますよ」


 ベルントは、しばらくノエルを見ていた。

 それから、諦めたようにうなずいた。


「……分かりました」


 ブルーノは、荒い若者たちを見た。

 若者たちは、どこか嬉しそうに背筋を伸ばしている。


「お前ら、何か悪さしたら俺が殴るからな!」


「はい、親分!」


「親分じゃねえ!」


「ブルーノさん」


 ノエルが冷たく呼んだ。


「説明を省かないでください」


「省いてねえだろ」


「今のは、ほとんど怒鳴り声です」


 ベルントが、胃のあたりを押さえた。


「ブルーノ殿。まず、名前を聞いてまとめましょう」


「あ? そんな面倒なことやれっかよ。お前に任せた」


「え? 来たばかりなんですけれど」


「うるせえな、名前聞くだけじゃねえのかよ」


「名前ですが、人数もです」


「じゃあそれもやっといてくれ」


「……はい」


 ベルントの声は静かだった。

 静かだったが、すでに疲れていた。


 それでもベルントは、若者たちへ向き直る。


「まず、順に名前を言ってください。武器も。怪我も。昨日まで何をしていたかも」


「いっぺんに言うなよ、なんだって?」


「名前、扱う武器、怪我の有無、昨日まで何をしてきたか、です」


「そんなの聞かれたことねえぞ」


「必要だから聞くんです、早くしてください」


 若者たちは顔を見合わせた。

 ブルーノは今までそんなことを聞いてこなかった。だが、目の前に立つこの真面目そうな男は聞く。そして、ブルーノはそれを止めない。というか、言うこと聞けと言う雰囲気で睨んでいる。


 その事実だけで、彼らはしぶしぶ並び始めた。


「ブルーノさん」


「なんだよ」


「あなたが抑えていたから、この人たちはまだ畑を荒らしていません」


「ならいいだろ」


「それだけでも悪くはありませんが、ちょっと足りません。抑えた後に、数える、並べることが必要なんです」


 ブルーノは鼻を鳴らした。


「面倒くせえな」


「ブルーノさんには面倒そうだから、僕が来ました」


「わかってるじゃねえか」


 ブルーノは、少しだけ笑った。

 ノエルは笑わなかった。


 廃村の端で、ミケルが青い一条の布を持って立っていた。

 その布を見た丸顔の若者が、目を輝かせる。


「旗の兄貴もいるぞ」


「旗ではない、そうです」


 ミケルが、真面目に答えた。


「しゃべったぞ」


「識別用の布だと」


「どう見ても、旗だろ。識別の布? なんだそりゃ」


「……旗ではないんです」


 ミケルとその若者の間で、謎で不毛なやり取りがしばらく続いた。

 そのやり取りを横目に、ノエルは次の名を帳面へ書き込んだ。


「じゃあ、親分のところでいいのか」


「親分じゃねえ」


 ノエルとブルーノの声が、また妙に揃う。

 一瞬、廃村の空気が止まったが、それから、あちこちで小さく笑いが漏れる。


 ノエルは、咳払いを一つし、口を開く。


「笑っている場合ではありませんよ」


「笑わせたの、坊ちゃんだろ」


 トマが荷車の横から言った。


「僕ではありません」


「そういうところだよ」


 ニルスが肩を押さえながら笑った。

 ノエルは、二人を無視した。


 帳面に、名前が増えていく。

 まだ正しい数ではない。出入りもある。嘘も混じるだろう。言いたくない名もある。罪を隠す者もいる。

 それでも、何も書かないよりはましだった。


 名前の横に、ノエルは短い印をつけた。


 槍、見張り、荷、怪我、要注意。そして、荒い者。


 槍の印の先には、ガレスが立った。

 マルクが軽口を叩きながら、若者たちの槍先を下げさせている。


「はい、前に出たい人ほど半歩下がって。槍の兄貴に怒られますよ」


「もう怒っている」


「ほらね」


 見張りの印の先には、エルヴィンが立った。

 セオが黙って道の影を見ている。魚を取っていたヨルンは、いつの間にか二人の後ろで、どちらを見ればよいのか分からず、きょろきょろしていた。


「動くな」


 エルヴィンが言う。


「どこを見ればいいのか」


「音がした方だ」


「音がしなかったら」


「見続けろ」


 ヨルンは困った顔をしたが、逃げはしなかった。


 荒い者の印の先には、ブルーノが立った。

 その横で、ベルントがすでに胃のあたりを押さえている。

 乱暴な若者たちは、ブルーノの方を見たり、ベルントの方を見たりしていた。どちらが怖いのか、まだ決めかねているようだった。


 畑の向こうでは、村人たちがまだこちらを見ていた。

 そのうち一人が、ほんの少しだけ槍先を下げた。

 だが、誰もこちらへ近づいては来ない。


 線は頼りない、鍋は薄い、飯は足りない。

 寝る場所も、武器の置き場所も、何一つ足りていない。


 それでも、廃村の前にいた者たちは、少しずつ一つの場所へ置かれ始めていた。


 ノエルは、次の名前を聞いた。


「名前は」


 若者が答える。

 ノエルは書く。


 青い一条の下で、最初に始まったのは、戦ではなかった。

 人数を数え、置き場所を決めることだった。


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