第32話 ノトスに迫る灰
オルステッド隊を先頭に街道を往く。
目的地は、本隊が待つノトスの街だ。
本隊からの要請を受けた僕たちは、野営地を素早く発ち、もう少しでノトスというところまで来ている。
まだ街は見えない。
でも、街道の広さ、轍の状態が街が近いことを告げている。
ノトスはもうすぐそこだった。
*
「あれ、あそこ、白い煙が見えませんか?」
ニルスが街道の先を指して、そんな声を上げた。
遠目にノトスの街と思しき集落が小さく見える。目の前は開けた平野で、周辺は豆や芋だと思われる畑に覆われていた。
その街の奥から、確かに白煙が立ち上っている。
「確かに、煙が上がっているように見えるね」
僕はノトスの方へ立ち上る白煙を見ながら、ニルスへ頷く。
既に灰衣との戦闘が始まっているのだろうか。
オルステッドさんから聞いた話として、本隊はノトスの街に着いているが、周辺に灰衣のかなり大きな集団があり、本隊だけでは厳しいとのことでの急ぎ招集とのことだった。
本隊は、六百名ほどの隊なので、これで厳しいとなると相当数の灰衣の集団ということになる。
「いや、街の煙というわけではなさそうだ」
僕が考えていると、エルヴィンが街の方を見つめながら言った。
僕には何故そう見えるのかがわからないのだが、エルヴィンは煙を見ながら確信めいた言葉を続ける。
「あれは、野営の炊き出しの煙だ。街が燃えるなら黒煙がもっと混ざるはずだ」
な、なるほど。
そう言われると、そんな気がしなくもない。
「あと、街よりもっと奥から上がっているようにも見える」
僕は目はそんなに悪くないとは思うけど、そこまではよくわからない。でも、きっとそうなのかもしれない。
エルヴィンの言葉を裏付けるわけではないが、オルステッド隊もロイター隊も特に慌てた様子がなく行軍している。
「エルヴィンさんは、頼もしいですね!」
ニルスが「すごい!」とエルヴィンへ目を輝かせながら見つめている。
当のエルヴィンは、特に気にした様子もなく涼しい顔をしているけれど。
そのままオルステッド隊を先頭に街道を進み、よりノトスの街に近づいていく。
ようやく、街の雰囲気が感じられるくらいまでは近づいてきた。
ノトスの街は、このあたりでは比較的大きな宿場街であり、主要街道と小街道が交わる要所だ。
城壁、とまでは言えないけれど、防壁がそれなりに備わっており、最低限の外からの備えは整っているように見える。
そして、防壁上には、ルミナ沿海伯家とヴェルナー子爵家の旗が掲げられて、風にたなびいているのが小さくだけど見えており、少なくとも今は、まだ落ちていないことが確認できる。
「ノトスの街自体は、まだ大丈夫そうだね」
ほうっと息をつきながら言った。
「ノトスの街の外、こちらから見て右奥だ。先ほどの白煙が上がっているな」
ガレスは、油断なく状況を確認している。
僕も目を凝らして、そちらの方向を注視する。
白煙が立ち上がっている地点は、僕らからはまだ少し遠いのでぼやっとしか見えないけれど、人の集まりがあるように見えなくもない。
おそらくあれが、灰衣たちの一団なのかもしれない。
さらに少し進み、ノトスの街まであと三十分ほどでたどり着こうかという地点で、オルステッド隊が止まる。
それに合わせ、僕たちもロイター隊も止まる。
どうやらノトスの街側も僕たちに気づき、伝令を送ってきたようだ。
その報告を受けたのか、オルステッド隊は街へ近づきすぎる前にいったん足を止めた。
この辺りまで来ると街の様子がよくわかる。
といっても、防壁があり中は見えないのだけれど、焼いて炭化させた丸太を並べてくみ上げた壁は、そこそこ年季は経っていそうだけれど、街を守ってきた安心感を感じさせる。
そして、先ほどは遠目でよくわからなかった、灰衣たちだが、ノトスの街の外、北東側の少し離れた地点に陣取っており、ぱっと見で、相当な数がいるように見える。
オルステッド隊、ロイター隊を合わせた数よりはずっと多そうな雰囲気だ。
しばらく待っていると、オルステッド隊から伝令が僕を呼びにきたので、そのままオルステッドさんのもとへ向かうことになった。
いつものごとく、黙ってついてくるカインを連れて。
*
「わかっているかもしれんが、本隊は既にノトスの街へ入っている」
オルステッドさんのもとへ向かい、ロイターさんも同席する中、オルステッドさんが今後について話し始めた。
「本隊からの伝令によれば、北東の灰衣は、ざっと千名ほどの集団とのことだ」
千名……。
今、街の外で自由に動けるのは、オルステッド隊百五十、ロイター隊百五十、そして僕たちの戦える者三十名ほど。
あと、ノトスの街に既に入っているヴェルナー子爵家軍本隊は戦える者が六百名ほどだと聞いている。
数だけを足せば近い。
けれど、ノトスの中にいる本隊は、そのまま外へ出せる兵ではない。
まだ到着していない、ヴェルナー子爵家軍の二部隊が合わせて三百名ほどなので、これが到着すればやや数では勝るのだけれど。
「子爵様は、既にノトスの街の倉、役所、門などは押さえており、今は門を閉じて戦いに備えておる」
さらに説明が続く。
どうやら、灰衣勢は力攻めはしてきてはいないようで、街の外で陣取って、圧を掛けつつ、軽く様子を見るように小競り合いが発生しているようだ。
また、ときおり「退いてほしければ」と要求を出してくるようで、これも多岐に渡り、受ける気はないとはいえ要領を得ないものが多く困惑しているとのことでもあった。
「ノトス自体には、もともと三十名ほどの衛兵は居るが、本隊が打って出ると、相手の別動隊に街を狙われる危険があり、この三十名では守り切れんし、本隊の一部を守りに残すと、攻勢に問題が出る。そういうわけで動けなかったということだ」
確かに、本隊六百名で灰衣勢は千名だ。
実力的には勝っているとは思うけれど、数の差は侮れない。
続いて、灰衣たちの詳細について話が移っていった。
「灰衣たちは、おおよそ四つの部隊に分かれているとのことだ――」
本隊と思われる、三百名ほどの隊。
その本隊の左右に展開する、百五十名ほどの隊が二つ。
さらに、後方に四百名規模の、支援部隊と思われるまとまり。
後方支援の部隊は、どうも非戦闘員らしき者も交じっていそうだが、全員が武装しているらしい。
武器は持っている。
だが、前に出ている三つの隊ほど列が整っていない。
荷車や炊き出しの煙にも近く、兵というより、後ろを支える者たちまでまとめて並べられているようにも見える、とのことだった。
「戦力として数えぬわけにはいかん。だが、前に出てくるかは読みにくい」
オルステッドさんは、苦い顔でそう言った。
ロイターさんは、特に顔色を変えてはいないけれど、油断は見られない。
「遅れている二部隊がすぐに到着すればよいのだが。続いて、我々の配置について――」
さらに、こちらの配置についての説明に移る。
オルステッド隊は、ノトスから南西に伸びる街道を押さえつつ、別動隊が到着次第、連動して攻勢に移る担当。
ロイター隊は、オルステッド隊の後詰的な位置で展開し、伝令路、荷路、退路などを確保・整理し、街の本隊との連絡を維持するのが役目だ。
そして僕たちアズール隊は、オルステッド隊について、小回りの利く予備として展開することに決まった。
あと、今の数でも耐え凌ぐことは可能だが、攻勢に出るのは難しいとの判断で、遅れている二部隊の到着をもって攻勢に移るとのことであった。
「では、各々の隊に戻って準備を進めてくれ」
ロイターさんと僕は、深く頷き、隊へ戻ることになった。
*
僕は隊に戻ると、ガレスとエルヴィンを呼び、先ほどオルステッドさんから聞いた内容を伝えた。
「ふむ、概ね理解した。だが、数で劣るのは難しいところだな」
ガレスは腕を組み思案している。
エルヴィンは、遠くに見える灰衣勢を眺めていた。
まあ、あまり深く考えても僕たちは三十名程度しかいないので、やれることには限りがあるとは思うのだけれど……。
「多いな……」
エルヴィンも灰衣勢を眺めながらそうぽつりとこぼした。
自由に動けるこちらの部隊は、オルステッド隊、ロイター隊、そして僕たちアズール隊だけだ。合わせても三百ちょっとしかいない。
本隊は、ノトスの防衛に割かなければならないので、多少は回せるかもしれないけれど、当てにするのは違う気がする。
対する灰衣勢は、後方の部隊の動きは読めないけれど、それを除いても六百名ほどいるとのことだ。倍ほどの差がある。
装備や練度で勝っていても押し返せるものなのだろうか。
「一応、遅れてくる部隊を待つ形で当面は守勢になるよ」
改めて、僕は聞いたことをなるべく順番に伝えた。
遅れている二部隊が着くまでは、大きく動かない。ノトスの門も、防衛のため開けない。
僕たち南西側の部隊は街道を押さえ、灰衣の好戦派が動けばすぐ応じる。ただし、こちらから刺激して、勢いで総力戦へ流れるのは避ける。
夜襲、門前の騒乱、灰衣の移動にも備える。
これまでの何度か経験した灰衣戦は、いずれも数的に有利なのはこちらだった。でも、今回はそうではない。
二人は頷き、配置場所への移動に備えて兵たちのところへ戻っていった。
*
灰衣勢は、未だに大きな動きは見せず、ノトスの街の北東で陣を悠然と構えている。
白い椀の旗を掲げ、前面に備えている部隊はときおり銅鑼を鳴らし、気勢を上げている。
ノトスの街にはヴェルナー子爵が率いる本隊の旗がはためいている。街の内側にも炊き出しの白煙が上がっているようで、少なくとも街そのものが焼けている様子はない。伝令の話では、ノトスの街自体は、子爵の説得もあってか比較的動揺は見られないようだが、今後の展開次第ではどうなるかわからない。
南西の街道には、オルステッド隊、ロイター隊、そして僕たちアズール隊が陣取り、灰衣勢の動きを警戒している。
待つ戦いは、初めてかもしれない。
ノトスの門は閉じたまま、夕暮れを迎えようとしていた。




