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エルダニア大戦記〜敗残兵に飯と役目を与えていたら、乱世の国づくりが始まりました〜  作者: 志摩 伊純
第3章:灰衣大乱

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第31話 遅れた荷


 街道に架かる橋は、倒木や荷車が端に寄せられて通行が可能になっていた。

 橋板は多少傷んでいるものの大きな問題はなさそうに見える。

 暫定的な処置を終えた僕たちは、さらに北へ向けて足を延ばす。


 オルステッド隊を先頭に、僕たちアズール隊が真ん中、最後尾にロイター隊だ。


 斥候を先行させ、灰衣の残党が近くに潜んでいないか。

 橋の先にも封鎖がないか、荷車が通れる状態か。

 このあたりを注意深く探りながら慎重に行軍している。


 このあたりはルミナ潟岸の東南地域で、平野部だ。

 今は、街道沿いの草原地帯を見渡しながら進む形になる。


 多くの兵が隠れて行動できるような場所ではない。

 とはいえ、油断は禁物だ。

 

 橋を越えてしばらく街道を北上していると、村というほどではないが、小さな居住区のある荷替え場のような場所が見えてきた。

 馬を休ませ、荷を積み替え、街道の先が詰まった時には荷車を待たせる。そんな場所なのだろう。


 さらに近づくと、橋が封鎖されたために通ることができなかった荷車などが、ここで待機しているようだった。


 麦袋を積んだ荷車や塩や干し魚の荷。

 薬草や布を積んだ荷車。車輪が壊れかけているものもある。

 疲れた馬と護衛を失った荷運び人足たち。

 近くの村へ行くはずだった小役人など。


 いずれも、くたびれた様子で荷替え場に座り込んで、こちらを見ていた。


 僕たちもいったん、荷替え場の邪魔にならないように街道を挟んで反対側の草原側へ入る形で小休止となった。今はオルステッド隊の者が、荷替え場の面々に封鎖は解除された旨などを伝えているところだ。


「そういえば、橋の手前では見かけませんでしたね」


 ニルスが、ふと疑問に思ったように口を開く。

 確かに、封鎖された橋の手前では、こういったものは見かけなかった。どこか違うところで待機していたのだろうか。


「橋の近くで待つ荷運びなんていませんよ。弓は飛ぶし、荷は取られるし、馬も怯えます。待つなら、少し下がって隠れられる場所です」


 ここみたいな場所ですねと、トマが荷車を点検しながらニルスの問いに答えていた。なるほど、やはりそうか。


 僕が気づかなかっただけで、橋の手前側にも、少し離れた場所に似たような待機場所があったのだろう。

 道が止まるということは、僕が思っている以上にいろんな所への影響が大きそうだ。


 いろいろ考えていたのだが、ふと荷替え場の方を見るとノエルが商隊やら役人らしき人やらと何か会話をしているのが見える。

 いったい何をやっているのだろうか。


 小休止中なので、特に問題がある行動ではないのだけれど、一人で行くのは少々危険かもしれない。僕はカインにお願いしてノエルに付いてもらうことにした。


 しばらくするとノエルとカインが戻ってきた。

 何やら木板にもいろいろと書き込んでいるようで、それを眺めながら「うーん」と唸っている。


「何かあったの?」


 僕は気になり、ノエルに聞いてみたところ、何を確認していたのか教えてくれた。かなりいろいろなことを聞き込んでいたようだ。


 荷はどの村へ向かう予定で、何日遅れているか。

 傷みそうな食料はどれか。

 薬草や塩が届かないと何が困るか。

 戻る荷と進む荷をどう分けるか。


 など、僕では思い浮かばないようなノエルらしい疑問だ。


「これ、ただ荷が遅れているだけではありません。届け先の村では、もう食事の回数を減らしているかもしれません……」


 ノエルは眉を下げながら悲しそうな顔をしている。

 ただ、ぎりぎりくらいのタイミングで封鎖は解除されたようなので、急ぎ運び出せばまだ何とかなりそうということでもあった。


 最悪の事態ではなく、ほっと息をつくけれど、やはり灰衣たちをそのまま野放しにすることはできなさそうだ。

 複雑な事情がありそうなものが混ざっているのは薄々感じはするが、無関係な人たちへの実害を出してまでの活動は見過ごせない。


 そうこうしていると、ロイター隊の一部が荷替え場で動き出した商隊などの整理を始めていた。


「傷む荷を先に通せ」


 ロイター隊の若い兵が声を張り上げて、先に通す荷車を仕分けていく。商人たちも頷きつつ、ようやく動き出せることになってほっとしているようだ。


 荷替え場にいた商隊が少しずつ街道に流れていく。

 混雑しないように、ロイター隊はある程度の余裕を持たせながら、街道へ誘導していく。

 

 ロイター隊は、オルステッド隊のように戦闘で目立つ隊ではない。けれど、こういう地味な整理ができるから、軍も荷も動くのだろう。

 僕は、役割の大切さに改めて気づかされる。うちで言うと、ノエルやニルスのような感じだろうか。


 僕はしばらくその様子をじっと眺めていた。



 荷替え場の商隊などが移動し終わった後、野営の準備が始まっていた。


 もう少し進もうと思えば進めるのだが、ここは水場もあり、開けていて野営を展開しやすい。

 次の水場まで確実に届くか分からないまま、荷車を連れて日暮れに進むのも危うい。

 それに、橋の後処理と滞っていた荷の流し直しを見届ける必要もあり、時間的にも中途半端だった。


 トマたち人足が水場から水を調達し、ニルスを中心に炊き場を作ったりと準備を始めている。ガレスとエルヴィンは野営用のテントの構築だ。何気に慣れないと難しい作業で、僕も手伝いながら汗を流していた。


 しばらく経ち、野営の準備が整ったころ、先ほどの橋で捕縛した捕虜たちの移動が行われ、彼らは、我々の野営場所から少し離れた一角にまとめられることになったようだ。


 尋問ほどではないが、詰問といった感じで、オルステッド隊の兵が一部の捕虜に対して強い言葉で事情を聞き出していた。


 詰問されている捕虜になった青年は、元兵、荒くれ者というよりは村の若い衆といった感じの雰囲気だ。


「橋を止めろと言われたんだ。飯を運ばせるな、と」


 恐る恐る、青年は口を割って、ぽつりぽつりと話を続けていた。


 以前の村で見た灰衣たちは、飯を配る者たちでもあった。

 大釜に木匙が並んでいたのを今も覚えている。

 でも今は、飯の旗が、飯を止めている。


「橋を止めれば、軍も止まる。でも、村の飯も止まる」


 僕がぽつりと言葉をこぼすと、横にいたノエルが頷いてこちらを見た。


「軍だけを止める道などありません。道を止めれば、荷も、人も、知らせも止まります」


 ノエルは、道が止まることの意味を、僕よりずっと具体的に見ているようだった。


 僕たちはしばらくその様子を眺めながら静かに考えをまとめていた。



 隊に戻るとブルーノが何やら騒いでいる。

 というか、戻る前から聞こえてはいたが……。


「今日は暴れ損ねて、気が悪いぜ!!」


 いらいらというのとも違うけれど、ブルーノは橋での戦いでまともに動けなかったことで不満がたまっているようだった。作戦とはいえ、止めていたのは僕なので、何とかしなくては……。


 と思いはするけれど、特にいい言い訳も思い浮かばない。


 僕が、ブルーノを眺めながら「うーん」と一人唸っていると、荷車点検をしていたトマがやってきてブルーノへ話しかける。


「そんなに動きたいのでしたら、荷車を持ち上げるの手伝ってください」


 トマの話では、傷み始めている車軸周りを補強したいとかで、手伝ってもらえる人を探しに来たようだ。


「あ? 荷車??」


 ブルーノは何とも言えない顔をしている。

 たぶん、力の使いどころが違う、とでも言いたいのだろうけれど、ブルーノは案外こういうちゃんとした理由のあるお願いは断れない性質だ。


「しゃあねえなあ」


 嫌そうではあるが、観念したような顔つきでトマに連れられて荷車の方へ向かっていった。頑張って欲しい。車輪の付いた荷車は結構な重さだけれど、ブルーノならやれるはずだ。


 視線をノエルの方へ向けると、ノエルはニルスと何か荷について話していたので、近くへ寄ってみる。


「これ、怪我人用ですかね」


 ニルスが少し傷みかけの薬草を手に持ちノエルに確認していた。生の薬草なのでそのままではあまり日持ちしない。


「ええ、そうなんですが、乾燥させる時間があればいいのですけどね……」


 乾燥した薬草は、生に比べると効力は落ちるけれど、軽く扱いやすくなるし日持ちもよくなる。行軍などではもっぱら乾燥させて粉状で運ぶのだが、手元の薬草が生だったため、二人して唸っていた。


「火の近くにかけて、乾燥とかじゃだめなのかな?」


 さすがに天日干しで乾燥させる時間は取れないので、火で代用できないだろうか?

 横入りになってしまうが、意見を出してみた。


「うーん、あまり火に近いと熱で効能が飛んじゃうかもですけど、どうせ傷んでだめになるならやってみましょう」


 ノエルとニルスは、火から少し離した場所に木板を立てかけ、その上に薬草を一枚一枚並べ始める。

 言い出した手前、僕も手伝いながら一枚一枚薬草を並べていく。


「これで朝までに良い感じに乾燥すればいいんですが」


 ニルスが期待と不安と混じったような目で薬草たちを眺めている。

 完全に乾くかは微妙だけれど、八割方乾けばかなり持つのではないかな?と思ったりもする。どうなんだろう。


 そんなことを行いながら、夜は更けていった。



 翌朝、思った以上に乾燥している薬草たちを回収しつつ、朝食の準備も並行して行っていた。


「からからとはいかないけど、結構乾いたね」


 一緒に回収を進めていたニルスは、嬉しそうに頷きながら手を動かしている。


「はい、これなら移動中にもう少し風にさらすだけで大丈夫そうです」


 ほくほくとしたような顔だ。

 一緒に回収してくれている人足たちも微笑ましげに、にこにこと手を動かしている。


 そのあと、朝食を取っていると、街道を南に下ってくる形でヴェルナー子爵家軍本隊の旗を掲げた伝令がオルステッド隊へ駆け込んでいった。


「何かあったんですかね」


 一緒に食事を取っていたニルスが「なんだろう」といった風に伝令を見つめつつ匙を動かしている。


 しばらく経ち朝食を終え、野営のテントなどを回収しているころに、オルステッド隊のいつもの伝令がやってきて、報告事項ということで口を開いた。


 少し長かったが要約すると次のような内容だった。


 本隊はノトス近くまで進んでいるが、右翼の二部隊は少し遅れていること。別の街道でも小さな封鎖があったこと。

 ノトス周辺で、灰衣の大きめの集まりが確認されたので、各隊はノトスへ急ぐようにとのことで、すぐに発つとのことだった。


「準備が終わり次第、よろしくお願いします」


 伝令はそう告げると、さっと戻っていく。


 橋は開いた。

 荷も、少しずつ動き始めた。


 けれど、遅れていたのは荷だけではなかった。


 灰色は、道にも出ていた。

 そして道が止まれば、飯も止まる。


 僕たちは、急ぎ準備を終えると、ノトスへ向かって歩き出した。


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