第30話 塞がれた街道
土を踏む音が響く。
隊列をなして歩くその一団は、揃った装備、整った隊列で街道を進んでいく。
最後方でついていく僕たちは、装備こそ不揃いではあるけれど、隊列くらいはと、なんとか整えつつ、でも少し不揃いに行軍している。
先日の、灰衣の旗だけがあった村から三日経っていた。
そろそろこの行軍にも慣れ始めていた。
*
「うまいもんが食いたいぜ……」
ブルーノが支給された食事を食べながら文句を言っている。
今は、野営明けの早朝だ。
ノエルが傷みそうなものからと、配給表を見ながら今朝の食材を選んでいるので、あれやこれやと注文を付けることができないのだけれど、食べられるだけでもありがたい。
周りのヴェルナー子爵家軍も、斥候に出ているもの以外は皆、食事を取っており、今はやや緩い空気が流れている。
「本隊は今、どのあたりでしょうね?」
ニルスが木椀を片手に、なんとなく、といった感じで口を開いた。
というのも、ヴェルナー子爵家軍は、東南方面の小村制圧を進めるため、三手に分かれている。
一つ目は、ヴェルナー子爵家本隊。
本街道を中心に、主要村、捕虜後送、補給線、連絡維持を担当。
二つ目は、丘陵戦で右翼だった二部隊。
東側の小街道を北上する形で小村制圧を担当。
三つ目は、丘陵戦で左翼だったオルステッド隊、ロイター隊、アズール隊。つまり、僕たちだ。
本街道から見て西側の小街道へ入り、北上する形で小村制圧を担当している。
といった具合だ。
各々で街道を北上し、最終的にはノトスという街で合流することになっている。
ロイター隊は、マルティン・ロイター殿が指揮官の隊で、ロイターさんはあくまで僕の印象だけれど、派手さはないけど、地味な仕事を確実にこなす人って感じだ。
オルステッドさんほど、話し好きって感じでもなさそうで、わりと淡々とやるべきことをやっている。あまり私的な会話をしたことがないので、印象レベルだけれど。
そんな感じで、ヴェルナー子爵家軍の二部隊と、僕らでおおよそ三百名とちょっとの一団となっている。
朝食を取りながら雑談を続けていると、オルステッド隊の伝令が駆け込んできた。この人は、僕たち担当なのか、だいたい毎回同じ伝令がくるので、もう顔なじみだ。
「食事中に済まない。オルステッド様からの伝言で、アズール殿、オルステッド様の陣へお越しいただきたい」
軽く確認すると、斥候が戻り、確認した内容についての共有などで僕らの代表として来てほしいということのようだ。
承諾して、伝令が戻ると、僕は急いで朝食を流し込みオルステッドさんの陣まで向かった。
一人で出たつもりなんだけれど、いつの間にかカインが後ろにいる。振り返って見つめても「何か?」と返すだけで、涼しい顔をしている。まあ、同伴がいても問題はないと思うので、そのまま連れていくことにした。
オルステッドさんの陣、といっても、陣幕があるわけではなく、ただの大きな簡易テントがあるだけではあるが、護衛に通してもらい中へ入る。
中にはオルステッドさん、ロイターさん、あとそれぞれの副官などがおり、僕を待っていたようだ。
「遅くなってすみません」
待たせてしまったことに対して、謝罪するが、オルステッドさんは気にする様子もなく、急な要請だし問題ないと頷く。
「すまんな、朝早くから。斥候からの報告で――」
オルステッドさんの説明によると、街道の先に川があり、その川にかかる橋を灰衣たちが封鎖しているとのことだった。
詳しいことは斥候担当からということで、改めて報告を受ける。
「橋の前後に灰衣の旗があり、倒木と荷車で道をふさいでいるようです」
斥候担当は、枝で地面に絵を描いて説明してくれていた。とても分かりやすい。
「橋の手前と橋の向こうにも一隊ずつ、下流側に浅瀬はありますが、荷車は無理です」
地面に描かれた川の下流当たりに丸く囲いを書いて、渡河できそうな場所を示す。
斥候の話をまとめるとこうだった。
地形は、ルミナ潟岸らしい支流の橋。
橋は荷車が通れるが広くない。
川の上流側は深めで、大部隊の渡河は難しい。
下流側に浅めの場所があり、小勢なら渡れる。
橋の前後に灰衣勢が五十ずつ。
白い椀の旗が橋のたもとに立っている。
「以上になります」
斥候担当の報告を聞いたオルステッドさん、ロイターさんは少し考える顔をしながら、地面に描かれた橋の状況図を睨んでいる。
「灰衣の数自体は、それほど問題ではないのだが、橋のような狭路での戦いは望ましくないな」
ロイターさんが唸るような声を出して、腕を組んでいる。
オルステッドさんも「確かに」と頷き、しばし考え込んでいる。
力押しで押し通ることはできるのだろうけど、狭路だと数の有利を活かせず、さらに進行を妨害するように倒木や荷車で塞がれており、無理をすれば損害が大きくなるかもしれない。
しばしの沈黙の後、オルステッドさんが口を開いた。
「オルステッド隊が、街道正面から橋前の灰衣を押す。ロイター隊は――」
手に持った枝で地面の図を指しながらオルステッドさんが攻略案を語り、ロイターさんが補強していく形で最終的な案としてまとまった。
オルステッド隊は、街道正面から橋の手前にいる灰衣を受け止め、圧をかけ、じりじりと橋を押し渡る。
ロイター隊は浅瀬側へ展開し、弓で橋向こうの灰衣を牽制。逃げ道を押さえ、オルステッド隊が押し切れば、後に続いて橋を渡る想定だ。
そして、僕たちアズール隊は浅瀬側から小回りして渡河し、橋向こうの灰衣へ圧をかけ、敵の一隊を橋から引き剥がす役だ。
僕たちは主攻ではない。
敵を倒すことより、橋向こうの灰衣を橋から引き剥がし、灰衣の形を崩す、難しい役どころだ。
「では、それぞれ隊に戻り、準備を終えたら出発としよう」
オルステッドさんがそう締めると、僕たちは頷いてこの場は解散となった。
*
僕は隊の元に戻ると、皆に橋での戦闘が予定されていることを告げて、準備に入るようにと促した。
「引き付けるか……」
ガレスが考え込むように腕を組んで目をつぶっている。
なにかぶつぶつとつぶやいているが聞こえる声量ではない。
「難しい役だよね」
考え込んでいるガレスを見ながら、僕自身も、今回は今までにない難しい戦い方だと思っていた。
前回のようにただ前に突き進むという単純な戦い方ではない。
いったん敵に当たり、その後、じりじりと後退しつつ引き付けなければならない。
「ああ、今回はブルーノは後ろに回してエルヴィンを前に出すつもりだ」
うん、ブルーノはたぶん今回は向いてないと僕も思う。
なんかすごく「前に出させろ!」って暴れそうな気がするけれど。
あと、エルヴィンは守りとか耐えるとか、そういう戦いは得意そうな気がするので僕も賛成だ。
「うん、今回もガレスに任せる」
「ああ、任せてくれ」
ガレスは頷き、皆のもとへ歩いていく。
よし、僕も気合いを入れよう。
*
オルステッド隊が街道正面を進む。
目の前には、目的の橋と灰衣の旗が見える。
ロイター隊と、僕たちはオルステッド隊の後ろに隠れるように進んでいる。
実際に隠れられているとは思わないが、万が一うまくいったら儲けものくらいの感じだ。
橋に近づき、具体的な状況が見えてきた。
橋は、小さくもないが立派というほどでもなく、荷車が二台ぎりぎり通れるかどうかという幅だ。その橋の手前に倒木や壊された荷車などが積まれ、街道を塞いでいる。
防壁とでもいうのか、簡易の防御陣地のような形だ。
そして、橋の奥、向こう側にも灰衣の旗があり、あちら側は特に物で塞いではいないが兵が詰めていて、道を塞いでいる形だ。
手前も奥も、それぞれ五十名ほどだろうか。合わせて百名くらいの灰衣の集団のようだ。
ここで、いったんオルステッド隊が止まり、隊列を微調整する。
「前進せよ!」
オルステッドさんの号令でオルステッド隊がじりじりと橋前の灰衣へ圧をかけていく。
今回は籠った相手の攻略のため、勢いではなくじっくりと取り掛かると事前に聞いている。
オルステッド隊が前進すると、ロイター隊も連動するように浅瀬側へ動き出し、僕たちもついて行くように浅瀬側へ。
オルステッド隊は押してはいるが、倒木や荷車で詰まり、一気には抜けない。とはいえ、数では圧倒している。オルステッド隊は百五十名ほどだ。休ませない、そういう戦い方だ。
ロイター隊が、浅瀬の少し手前で停止しオルステッド隊を援護するように、橋前の灰衣勢の後方、ほぼ橋にかかるくらいの位置を狙って矢による斉射を開始。
これは、奥の灰衣を寄せさせない牽制にもなっているようで、援護に向かおうとしていた動きに動揺が見られる。
僕たちは、その動揺をついて一気に浅瀬を渡る算段だ。
浅瀬に足を入れると、思った以上に底が柔らかかった。
水は膝までも来ない。けれど、踏み込むたびに泥が足を取ろうとする。
ここで崩れれば、橋奥の灰衣に押し込まれる前に、こちらの列がばらける。だからこそ、小回りの利く僕たちの出番というわけだ。
「敵じゃなくて川かよ」
事前に説明していたはずだけれど、聞いていなかったのか、ブルーノが文句を言っている。
「今は、目の前の敵じゃなく、あそこに見える奥の灰衣が相手だよ」
僕がそう告げると、ブルーノはそちらへ目を向け、にやりと獰猛な笑みを浮かべ笑った。
「んじゃ、渡っていっちょやろうぜ!!」
まずい、乗せてしまったかもしれない。
ガレスの想定では、ブルーノが先頭で突っ込むのは想定外のはずだ。
ガレスの方を見ると、こちらを見ていたようで、大丈夫と頷いている。
僕たちは、少し速度を落としつつ、浅瀬を渡り川向こうへ出た。
橋の奥にいた灰衣たちもさすがに僕たちに気づいたようで、前にこそ出ては来ないが待ち構える格好でいるのが見える。
橋奥の灰衣たちも数は五十名ほどだ。
僕たちは三十名ほどなので、数の上では正直厳しい。
しかし、今回は倒すことが目的ではない。
「エルヴィンを先頭に前列五人を保ち、ゆっくり圧をかけろ!」
ガレスの指示が飛び、僕らは一歩一歩前進していく。
突撃ではない、じっくりだ。
盾を前面に高く構えて守備的攻勢だ。
距離が近づく。
そのとき、ロイター隊の弓が鳴った。
一斉に、というほど派手ではない。
けれど、矢は嫌なところへ落ちた。僕たちの前ではない。灰衣たちの後ろ、橋へ戻る道と、足を止めた者の肩口を狙うように降ってくる。
灰衣たちの列が揺れた。
戻れば矢を受ける。
橋へ寄れば、オルステッド隊に背を向ける。
その場に留まれば、次の矢が来る。
誰かが怒鳴った。
「前へ出ろ! あの小勢を潰せ!」
灰色の布が、こちらへ膨らんだ。
「受けろ! 押し返すな、受けて下がれ!」
ガレスの声が飛ぶ。
前列の盾が上がり、灰衣の槍とぶつかった。鈍い音が重なり、足元の泥が跳ねる。
エルヴィンは崩れなかった。
一歩受けて、一歩下がる。
それに合わせて、僕たちの列もゆっくりと後ろへ引いた。
逃げているのではない。
引きずり出しているのだ。
僕はブルーノを押さえるので必死だ。ブルーノ担当だ。
「ブルーノ、まだ待って! あとで出番あるから!!」
皆をかきわけて出ていこうとするブルーノをなんとか宥めて、僕の横にとどめ置く。
じりじりと隊を下げていく。
ガレスは川際へ寄りすぎないように、檄と指示を飛ばす。
下がりつつ、オルステッド隊の方へ目を向ける。
橋の上で、青い旗が一歩前へ出た。
それまで詰まっていた兵の流れが、少しずつ前へ動く。
前面に積まれていた倒木や荷車を乗り越え、後続が倒木を脇へ寄せて、最低限の進入路をこじ開けていく。
やがて、青い旗は橋の中ほどを越えた。
ロイター隊も矢による援護を継続しつつ、隊の一部の者がオルステッド隊の後部へ続いている。
「負傷したら後ろと入れ替われ!」
ガレスはゆっくりと隊を後退させつつ、確実にじっくりと引き付ける。
気が付けば、灰衣勢をかなり橋から引き離している。
オルステッド隊がぐいぐいと橋前にいた灰衣勢を追い込み、とうとう橋を抜けた。そのまま橋を抜けて広くとれるようになったオルステッド隊は後ろから続々と進軍し、隊を整えつつ、下がっていく灰衣勢を追い込み続ける。
そして、ロイター隊も橋を渡り、僕たちと相対している灰衣勢を後ろから挟み込もうとしていた。
もう、大勢は決しつつあった。
灰衣勢は、戦意を失いつつあり、一部の者は逃げ出し、血の気の多い者だけが武器を振るっている。
しかし、その抵抗もやがて止み、もう駄目だと悟った残っていた灰衣たちも武器を捨て、投降した。
*
倒木と壊れた荷車の撤去が進んでいる。
橋板の一部は傷んでいるが、通行には問題なさそうだ。
ブルーノが撤去作業を見ながら、なんだかなあとぼやいている。
「俺の出番は?」
僕は目をそらしながら、「また今度ね」とごまかしつつ、野営地点から移動してきたトマに目を向けた。
トマは橋と川を交互に見ながら安堵のため息をついていた。
「橋が残っててよかったですよ。こんなところ、荷車じゃ渡れませんから」
浅瀬とはいえ、実際自分で渡った感想としても荷車では無理だと思う。トマの言うことは正しい。
ノエルもトマと一緒に移動してきており、封鎖で滞っていた荷や食料の状況を帳面につける。
「道を止められるだけで、村いくつか分の食料が遅れます」
相変わらずノエルは僕とは見る視点が違う。
ノエルの言葉を聞きながら僕は道端に落ちた灰色の布を見る。
村では、鍋が槍になっていた。
今度は、椀の旗が道を塞いでいた。
街道は開いた。
倒木は脇へ寄せられ、壊れた荷車は車輪を外され、橋の上には通れるだけの幅が作られた。
けれど、道端には灰色の布が落ちていた。
村だけではない。
倉だけでもない。
灰色は、道にも出ていた。
開いたばかりの橋を渡る足音は、勝った後のものにしては、少しだけ重く聞こえた。




