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エルダニア大戦記〜敗残兵に飯と役目を与えていたら、乱世の国づくりが始まりました〜  作者: 志摩 伊純
第3章:灰衣大乱

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第29話 白い椀


 灰衣たちは武器を捨て、膝をついている。

 ヴェルナー子爵家軍は、灰衣を囲み、その武装を淡々と回収している。


 戦は終わった。

 けれど、軍は止まらなかった。


 勝った後にも、やることがあるのだと知った。



「アズール隊は、しばし野営地点で休憩されたし、とのことです」


 伝令がやってきて、オルステッドさんの指示を伝え戻っていく。

 僕たちは参加を許されてはいるけれど、やはり外様の部隊なので、大切なところまでは任せてもらえないようだ。


「あんまり強くなくて物足りねえなあ」


 ブルーノが何か言っているけれど、いったん放置しよう。

 

 野営地点に戻るようにとのことなので、ノエルやトマが待ってくれているはずだし、いったん戻ることにする。


 ガレスは戻るときにも隊列を気にして、指示を出しながらいろいろ試していた。おそらくヴェルナー子爵家軍に刺激を受けたのだと思う。


 そして、兵たちも『あんな風になりたい』と思ったみたいで、ガレスの指示を嬉々として受けて、それっぽく動いている。


 あくまでそれっぽいだけで、まだなんだかぎこちない感じではあるけれど、戦いが始まる前までとは格段に違うようには感じる。やはり実戦を経験すると違うのかもしれない。


 僕は、降伏した灰衣たちの様子を見ておきたかったので、ガレスに先に戻るように伝え、ブルーノとカインだけ残して、その様子を眺めていた。


 武器が一カ所に集められ、順に荷車に積みあげられていく。

 捕虜は座らされ、抵抗する者は縛り上げて手枷をはめられている。

 捕虜の中でも、傷の重そうな者は横に寝かされ、どう扱うかを相談しているようだ。


 丘陵から平原方向に目を向けると、ヴェルナー子爵家軍が、灰衣たちの戦死者を回収し、必要な処理のため、開けた場所へ運び込んでいる。


 そして、撤退した灰衣を追うように斥候が走り出した。


 戦いは終わったようで終わっていない。完全に終結するまでは誰かが常に動き続けているのだと思った。


 結果的に、僕たちの隊は、軽傷者が数名いるだけで、ほぼ無傷と言っていい状態だった。ヴェルナー子爵家軍も十数名程度の戦死者は出たが、負傷者もそれほどではなく、戦としては完勝と言っていいのだろう。


 そして、僕が今見ている灰衣たち。


 ぱっと見た印象では、ばらばらな者が集まってできた集団、という感じだった。


 元兵や荒くれ者、盗賊崩れのような者たち。

 育ちは悪くなさそうだけど、今は震えて蹲っている若者たち。

 明らかに村人らしい、身なりの貧しい者。


 武器を持って向かってきた以上、こちらも黙ってはいられない。

 結果として捕らえられるのは当然だと思う。ただ、全員が同じ身の上とは思えなかった。


 僕がしばらく灰衣たちを見つめていると、オルステッドさんが僕に気づき、近づいてきた。


「捕虜を見ているのか」


 オルステッドさんは、落ち着いた様子で僕の横に並び一緒に捕虜たちへ視線を向けた。


「はい、どういう者たちと戦っていたのか確認したくて」


 特別に彼らへ同情しているわけではない。

 ただ、どういう人たちだったのか、それが知りたかった。


「武器を持ってこちらへ向かってきた。戦場では十分だ」


 先ほど、僕が思っていたことと同じようなことをオルステッドさんが告げる。たぶん、そうじゃないと戦いを続けていくことはできないのだろう。


「はい、僕もそう思います」


 しばらく、灰衣たちの様子を眺めていると、「そういえば」とオルステッドさんが口を開いた。


「この後、先ほどの灰衣たちが拠点にしていた村を押さえに行くので、アズール隊も同行を頼む」


 聞けば、ヴェルナー子爵家軍で左翼を担当したオルステッド隊と、もう一部隊が村の押さえとして派遣されるとのことで、僕たちはオルステッド隊預かりなので同行しなければならないようだ。


「わかりました。この後、隊に戻り準備させます」


 オルステッドさんは、頷くと「では、よろしく頼む」と言い残し隊の方へ向かって歩いて行く。


 僕も、ブルーノとカインに声をかけ、捕虜となった灰衣たちを眺めながら隊へ戻った。


 隊へ戻ると、ノエルとトマたちも荷車を整え終えていた。

 僕たちはオルステッド隊の後ろに付き、灰衣たちが拠点にしていた村へ向かった。




 その村は、特に焼けたり、ひどく荒らされた様子はなかった。でも、戦支度と、ここで生活していた跡が、いたるところに残っていた。


 炊き出しに使っていたのであろう大釜。

 空の水桶。

 粥をすくう木匙。

 倉に敷かれている寝藁。


 そして、怯えている老人や子供たち。

 放置された鍬や槍。

 白い椀の印が付いた布。


 老人や子供たちは、村の端へ集められ、ヴェルナー子爵家の兵が見張っている。

 乱暴に扱われている様子はない。ただ、誰も声を上げず、こちらを見る目だけが固かった。


 ニルスが、倉の寝藁を見て少し考えた後に口を開いた。


「ここは、怪我人か病人を寝かせていたんじゃないかと思います」


 包帯や水桶が寝藁の近くにあり、今は無人となっているが人がいた痕跡が見て取れた。


 戦いから逃れた灰衣の一部が村に逃げ込んでいる可能性もあるので、慎重に隊列を組み村の確認を進めているが、今のところそういう輩は見当たらない。


 ノエルが大釜と、食料の倉を眺めながら「うーん」と唸っている。何か気になることでもあるのだろうか。


「どうかした?」


「いえ……。倉の様子を見て思ったんですけど、軍を食わせる量ではありませんね。村の者か、逃げ込んだ者へ配っていたのかもしれません」


 ふむ……。


 どういうことだろうか。ちょっと僕にはノエルが何を伝えたいのかがわからなかったけれど、皆で食を分け合うような村人たちが、なぜ槍を持ったのか、それは気になっていた。


 しばらく村内を巡回していると、オルステッドさんと村中央で合流した。


 村中央は、大きな炊き出し場になっているようで、大釜がいくつも並んでいる。今は、火は入っておらず、ただ静かに並んでいるだけだけれど。


「気にしているのか」


 オルステッドさんが、改めて僕に問いかけてきた。


「いいえ、捕虜のことは、そこまでではありません。武器を持って向かってきましたから」


「では、何を見ている」


「……あの鍋です。あれが、どうして槍になったのかと思って」


 僕は思ったことをそのまま口に出していた。

 灰衣は、好戦的な元兵や荒くれ者もそれなりにいたが、そうではない村人にしか見えない者もたくさん参加していた。


 僕の言葉を受けたオルステッドさんは、少し考えていたがため息を吐くように口を開く。


「飢えれば鍋を守る。奪われると思えば槍を持つ。そこへ荒くれが混じれば、こうなるということだろう」


 オルステッドさんは、やれやれ、といった表情で鍋を見つめて頭を振る。


「止められたんでしょうか」


 できる、できないはわからないけれど、槍を持つ前に何とかできなかったのかとは思ってしまう。


 オルステッドさんが僕を見つめて、さらに深いため息を吐いた。


「知らん。少なくとも、我らが来た時にはもう槍を持っていた」


 確かにそうだ。

 僕たちが来た時には既に灰衣たちは戦う準備を行っていた。

 仮に何かできるとするならば、もっともっと前の段階だったのだろう。


 胸が痛む、というのとは少し違う。

 けれど、何かしこりのようなものが残っている、そんな気がしているだけだった。



 概ね村の巡回も終わり、大きな問題はなさそうだと分かってきた。

 いったん、改めて村の中心に戻ると、ニルスが地面に落ちていた、泥にまみれた白い椀の旗を拾い上げていた。


「これ、どういう意味の旗なんでしょうね? 灰衣たちは戦いでも掲げていましたけど」


 ニルスが拾い上げた旗を伸ばして、まじまじと見つめながら「うーん」と唸っている。


 確かに、何か意味はありそうだけれど、よくわからない。

 しばらく、ニルスと二人で唸っていると、僕たちを見つめていた村の子供が大声で叫んだ。


「触るな。それは、飯の旗だ」


 僕とニルスは、突然の大声にびっくりして子供に振り返る。

 子供は舌を出して、そのまま走り去ってしまった。


 飯の旗?

 どういうことだろうか。

 さらに謎が増えた気持ちでニルスと二人で唸り続け、誰のものとも分からなくなった旗の一枚を、記録代わりに荷車へ載せた。


「兄上。今、この村を抱える余裕はありません」


 僕とニルスが唸っているのを見たノエルが何か言ってきているけど、ちょっと分からない。けれど、話を合わせた方がよさそうだ。


「分かってる」


「分かっている顔ではありません」


 うん、分かってないからね……。

 抱えるとか、そんな大それたことは考えてないし、できるとも思っていない。


 でも、忘れないことくらいはできると思った。


「……じゃあ、忘れないくらいにしておく」


 ノエルは、はぁ、とため息を吐き、頷いてくれた。

 今、何かできることはないし、立ち向かってくるならば、こちらも死ぬわけにはいかないので、戦うしかない。


 でも、このままでいい、とも思っていない。

 だから、忘れないようにしよう。

 今の僕にできるのは、それくらいだった。



 最初の戦いから、十日余りが経っていた。

 その後、三つほどの村を訪れた。


 一つ目の村では、大きな戦闘になることはなく、村に集められていた武器を回収することで目的は達成できた。ただ、小さな抵抗はあり、鍬を手放さずに怒鳴った者だけが捕縛された。

 この村でもニルスは寝藁を見ては、何かを気にしている様子だった。


 二つ目の村では、僕たちが着く頃には灰衣は逃げていた。

 残された村人が、食料ごと持ち去られて困っており、ヴェルナー子爵家軍から多少の食料が配給された。十分な量ではないかもしれないが……。


 ノエルが村人の数と残食料を帳簿につけて、オルステッドさんと会話していた。おそらく足りない分についての報告だろう。


 あとは、ブルーノが暴れられずに文句を言っていたが、何もないに越したことはない。


 三つ目の村では、白い椀の旗だけが残っていた。

 逃げた、というのとも違うようで、数名の灰衣の者が旗だけ立てていったそうだ。


 この三つ目の村は、村へ続く道がとりわけ悪く、トマが「荷車が通る道じゃない!」とずっと愚痴っていたのを記憶している。


 大きな戦闘になったのは、最初の丘陵での戦いだけだ。

 他の地方での灰衣たちは、どういう状況になっているかは、聞こえてきていないが、僕たちが進んでいる東南地方は比較的灰衣の影響は小さいのかもしれない。


 それでも灰衣はいたる所にその痕跡を残している。


 勝てば終わると思っていた。

 でも、勝った先にも、戦わない場所にも、別の灰色がある。

 白い椀の旗が、荷車の隅で小さく揺れていた。

 僕たちは、ヴェルナー子爵家の旗の後ろを、また東へ歩き出した。


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