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エルダニア大戦記  作者: 志摩 伊純
第0章:小男爵家五男と二人の幼馴染

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第3話 港都ルミナの休日


 エルダニア大陸をセントリア帝国が統一してから、三百五十年になるらしい。


 らしい、というのは、僕がその三百五十年を実感したことなんて、ほとんどないからだ。


 帝都セントリアは遠い。皇帝の名も、中央の法も、帳面の上では確かに存在している。けれど、僕が毎日見ているのは、港の帳面と、荷運びの怒鳴り声と、魚市場の匂いと、エルダ大河から吹いてくる湿った風だった。


 ここは、東南のルミナ潟岸。


 エルダ大河が海へ流れ込む、水と泥と船の土地。


 そして港都ルミナは、そんな大河の端にある、騒がしくて、働き者で、少しだけ面倒な町だった。


 僕たちはそこで、番明けの休日を迎えていた。



「ん-!」


 先日の船宿の一件から数日が経って、今日は休日だ。


 報告書やら、検分やらでなかなかに大変な日々だったけれど、ようやくそれらからも解放されて今日はのんびり過ごしたい。


 官舎暮らしの僕たちだが、四人一部屋のところをガレスとブルーノとの三人で利用させてもらっている。


 二段式の寝具の上には、まだ寝ているっぽいブルーノの気配。対面のガレスの寝具は綺麗に掛布団が折りたたまれており、既に起床しているようで姿は見えなかった。


「ガレスは朝練かな……」


 早朝というには遅い時間だけれど、まだ十分に朝といっていい時間帯で、港都ルミナは朝からまぶしいほどにぎわっている。


 ガレスはたいてい朝は少し早めに起きて、自主的な鍛錬を行っているので、きっと今日もそれだろう。


 さて、どうしたものか。少し小腹も空いているけれど、ブルーノを起こすか、このまま放っておくか。


 ……起こそう。放っておくと、後で起きた時に「なんで起こさない!」ってうるさいからね。


「ブルーノ! 起きて、朝だよ!!」


 布団にくるまって寝ているブルーノを揺する。


 ブルーノは意外と寝相も寝息も静かな方で、起きているときはあんなに騒がしいのに寝ているときはとっても穏やかだ。


 そして、寝起きもいい。


「お、朝か……」


「そうだよ、休みだけど、起きて。ご飯いくよ」


「おー……行くか!」


 バッと起きたかと思うと、もういつものブルーノだ。


「よっしゃ、アズール、置いていくぞー!!」


 起きたかと思えば、もう戸口まで行って、そのまま食堂に向かってしまった。


「いや……まぁ、いいんだけど、待ってよー」



 食堂は繁忙の時間はさすがに過ぎており、僕たちのような非番な者しかいないようで、まばらに食事をとっている者しかいなかった。


 基本的に選べるような食事ではなく、決まった定食を取って食べる仕組みだ。


 食堂を見渡すと、朝練を終えたであろうガレスもちょうど食事をとりに行っているところだったので、ブルーノと一緒にその後ろへ並ぶ。


「ガレス、おはよー」


「ああ、アズール、ブルーノもおはよう」


「んだぁ? 今日も朝から鍛錬か?」


「お前と違って、俺は野生で生きてはいないからな」


 ガレスはいつもの几帳面そうな表情をブルーノへ向け、朝食を取っている。


「んだよ、たまには俺も誘えよ」


「自分で起きてくるなら歓迎だ」


「つれないねえー」


 そんな会話をしながら、食事を取り、空いた卓へ三人で座る。やっと休暇がはじまった。そんな気がした。



「三人の休暇が揃うなんて、珍しいから今日は街にでもいかねーか?」


 ブルーノが豪快に朝食を食べながら、なかなかいいこと言ってきた。


「いいね、僕は予定もないし、いけるけど、ガレスはどう?」


「ああ、問題ない」


「おっし、んじゃ、朝飯食い終わったら、朝市でも見に行こうぜ」


 朝市、港都ルミナの魚市場を抜けた先にある広場で毎朝開かれている出店の集まりで、獲れたての魚や肉を使った屋台や、交易品なんかが並んでいるこの街の朝の顔のひとつだ。


「ブルーノ、まだ食べる気なの?!」


「おうよ、こんな定食じゃ腹が満たせねえよ」


「それはわからんでもない」


 ガレスも同意見のようだ。確かに、ブルーノもガレスも偉丈夫といってもいい……いや、偉丈夫そのもので、とってもたくましい体形をしている。


 僕は、ルミナ潟岸出身者の平均的な体型なので、そんなに大きくもなく、特に見栄えはしない。同郷で似たようなものを食べて育ったはずなのになぜだ……。


 そんなことを少し思ったりもしつつ、特に異論はない。


「よし、それじゃ、さっと食べちゃって、行こう!」



 官舎を出て、東へまっすぐ進む。


 繁華街を抜け、大桟橋を渡り、魚市場を過ぎた先に、朝市の出店が見えてきた。


 途中の魚市場でも新鮮な魚は手に入るが、さすがに調理はしてくれないので、何か食べるなら朝市がいい。


 朝市もさすがに混雑時は過ぎているようで、少ない、とまではいかないけれど、混みあっているという感じでもなく、ゆっくり過ごせそうな雰囲気だ。


「さーて、何からいきますかねえ!!」


 ブルーノはさっき食べたばかりだというのに、異常にやる気だ。


「官舎の定食は魚だったから、肉がいいかもしれんな」


 ガレスも負けていなかった。


「お、珍しく気が合うねえ、肉いくか!!!」


「それじゃ、いったん好きなものを買ってきて、あそこの卓に集合で」


 自由に解放されている飲食用の卓が並んでいる一角を指して、僕は二人に告げた。


「おうよ、いってくる!!」


 ブルーノは元気よく出店へ向かっていき、それにガレスも続いていった。


 僕は先ほどの朝食でじゅうぶん満たされてたので、近くの露店で搾りたての果物の飲料を買って、先に卓で待つことにした。


 この朝市の卓が並ぶ一角は、ルミナ港を見渡せる場所になっていた。


 青く澄んだ海に、大小さまざまな船が出入りしている。荷役人の掛け声が響き、役人が帳面に何かを書きつけ、異国風の衣を着た商人が、見慣れない香辛料の袋を抱えて歩いていた。


 港都ルミナは、大きい。


 僕の故郷とは比べものにならないくらい、人も荷も声も多い。


 そんなことを考えていたら、ガレスが戻ってきて、卓についた。


「それにしても、港都ルミナは大きい街だな」


 黒パンをちぎりながら、ガレスが僕と同じように港を眺めていた。


「そうだね。うちの領地なんて、たぶんこの倉庫街の一角より静かだよ」


 言ってから、少しだけ苦笑する。


 エスター男爵家は、ルミナ沿海伯家の寄子だ。僕はその五男。家督からは遠いし、実家にいても居場所は薄い。


 だから僕は、ガレスとブルーノを誘って、この港都ルミナへ出てきた。


 大きな港の片隅で、衛兵として何とか食いつないでいる。


 そう言うと少し情けないけれど、今の僕には、それくらいがちょうどよかった。


「アズールは飲み物だけかよー!」


 ブルーノも戻ってきた。


「うん、二人ほどたくさん食べる方じゃないしね」


 ブルーノは、両手いっぱいに串焼きを持ち満面の笑みだ。


「久しぶりにのんびりした朝でいいね」


 僕は二人に、そんな素直で率直な言葉を告げ、ちびちびと果汁水をなめるのであった。



 あらかた食べつくして朝市を出た僕たちが次に向かったのは、先日の現場でもあった船宿だった。


 検分でも何度か通わされたので、今更感はあるのだけれど、三人でとなるとあの時以来だ。あの船宿の方角を、見ないようにしていたつもりで、僕も二人もずっと気にしていたらしい。


「あー、縄で入れなくしてるなあ」


 船宿は、厳重に縄で立ち入りが制限されていて、見張りの顔見知りの衛兵もおり、中に入ることは出来なそうだった。


「そうだね、一応、まだ調査が終わってないみたいだしね」


 結局、僕たちには詳細は聞かされてはいないのだけれど、あの灰色の若者たちはなんだったのか。店主が燃やしてまで隠そうとしていたものとは。気にはなるけど、下っ端役人が下手に首を突っ込んで藪蛇みたいなことになっても怖い。


 そんなことを考えていると、後ろの方で、何やら噂話をしながら荷を積んでいる男たちの会話が聞こえてきた。


「灰色って、あれか、東部で暴れてるっていう……」


「……だ、怖いねえ。物騒な世の中になってきたもんだ」


 肝心なところが聞こえないけど、何か灰色の若者たちは東部と関係があるみたいだ。田舎者の僕にはエルダニアの東部といえば大きな街がたくさんあって、この港都ルミナと変わらないくらい都会っていうイメージしかないのだけれど。当然行ったことはない。


 ガレスもどうやら聞き耳を立てているようだが、あの顔は、僕と同じで聞き取れてはなさそうだ。付き合いが長いからわかる。


「うーん、ここにいても仕方なさそうだね、行こうか」


 そう言い残して、僕たちは船宿前をあとにした。



「んだあ? やんのかぁ???」


 ブルーノがブチ切れている。


「おいおい、たかだか三人でやろうってのか?」


 相手は、二十人くらいいる。多い。どうしてこうなった。


 というのも、船宿前をあとにした僕らは、特にあてもなかったので、繁華街に足を運び、立ち並ぶ商店の陳列品などを眺めていた。


 そんな時、「そういえば」と、ガレスが手入れで預けていた、お気に入りの武具がそろそろ戻ってくる頃合いかもしれない、となり向かっていたのだが……。


 目的地の砥ぎ屋まで、もう少しというところで、ガラの悪い若者たちが老婦に対して何か因縁をつけていた。


 若者の一人が、老婦の腕を乱暴につかんだように見えた。


 非番といえども、これは見過ごせない!となり、僕は声を掛けようとしたところ、ガレスが先に踏み込んで、手前にいた若者を一撃でのしてしまった。


「ガレス? 手が早いよ!!」


 僕は、思わずこぼす。


「いいねえ、俺も混ぜてくれよぉ!!」


 ブルーノまで!!


「なんだぁ?てめえらぁ」


 若者たちもブチ切れている。そりゃ仲間をいきなり殴られたら怒る気持ちはわかる。


 若者の怒声で気づいたのか、奥に仲間がいたようで、ぞろぞろと出てきて、気が付けば二十人ほどのガラの悪い若者の集団に。


 といった感じで、今に戻るのだけれど、これはどうしたものか。


 怪我をしないようにどうすれば治められるんだ……。


 ガレスもやる気っぽいし、ブルーノはブルーノだ。これが老婦や女性、子供などのか弱い相手が被害者でなければ、ガレスもここまでにはならなかったと思うが、ガレスはこういうのが一番許せないタイプだ。


 困った……。


 そんなことを考えていると、若者の一人が、悲鳴のような声をあげる。


「げぇ、こ、この二人は……まさか、冷徹鬼のガレスと、暴君ブルーノ!!」


 え? なんていった?


「ま、まじかよ……たった二人で、あの朱鬼会を壊滅させたって話の?」


「あっ……それ聞いたことあるぜ……まじか」


 な、何を言ってるんだ? 朱鬼会ってなんだ?


 いや、たぶん知らない方がいいやつだ。


「ごちゃごちゃうるせぇなぁ、来いよ、先手は譲ってやるよぉ」


 ブルーノはブルーノだ。


「老婦への狼藉は見過ごせん」


 ガレスもガレスだ。


「く、こいつら、まじでやべえから、引くぞ‥‥…」


 蜘蛛の子を散らすように、ガラの悪い連中が走り逃げて行った。なんだったんだ。


「二人とも、あとでちょっとお話聞かせてくれる?」


 僕は知らないといけないことがあるようだが、先に老婆を見ないといけない。


「あの? 大丈夫ですか?」


 僕は、怯えていた老婆を支えながら出来るだけ優しく声をかけた。


「ええ、ええ、おかげさまで……」


「何があったんですか?」


「いえ、私は目があまり良くないもんでね、こちらも悪かったのだけど、あの若者たちにぶつかってしまって……」


「あ、そういうことで、絡まれてしまったと……」


「あ……いえ、そうではなく、”婆さん目が悪いんなら目的地まで”って私を送ってくれようとしていただけで……」


「……」


 なるほど、なるほど。


「ガレス、ブルーノ?」


「はい」


「聞いていたね?」


「はい!」


「それじゃ、代わりに助けてあげないとね?」


「はい!!」



 日もほぼ落ちた夕宵の口。今日はなんだかいろいろあったけれど、仕事以外で久しぶりに三人でゆっくり時間を過ごせて楽しかった。


 官舎へ戻る前にと、ルミナ港を一望できる高台へ上り、三人で港都ルミナを眺めている。


 暗くなり始めている街にぽつぽつと明かりが灯り、海の暗さと街の明かりの対比がとても幻想的で美しい。


「いい景色だね、なんだかんだあったけど、平和な一日だった」


「ああ、そうだな」


 ガレスも同じ景色を眺めながら、短いながらも返してくれる。


 改めて港を見ると火を灯した大きな商船が出航していくのが見える。


 大きなマストには”ルミナ沿海伯家”の家紋が記されていて、沿海伯家所有の船だと一目で理解できた。


「世界は広くて、大きいね……」


 あんな大きな船で、どこまで行くのだろうか。


「んなことより、俺は腹減ったぜぇ……」


 ブルーノはブルーノだ。でも、それがいい。


「そうだね、それじゃ繁華街で一杯やって帰ろうか?」


「お、いいねえ! そうでなくっちゃな!!!」


「悪くないな、今日の締めにはちょうどいい」


「よし、いこう!」


 今日みたいな一日が、もう少し続けばいいのにと、そう思いながら、僕は二人と一緒に、街の明かりの方へ歩いていった。


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