第2話 衛兵と灰色と麻服
その夜の衛兵詰所は、いつもとは違う、どこか緊張感のある空気が漂い、普段なら雑談に興じている事務方の職員も何かを感じているのか固い表情を帳面に顔を落としている。
「今夜、このままいくんだな?」
上官のエランが確かめるようにアズールへ問いかける。
「はい、今夜、集会があるとのことなので、その場を一気に押さえます」
アズールは、出来るだけ落ち着いた雰囲気を出そうと丁寧に答えるも、やはり少し緊張はしていて、その表情は硬い。
「何度も言うが、殺すな。 火を出すな。 大事にするな」
「はい。火と死人だけは、絶対に出さないようにします」
エランは、どこか不安そうな顔をしつつ、今夜の船宿を押さえに向かう一同を見渡し、頭を振る。
「アズールはいい、ガレスもいい、だがな……ブルーノが不安だなあ……」
言いたいことはわかる、僕はブルーノの気質は誰よりも理解しているつもりだ。だからこそ、伝えなければいけない。
「大丈夫です、そのために僕がいます」
「そうだぜ、アズールは俺を扱うのが誰より上手いんだ! ぜんぶアズールに任せとけば問題ねーよ、な? ガレス」
「いや、お前のこれまでのやらかしを考えればエラン殿の不安はもっともだ」
「ガレスまでなんだよぉ、大丈夫だって、な? アズール」
「うん、ブルーノはやればできるし、ちゃんと見てるから」
そんな会話をしながら、集まった参加者を確認する。
僕たち三人と、追加の五人。それぞれ、少し癖はあるものの腕に不満はない。それなりの人選をしてくれたエランさんには感謝だ。
「それでは、簡単な船宿と周辺の情報をまとめたので、確認するぞ」
ガレスがいつの間に用意したのか、簡素ではあるけれど、わかりやすい船宿とその周辺の手書きの見取り図を卓上に広げた。
「まず、正面は……」
*
夜の港町を抜け、倉庫街へ向かう。八名もの衛兵が歩いてはいるものの、たいていの見回りは三名から五名で行うことが多く、ちょっと多くはあるが、道行く人たちは特に訝しんだりはしていないように見える。
さっき見取り図を囲んで決めた配置では、正面は、僕とブルーノと若い真面目な衛兵のコナンだ。ここはブルーノを起点として、船宿へ突入する。
水路側の裏口には、ガレスと、彼に普段から懐いているリオがあたる。正面と合わせて入り、逃げ道を塞ぐ役目だ。
最後に、今回参加の中で一番古参のロウ、僕に何故かあたりが強いジウ、あとブルーノを異常に恐れているカイが遊撃的に、逃げ出す相手を抑えたり、正面、裏口の支援に回る予定になっている。
「アズール、お前はそれほど腕っぷしはないので、正面はブルーノに任せることだ、怪我はするなよ」
横を歩いている、ガレスがいつもの感情があまりない表情で淡々と告げる。
「大丈夫だよ、自分が荒事には向いてないのは誰よりわかってる」
そう、僕はあまり強くはない、一応、人並みには戦える、ただ、戦えるだけで強いわけでは無い。腰に差した支給された直剣をなでながら答える。
「大丈夫だって、俺様がいるんだぜ? アズールの出番なんてねえよ!」
ブルーノは鉄鋲を打った大棍棒を軽々と肩に担いで、今から散歩でも行ってくるかのような、それでいて野獣のような鋭い眼光で行く先を見つめている。
「ブルーノは、荒事でしか役に立たんからな、ここが見せ場だぞ」
ガレスはガレスで、鉄心入りの太めな短槍を何事もないように片手で掴み、悠然と歩いている。一度持たせてもらったことあるけど、かなり重い。僕なら両手でもふらふらとしか歩けない。
「わーってるよ、んなことは俺が一番わかってる、任せとけって!」
そんな、いつもと変わらない二人を見ながら歩いていると倉庫街が近づいてくる。そろそろ三班に分かれて配置につくため、いったん別々に行動の頃合いだ。
「では、ここからは、それぞれの班で配置につくよ」
僕は皆に静かに指示を出した。
*
特に問題なく、僕たちは正面側に配置につけた。
夜も更ける……というほどの時間ではないが、今から出歩くという時間でもない。灰色たちは船宿の中から出てくる様子はなさそうだ。
裏口もガレスたちが配置につくために向かっているのは先ほど見えたので、問題ないだろう。
古参のロウたちも、それぞれが適切だと思われる位置にいるのが見える。彼らには火を警戒して、水桶と濡らした布だけは正面と裏口の両方へ回してもらっている。
突入は、ブルーノが正面の戸を自慢の大棍棒で打ち壊すことで始める予定になっていて、その音で裏口からもガレスたちが突入という流れだ。
薄い灯油の明かりが灯り、夜の雰囲気を醸し出している船宿の正面に、巨漢なブルーノが立つ。僕の合図を待っている。
「まだか?」
一応、声を抑えて、ブルーノが問いかけてくる。
僕は、念のため改めて皆の配置を確認しようとした、その時。
「だああ、んだあああ!!??」
中から怒号と、陶器が割れる音、そして誰かの悲鳴が響き渡る。
「ブルーノ!!!!」
僕はブルーノに叫ぶ。
「うおらあああああああああ!!!」
ブルーノは僕の声を待つどころか、それよりもいくらか早いくらいで大棍棒を正面の戸に叩きつけ、ぶち壊して中へ押し入っていく。
続いて、コナンも入っていく。
それを見届け、後に続き入る。
中はちょっとした食堂のような造りになっており、灰色の者たちが身構えていた。
ブルーノは、入り口から一番近かったのであろう、灰色一人をすでにのしていて、白目をむいて倒れている。すぐさま確認したが、息はあるし、命がどうという状態には見えない。
そして、奥に目をやると、ブルーノが別の灰色五人とやりあっている。
「ブルーノ! 殺しちゃだめだよ!!」
僕が心配するのは、そっちだ。
「でらああああああ!!」
ブルーノは屋内なことをまるで気にもしない。大棍棒を振り回し、テーブルや椅子ごと、最前にいた灰色の一名の足を狙ってぶん回す。
「ぐあぁ」
バギン!とグシャっと同時に二つの音が響き、灰色の一名の直剣ごと脚を圧し折っていた。
周りの灰色は、その様子を見て、ひるんでいる。
コナンは巻き込まれない位置で様子を伺いながら、相手の出方を伺っている。
奥からも喧騒が聞こえてきているので、ガレスも突入し、別の灰色たちとやりあっているのがわかる。
見たところ、入り口あたりの一人、先ほど足を折られた一人、あと、ブルーノと向かい合っている四人、計六人だ。
奥のガレスの方にも何人かいるとなると想定よりも多いのかもしれない。
「コナン、そのままブルーノを支援して!」
コナンは、こちらを見ずに頷くと、ブルーノの邪魔にならないように離れながら目の前の四人の隙をうかがっている。
「アズール、どうしよう。弱すぎて楽しめねえよ……殺してねえけど」
ブルーノが気の抜けた声で話しかけてくる。
「楽しまなくていいよ、今は四人に集中して! 増援が来るかも」
僕は、油断なくあたりを見回しながら状況を確認している。
外からも少しガヤついた怒声が聞こえるので、逃げたものがロウたちとやりあっているのかもしれない。
そんなことを考えていると、灰色たちが一斉にブルーノへ襲い掛かってきた。
ブルーノは、欠伸でもしそうな顔で、一名の攻撃を半身で避けつつ、回し蹴りで吹っ飛ばした。その回転のままに大棍棒を横薙ぎにぶん回して、並ぶように立っていた灰色二名を豪快に吹っ飛ばしていく。
あっという間に四名の内、三名が無力化され、残った一名は唖然としている。
その隙をついて、コナンが背後から残った一名の膝裏を椅子で払って転ばせ、そのまま押さえ込んだ。
食堂の制圧は、完了。
「よし、コナン、倒れている灰色たちを縛っておいて」
そう告げ、ブルーノへ向いてうなづく。
「ガレスたちの援護に行くよ」
*
そのころ、船宿の裏口側では――。
中からの怒号、そして正面側の戸が壊される轟音を確認し、裏口から突入したガレスは、入ってすぐの場所にいた店員らしき若い娘と目が合い「失礼する」とだけ告げ、あたりを見回す。
娘は唖然としつつも、何か良くないことが起こったということは理解したようで、慌てて外へ逃げ出していく。
裏口は荷運び口になっており、入ってすぐには様々な荷が積みあがっていた。その奥に麻の服を着た中年の男と灰色の若者が二名、びっくりしたような顔でこちらを伺っている。
「リオは、ここで外からの灰色の増援を警戒し、何かあれば知らせてくれ」
「了解です!」
ガレスを心酔しているリオは二言もなく承知し、裏口の警戒に当たる。
そんな間にも正面側は何やら騒がしい。おそらくブルーノが暴れているのだろう。麻服の中年男と灰色の若者の三人は、ガレスに向かうか、正面の方へ行くか迷っているようだ。
今日は屋内での戦闘を想定しているということもあり、短槍をもってきている。いつもはもう少し長く、重い得物を得意とするガレスだが、これはこれで使い慣れた武器ではあるので問題はない。
しばらく呆けていた三人だが、麻服の中年男は奥へ向かい、残る二名はガレスと向き合った。
「お前ら……ルミナの衛兵か! 何しにここにきた!!」
灰色の一名が、そんなことを叫んでいるが、真面目に答える必要も感じない。ガレスはゆっくりと歩きながら間を詰めていく。
「な、なんだよ、やるってのか!」
もう一名が声を震わせながら得物を抜く。
「抵抗しなければ、痛い目にはあわさん、武器を捨てて投降しろ」
ガレスは一応、衛兵としてのお約束として定められている説得を試みてみる。無駄だとは思っているが、決まり事だ。
「はん! 二人対一人でやろうってのか、目にもの見せてやる!!」
灰色の若者は、吐き捨てるように叫びながらガレスへ向かってきた。
ガレスは、やや冷めた表情のまま、最初に飛び込んできた灰色の脛を短槍で払い、もう一名が斬りかかってきたところを石突で受ける。
足をやられた灰色は起き上がれず、石突で受けられた灰色は信じられないといった目でガレスを見ている。
「ははは……まいった、降参だ、武器は捨てる」
斬りかかってきた武器を手放し、座り込む灰色。
「リオ、こいつらを縛り上げろ」
リオが「了解です!」と駆け寄ってきて、ガレスが見張る中、縛られていく灰色二名。残りは奥へいった麻服と正面側だ。
「リオ、こいつらを表のロウたちに引き渡したら、改めて裏口を固めろ。 出てくるやつがいるかもしれん」
「わかりました、ガレスさんは奥へ?」
「ああ、一人奥に逃げたのと、正面も気になるしな」
そう言い残し、ガレスは奥へ進んでいく。
*
ブルーノを先行させ、後に続く。
食堂以降、今のところ静かなもので、裏口のガレスもいったん落ち着いているのかもしれない。
「アズール、なんか変なにおいがしないか?」
「え? 変なにおい?」
すんすん、と改めて嗅いでみると、確かに何か焦げ付いたようなすえたにおいがしている。
「確かに……何か燃えてる?」
そんなことを話していると、みるみると黒煙が奥からあふれ出してきた。
「うわ、あいつら火でもつけやがったか?」
「油壷を買ってるとか、情報があったからそれかもしれない」
僕とブルーノは、急いで煙の出もとを探しに奥へ駆けていく。
すると、麻服の男が、倉庫部屋らしきところに油をまき、火をつけながら何やらぶつぶつ呟いていた。
「灰を……纏えば……貴賤は……」
卓の上には、名前を書きつけた紙束のようなものが散らばっていて、男はそれに油をかけていた。
何かわからないが、気がおかしくなってしまったのか、目が正気ではない。これ以上、油をまかれると、大火事になってしまうかもしれない。
「ブルーノ、止めさせて!!」
「おうよ!!!」
ブルーノは大棍棒の柄を、麻服の男の肩口へごつんと落として昏倒させた。麻服は火に夢中でこちらには気づいていなかった。
しかし、火の勢いが収まらない、ここは仕方ない。
「ロウたちを呼ぶ、ブルーノはあの大きな棚の火を叩いて小さくして!」
「おほー、そういうのなら任せろ、どりゃああああ!!」
ブルーノを残し、僕は外のロウたちへ向かって駆けだす。
途中で、膝を抱えて蹲っていた若い男の店員を見かけ、声をかける。
「ここの店員ですか? 危ないので外へ、私も今向かっているのでいきましょう」
「あ、ああ……ありがとうございます。腰が抜けて……」
若者を担ぐようにして、正面から外へ出て、少し離れた位置へ若者を下し、ロウたちを呼ぶ。
「ロウ! 船宿に火が!! 水桶をあるだけ集めて急いで奥に!!!」
僕も正面入り口に準備してあった水桶を担ぎ、倉庫部屋へ急いだ。
*
火は消えた。
そして、船宿の倉庫部屋は壊滅した。
水桶やら水汲みやらに手間取っている間に、火元を何とかしようとしたブルーノが大棍棒で、燃えているところを辺りかまわず破壊してしまった。
そのお陰といっていいのか、大きい火が小さく散らばったことで、水桶での消火には成功し……火事自体はボヤ程度で済ますことができた。
ただ、倉庫部屋は壊滅した。
……大事かもしれない。
幸い、船宿あたりは倉庫街を抜けたところにあり、夜は特に人気のあまりないエリアだったので、大騒ぎにはならなかった。
ロウたちに、荷車を持ってきてもらい、灰色たちと麻服の中年男を詰め込み、僕が救助した店員と先に逃げた若い娘も、外にいたリオが保護していたので一緒に伴って、衛兵詰所へ帰還した。
どうやら、店員の話では、倉庫部屋に火をつけたのが、あの船宿の店主らしく、何か燃やさなければならないものがあったのかもしれない。
店主は、灰色の布こそ纏っていなかったが、灰色の連中と同じ言葉を口にしていた。
ただ、それ以上は別の調査担当に回すため、我々の仕事はここまでだ。
「火は……ギリギリだが死人は出さんかったな。倉庫部屋の件は、まあ……俺がなんとか報告書にする」
エランさんが、何とも言えない顔で告げてくる。
「はい、火に気づくのが遅れて、すみません」
「まあ、ぎりぎりだ。あとは、調査官と尋問官に回すから、お前らは帰っていいぞ。記録は明日つければいい、お疲れさまだ」
「あ、はい、お疲れ様です」
エランさんは、そう告げると、衛兵詰所の奥へ消えていった。
「はぁー!なんか暴れ足りんが、少しは面白かったな!」
「仕事におもしろいもくそもない、真面目にやれ」
ブルーノはブルーノで、ガレスはガレスだ。
「よし、今日は一仕事終えたし、軽く打ち上げて帰ろうか」
「お、いいねえ、アズール、わかってるじゃねえか」
「うむ、たまには良いな」
*
夜も更けてきた中、串焼き屋の屋台に三人並んで座る。
串焼きの煙に、さっき嗅いだ焦げた油の匂いが少しだけ混ざっているような気がした。
「今日は俺が第一等の活躍だったんじゃねーか?」
既に赤い顔をしたブルーノが勢いよく飲み食いしている。彼はあまり酒に強くない。好きだけど、強くはない。
「ふん、まあ、確かに正面は数も多かったし、消火にも働きがあったしな」
「お、珍しくガレスが褒めるじゃねーか」
「褒めてはおらん、事実を言ったまでだ」
なんだかんだでこの二人とも付き合いが長い。いつも喧嘩しているようで、認め合っていることも知っている。
この二人となら、明日も仕事に出て、飯を食って、また何かをどうにかできるのかもしれない。安い酒を舐めながら、そんな頼りないことをぼんやり考えていた。




