第1話 灰色と港町
朝の港は、交易の積み荷を上げ下ろす声や、漁帰りの男たちの怒鳴り声、市場の呼び込みで賑わっていた。
人々の顔には笑みがあり、日々の暮らしにも活気がある。けれど、その騒がしさの底に、妙なざらつきが混じっていた。
いつもより、衛兵詰所へ持ち込まれる陳情が多い。
港に併設するように建てられた、木造のしっかりした衛兵詰所の中で、アズールは帳面と睨めっこしながらうなっていた。
「うーん、こういう仕事は苦手だ……」
横では、幼馴染でもある、ひとつ年上のガレスがてきぱきと事務仕事をこなしている。
「文句を言っても仕事は減らんぞ、アズール」
ガレスは帳面から目をそらすことなく、手も止まることなく告げ、また一枚帳面を仕上げていく。
そういえば、ブルーノはどこへ行ったのだろうか、気が付けばもう一人の幼馴染である彼がいない。僕以上に帳面など苦手な彼は、いつの間にやらどこかへ退散してしまったようだ。
溜息を吐きつつ、帳面の確認作業を進めていると、気になる情報が書かれていることに気が付いた。
陳情やちょっとした申告の記載された帳面であるのだが、ここ数日の間で港にて怪しい人物、出来事の目撃情報が複数件あがっている。
このルミナ沿海伯領の領都の港は、様々な交易などで人の出入りが多いため、怪しい人物など掃いて捨てるほどいると思うのだが、気になってしまったので、ガレスにも聞いてみることにした。
「ガレス、この情報なんだけど……」
たとえば、『灰色の布を纏ったガラの悪い若者集団』だったり、『粥場にいた若者たちが夜にどこかへ消える』だったりと、ひとつひとつはどうということはない情報だ。
だが、帳面としてまとまった情報として並べてみると、何かが繋がっているような気がしなくもない。気のせいかもしれないが。
そんなことをガレスに伝えてみたところ、ガレスも何か考え込んでいる。
「確かに……」
気のせいで済ますには、少し引っ掛かりが大きく、見過ごしてよいものか不安になってくる。
「油壺が買われた日と、灰色の布の若者が見られた日は近い」
ガレスが書かれている情報に目を通しながら、独り言のように呟いている。
「粥場から消えた若者の数と、夜の船宿の目撃人数が合う」
僕も同じことが気になっていて、ガレスが代弁してくれているような気持ちで頼もしくなる。
「我々でも少し聞き込みなどを行って、状況を確認してみるか?」
ガレスがその几帳面そうな顔をこちらに向けて、そんな提案を投げかけてきた。
正直、気になる。このまま放置して何か問題が起きたら、帳面を確認していた我々にも何かしらの責が降ってくるかもしれない。何より……帳面仕事からも抜け出したい。
「そうだね、行こう」
そうとなれば、言うが早いか、さっと支給されている外套を羽織り、ガレスを伴って港町へ繰り出した。
*
衛兵詰所を出て、最初に向かったのは”灰色の布の若者”の目撃情報があった、港の倉庫街に近い広場だ。
今は午前中ということもあってか、怪しい人物などはいない……のだが、怪しくはないが、とてもよく知る人物と似た男が、何やらもめていた。
いや、似た……ではない、ブルーノだった、本人だ。
ブルーノは片手に串焼きらしきものを持ちながら、大声で怒鳴っている。
怒鳴られている相手も相手で、ブルーノに負けずに何か大声で言い返していて、そのまま放っておけば、いずれ暴力沙汰になるかもしれない。
そんなことを思って、止めに入ろうと動き出そうとした。
その瞬間、横にいたガレスが目にも止まらない速さでブルーノへ駆け寄っていく。
ブルーノも、突然の乱入者に身構えるも、相手がガレスと気づき、一瞬気が緩んだのか、「おおー」などと返した瞬間、ガレスの見事すぎるアッパーカットがブルーノの顎をとらえた。
吹っ飛んでいくブルーノ。
ガレスは「職務中だぞ」と何か言っているけれど、僕もブルーノと揉めていた相手も、唖然とするしかない。
いや、職務中ではあるのだが、そんないきなり殴ることは……と思わなくもないが、ガレスとブルーノの間ではよくあることなので胸にしまう。
「痛つつ……朝からやるじゃねえか、ガレスよぉ」
ブルーノは軽く口を切ったのか血を細く流しながら起き上がる。
そして気が付いたら、揉めていた相手がいない。おそらく逃げたな。
衛兵の外套をまとった我々が来た、そしてブルーノを殴った、そういう現場を見て、おそらくこのままではしょっ引かれるとでも思ったのだろう。心外だ。
とはいえ、今はブルーノとガレスだ。
ブルーノは器用にも、串焼きを握ったままで、首をならしている。
「仕事を放っぽりだして、遊んでいるお前が悪い」
ガレスがその几帳面そうな顔を特に歪めることもなく、淡々と告げる。
ブルーノはブルーノで、今度はガレスとやり合おうというのか、肩をぶんぶん回して、何やら準備を始めている様子。
これはだめだ。このままだと仕事どころではない、というか、始末書ものだ。何とか止めないといけない。
「二人とも、待って。いったん止まろう」
あまり気は乗らないが、二人の間に割って入る様に歩き出す。
「ガレス、いきなり殴るのはよくない。あと、ブルーノも仕事をさぼるのはよくない」
とてもありきたりな言葉しか出ない。もっと語彙力があれば……。
「アズールよぉ、俺が帳面仕事とかできると思うかよ?」
さすがにブルーノも悪いとは思ってはいるようで、ガレスや揉めていた相手に向けるような圧はなく、目をそらしながら僕へ言い訳じみたことを言ってくる。
「アズール、ブルーノは言ったって聞かん、殴るのが早い」
ガレスはガレスでなんか物騒なことを言っている。というか、既に殴ってるよね。
「そういうことじゃないよ、二人とも」
僕は二人の静かな圧に挟まれながら、落ち着いて告げる。
「衛兵の外套をまとって揉めたら仕事がなくなる」
*
特に倉庫街では新しい情報は入手できなかった。
あの後、二人を諫めて、聞き込みを続けたのだが”灰色の布の若者”の噂話を聞いたことがあるという話は、何人からか聞き取れたが、直接見たというような人には出会えなかった。
次に油壺が売られている市場にも出向いてみて、何店舗か聞き込みしてはみたが、こちらも一般的な買取の情報以外は特に怪しい感じの話は出てこなかった。
「怪しいやつなんて、その辺にいっぱいいるから、片っ端から殴っていけば、どこかで当たるんじゃないか?」
ブルーノがなんか物騒なことを言っている。
「いや、まだ何か起こっているとはっきりわかってるわけじゃないからね」
ブルーノが無茶しないように牽制しつつ、次の聞き込み先を考えていると、ガレスが遠くを眺めているのに気が付いた。
「ガレス? どうかした?」
僕がそう聞くと、ガレスはこちらを見ずに、歩き出しながら答えた。
「灰色だ、後をつけよう」
え?っと思いつつ、ガレスが見ている方向へ目を向けると、いた。
確かに灰色の布をまとった若者がひとり、ちょうど角を曲がって視界から消えたところだ。
「追うよ、まだ捕まえない、何処へ行くか確認するだけ」
僕は、急ぎ足で曲がり角へ向かう。
「急に走んなよー」
ブルーノもぶつぶつ言いながらついては来ている。
角を曲がると、30メートルほど先に、灰色の若者がとぼとぼ歩いているのを見つけた。
ここからは慎重につけることにしないと。三人で距離を維持したまま、尾行する。
灰色の若者は、特に急ぐ様子もなく港町を歩いていく。
出店を眺め、屋台で串焼きを買い、時折立ち止まる。
そのたびにブルーノが「今だろ」とでも言いたげに身を乗り出すので、僕は何度も袖を引く羽目になった。
気が付けば、昼を過ぎ、日も傾き始めている。
そのころになって、若者はどこからか現れたもう一人の灰色の布をまとった若者と合流した。
何かを話しているが、さすがに聞き取れない。
そのまま、二人して歩き出し、倉庫街の方へ向かっていった。
「怪しいな」
ガレスが疲れも見せない落ち着いた顔でつぶやく。
「殴ってしょっ引いたらはやいんじゃないか?」
ブルーノはブルーノだ。
「いや、このままどこへ向かうか確認しよう。 何かあるかもしれない」
僕はふたりにそう告げて、倉庫街へ改めて向かう。
*
前を歩く灰色の布をまとった若者ふたりは、特に何か会話することもなく黙々と倉庫街を抜け、ある一軒の港外れの船宿へ入っていった。
こんなところに船宿があるなんて、初めて知った。
少し距離を空けつつ、船宿の様子を見る。
特に大きな宿ではないが、それでも10人くらいは宿泊できそうな規模だ。
「ただの宿泊客なのかな?」
怪しくはあるが、ただ怪しいだけで、何かをしていたのを目撃できたわけではない。疑わしきはなんとやら。それだけでどうこうするというわけにもいかない。
「もう少し宿に寄って、中の様子をうかがうか?」
ガレスが落ち着いた様子でそう聞いてくる。
そうしたい、けれど、さすがに三人で宿に耳を当てて様子を探るのは、逆に怪しすぎる。ここは、この三人の中で、一番落ち着いていて、臨機応変に対応できるガレスに頼むしかないか……。
「ガレスやれる? さすがに三人ではこっちが怪しいしね」
ガレスは、言葉ではなく頷いて了承し、船宿へ向かっていった。
「アズール、ちっと小腹空いたから串焼きでも食べないか?」
ブルーノはいつもブルーノだ。
「ガレスが頑張ってるのに……一本だけだよ」
僕もお腹が空いてた。
*
ガレスが船宿に張り付いて、1時間ほど。
僕とブルーノは、少し離れて、船宿が直接は見えない位置まで下がり、並んでいる小さめな樽に腰を掛けて待っていた。
「ブルーノ、ちと用を足しにいってくる」
「おう、いっぱい出してこい!!」
景気よく送り出してくれるブルーノ。そういうところは気持ちがいい。
僕は用を足しに、少しだけ離れて海辺へ向かい、事が終わって戻ってきたら……あれ?ブルーノがいない。
暇すぎて帰ったのだろうか?
ふとそんなことを思って、ガレスは大丈夫かと船宿が見える位置まで移動し覗いてみると、いた。ブルーノがガレスと何か言い合っている。
ガレスは「黙れ」とか言いながら、ブルーノの首根っこを引っ張りながら、こちらに向かってきている。
「何やってるの二人とも」
「いや、ブルーノがまどろっこしいから、このまま突っ込むとか言い出してな、中に気づかれるのではとなって、引っ張ってきた」
ブルーノは、僕と目を合わせない。
「だってよー、もう1日こんなんじゃまどろっこしいじゃないか」
言いたいことはわかる、わかるけど、そうじゃない。
「ブルーノ?」
ブルーノはさらに目をそらす。
「一緒に待とうね?」
「……おう」
そんなこともありつつ、改めてガレスは船宿に張り付き、僕とブルーノは樽に座り待機。
ブルーノは暇そうにしているけれど、僕と一緒にいるときは案外こういう待つとか、そういうことには文句を言わな……くもないけど、付き合ってはくれる。目を離すと、さっきみたいなことはあるけど。
何より僕も帳面仕事よりは、こっちの方がまだいい。
そんなことを考えながら、さらに2時間ほど、ブルーノと昔話や暇を持て余したブルーノを宥めなどしていたら、ガレスが帰ってきた。
「おかえり、ガレス、どうだった?」
ガレスは特に疲れも見せず、淡々としながら一言告げた。
「黒だ」
*
衛兵詰所へ戻りながらガレスが語る。
古い船宿の壁は薄く、裏手の荷運び口から、奥の声が少し漏れていたらしい。
「あの後、先に入っていた2名と、そのあとに4名ほどがあの船宿に入ってきた」
僕とブルーノは、頷きながら続きを促す。
「少し聞き取りにくくはあったが、油壺を買い集めたり、新たな仲間を増やすなど、そういうことを言っていたな」
やはり、そうか、と僕は思いつつ、続きを聞く。
「また、やつらの仲間が徴税帳簿を持つ小役をつけていたようだ」
なんだか想像以上にきなくさい。
「次の新月の夜に火を放つとか、そういう会話が聞こえた」
火?なぜ、火を??
理由はわからないけど、おそらくそのための油壺を購入し、仲間を集めているのだろうということは想像できた。
港で火が出れば、船宿一軒では済まない。倉も、積み荷も、船も、人も巻き込む。
「なんだか、まどろっこしいことする輩たちだな」
ブルーノは、相変わらずブルーノだ。
「あと、今夜、会合があるらしく、あの船宿に、主だった連中が集まるようだ」
なるほど……今夜か。
「これは、僕たちだけでは処理できないね……上官のエランさんに報告しよう」
「おいおい、俺とガレスだけでも十分やれるぞ」
「うん、たぶん、そうなんだけれど、そうじゃなく。報連相。大切なんだよ」
ブルーノは苦い顔をしている。たぶん、嫌いな野菜を思い浮かべたんだろうなと僕は思った。
「とはいえ、あのエランどのがまともな差配するだろうか」
ガレスはガレスで心配性なので、エランさんの仕事に不安を感じているようだ。
「そうだね……でも、勝手にやって、それが問題になってもね、困るし」
ガレスはうんうんと頷いている。
「そうだな、一応、あんな上官ではあるが筋は通さないとな」
そういうこと。
そんな感じで衛兵詰所へ三人で戻ると、ちょうどエランさんも戻ってきていたようで、都合がいい。
「アズール、以下、二名戻りました」
「おう、おかえり。帳面サボってお散歩か?」
「いえ、その帳面から怪しいと感じた情報があり、調査に出向いていました」
「へぇ、何かつかめたのかい?」
「はい、それが……」
先ほど二人と話していた内容を整理し、エランさんへ伝えたところ、これまた苦い顔になってしまった。
「こりゃまた……どうしたもんかね……」
エランさんは、困った、そういう感じで頭を搔きながらうんうん唸っている。
「さっといってざっと取り締まればいいじゃねえか」
ブルーノはブルーノだ。話が早い。
「そういう問題ではない、取り逃がさずに、こちらの被害を少なくできなければ問題になる、そういうことだ」
ガレスは真面目だ。それがいいところでもある。
「おそらく、五人から八人ほどの賊だと思われます」
僕がそう伝えると、エランさんはいっそう難しい顔をして、告げた。
「大事にするな、あと火を出すな」
「死人も出すな……」
ひとまず、制圧には向かうようだ。何より。
「お前たちに追加で五名つける」
あれ、僕たちも行く話になっている?
「よっしゃ、久しぶりに堂々と暴れられるな!アズール!!」
ブルーノはやる気だ、とてもやる気だ。
「アズール、作戦を立てるぞ」
ガレスもやる気だ。そして真面目だ。
「お前たち、決行前に報告しろよ、勝手は許さん」
エランさんも消極的ながらもやる気だ。
「わかりました、改めて報告します」
僕は……やるしかないのか。
*
エランさんが連れてきた五名の追加の衛兵仲間と合流した。
全員顔は知ってはいるけれど、そこまで親しいという仲でもない。
若い真面目な衛兵。
古参で面倒くさがりな衛兵。
やや僕にあたりが強い衛兵。
ガレスに懐いている衛兵。
ブルーノを怖がっている衛兵。
ブルーノはその五人を見て「大丈夫かよー」とか言ってるけど、そういうことを本人たちの目の前で言わない。みんな目をそらしてるし、特に一人がとても怖がってる。
ガレスも五人を眺めながら、何かを考えている顔をしている。たぶん、どう配置するとか、船宿を想像しながら検討しているのかもしれない。
「よーし、お前ら、アズールに手柄立てさせるぞ!まずは俺が正面を割る」
「うむ、この件を収めれば、アズールの名で報告できるな」
いやいや、この八人で……いや、僕とガレス、ブルーノの三人で立てるんだよ。
「僕の手柄というより……この八人で行くなら、失敗したくない」
そして、ガレスとブルーノがいるなら、僕も逃げるわけにはいかない。そんな気持ちをこめて二人を見つめる。
ガレスとブルーノは静かに、力強くうなづく。
夕日も落ちた港町の夜は、朝とは違う賑やかさと華やかさを帯びていた。その灯の外れで、僕たちは八人で頷き合った。
まだ誰にも知られない、小さな仕事のつもりだった。




