第27話 灰色の火種
夜明け前、港都ルミナの門が開いた。
ヴェルナー子爵家の旗が、朝靄の中で動き出す。
僕たちはその後ろに並んでいる。
荷車は軽くなっていた。
昨日までそこにいた三人が、もう乗っていないからだ。
軽くなったはずなのに、僕には少しだけ重く見えた。
*
「沿海伯軍本隊は中央道を進む」
僕らはヴェルナー子爵家軍のオルステッド隊に混ざる形で行軍に加わることを許されている。オルステッド隊のやや前方にいるオルステッドさんが、声を上げて指示を出している。
「他の寄子衆は北側と南側へ展開しているが、我らは東南の村々を押さえる」
昨晩、伝令から報告を受けていたので知っている内容ではあったが、改めてということなのだと思う。
僕たちはオルステッド隊の後方寄りで、荷車の護衛、何かあった時の補助、それに予備人員として数えられているらしく、状況次第で前に出ることもあるようだ。
道中は特に大きな出来事もなく、進んでいる。
港都周辺の畑、閉じられた村門、僕たち以外にはあまり利用者のいない街道。どこにでもある東南地方の風景ではあるのだけれど、いつもとは違う気配が至る所に感じられる。
港都を発ってから、二日目に入っていた。やはりヴェルナー子爵家軍の統率はすごい。無駄話をする者もおらず、旗が傾くこともなく、隊列も乱れずに歩き続けている。
ガレスとエルヴィンは、その様子を学ぶように見ているし、ノエルはずっと食料と荷車の荷の減り方を観察しては、木板に何かを書き留めている。
ちなみにブルーノは暇なのか、ずっと僕に話しかけてくる。
「アズール、あそこの梨ってもいだら怒られっかな?」
うん、やめておいてほしいかな。怒られるのもあるかもしれないけれど、ヴェルナー子爵家軍との違いが出すぎて恥ずかしいので。
そんなことを返していると、ブルーノは面白くなさそうにガレスの方へ行ってしまった。自由だなー……。
カインとニルスは僕の後ろで黙って歩いているけれど、ニルスは重傷者がいなくなったこともあり、少し寂しがってはいたけれど、それはそれで良いことだとも理解しているので今は元気が戻ってきている。
目的地はもう少しだ。
僕は気合いを入れなおして、足を前へ踏み出した。
*
翌日の昼前、目的の村を見下ろす丘陵へたどり着いた。
街道から少し外れ、町というには小さく、村というには大きい集落を見下ろせる丘陵の上で、ヴェルナー子爵家軍は陣を取るようで、各々が構築作業を進め始めている。
丘から見える村は、規模的には大きな村という感じだけれど、本来の住人以上の人がいるのか、至る所で炊き出しの煙が上がっており、戦支度のためなのか、活気がある様子がうかがえた。
オルステッド隊は、ヴェルナー子爵家軍本隊の左側面に展開するようで、荷車をまとめて外側に配置し、防壁代わりに並べたり、見張りの順番や担当分けなどを整えている。
僕たちも、自分たちの居場所づくりを始めた。
「あまり我々だけで変わったことは避けた方がいいだろう」
エルヴィンがオルステッド隊の動きを見ながら言い、ガレスも「確かに」と頷いた。僕らは、荷車の置き方も、見張りの立て方も、まずはオルステッド隊に倣うことにした。
そうでなくても、大規模な陣構築に参加などしたことはないので、結果的には同じことになっていたような気はするけれど。
トマは人足たちと連携して、荷車を止め、必要な物資を下ろし始めており、ノエルはその物資の状態や配給について思案し始めている。
ガレスとエルヴィンは、野営用のテントを兵たちと構築し始めていて、ニルスはそこに割って入り、負傷者用のテントを分けて作ってほしいと相談していた。
ニルスは、ここしばらく負傷者の対応に苦慮していたので、目の付け所がそういう部分になってきている気がする。槍を振るって戦うことには向いてはいなさそうなので、負傷者を見る担当として頑張ってもらうのがいいかもしれない。
ちなみにブルーノは暇そうに僕に付いている。あとカインも。
「カイン、一応、見回り担当について、オルステッド隊と相談してきてもらえないかな?僕の代わりで」
あまり暇にされてもどうかと思うので、カインに仕事を振ってみた。
カインは、少し悩んだそぶりを見せつつも、ブルーノを見て、僕に向き直り、口を開く。
「承知いたしました。ブルーノ殿がアズール様の側に居られれば問題ないでしょう」
と、言い残してオルステッド隊の方へ歩いていく。僕の護衛として側にいてくれたのかな。そうであれば、ブルーノほど頼りになる護衛もそうはいないので、安心して行ってきてほしい。
「ん? アズールを守ればいいのか。てかよ、いつもと同じだな!」
ブルーノは、にっと笑いながら僕の背中をばんばん叩いてくる。正直痛い。少し優しく叩いてほしい。
僕は全体を見て回りながら、人手が足りなそうなところに入ろうかと思っていたのだけれど、案外問題なく進んでいて、僕とブルーノだけサボってるみたいで少し申し訳ない気持ちになってくる。
そうこうしていると、オルステッドさん本人が僕たちの方にやってきて、「大丈夫そうだな」と声をかけてきた。
「ええ、何とかなっています。形だけは……ですけど」
ははは、と乾いた笑いしか出ないけれど、オルステッドさんに向き合い言葉を重ねていた。オルステッド隊は概ね準備を終えたらしく、ならば僕らがどうなっているかを見てみようと、やってきたとのことだった。
オルステッドさんは面倒見がいい。道中も何かと僕たちを気にかけてくれて、ノエルの算段で用意していた一部物資に不足が出そうなことが分かると、予備物資を回してくれたりなど、本当に頭が上がらない……。
「アズール殿、手が空くようなら少し付き合ってもらえるかな?」
オルステッドさんの言葉に、特に反対する理由もなく、ブルーノと二人でオルステッドさんについて行くことにした。
連れられて向かったところは、村を一望できる丘陵の前面で、そこからは灰衣の一団も陣構築をしている様子が一通り見えていた。
少し遠くて細かいところまではわからないけれど、灰色の布をまとっている者が右往左往し、武装した者が指示を出している、というような様子は見て取れる。
見える限りでは、装備は整っていないようで槍の長さもまちまちだし、防具も不揃いに見える。
「あれは灰衣というより、灰衣を掲げた荒くれだな」
オルステッドさんが村を見下ろしながらそんな感想を述べる。確かに、手前にいる灰衣をまとった者たちは、戦う者というより、ただの村人にも見える。
不揃いに掲げられた”白い椀”の旗がぽつぽつと並んでおり、僕にはその旗の意味がわからなかったが、灰衣を示すものなのだろうか。
「そうですね。でも、向かってくるならば戦うしかないです」
灰色の布をまとった者たちが、村を襲い、強奪を繰り返しているとは聞いている。この村も、そうして押さえられた場所の一つだと説明されていた。大人しく降伏してくれればよいが……聞き及ぶ限りでは好戦的とのことなので、難しいだろう。
「強えぇ奴いるかなあ?」
ブルーノは僕とはちょっと思考回路が違うようだけれど、戦う気は満々みたいで村を見下ろしながら爛々とした目で眺めている。
「いない方が……嬉しいかなあ」
僕は素直な気持ちをこぼすと、オルステッドさんが笑い、ブルーノは変な顔をしていた。
「所詮は寄せ集めだ。個で強い者はおるかもしれんが、軍としてはたいしたことあるまい」
なるほど……。
僕はブルーノを見て、自分たちを想像してなんとなく納得してしまった。
そう言えるヴェルナー子爵家軍はすごいな、と改めて思いなおし、その後しばらく村の様子を眺めていたが、オルステッドさんを呼びに来た伝令に合わせて、隊のもとへ戻った。
*
夜分、食事も終え、明日の戦いに備えて、各々が装備やら水袋やらを確認し終え、見張り担当以外が寝つき始めたころ、その声が上がった。
「賊だ! そう多くはない」
たぶん、ガレスの声だと思う。
僕は飛び起きて、枕元に置いていた直剣を掴みテントの外へ出る。
エルヴィンが早くも数名の兵を連れてガレスがいると思われる場所へ向かっていくのが見えた。
「うおらあああ」
ブルーノの叫び声が聞こえる。
急ぎ現場へ向かうと、ガレスとエルヴィンが周囲を見回しており、ブルーノが一名の賊と思われる者を昏倒させ、縛り上げているところだった。
「逃げた者は、追うな」
ガレスが兵たちに指示を出し、エルヴィンが周囲を浅く見回っている。この騒ぎを聞きつけたのか、オルステッド隊の人たちも駆けつけてきており「何があった」と少々混乱気味だ。
ブルーノに捕らえられた一名は身をよじりながら大声で叫んで暴れようとしている。
「灰を纏えば、貴族も兵も同じだ! 椀を奪う奴らに、朝飯はねえ」
何を言っているかはよく理解できないが、灰衣たちの思想に関わる言葉なのだろうか。ブルーノが「うるせええ」と声を上げ、ごん、と殴るとぐったりしてしまった。
「ブルーノ、殺しちゃだめ!」
僕は思わず叫んだけれど、ブルーノはどこ吹く風といった表情で賊を担いで僕の方を向いた。
「死んでねえよ、そんなに強くやってねえ。多分だが」
見たところ、賊は息をしているようなので死んではいないようだ……よかった。
死なせることに忌避感がないとは言えない。
けれど、それだけではなく、聞き出さなければならないこともある。
だから、生きていてよかった。
そうこうしていると、ノエルもやってきてガレスと何やら会話している。そのあと僕の方へ向かってきて、ほっとしたような顔で口を開いた。
「危ないところでした。食料への火付けを狙っていたようです」
ガレスの話では、食料を積んであるテント前に忍び込もうとしていた賊が数名おり、見回りで偶然発見したとのこと。
賊たちが落としていったものが火打石や乾燥した藁などで、明らかに火をつけることを目的としていたと考えられること。
それらの状況証拠を踏まえて、ノエルが「未然に防げてよかったです……」と息を吐いていた。
もし火が回っていれば、明日の戦いどころではなかった。
丘から見た灰衣の一団は、それなりの数はいたけれど、僕たち含むヴェルナー子爵家軍の半分くらいの人数じゃないかと思う。戦える者ともなるともっと少ないだろう。
少数の夜襲で、食料一点狙いで襲ってくるとは、手慣れている感じが恐ろしい。
この人数で食料を焼かれると、さすがに厳しい。
短期決戦か、一時撤退か。どちらかを考えなければ、軍としての維持が難しくなる。
話には聞いていたけれど、灰衣には元兵とか盗賊崩れがいるそうなので、多少そういう戦術的なことを考える者がいるのかもしれない。
僕は、現場をガレスに任せて、ブルーノに賊を担がせて、オルステッドさんのもとへ向かった。
どう扱うかは僕では決められないからだ。
捕らえた男は、ひとまずヴェルナー子爵家軍本隊の夜番へ引き渡すことになった。オルステッドさん本人には会えなかったけれど、副官の人がすぐに判断し、捕虜として預かる場所まで案内してくれた。
夜も更けてきている。
ガレスに改めて見回りの強化を伝え、僕はテントへ戻った。明日の合戦を待つ前に、もう戦いは始まっている。
そう思うと、眠りは浅かった。
*
薄く夜が明け始めている。
炊き出しの匂いと煙がまだ丘陵にはわずかに残っていた。
中央にはヴェルナー子爵家軍本隊。
右翼には、幹部二名が率いる二部隊。
左翼には、オルステッド隊ともう一部隊。
僕たちはオルステッド隊のやや後方に位置していた。
丘陵の前面には、灰衣をまとった一団が隊列を整えている。
中央に本隊、その左右に一隊ずつ。さらに、こちらから見て右手の少し離れた場所にも、二つのまとまりが展開していた。
数はやはりヴェルナー子爵家軍が優勢に見える。
角笛が鳴った。
灰色の布が、朝の風に揺れる。
昨日の夜、火を放とうとした男の目を思い出す。
あれは、助けを求める者の目ではなかった。
少なくとも、今、こちらへ向かってくる者たちは敵だ。
僕は、そう思うしかなかった。




