第25話 集結場と出会い
港都ルミナは、見えてからも長かった。
関を越えてすぐの広場で一泊し、今朝改めて進み始めたのだが、僕たちの考えは甘かったと気づかされる。……渋滞がすごいのだ。
ルミナ沿海伯家の部隊、招集された寄子たちの軍、それ以外では人が集まるということで商人たちの商隊も普段よりもかなり多く、街道はごった返している。
普段の通行量であれば街道は十分な広さで、荷車もすれ違う程度であれば余裕をもって行えるくらいなのだけれど、今は入る隊列だけでいっぱいいっぱいになっていて、なんならはみ出してしまっている隊もあるくらいだ。
「ぜんぜん、進みませんね……」
ニルスがうんざりした表情で隊列を眺めながらため息を吐いていた。一応、ちょっとずつは進んでいるのだけれど、本当にちょっとずつだ。後ろの方では、いらいらした一団たちが揉めている喧騒も聞こえている。
大なり小なり兵隊っていうのは、血の気が多い者が多いし気が短い者も多い。こういう待たされるというのを嫌うものが多い印象だ。そういう意味ではブルーノなども、性格的にいらいらしていそうな気がすると思うのだけれど、彼は意外と待てる人だったりする。
といっても、一人では無理なんだけれど、僕とかガレスとか、他でもある程度気を許せる人が一緒にいれば待つのは苦にならない、こともないけど我慢はしてくれる。
「うるせええぞ、お前ら!!」
そんなこともなかった。すごくいらいらしている。ブルーノは後ろでもめている一団に向かって怒鳴りに行ってしまった。
「ガレス!」
僕は、これはいけないと、ガレスの名前を呼ぶと、既に動き出していたガレスがこちらを見ずに頷いて、ブルーノを追っていた。よろしくお願いします。
たぶん、今の面子だと、ブルーノを力で止められそうなのは、ガレスか……頑張ってエルヴィンがいけるか?という感じだと思うので、何とか止めてきて欲しい。ちなみにエルヴィンは、ブルーノと訓練しているのを見ている感じだと、受け流したりとかで凌ぐならずっと凌げそうだけど、攻めに転じたら分が悪そうって感じだった。
僕とブルーノがやりあったら、最初の一撃で気を失う自信がある。
ガレスに襟首を引かれるようにして戻ってきたブルーノは、不満そうに鼻を鳴らしていたが、大きな騒ぎにはならなかったらしい。
さて……いい天気だけれど、お昼までに着いたらいいな……。そう思いながら後ろの喧騒を眺めていた。
*
気づけば、日がてっぺんに上りきる少し前には、港都門前へ着くことができた。思ったよりは早かったようなそうでもないような。
「寄子衆は東側の集結場へ」
「商隊は南門へ」
「沿海伯領兵は西側だ!」
「証文のない武装集団は通せん」
それぞれ担当しているだろう、役人たちが声を張り上げて、この渋滞の列を捌いている。僕たちは寄子衆扱いのはずなので、東側らしい。
同じく、東側の集結場と思われるところへ移動しているので、僕たちも後について、その列に並んで進んでいった。
ざっと見た感じでも、他所の寄子衆はちゃんとしている感じがする。まず、旗があり家名を掲げている。そして装備も統一感があり、従卒なども引き連れていて、軍隊といった体裁をちゃんと整えている。
それに対しての我々だけれど……、まず旗がない、なので家名を掲げてもいない。装備の統一感もない。負傷者を引き連れている。従卒ではなく、人足がいる。……うん、一団ではあるけれど、軍隊という感じには見えないかも。下手したら賊っぽい。
大丈夫か少し心配になってきたけれど、ここまで来て引き返すわけにもいかないし、引き返したところで何か当てがあるわけでもない。
しばらく東の集結場へ向かう列に混ざって進んでいると、広場というには何もない、広く開けた草原のような場所が見えてきた。
人と荷車と旗がそこへ吸い込まれていく。
僕たちも、その流れに混ざるように合流した。
少し待っていると、僕たちの順番が来て、担当の補給吏の役人がうさんくさい者を見るような目で僕たち一行を見ながら確認を始めた。
「どこの寄子になるんだい? 旗が無いから確認させてくれ」
補給吏の役人は、ちょっと神経質そうな中年のおじさんだ。いったん、僕が代表として応対しているのだけれど、慣れてないのとちょっと緊張でうまくしゃべれない……。
「エスター男爵家……分遣隊?」
補給吏が訝しげに問い返してきた。
そのまま隊長が自分であること、一応、エスター家の五男で直系男子であることなども併せて伝える。
「隊長はアズール・エスター……五男?」
神経質そうな補給吏は、何やら顔をしかめながら僕の話を聞きつつ、続けざまにいくつもの質問を投げかけてくる。「旗は?」「正規の領兵は何名だ」「負傷者と人足まで入っているのか」など。
僕はあわあわしながら、答えているのだけれど、要領を得ない回答になってしまって補給吏のおじさんの眉間にしわが寄る……すみません。
そんな様子を見ていたのであろう、ノエルがさささっと僕の隣に進み出てきて、「失礼します」と割り込んできた。
「戦える者、三十二名。軽作業に回せる者、十名。荷車で運ぶべき負傷者、三名。人足六名。馬二頭、荷車六台です」
補給吏のおじさんは、いきなりのノエルの発言に少し驚いたような表情をしていたが、頷いて手元の帳面へ記録していく。
「感心だ……分けてあるのか」
ノエルを見つめて補給吏のおじさんが頷いている。
「分けなければ、補給を受け取るのに時間が掛かりますので」
いったん補給吏のおじさんは頷きつつも、帳面を眺めながら「うーん」と唸っている。何かまずいことでもあるのだろうか。
「補給を出したくないわけではないんだが……この隊はどう扱えばいいのか……」
補給吏のおじさんの説明によると、僕たちは”エスター男爵家の領兵”ではない。確かにその通りなので頷くしかない……。続けてオスカー兄上の証文は”傭兵として雇われ、派遣された”というものではないとのこと。最後に、”負傷者と人足まで補給対象に入れてよいのか”ということだった。
な、なるほど……?
つまりどういうことだろうか。
「少なくとも、エスター男爵家からの出兵として証文はありますし、名簿もあります」
ノエルは食い下がるが、補給吏のおじさんの表情はやや険しい。……といっても、怒っているとかではなくて、どう処理すればいいかわからない、といった険しさだ。一応、男爵家の証文は正規のものではある。ただ、実際の隊が前例のない形なので悩んでいるといった感じだ。
「うーん、いったん戦える者と、人足、あと馬の補給は通しておくが……負傷者の分は、判断を持ち帰りとさせてくれ」
すまんな、という感じで補給吏のおじさんが申し訳なさそうにノエルとやり取りしている。確かに……灰衣と戦っての負傷者であれば別だろうけれど……。ノエルは「負傷者分も、どうかご検討ください。」と告げ、ここは無理強いして心象を悪くするよりはといったん引き下がったようだ。
「負傷者の食事は、別に考えないといけませんね」
ノエルの言葉に僕は頷き、次へ進んでいった。
次に回されたのは、寄子軍の配置決めをしている軍吏のいる場所だった。こちらは比較的空いているというか、あらかじめ決まっているようで、てきぱき捌いているようだった。
「次……。エスター男爵家か……ん?分遣隊?」
軍吏のおじさんも少し神経質そうな雰囲気だ。ルミナ沿海伯家中は、神経質そうな人が多いのだろうか。軍吏のおじさんも、帳面を前にしばらく黙り込んだ。おそらく僕らみたいなのはかなり珍しいみたいだ。申し訳ない……。
軍吏のおじさんは、何度も帳面と僕たち一団へ視線を行ったり来たりさせ困っていた。
「証文はあるし、一応、書類上は問題ないんだがな……」
説明を聞いてみると、どうやら兄上の用意してくれた証文や、ノエルが用意した名簿で受付自体は問題ないのだけれど……このばらばらな兵と負傷者まで抱えた一団をどこで預かるのか?という現実的な問題とのことだった。正直に打ち明けてくれてむしろ清々しくて納得しかなかった。
負傷者を見捨てるという話ではない。だが、帳面上、今回の出兵で戦う者として数えられない、ということらしい。
確かに……戦える者は三十名ほどで、これまた中途半端だし、負傷者も人足もいる。単独で配置する数でもないし、どこかに押し付けるといってもたぶん嫌がられる……。そんな一団だよね、僕たちは。
エスター領から向かっている最中は、港都ルミナに到着すればなんとかなると思っていたし、当然その先の戦いも頭には入れていたけれど、配置とか配属とかで悩まされるとは考えもしていなかった。
「兵站部隊の護衛とかでも大丈夫ですが」
ノエルが少し身を乗り出し、なんとか食い下がるように軍吏のおじさんへ聞き返している。兵站の護衛は、ブルーノは嫌がりそうだけれど、確かに僕たちの現状を考えれば選択肢としては悪くないような気がする。
「いや、兵站の護衛はさすがに沿海伯直轄の部隊が担当するんだよ」
おじさんは申し訳なさそうにノエルに告げる。それはそうか……大切な兵站を他所に任せるわけにはいかないか。であれば、遠征自体には参加しないで、代わりに港都や周辺都市の治安維持に……いや、それは衛兵隊の仕事だし、その内容では今回の補給の対象にならないかもしれない。
ノエルとおじさん、そしてそれを眺めている僕も「うーん」と唸っていたところ、近くに展開していた、大部隊の指揮官の一人らしき人が軍吏のおじさんへ話しかけてきた。
「割り込んですまん、ヴェルナー子爵家の者だが――」
どうやら、ヴェルナー子爵家の部隊は、この東側の集結場に長居するには少々数が多いのではないか?他の寄子の迷惑になりそうなので、移動させたい。ということのようで、その相談だった。
確かに、すぐ近くにいるので全容はわからないけれど、ざっと見ただけでも、千名は優に超えているように見えた。収穫期が近いから徴集兵は少ないはずだけれど、それでも従士や雇い兵まで含めれば、千五百には届きそうな規模だ。
エスター領の何倍の地力があるのやら……。一応、知識ではヴェルナー子爵家はルミナ沿海伯の寄子の中では、一、二番の大寄子だとは知ってはいたけれど……。
「でしたら……第三集結場へ移動お願いできますか?」
軍吏のおじさんは帳面を確認し、ヴェルナー子爵家の指揮官の方へ「あちらです」と指して、場所を案内している。その後も、少しの間、軍吏のおじさんとヴェルナー子爵家の方が何やら会話を続けていたが、それをじっと眺めていた僕と、目があってしまった。
「君たちは……どこの部隊の者かな。失礼した、聞こえていたかもしれないが私はヴェルナー子爵家の――」
唐突に挨拶と質問をされてしまい、少しテンパってしまったが、僕が基本答えつつ、ノエルがサポートしてくれてなんとか自分たちの紹介と現在の状況について説明することができた。ノエルありがとう……。
「エスター男爵家……」
ヴェルナー子爵家の指揮官は、僕の名乗りを聞いたところで、ほんの少しだけ目を細めた。
けれど、すぐに穏やかな顔へ戻る。
「なるほど、事情は理解した。なら、一緒に第三集結場に来るかね? 五十名程度ならヴェルナー子爵家預かりで掛け合ってみよう」
え、これは、どうしたらよいのだろうか。悪くない話に思えるが……それはそれとして、受けてしまっていいのだろうか。横にいるノエルを見ると、”受けろ”という視線で何度も頷いている。
「ご迷惑でなければ、こちらとしては、断る理由はありませんが……なぜでしょうか」
そう、誘ってもらえる理由がわからない。証文は確認してもらったので、書類上は怪しい者ではないとはなっているが、どう見ても怪しい一団だ。悪さをするとかではないかもしれないけれど、負傷者交じりで、装備も整っていなくて、正直なところ戦力として期待できる一団とは見えないと思う。我ながら。
そんな僕たちに相手の方から声をかけてもらえる理由がわからなかった。
「なに、うちのご当主は、そういう若い一団が好きでね。他にもいくつか拾っているのだ。あと私もそういうのは嫌いじゃない」
なんだか、納得できるような、できないような、ふわっとした理由だけれど、ここで断っても行くところがないので、ヴェルナー子爵家にお世話になることで腹を括るか……。
「ありがとうございます。お世話になれるなら、こちらとしては助かります」
僕とノエルは丁寧に、ヴェルナー子爵家の指揮官に頭を下げた。これでいったんは、身の置き場が決まりそうで、二人してほっと息を吐く。ノエルにはいったん皆へ伝えてもらうように隊のところまで向かってもらい、僕は少し残ってヴェルナー子爵家の指揮官と会話を続けていた。
「申し訳ない、エスター領の名は聞いたことがあるが、社交の場でも久しくお見かけしておらず、詳しくはないのだ」
僕は、エスター領のことなどを少し交えて話をしていたのだけれど、確かに小男爵家で社交の場になんて行ける余裕もない貧乏領地なので、存在の認知程度の理解しかなくて当然かもしれない。悲しいけれど。
「もしかしたらだが……エスター領といえば、リーネ殿が嫁がれたところであったかな?」
僕は、突然母の名前が出てきてびっくりした。
確かに母のリーネは港都からエスター領に嫁いできたとは聞いていたけれど、なぜヴェルナー子爵家の方がそのようなことを知っているのだろうか……。
「はい、リーネは私の母になります」
母のこと、僕がエスター家の五男で、リーネの息子であることなどをぽつぽつと話すと、指揮官は少し驚いたような顔をして僕をまじまじと見つめていた。
「なるほど、道理で。初対面だが、そういう気がしないと思っておった。これは声をかけて正解だったかもしれぬ」
指揮官と話しているうちに、ノエルが戻り、いつでも移動できるとのことで、いったんこの話は切り上げ、指揮官とも移動について話を進め、第三集結場へ移動することとなった。
港都ルミナには着いた。
補給と、ひとまずの預かり先までは、なんとかなりそうなところまで来た。けれど、ヴェルナー子爵家とはどういう家なのか。そして、なぜ母の名が、ここで出てくるのか。
今の僕には、まだわからないことだらけだった。




