第24話 荷車と配給表
「ブルーノさんは、三人分食べますね……」
朝の荷車止めの広場は、芋粥の匂いが漂っていた。
僕――ノエルがアズール兄上たちに強引に混ざった日からすでに四日が経過している。
この四日間、兄上からは「勝手に飛び出して」、と何度もお小言をもらいはしたけれど、追い返されることはなかった。戻ってほしそうな顔は今もしているけれど、僕は涼しい顔でやり過ごしている。
今は、ヴェルカという街を抜けて、街道を少し進んだ先の広場で野営した翌日の朝。出発前に朝食を皆で取っているところだった。
「ああ? 食える時に食わなきゃだろ?」
僕の投げかけに、「それがどうした?」という顔で芋粥を豪快に食べているブルーノさんを眺めながら僕は小さく肩を落とす。ブルーノさんは、これでおかわり六杯目だ。僕なんか頑張って二杯食べられるかどうかなんだけれど……。
「……そうですね。ブルーノさんは多めに食べる」
手元の木板にかりかりと記録を残す。僕は、この数日の皆さんの食事の量などを確認していて、一食でどの程度の食料が消費されるのかを記録していた。オスカー兄上からは十日分ほどの食料は支給されてはいるのだけれど、黙って見ている限りでは……十日も持ちそうにない、確認しないと、と思ったのだ。
まだ歩けない重い負傷者は、それほど量を取らない。
けれど、それ以外の人たちは歩いて移動しているせいか、かなり食べる。特に傷が治りかけの人たちは、食べる量が目に見えて増えていた。
食べたものが血肉になるのだから、それ自体はいいことだ。
ただ、このままでは道半ばで食料が尽きる。
というか、この隊の人たちは戦うこととか、どう動くとかには明るいのだけれど、物をどう管理するか、何日持つか、どう持たせるか……そういう概念があまりないのかもしれない……。
人足の皆は、多少そういうの気にしていたけど、あまり強く言えなさそうだったし、唯一エルヴィンさんが「そうだな」と僕の話を聞いてくれたくらいで。
仕方ないので、昨日までいたヴェルカで追加の食料を調達しましょう、と兄上に状況の説明と提案をしたら「えっ」とびっくりしたような感じで、やっと気づいてくれたみたいだった。
昨日までいたヴェルカは、兄上たちにとってはいろいろと思うところのある街だったらしい。
けれど、長く足を止める余裕はなかった。
僕たちがそこで見たのは、懐かしい場所というより、まず食料を買い足せる場所だった。
オスカー兄上が、少しだけ路銀も用意してくれてはいたので、食料を買い足せたけれど、それでも十分な量とはいえない。次の街でも多少買い足さないと危ないかもしれない。
路銀足りるかなあ……。
「なんだかんだ、言いたいことは別にあるけれど……ノエルが居てくれて助かったよ」
横にいたアズール兄上が、頭を掻きながらそう告げてくる。僕は少しだけ得意げな顔になってしまった。
「だから言ったじゃないですか」
ふふん、と鼻息も出てしまうけれど、さっそく力になれたようで少し嬉しい。まだ大したことはできていないけれど、できることはたくさんありそうなので、これからも頑張りたいと思う僕だった。
*
朝食を終えて荷車止めの広場を出発した僕たちは、大きな襲撃や事故もなく、街道を北上していく。
僕――アズールからすると特に問題はないと思うのだけれど、ガレスは何かと細かいところが気になるのかその都度、兵たちに注意を飛ばしていた。
「列を崩すな。荷車との間を空けすぎるな」
ほら、こんな風にね。
とはいえ……歩けるようにはなったけど、まだ傷が癒えかけだったり、身体が固まっていたりで歩く速度が出しにくい者もいるし、負傷者を乗せている荷車はあまり派手に動かせない。
あまり理想を求めても……と思うのだけれど。
そうこうしていると、後ろの方で、癒えたばかりの兵の一部が付いていけないのか遅れ気味になってきている。
「先頭が速い。後ろはついてきていないぞ」
エルヴィンが目ざとく後方を確認し報告を上げ、ガレスはそれを確認し、声を発しようとしたところで遮られた。
「整え方が荒い」
エルヴィンが短いが強い言葉でガレスを嗜める。
「急ぐ気持ちはわかるが、今は遅い方に合わせろ」
ノエルが都度言ってるように食料の問題もあったりで、一日で進めるだけ進んで距離を稼げれば、食料の消費も抑えられるので助かりはするのだが……。それを成そうとして、兵の具合を悪くさせて、結果遅くなるようでは目も当てられない。
ガレスはその指摘が刺さったようで、はっとした顔をし、全体を見回した。
「皆、すまない。無理のない形で進もう」
……そう。ガレスのこういうところは美点だ。失敗はあるかもしれないけれど、それに気づけば素直に謝れる。変な意地は張らない。僕も見習いたいところだ。
皆も、ガレスに悪意があってのことではないことは、短い付き合いの中でも理解できているのか、苦笑いしながら「おうよー」と返してくれている。
装備も、進む速さもばらばらだけど、向かう方向はそろい始めてきた感じがして僕は少し嬉しくなっていた。
それにしても、エルヴィンはいつも冷静だし、的確だ。
彼ならどこかに仕官すれば、ちょっとした役職にすぐ就けそうな気がするけれど、なぜ付いてきてくれるのか。……って、ガレスもニルスもそうか。ブルーノと僕はちょっと怪しいけれど。
しばらく歩き続けていると、荷車に乗っている、一番傷が重い負傷者が、痛みに声をこらえきれず呻き始めた。
「大丈夫ですか」
ニルスが側に寄り、負傷者の状態を確認し始める。ガレスがいったん隊列を止め、小休止とし、状況を確認することとなった。
「少し荷車が傾いていて、それで傷が圧迫されるのかもしれないです」
ニルスが負傷者の荷車に目を向け、トマに確認してもらう。車軸や荷の積み方などを確認し、荷台をぽんぽんと叩いてトマが口を開いた。
「積み方が悪いみたいですねえ。片方に寄ってるせいで傾きがちみたいです」
なるほど……。
少し整理しなおした方がいいかもしれない。
「食料袋を一つ、前の荷車に移しましょう」
ノエルは荷物表を見ながら、移動させるものを決めていく。
「おらよ、前の荷車だな」
ブルーノがひょいっと食料がぱんぱんに詰まった袋を軽々と持ち上げて運んでいこうとする。あれ、芋がぎっしり詰まっていて僕では一人で持ち上げることすらできなそうなくらい重いんだけど……。
「丁寧にお願いしますね!」
ノエルがはらはらした顔でブルーノが持ち上げた食料袋を見つめている。食料に人一倍気を使っているノエルだ。芋は傷みやすいからね……。
ブルーノは「任せろ!」って言いながら、雑に持ち上げたわりには丁寧に前の荷車に移動させていた。
僕が見る限りはいい感じに整ったように見える。
トマが念のために、と改めて車軸や積み荷の様子を確認し、頷いてニルスへ振り向く。
「うん。これなら、大丈夫そうかな」
ニルスもほっとしたような顔で、負傷者の様子を伺いつつ頷き、ガレスが進行を再開させる。
「……ところで、カインはなぜ僕のそばにずっといるのかな」
エスター領を出てすぐに追いかけてきてノエルと一緒に合流したカインだけれど、基本的に僕のすぐ近くにいる。僕が何か指示をすると、それを対応しに離れることはあるのだけれど、終わるとすぐに戻ってくる。
「仕事ですので」
仕事とは……。
別に給金を僕が払えているわけではないので、仕事と言っていいのか、そもそも僕のそばにいることが仕事なのだろうか。もしかしてオスカー兄上に何か言われてのことなのか?
「もうエスター家は辞めたんだよね?」
何度目になるか分からない質問をカインに投げかける。たぶん、日に数回は聞いているかもしれない。
「はい。ですので、今はアズール様のお側にいることが私の仕事です」
この答えも毎回のことである。カインは涼しい顔だ。なんとなく言いたいことと理由はわかるのだけれど、本当にそれでいいのかがわからない。カインもエルヴィンと同じく、どこかに仕官すればきっと活躍できると思うのだけれど。エスター領よりもっと大きなところでも。
カインを引き連れて、隊列と一緒に歩く。港都ルミナまではもう少しかかりそうだった。
*
「最近は、灰衣だの便乗の賊だのが出る。証文のない武装集団は通せんぞ」
役人はそう言って、僕たちのばらばらな武装と、荷車に横たわる負傷者へ目を走らせた。
さらに五日ほど経過していた。
買い足したはずの袋も、日ごとに軽くなっていた。
今は隊列を止めて少し休憩中だ。……不本意だけれど休憩となった。
というのも、もう少しで港都ルミナの外縁というところまで来たのだけれど、道中の最後の小関で足止めを食らっているのだ。本当に不本意だ。
「その人数で、どこの隊だって? あ? エスター領??」
確かに僕たちは武装もばらばらだし、旗も無いし、なんなら負傷者まで抱えている。一見すると怪しい集団だ。というか賊っぽいと言われたら僕自身否定できないかもしれない。
「ちょっと待ってください。証文はあります」
どこにやったかな……。荷車に積んでいたはずなんだけれど。ニルスや人足たちも一緒に探してくれているけど、前回の関で使った後の記憶がない……。
そんなこんなしているとノエルが役人の前にすすすっと出ていって名簿を差し出してにこにこ微笑んでいた。
「はい、エスター男爵家預かりの分遣隊です」
ノエルが時間を稼いでくれている。頼もしい。役人は名簿と僕たち一人ひとりを数えて相違がないかを確認している。というか、これまでの関でもそうだったけれど、証文だけだったら、もっと時間が掛かっていたかもしれない。
「アズール様。証文はこちらに」
いつの間にか横にいたカインがすっと証文を差し出してくる。どうしてカインが証文の場所を知っているんだ……。僕自身記憶が怪しいくらいなのに。
「仕事ですので」
……。
今は思ったことを口にはしなかったはずだ……。心を読まれた?! というか、仕事ってそういうものなのか。助かりはするのだけれど僕は最近分からなくなってきている。
とりあえず、証文はあったので役人へ提出して検めてもらう。
「お、やっとか。少し借りるぞ」
確認している役人を横目に見ながら、しばし待っていると、僕らの後ろで待っている商隊と思われる一団の会話が聞こえてきた。
最初はあまり気にしていなかったのだけれど、これから関わる話題っぽくてつい聞き耳を立ててしまった。
「東は騒がしいらしいぞ」
「灰衣だか灰布だかが、粥倉を押さえたとか」
「でも、病人に粥を配ってたって話もある」
灰衣に関係していそうな一件は、港南詰所のときに対応したことがあるが、やはり今回の騒動はそれらと関係しているのだろうか。ただ、聞こえてくる感じでは、善意の活動をしているらしい話も交じっていて、黒棘のようないかにもな賊という感じでもない。
でも、結構大規模な襲撃なども行っているようだし、黙って放っておくわけにもいかない。
そんなこんなしていると証文の検めも終わり、行軍は再開された。
遠くに、港都ルミナの灯が夕暮れの向こうに見えた。
あの外倉へ逃げ込んだ頃、僕は帰る場所を探していた。
今は、食わせるための場所を探している。
糧は、まだ少し残っている。
でも、それが尽きる前に、僕たちはあの港へ入らなければならなかった。




