表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルダニア大戦記〜敗残兵に飯と役目を与えていたら、乱世の国づくりが始まりました〜  作者: 志摩 伊純
第2章:帰郷編・エスター家政変

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/66

第23話 戻らぬ者


 外倉は来た頃に比べて、活気が出始めていた。


 外ではガレスが動ける元衛兵たちを並ばせ、簡単な隊列や武器の扱いなどを教え込んでいる。


 兄上の行動から、二十余日が過ぎた。


 一か月の猶予は、もう終わりに近づいている。


「アズールさん、食料についてなのですが――」


 ニルスが外倉の食料事情について報告という名の相談で、僕に新たな悩みを持ち込んできた。


 この二十余日の間、負傷者の手当を中心に行えることを行ってきたのだが、その甲斐あってか、結構な者が万全ではないが動けるくらいまでは回復し始めていた。


 それは良いことではある。


 あるのだが……動けるようになると食事もよく食べるのだ。


 うん、それ自体も良いことではある。


 傷を癒すには、ちゃんと休んでしっかり食べることが大切だ。食べたものが血肉になって身体を作っていくのだから。


 しかし……外倉にいるのは若い男性集団だ。


 芋と豆、あとたまにブルーノが狩ってくる野獣の肉だけでは、足りなくなりつつあった。


 オスカー兄上からは、数日に一度、それなりの食料を提供してもらってはいるのだけれど、傷が癒えてきた者が増えてもその量が変わるわけではない。


 少し食料事情が怪しくなってきていた。


「困ったね……。癒えて動けるようになるのはいいことなんだけれど」


 うーん、とニルスと二人で唸っていると、横で聞いていたブルーノが話に割り込んできた。


「ああ? 肉もっと取ってくるか?」


 ブルーノは、数日に一度程度で気晴らしのように狩りに出ていくのだが、そんな簡単に獲れるものなのだろうか。


「獲れるならお願いしたいけど……」


 正直、まだ起き上がるのがやっとなくらいの負傷者に豆や芋を優先したい。身体が弱っているときに肉はあまりよくない。


 逆に身体が癒えて動ける者は肉がいい、と、エルヴィンが言っていた。


 ……受け売りだ。


「まあ、さすがに俺一人だと限りがあるが、人出せるならもっといけるぜ?」


 ブルーノの話を聞くと、彼が狩りをしていた裏山は狩りの穴場らしく、罠や、囲い込みをうまくやればもっと獲れそうとのことだった。


 今までは、一人で槍で突くだけだったので、さすがに効率が悪かったらしい。


 そもそも槍で狩りが成立するブルーノがおかしいような気もするけれど、悪くない話かもしれない。というのも、癒えて動けるようにはなった者の大半がガレスの訓練しか行えることがなく、やや持て余していたのだ。


 兄上に、村の何かを手伝う話もしたのだが、「村人が怖がる」と断られてしまっていたところだった。


「ガレスに言えば、良い訓練にもなって、食事も期待できるって喜ぶかも?」


 一応、兄上への相談というか、報告は必要だけれど、外倉すぐの裏山なら今は誰も寄り付かないので、たぶん許可は下りるだろう。


「良い案かもですね!」


 ニルスも不安だった食料事情に少し希望が持てる話が出てきて、顔が明るくなった。


「それじゃ、そろそろノエルも来る頃だし、来たら今の件を兄上へ報告してもらうように言っておくよ」


 負傷者の治療には気を回してはいたけど、癒えた者たちの食までは考えが及んでいなかったことを内心で少し反省しつつ、できることはやる、と改めて胸に刻む僕だった。



 僕――ノエルは、領主館の自室で外倉の現状を整理していた。


 一応、僕がエスター家の外倉窓口担当なので、情報は正確に押さえておかないと、各所が困る。


 負傷者の状況は……この二十余日の間で回復した者が多く、自分で歩けないほどの者は三名にまで減っていた。


 あと、完治ではないけれど、歩けて簡単なことなら任せられるくらいに回復した者が十名ほど。


 あとは、ほぼ完治した者と、もともと問題ない者を合わせて三十名ほど。


 追加で人足が六名……。


 木板に書き込みながら、改めて思う。結構な大所帯だ。


 現状、戦える人だけでも三十名を超える規模だ。エスター領の領兵を全員合わせても八十名ほどなので、三分の一以上の数が外倉にいる。


 数字だけ見れば父上が恐れるのもわからなくはない。


 それに、この人数を食べさせることを考えると、これがまた問題だった。


 今は、ぎりぎりの線でオスカー兄上が食料を提供しているけれど、若い兵が食べるには少し足りないかと思う。普通の村人ならちょうどいいくらいの量ではあるのだが。


 そんなことをまとめていたら、そろそろ外倉へ行く時間だ。「よし!」と、木板を抱え、外倉へ向かう。


 外倉に着くと、アズール兄上が僕を見つけて寄ってきた。


「あ、ノエル、ちょうどいいところに」


 どうやら兄上たちも食料の在庫について不安があったようで、その話だった。


 ただ、オスカー兄上に泣きついて提供量を増やしてもらう、という話ではなくて、裏山で狩りを大々的にしたい、という話だった。


 なるほど、癒えた人の身体の慣らしと、時間の有効活用と、団体行動の訓練にもなると……。


 そのうえで、食料も確保できる……かもしれない。


 悪くない話のように思う。オスカー兄上がどう判断するかは読めないけれど。


「分かりました、このあとオスカー兄上に伺ってみます」


 アズール兄上が、ほっとしたような顔で頷いている。まだ許可は下りてはいないのだが、伝えられたことにひとまず満足しているのかも。


「そうなると、塩を少し増やした方がいいかもですね」


 肉を扱うならば塩は必須だ。


 そのまま食べるにしても、塩がなければ少々つらい。それに肉が余るようなら干し肉にするといった場合にも塩は必要だ。


 幸い、東南地域は海が近く、塩は安い。


 ルミナ沿海伯家とその寄子は、塩の生産や流通にも強い。


 多少の塩の追加くらいならば、オスカー兄上も首を横には振らないだろう。


 となると、今すぐオスカー兄上に掛け合った方がよさそうだ。空腹は待ってはくれない。


「わかりました。来てすぐですが、オスカー兄上に掛け合ってきますね」


 僕はそう告げると、領主館へ改めて戻るのであった。



 オスカーはルミナ沿海伯家の印が押された手紙を使者から受け取り、執務室で一人読んでいた。


 既に沿海伯へは、父が病で臥せったため、嫡子の私が当面家中を預かる旨で書簡を送っており、承諾を待つだけなのだが……その返書ではなかった。


「どうすればよいのだ……」


 頭を抱えるしかない内容がそこには記載されていた。


 帝国直轄地である東部グランヴェル平原に端を発するもので、灰衣をまとった者たちが大きな騒ぎを起こし、それが東南のルミナ潟岸まで拡大してきていること。


 さらに直近ではルミナ沿海伯領やその寄子たちが集う東の街道沿いで、灰衣たちが騒ぎを広げ、徴発拒否、粥倉の占拠、代官・徴税人への襲撃が発生。


 これを重く見たルミナ沿海伯家は自らも派兵し、さらに寄子への出兵を命じるものでもあった。


 当然、その中にはエスター男爵家も含まれる。


 黒棘の時とは違う……。


 あれは、あくまでルミナ沿海伯領内の問題で、エスター領へは命ではなく依頼であっただけだ。


 しかも、今回は帝国本国からの意向が強く打ち出されている。


 今はまだ領内の掌握に全力を向けている時期だ。私も含め領兵を大きく出せば、父上が抜け出すなどして領内の混乱が拡大する恐れもある。


 袖はあっても、振ればこちらが飛んでいくようでは困る……。


 一応、男爵家以下の寄子には沿海伯家から食料と兵への一定の報酬の負担などは出すとのことではあるのだが、これがまたまずい……。


 飯と給与は与えるから兵は出せ、と暗に領内の食料事情や金銭的問題で断りにくい条件となってしまっている。


 一人頭を抱えていると、執務室の戸が叩かれ、ノエルの声が聞こえてきた。


「オスカー兄上、少しよろしいでしょうか?」


 今少し、頭を整理する時間が欲しくはあったが、逆にノエルと会話することで気がまぎれるかもしれない、とも思い、許可を出して入ってもらうことにした。


 ノエルは私がいる卓の前まで寄り口を開いた。


「アズール兄上からの相談なのですが――」


 聞けば、外倉の食料事情に不安があるとかで、外倉の裏山での狩りの許可を求めているとか。武装した一団が山に入るのはあまり好ましくはないのだが……。


 ……ん?


 まて、これは使えるのではないか。


 アズールたちは、ある程度の数の武装集団だ。これをエスター領の傭兵の分遣隊として、派兵すれば体裁が保てるやもしれん。


 一応、アズールはエスター家の五男で代表に置いても違和感は少ない。


 さらに言えば、体よく追い出すことにも繋がる。


 アズールたちにも悪い話だけではない。もうすぐ迫る期限以降の食事や、給金まで付いてくるのだ。あるかはわからんが、活躍すれば、名も売れ、さらなる恩賞も出よう。


 一筋の光明に見えた私は、ノエルに前のめりに向き合い告げた。


「その件も踏まえて、今すぐ会いたいと、アズールへ伝えてくれ」


 ノエルは私の態度にやや訝しみつつも、頷き、アズールのもとへ向かっていった。



 ノエルからオスカー兄上が会って話がしたいとのことで、僕はエルヴィンを連れて領主館を訪れていた。


 ガレスとブルーノが付いてきたがっていたが、この一か月問題がなかったこと。あと二人は過保護すぎて逆に心配なことを告げて、エルヴィンのみにしたという感じだ。


 館につくと、ばあやが待っていてくれた。


 普通は、別の家人などが応対するのだけれど、内密な話なのだろうか……。ばあやはあまり家のことに口出しもしないので、そういう意味での信頼はある。


 身だしなみや生活のことにはうるさいのだけれど。


 そうこうしていると、執務室に着き、中へ通され、いつものようにソファーへ座るように促された。


 今日は兄上一人だ。


 一応、エルヴィンも兄上一人であることを確認すると、部屋の外で待つとのことで入り口に待機してもらっている。


「アズール、裏山の件は、好きにしてよい」


 兄上が向かいのソファーに座るや否や、開口一番でお願いしたかったことを承諾してくれて、僕は少し拍子抜けした。


 結果的に了承はもらえると思ってはいたけれど、もう少し渋られて、「仕方なく許可した」という形を作ると思っていただけに。


 僕が少し呆けていると、兄上が続けて話し始める。


「それとはまた別の話なのだがな――」


 兄上の話は少し長かった。


 灰衣をまとった者たちの騒動について始まり、これを鎮圧するためにルミナ沿海伯の命で各寄子へ出兵が要請されていること。


 エスター領も拒否できぬことなど、いろいろと兄上の思いや感情も交えて聞かせてもらっていた。


 灰衣といえば、港都時代に少し関わった事件があったな……と、そう思考が反れていこうとしたところで、兄上が話を続けた。


「ついてはだな、アズール。お前たちにエスター領の分遣隊として派兵をお願いしたいと思っている」


 僕たちが派兵か……。


 ブルーノとかは喜びそう……。


 ではなくて、え? 僕たちが??


「あ、兄上、それは……」


 兄上は頷いている。何がわかって頷いているのだろうか。


「我々はまだ戦えぬ者を抱えております……」


 そう、多くの者は回復してきているが、まだ若干名は上半身だけ起き上がるのがやっとで、歩くのもままならぬ者もいる。


 絶対安静という時期は越えはしたが戦いに参加させられるような状態ではまったくない。


 兄上は、まだ頷いていたが、口を開く。


「わかっている。だが、期限の一か月はもうすぐなのだ。その後の目途はあるのか?」


 痛いところを突いてくる。


 今のところの案では、いったん皆でヴェルカへ戻って、そこから改めて考えようという話しかまとまっていない。


 黒棘は、ルミナ沿海伯の本隊が到着し、あっという間に壊滅させたとのことだった。


 僕たちがあれほど血を流して逃げた相手が、本隊から見れば、そういう相手だったのだと思うと、胸の奥が少しだけ重くなる。


 街道やヴェルカ自体は落ち着きを取り戻しつつあるとのことだった。なので、ヴェルカへ行き、何か仕事を探してと思ってはいたのだが……。


「此度の派兵においては、男爵家以下の寄子には、食料と給金も出るそうだ」


 僕が黙り込んでいると兄上が続けて話し始めていた。


「俺も、父上の一件以来、まだ領内の掌握を完全には終えておらん。今、俺も含めて領兵と出兵して、父上が騒ぎ出すとそれはそれで面倒だ」


 それは……確かにそうだとは思う。


 だが、それと僕が預かっている命の話は別の問題だ。ここがエスター領だから、五男である僕が外倉側の代表として立っているだけで、僕の意思で決められる話でもない。


 さらに兄上は続ける。


「派兵となるとさすがに手ぶらで放り出すわけにもいかんから、物資も多少出す」


 ルミナ沿海伯軍への合流までの十日分の食料、荷車を二台、馬を二頭、あと古武具などを少々予備として持たせるとのことだ。


 あとは、エスター男爵家としての証文などだ。


 これがないと単なる武装した賊になってしまう。


 いろいろ配慮してもらえるのはありがたい、ありがたいのだが……。


「お話は……わかりました。ただ、今ここで、はい、とも言えません」


 兄上は意外そうな顔をして僕を見つめているが、小さく頷いている。


「一度、外倉へ持ち帰り、皆と相談させてください」


 ガレスは何と言うだろうか。ブルーノは? ニルスは?


 エルヴィンはもしかしたら外で漏れ出た声が聞こえているかもしれない。その他元衛兵たちもどう答えるかわからない。


 兄上が頷きつつも、鋭い目で僕を見て口を開く。


「沿海伯への返事の期限もある。明日中には回答をもらいたい」


 兄上はそう告げると、話はひとまず以上だと立ち上がり、部屋を出ていった。


 僕もそれに続いて、部屋を出て、エルヴィンと共に外倉へ向かって歩き出した。



 僕は外倉に戻ると、皆を集めてもらった。


 外倉の入り口に僕が立ち、外側に元気な元衛兵たちに並んでもらい、外倉内には負傷者と若干名の彼らの手当を行う者だ。


「急に集まってもらってすまない」


 僕は話を切り出した。


 まずは、裏山での狩りの許可が出たこと。これによってしばらくは食事がなんとかなるかもしれない、と。


 皆は少し顔を明るくして、概ね喜んでいるのがうかがえる。


 続いて、気が重い話題だが、灰衣の騒動について概略を語って聞かせる。


「灰衣っていや、港都のときのあれか?」


 ガレスがひとり呟いているのが聞こえ、僕は頷いた。


「おそらく、関係はあると思う」


 ヴェルカや黒棘討伐で出会った者たちは、灰衣ってなんだ?といった少々困惑した雰囲気だ。


 ヴェルカやエスター領は内陸であり、東南地方の中でも南西寄りで、灰衣の影響はここまで及んではいなかった。余程噂に明るい者でもないと耳にすることはないのかもしれない。


 そして、僕は続けて、オスカー兄上からの打診について、皆に告げた。


 灰衣討伐にルミナ沿海伯が立ち上がり、寄子たちが招集されていること。当然、それにはエスター領も含まれていること。


 そして、エスター領としては、僕たちを分遣隊として派遣したがっていること。その代わり、食料などは提供してもらえる、などだ。


 皆は、黙って聞いていた。


「アズールが行くんなら、俺はついていくだけだが?」


 ブルーノは散歩にいくなら付いてく、みたいなノリで応えてくれているが、目は真剣だ。


 僕は、まだ決めてはいない。決めてはいないが……最悪、ここの皆が反対するなら、兄上に代わって領兵を率いるくらいは受けようかと考えてはいた。


「アズールさんが、危ない局面を率いて、負傷した俺たちをここまで連れてきて、こうやって癒して、食わせてくれたんだ、行くなら付いていきますよ」


 北潟隊の一人がそう口にすると、彼らは大きく頷き「そうだ」と声を揃え答えてくれる。


「最初は嫌々だったが、あんた達に乗っかるのも案外悪くないと最近は思ってるし、俺も付いていっていいぜ?」


 途中で拾った面々も、ふてぶてしさは残しつつも、まんざらでもないといった表情だ。


「どうせ、あと数日で追い出されて、当てもないのだ。ならば、ここで一旗揚げて褒賞でもたんまりもらおうぜ!」


 森の入り口で絡んできた連中も、奮い立たせるように声を上げて、「やってやるぜー」と意気込み始めている。


 ニルスは、おろおろしているが、皆の空気に飲まれているのかこくこく頷き始めている。


「アズールさん、重い負傷者は俺たちがなんとかするんで、やりましょう」


 完全には癒えてはおらず戦闘は難しそうな者たちも、看病ならできる、任せてくれと立ち上がってくれた。


 どうして、皆こんなにやる気なんだろうか……。


 振り返り、重い負傷者たちに目を向けると、彼らも強く頷いている。


 誰かが近づいてくる足音が聞こえる。


「アズール。ここは立ち上がる時だ」


 ガレスが僕の横にきて、肩へ手を置いた。


 その手は熱く、そしてずしりとした重さと力強さが伝わってくる。


「何者でもなかったお前が、今、この時から俺たちの旗を振るんだ。お前が立つなら、俺たちは皆付いていく」


 前にいたエルヴィンも強く頷いている。


 彼はおそらく執務室の会話を聞いた時から覚悟を決めていたのだろう、戻る道中から何かを感じさせる気配は匂わせていた。


「皆、それでいいの? 負傷だけじゃ済まない可能性もあるんだよ」


 そう伝えると、皆が笑いだした。


「何言ってるんです、黒棘討伐のとき、放っておかれてたら今頃は土に帰ってたかもしれないんだ。なら、ってね」


「おうよ、あんたについて行けば、食いっぱぐれはなさそうだしな!」


「野盗に落ちて賊として討たれるよりはよっぽどいいってもんだ」


 それぞれ思い思いのことを口にしながらも誰も反対はしなかった。唯一、渋い顔をしていたトマも、周りの人足たちの熱にあてられたのか、今は頷いていた。


 たぶん、心から戦いに向かいたいと思っている人はいないはずだ。それでも付いてきてくれようとしている。自分の意志でだ。


「ありがとう。わかったよ」


 僕は全員を見回す。


 元北潟隊だった者。森の入り口で絡んできて鎮めた者。負傷者として拾い上げた者。


 ガレス、ブルーノ、エルヴィンにニルス。


 そしてトマたち人足の皆。


 僕は皆に向かって大きく、強く頷いた。


「皆の命を、僕に預けてほしい。灰衣の騒ぎを越えて、明日へつなぐ。そのために行こう」


 正直、僕自身は消極的だった。


 でも、今は違う。腹は据わった。


 いや、違う。覚悟が決まった、とでもいうべきか。


 僕は、この皆を食わせる。そして、明日へ繋げていく。そのための第一歩が灰衣討伐だ。


 この瞬間、僕は初めて、この一団の前に立ったのだと思う。



「皆の命を、僕に預けてほしい。灰衣の騒ぎを越えて、明日へつなぐ。そのために行こう」


 アズール兄上が、皆へ向かって熱い視線を向けている。


 僕――ノエルは、皆さんが集まっている端で大人しくことの成り行きを見守っていた。


 正直言って……羨ましい。


 兄上が慕われて、というのも少しはあるけれど、それではなく、エスター領を飛び出して、そして自分たちの力で未来を切り開いていこうとしている。


 その在りようが、何とも言えずに羨ましい。


 僕は、ずっとエスター領で膝を抱えるようにして生きてきた。目立つことなく、できるだけいい子で、大人しく。


 別に戦いに混ざりたいわけではない。生きる死ぬなんて場面は正直言って御免だ。でも、生きているのか死んでいるのかもよくわからないふわふわした今はもっと嫌だった。


 アズール兄上が戻ってきてからは楽しかった。


 父上のことは、正直驚いたけれど、特に思い入れがあるわけでもないし、オスカー兄上の方がまともに仕事はするだろうと思うので、結果よしだ。それ以上でも以下でもない。


 ただ、このままアズール兄上がエスター領から出ていってしまったら、また少し前の僕に戻ってしまう。それは嫌だ。


 話が落ち着いて、アズール兄上が一人で荷の整理をしているところを見計らって僕は声をかけた。


「兄さん、僕も連れて行ってください」


 たぶん、声は震えていた。


 そもそもあまり度胸や胆力がある性格ではない。勢いでそういうものを無視して口から出てしまうことはたまにあるけれど、今は勢いで声をかけたわけではなかった。


「え?」


 アズール兄上がびっくりしたように僕に振り返る。何をいってるんだ?という顔をしてだ。


「兄上だけでは、補給吏とまともに交渉できません」


 そうだ、僕はそういうのは得意だ。やったことはないけれど、数字で会話する者同士、理詰めでいけば何とかなるはずだ。


 兄上は、困ったような顔をしている。


 その顔を見ながら僕は続ける。


「戦う者、補助する者、負傷者、人足たち。それを分けて考えなければ、食料も武器も満たせません」


 僕ができる、とは言えないし言わない。


 でも、やる、やってみせる、とは言える、これは僕なりの覚悟だ。


「兄上が拾った人たちを、食わせられる集団に僕がします」


 だから、連れて行ってください、そういう思いをこめて、兄上を見つめ続ける。


 兄上は、困ったような、驚いたような、嬉しいような複雑な顔をしていたが、少しだけ考えた後に、言葉を落とした。


「駄目だよ。ノエルまで巻き込めない。ノエルは、オスカー兄上を助けてあげて欲しい」


 兄上は、そういうと頭に手を乗せ、ぽんぽんと叩いて、入り口の方へ去っていってしまった。


 ここにきても、未だに子ども扱いだ。


 僕は諦めたわけではない、一度のお願いで通るとも思っていない。ならば、どうするか……僕は深く考えを巡らせていた。



 オスカー兄上の打診から十日ほどが経っていた。


 その十日の間に、外倉は出立のための場所へ変わっていった。


 荷車の車軸は応急で直され、兄上が用意してくれた馬と古武具が運び込まれた。ノエルは名簿と配給表を何度も書き直し、ガレスは歩ける者を列に並ばせ、ブルーノは裏山から肉を持ち帰った。


 それでも、万全にはほど遠い。


 だが、動けるところまでは来た。


 当初の一か月という期限からは足が出てしまっていたのだが、領兵の代わりに出兵するということで、そのあたりは準備の期間もあると汲んでもらっていた。


 今日は、出立の日だ。


 目的地は、いったんは港都ルミナとなっている。そこに寄子衆はいったん集まり、そのあと部隊分けされるとのことだった。


 エスター領から港都ルミナまでは、正直なところ十日でたどり着けるかはかなり微妙なところではあるのだけれど、トラブルがなければ理論上はいけなくはない。


 港都は久しぶり……というほどでもないのかもしれないけれど、離れてから四、五か月ほどが経っており、その間いろんなことがありすぎて遠い昔のことのようだ。


 今は、外倉を離れ、領主館前の訓練場に一同で集まっている。


 そのまま出立するため、兄上が準備してくれたものも含めて、荷車や馬、その他積み荷、一部の重傷者などもちゃんと積まれており、元衛兵……いや、兵たちも武装を整え待機している。


 今はオスカー兄上が見送りと称して、一声かけてくれるとのことで、兄上から何やらありがたいお話を聞いていた。


「――。では、アズール、前へ」


 長いお話がいったん終わり、呼び出されたので、前へ出る。


 そういう話は聞いていないのだが、一応、この隊の責任者なので、何か特別な一言があるのかもしれない。


「アズール。お前にはエスター家の名を預ける。汚すな、とは言わん。だが、無駄に捨てるな」


 一応、僕が率いるこの隊は、エスター領預かりとなる隊で、エスター領軍ではない。


 扱い的にはエスター領の傭兵みたいなものだ。


 ただ、エスター領からの出兵として見なしてはもらえるとのことで、僕が何かやると兄上に迷惑が掛かるかもしれない、とのことでもあった。


「分かりました、兄上」


 僕は短く答え、頭を下げる。


 そして、顔を上げると兄上が僕にだけ聞こえる小さな声で一言だけ言葉を置いた。


「死ぬなよ」


 僕は、小さく頷き、皆のもとへ戻るべく歩き出した。


 途中で、参列していたノエルを見かけたが、今日は大人しくしている。


 この数日、ずっと付いて行きたいと付きまとわれていたのだが、さすがに諦めてくれたのだろう。


 僕は隊列の最前に戻り、兄上に一礼し、隊の皆へ向き直り、大きな声を上げた。


「港都ルミナへ出立する!」


 兵たちはかかとを揃え、了解の音を打ち鳴らし、ガレスを先頭として動き出す。


 僕も動き出したが、途中でカインと目が合い、彼は深く綺麗なお辞儀をして、最後の挨拶を返してくれた。


「いってくるよ」


 そう告げ、僕は前を向いて歩き続ける。


 一か月前は、敗れて逃げ込むように入った地だった。


 でも、今は、荷車と負傷者と、エスター男爵家の名を預かって出ていく。


 再び港都へ向けて、僕たち一団は、来た道を戻るように足を向けていた。



 領主館を出立してから、半日ほど経っただろうか。


 日は既にてっぺんを超えて、これから夕刻へと変わっていく、その少し前くらいの時間帯だ。


 エスター領は、ついさっき抜けたところで、ここは一応、沿海伯領の端も端、といったところだった。


 エスター領へ向かっていたときとは違って、今は健常な者が多く、一部傷の重い者は荷車に積まれてはいるが、大多数の者の顔は明るい。


 もう少し進めば、予定していた本日の野営場所といったところで、後方から何かが来ている、との報告を受けた。


 確かに、結構な速度で駆けてきている、馬が見える。


 だんだんと、近づいてくるにつれて、一頭の馬に二人で乗っているのが見えた。


 僕たちに近づくと、馬は速度を緩め、僕の横に止まり、乗っていた二名が降りて近づいてきた。周りの者たちも、よく知る二名なため、警戒というより驚いている。


「ノエル……」


 一人はノエルだった。


 ノエルは、帳面や木板を抱え、僕を見つめながら決意のこもった瞳を向けて口を開いた。


「兄上。名簿も、配給表も、負傷者の分類も、僕が持っています」


 ノエルの顔は真剣だった。


 でも、まだここはエスター領からほど近い、帰れる距離だ。


「ノエル。戻るんだ」


 僕はできるだけ、優しくそう伝える。


 しかし、ノエルは首を横に振るだけで、動こうとはしない。


「兄上には、僕が必要です。いえ、必要だと思わせます」


 うーん、覚悟が決まりすぎている顔で、これは一筋縄ではいかなそうだ……。


 そして、もう一人の方にも目を向ける。


「カインまで……どうして」


 もう一人はカインだった。


 カインは、丁寧にお辞儀を返しつつ、涼しい顔で口を開く。


「ノエル様をお一人で行かせるわけには参りませんので」


 それはそうかもしれないけれど、カインはカインでエスター家での立場っていうものがある。


 こんな勝手をやっていては問題なはずだ。


「でも、カインはエスター家の……」


 僕はそれを告げようとするが、珍しく僕の言葉を遮るようにカインが言葉を重ねてきた。


「オスカー様より、暇はいただいております」


 え、エスター家を辞してきたの?


 どうして?


 ノエルのためだけってわけではないのは……薄々わかるけれど、そこまでやるのか。


「今更戻るところもありません」


 淡々と告げるカイン。


 そう言われてしまうと……受け入れるしかないような気になってしまう。がっくりと肩を落とす僕。


 どうしたものか……。


 カインだけ受け入れて、ノエルは帰すというのも難しい。ここまできたのだ、勝手についてくるだろう。そういう顔をしている。


 はあ、と息を吐いた。


 追い返す言葉は、もう見つからなかった。


 ノエルは戻らないつもりで来ている。カインもまた、戻る場所を捨ててきた。


 なら、僕が言えることはひとつだけだった。


「……分かった。二人とも、力を貸してほしい」


 ノエルは喜び、カインは当然ですと言わんばかりに、二人は大きく頷いた。


 灰色の報せが、東南の空を曇らせている。


 僕たちは、その灰色の中へ向かって歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ