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エルダニア大戦記  作者: 志摩 伊純
第2章:帰郷編・エスター家政変

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第19話 走錨


「エスター男爵は、いったいどのような方なのだ?」


 ノエルの反対意見は、いろんな議論を呼び、賛成、反対、結論を急ぐな、などと、元衛兵や人足たちまでもが、それぞれ近くの者と意見を出し合い、紛糾していた。


 そんな中、エルヴィンが父上について質問を投げかけてきた。


 僕は、何と答えればよいか少しだけ考えたのだが、あまり直接的な言い回しは避けた方が良いか、と歯切れが悪くなってしまう。


「父上は……一言でいえば、村長とかに生まれていたら幸せだった、というような人かな……」


 ちょっと分かりにくい例えだったかもしれない。


 弱小とはいえ男爵家だ。


 貴族の家にさえ生まれていなければ、余計な気苦労や不安を抱えずに、今とは違った形になっていたのではないかと思ったりする。


 もう少し違う例えがないかと考えていると、横から声が上がった。


「ええ、父上は、領主の器ではありません」


 ノエルは容赦がない、というかはっきり言いすぎな気がする。回りくどく言った僕が逆に面倒くさい人みたいじゃないか。


 ちょっとそんなことを思ったりはしたけれど、同意以外の何物でもなく、頷くしかない。


「狭量な領主は、ある意味で恐ろしいな」


 エルヴィンはそう告げると立ち上がり「周りを確認してくる」と言い残し、負傷者の様子を見に外倉奥へ。


 おそらく、最悪な事態を想定して諸々確認するのだろう。エルヴィンはそういう人だと黒棘戦などを通じて理解してきている。


「父上に武器を預けるか否かの前に、現状を整理しましょう」


 ノエルは指を立てて、数えるように僕たちのことを客観的に整理し始める。


「まず、負傷者が二十名ほどいます」


 寝藁に横たわる負傷者たちへ視線が集まる。


 彼らも意識がある者は、僕たちの会話を聞いているようで、ノエルの言葉にうなずいていた。


「歩けない方や、熱を発している方もいます。そして、戦える方も疲労がたまっているように見えます」


 今度は僕たちを見つめるノエル。


「食事や、布、薬草などは、父上側が握っており、領兵も近くにおります」


 戸口から見切れて見えている領主館の方へ目を向けるノエル。


「そして、父上は、皆さんを恐れています」


 ここが一番大事です、と最後にこう続けた。


「武器を預けたら、ここにいる人たちは、父上にお願いするしかできなくなります」


 だから反対です、とノエルの顔はそう告げていた。


 それはわかる、わかっている。


 わかってはいるが……。


「そうだとしても、今ここを追い出されたら、歩けない人たちはどうなる?」


 追い出されたら、次はどこへ行けばいいというのだ。

 荷車も一台が壊れて使えなくなっていると聞いている。


 そうではなくとも、これ以上の移動に耐えられなさそうな負傷者も数名いる。


 ここは、僕の責任で、武器を預けても、少なくとも負傷者の回復の目処が立つまでは滞在を認めてもらう選択を取るしかないのではないか。


 最善ではないかもしれないが、考えうる中では、それしかないのかもしれないと、改めて僕は思い始めていた。


「武器を預けることで、叛意がないと、僕が頭を下げてでも理解してもらうように努力するよ。それで済むならそれがいい」


 まだ決めたとまでは言えないけれど、腹は据わってきた。


 このまま話し続けても、同じところを回るだけだと思った僕は、少し場を冷ますつもりで休憩を告げた。


 僕がそう告げると、ブルーノに「気を紛らわしに猪の処理を見にいこうぜ」と連れられて外へ出た。



 アズールが外倉の外へ出ていったのを確認し、エルヴィンはガレスのもとへ近づいた。


「どうするのだ?」


 エルヴィンの言葉は短い。


 ガレスは、しばし沈黙の後、声を落としてエルヴィンへささやく。


「アズールに武器を差し出させるわけにはいかん」


 ガレスの表情は険しい。


 エルヴィンは意外そうな表情で、ガレスの言葉を聞きながらアズールが出ていった戸口の外を見つめ、少し思案する。


 ガレスは規律を重んじ、義に厚い人物だと理解している。


 アズールへの義理立て、いや、それ以上の感情があるのは、これまでの付き合いの中でも感じている。


 それに、道理としても領主の意向だ。これを無視、とまではいかずとも拒否しては、ガレスが一番嫌いそうな無頼の類となってしまう。


 だからこそ、ここはアズールの心情、ガレスの信念などが合わさって、武器を差し出す方へ傾くのではないかと思っていたのだが……。


「差し出せば、こちらは終わる」


 続けてガレスが言葉をつないだ。


 終わる……かは、まだわからないが、男爵が良からぬことを企んだ場合、少々面倒なことになることは想像できる。


 ではどうするというのだ。


 武器を差し出さねば、ここに居られないことは想像に難くない。聞き及ぶ限りでは、男爵は武装した我々を恐れている。


 当然だろう、という理解はある。


 これまで見てきたエスター領は、正直言って大きな領だとは思えない。


 領兵も、頑張って維持していたとしても百名……いや、八十名いればいいところであろう。


 装備も館や番所と呼ばれるところで見かけた数人を確認しただけだが、我々の方が質がいい。戦い慣れもしていないようだ。


「しかし、差し出さねば、ここに居られまい」


 直ちに追い出されるかはわからないが、長くいることは叶わないだろう。下手すれば領兵に追われるかもしれない。


 ならばどうする。エルヴィンは思案する。


 ひとつ、思い浮かぶ案はあるにはある。あるが……アズールの性格では、それは採らないだろう。


 考え込むエルヴィンへ、ガレスがことさら抑えた声で低く短く伝えた。


「ベルトラン男爵を押さえる」


 その言葉を口にすること自体が、ガレスには屈辱なのだろう。


 声は低く、けれど揺れてはいなかった。


 それは一瞬考えた案だ。考えはしたが、それは悪手ではないのか。そもそもアズールは採らないだろう。


 エルヴィンは、思考を深くする。


 道理を置いて、それは可能なのか?


 先ほど見た領主館の様子を思い出す。


 怯える門番、少ない領兵、低い柵、守りにはとても向いていない館だ。


 動ける者を十数名も集めれば、おそらくそう抵抗も手間もなく押さえられるようには思う。


「命を取るつもりはない」


 ガレスは続けて、そうつないだ。


 それはそうだろう。そこまでやれば、賊へ落ちることとなり、もはや東南地域にはいられなくなる。


「アズールには、言わん。我々だけで執務室を押さえ、命令を撤回させる。それだけだ」


 ガレスは、複雑な顔でそう言い切った。


 ガレスは規律と義の者だ。本来なら領主を脅すことには抵抗があるに違いがない。


 しかし、アズールに武器を差し出させるくらいなら、自分が汚れる方がいいと思っている。


 覚悟を決めた顔だ。


 エルヴィンは、ガレスの顔を真剣に見つめ、思考を深めていった。



「ベルトラン男爵を押さえる」


 え、父上を押さえる?!


 戸口の陰で、僕――ノエルは息を呑んだ。


 ガレスさんの低く声を抑えた一言が僕の耳に入ってきた。


 ばあやなどに手伝ってもらって手配した食料や布などをどこへ運び込むかの相談をしたくて、エルヴィンさんへ寄っただけなんだけれど……。


 そうしたら不穏な会話が漏れ聞こえてきて、よくはないと思いつつも、話が話なだけに、しばらく立ち聞きを続けてしまう僕。


 「命は取らない」「執務室を押さえるだけ」など、微妙な線引きは考えているようではあるのだけれど、そうだとしても僕にはそれは悪手としか思えない。


 僕は居てもたってもいられなくなり、ついつい口をはさんでしまった。


「それをやったら、兄上がやったことになります!」


 ガレスさんとエルヴィンさんが、少し驚いたように僕に振り向いた。


 まさか盗み聞きされているとは思わなかったようで、「ノエルか」とエルヴィンさんが呟き、ガレスさんは僕をにらんでいる。


「盗み聞きとは感心せんな」


 ガレスさんの一言が耳に痛い。


 僕も悪いことだとは思いつつも、内容が内容だけに耳をそらすことができなかった……。


「それは……ごめんなさい」


 エルヴィンさんは、小さくため息をつき、ガレスさんもどうしたものかと思案顔だ。


 僕も、口を出してしまった以上は無関係ではいられない。


 何か言おうと、口を開きかけたその時、ガレスさんが僕を見つめて続けた。


「アズールには知らせん」


 そう告げるガレスさんの表情は、覚悟を決めた人の顔だ。


 でも、僕はその選択は一番やってはいけないことのように思う。兄さんがきっと許さない。僕が知るあの兄さんならきっとそうだ。


 でも、感情論ではガレスさんたちは止まらないかもしれない。


 そこで僕は事実の積み上げに頭を切り替えて、なんとかならないかを口に出す。


「知らせなければ、なおさらです。兄上の知らないところで、兄上のために父上を脅す。これは一見、兄上には無関係に思えますが、そうはなりません」


 僕は頭の中を整理しながら、言葉を紡ぎだす。


「何故だ?俺たちが勝手にやることだ」


 ガレスさんは、不満顔で僕を見つめ、そして詰めるように僕に言う。


 こ、怖い……。


 ガレスさんは、かなり立派な体躯をしていて、見下ろされると迫力がすごい。


 でも、ここは怯えて退くところじゃない。何とか言うべきことを言わなければ……。


 意を決して、なんとか口を開く。


「兄上が代表として、父上と交渉しました。つまり、父上から見れば、兄上はここの責任者です。何か問題が起これば……本当に知らなかったとしても、それは通りません」


 緊張して、早口になってしまったが、なんとか噛まずに言い切れた。


 もちろん、ガレスさんが悪意を持って、兄に伏せたままやろうとしているとは思ってない。


 だけれど、それが結果的に兄上を追いつめ、ここの皆さんが追い込まれる状況に流れていく可能性がある。


 それは、避けなければ……。


「それは……」


 ガレスさんは、痛いところを突かれたという顔をしている。でも、理解はしたが納得はしていない顔だ。


 エルヴィンさんは、黙って僕とガレスさんのやり取りを見ていたが、何かを決めたような顔で僕を見つめてきた。


「それも含めて、男爵を押さえればいい」


 くっ……、そう来たか。


 何とか論点をずらそうとしたけれど、そうなのだ。結論、父上を押さえれば、僕の言ったことなど、後でどうとでもなるかもしれないことだ。


 負傷者が癒える時間の間だけ、なんとか父上を抑え、その後はここから出ていくなりすれば、この小男爵家では手の出しようがない。


 沿海伯に届け出ても、家庭内のことと、相手にされない可能性が大きい。いや、むしろ息子も押さえられないのかと、悪くなる可能性すらある。


 ガレスさんは、エルヴィンさんを見つめて、小さく頷いている。


「まだ決めたわけではない」


 エルヴィンさんは、そう言うと僕の肩をぽんぽんと叩き、負傷者の方へ歩いて行った。


 ガレスさんも「そういう選択肢もある、と話していただけだ」と、兄上のいる外へ向かっていく。


 本当にそうだろうか……。


 なんとかしなければとんでもないことが起きるという不安を抱え、いったん外へ出る。


 外は夕焼けに染まりつつあった。


 まだ、完全な夕刻という感じではないが、じきに赤く染まっていくだろう空を眺め、どうすればいいのかを考える。


 頼れそうな人は、一人しか思い浮かばない。


 僕は、近くにいたニルスさんに、粥や布の手配、ばあやへの相談などしてくると伝え、急ぎ足で館へ向かった。



 館に戻り、目的の部屋の前に着いた。


 ばあやに確認し、部屋にいるだろうということは確認済みではあるのだけれど、戸を叩く勇気が出ない。


 普段、あまり会話しない相手ではある。


 それもほんのちょっぴりあるけれど、伝えたい内容が重すぎるのが一番の理由だ。


「ふぅー」


 僕は深呼吸し、意を決して戸を叩いた。


「ノエルです。少しお話できないでしょうか?」


 しばらく待つが反応がない。……もしかしたら入れ違いで部屋を出ていってしまったのかもしれない。


 そう思い、去ろうとしたころに「入れ」と落ち着いた低い声で短く応答があり、僕は「失礼します」と断りを入れ、改めて「ふぅー」と深呼吸して僕は部屋に入った。


 部屋には、窓際に立ち、外倉の方を眺めている壮年の男性がいた。


 オスカー兄上だ。


 オスカー兄上とは親子ほど歳が離れているし、父の名代として動き始めてもいて忙しい。普段あまり顔を合わさないし、ましてや会話することもほとんどない。


 そうなのだけれど、僕は嫌いじゃない、というかどちらかというと好きな兄上ではある。アズール兄さんの次くらいにだけれど。


 オスカー兄上は窓から目を離し、僕の方を向いて落ち着いた風に口を開いた。


「ノエル、外倉にいたのではなかったのか」


 おそらく窓から眺めていて、僕がいたのを見ていたのだろう。兄上の部屋の窓からは、外倉の一部がよく見える。


 僕は、何をどのように伝えればよいか……少し考えるも、整えるよりもそのまま伝えるのがよいと思いなおし、素直に伝えることにした。


「その外倉が、危ないです」


 しまった、言葉が少なすぎたかもしれない。兄上も不思議そうな、何かありそうな困ったような顔をしている。


 しばし、兄上は考えていたが、ぽつりと口を開いた。


「……父上が動いたか?」


 そういうと、腕を組み改めて考えこむ兄上。


 確かに、先ほどの僕の伝え方だと外倉に危険が迫っている、とも受け取れる伝え方だった。


 僕は首を振り、改めて兄上を見て言葉を続ける。


「違います。動きそうなのは、兄上の側です」


 僕は、アズール兄上は武器を預けようとしていること、でも、同行者のガレスさんやエルヴィンさんたちがアズール兄上の意向に反して、動き出そうとしていること。


 そして、僕ではどうしようもできないことなどを正直にオスカー兄上へ伝えた。


 オスカー兄上は、黙って僕の話を聞き、それが終わると少し考えこんでいたが「よく話してくれた」と、僕に寄り、頭をなでてくれた。


 既に子供ではない歳なのだけれど、オスカー兄上から見たらまだ子供なのかもしれない。気恥ずかしさと、大人扱いして欲しい気持ちとで、少しもやもやしたが、今はそれどころではない。


「父上には言えません。兄上しか頼れる人がいなく……」


 僕は正直に告げた。父上には論外だ。伝えて良くなる未来が全く見えない。


 一縷の望みをかけて打ち明けたのだが、オスカー兄上はまたしばらく考え込んでいる。


 そして、しばらく黙り込んでいたが改めて僕を見つめて口を紡いだ。


「ノエル」


「はい」


 オスカー兄上は優しく見つめて、名を呼んだ。


 その瞳は何かを決意したような深い力強さを感じさせつつも、優しい色も含んだ複雑な感情を滲ませていた。


「外倉へ戻れ。アズールには、まだ言うな」


 アズール兄さんには……言わない方がいいのか、どうなのか、僕にはわからなかった。なので、そういう気持ちが口から出てしまった。


「兄上にも、ですか」


「そうだ」


 オスカー兄上は、父上の部屋がある方を見た。


「言えば、あいつは止める。止めるために、自分で背負おうとする。それでは遅い」


 その声は、静かだった。


「父上は、こちらで止める」


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