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エルダニア大戦記  作者: 志摩 伊純
第2章:帰郷編・エスター家政変

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第20話 預かる者


 夕日で赤く染まる外倉は、先ほどまでと変わらず重い空気がまだ残っていた。


 僕――ノエルは、オスカー兄上への相談を終えたあと、改めて外倉へ向かうように言われていた。


 ばあやにお願いしていた芋と豆、それから負傷者用の布を持ち込むためだ。


 最初は僕一人で何往復かして運ぼうと思っていたのだけれど、ばあやに「荷車を回しましょう」と言われ、何から何まで情けない。


 普段なら気づくところだが、さすがに僕も慌てているらしい。困っているときほど、落ち着かないと……。


 そんなこんながありつつ、慣れない荷車を引きながら、なんとか外倉までたどり着いた。


「あ、ノエルさん。その荷車は?」


 外にいたニルスさんが僕に気づき、声をかけてくれる。彼はその優しそうで愛嬌のある顔を僕に向けて、もしかして、といった表情だ。


「芋と豆と、負傷者の方への布です。十分な量ではないですけれど……」


 食べるものは芋と豆しか用意はできなかった。五十名ほどの人数を賄うには心もとないけれど、負傷者を中心に回してもらうしかないかもしれない。


 布は古いものだけれど、一応、清潔なものを用意してもらえたので、それだけは良かった。父上が綺麗好きなのが、今回はありがたい。


「あ、さっき言ってたやつですね!」


 ニルスさんが両手をぱんと叩き、荷車へ向かってきて、掛けてあった布を少しめくり、中を検め始める。


「芋と豆! さすがエスター領ですね!!」


 褒められているのか、なんだか微妙な感想だけれど、喜んでいそうなのは間違いないので少しだけほっと息を吐けた。


「ええ、塩も隅に少しだけ積んでますので」


 僕は荷車の後ろの方を指さして、塩はここ、とニルスさんへ伝えるのだけれど、少し離れていたところで猪を解体していたブルーノさんが「塩か!」と、こちらにやってきた。


「肉は塩がなきゃなあ。さすがに味気ねえ」


 でかした、と言わんばかりに、僕の頭をぐるんぐるん撫でているのか……体感的には回されている感じだけれど、こちらも喜んではもらえているみたい。


「芋と豆にも使ってくださいね」


 念のための注意を告げる。


 しばらく、そんなやり取りを続けていると、館の方から領兵の一団が近づいてくる。


 武器を引き取りに来た者たちだ。



 日が傾き、夜の匂いが強まりつつある頃、領兵の一団が外倉へ到着した。


 ノエルは、少し離れた荷車のところで息をのんでいる。


 僕は、外倉の戸口近くに立ったまま、その列を見ていた。


「アズール様。ベルトラン様のご意向で、武器をお預かりしにまいりました」


 カインが先頭で、僕に分かりきった用向きを、少し苦しそうな顔で告げてくる。後ろには八名ほどの領兵と……最後尾には、オスカー兄上?


 父の代理で訪れたのだろうか。


 領兵たちは、一応、槍などで武装はしているがどの顔も怯えで硬くなっていて、早く終わらせたい、という気持ちがこちらまで伝わってくる。


 ガレスやエルヴィンは外倉の中から出てきて、何か剣呑な表情をしているし、猪を捌いていたブルーノは、もっと厳めしい顔をしている。


「来やがったな」


 ブルーノがそう告げて、領兵の方へ詰め寄ろうとするので、僕が手で制して「駄目だよ」と告げる。ブルーノは、すごく不満そうな顔をするが、一応、止まってはくれて、無言で領兵たちを睨んでいる。


 ガレス、エルヴィンは黙ってはいるが、ブルーノと同じ気持ちだと伝わってくる。


 ノエルとニルスは、少し離れた荷車のところで、息をのむように静かにこちらを見つめていた。


 カインがそれらを見回しつつ、続けて何かを発しようとしたとき、奥にいたオスカー兄上が歩み出てきて、僕の前で止まる。


「……オスカー兄上」


 僕はかろうじて出せた声で、兄の名を呼ぶ。


 兄上は感情のない顔で僕を見つめ、そして一同を見回して短く言葉を紡いだ。


「父上の命で、武器を預かる」


 今更だけれど、このまま預けてしまっていいのか……。腹を括ったはずなのにもやもやとした思いがわき上がってくる。


 そんな僕を見ていたガレスが前へ出ようとする。


 いけない、兄上、ひいては父上に逆らっては、ここに居られなくなる。武器を預けてしまうことによる不安は正直僕にもある。だけれど、預けなければ不安ではなく、追い出される事実が待っているのだ……。


 僕は手でガレスを制し、止まってもらい、改めて兄上の顔を見る。


「兄上……」


 それ以上の言葉は出てこなかった。


 何かを言おうとすれば、おそらく断る言葉になってしまう。こぶしをぐっと握り締めて、耐えるしか今の僕にはできなかった。


 兄上は、ちらりと横を流し見たかと思うと、僕へ向き直りひとことだけ発した。


「アズール。悪いようにはしない」


 感情が滲まない声で兄上が僕に告げるが、ここまできては拒める状況ではない。なにしろ預けなければ負傷者が追い出されるかもしれないのだ。


 僕は小さく頷き、兄上に答えた。


「……分かりました。兄上に預けます」



 兄上の指示で、領兵の一部が外倉の周囲や中に置かれていた武器を回収していき、その中でいくつかの対応が行われた。


 壊れた武器と使える武器を分ける。


 槍、剣、短剣、盾などを別に分ける。


 穂先や刃を布で包み、ひとまとめにした後、さらに束を布で包む。


 ある程度、まとまった布の塊となった武器たちから荷車へ積まれていく。


「使える武器は、そちらの荷車へ」


 カインが兄上の意向を確認しながら領兵たちへ指示を出し、まずは使える武器から一台の荷車へ集められた。


 武器の預かりのために、二台の荷車が用意されており、少し前にノエルが引いてきた荷車も一台まだ置かれたままだ。


 少々手狭ではあるのだが三台が並ぶように付けていて、領兵たちは言われた通りに作業を続けている。


「こちらの一台には壊れた武器など、使えないものを乗せてください」


 カインの指示で次々と積まれていく武器。オスカー兄上は、黙ってその様子を眺めている。


 ガレスは唇をかみ、エルヴィンも険しい表情で、その積み上げ作業を眺めている。ブルーノは、もう知らん、と猪を捌きに戻っていった。


「オスカー様、武器の回収が完了いたしました」


 カインは、兄上のもとへ寄り、荷台に積んだ武器を示しながら報告をあげる。それを聞いた兄上は、深く頷き、僕へ視線を寄せながらカインへ何かをささやいている。


 小さな声で、僕には聞こえなかったのだが、カインの表情には驚きが浮かび、そのあと納得したように頷き、領兵へ指示を出した。


「では、戻りますよ。お疲れ様です。この二台を館の倉庫前まで運んでください」 


 え?


 それは……どういうことだ。


 カインが指し示すのは、壊れた武器を積んだ荷車と、ノエルが引いてきた芋などを積んだ荷車だ。


 ガレスやニルスも驚いた顔をしており、さすがのエルヴィンも目を見開いている。


 言われた領兵たちも困惑しており「ですが……」と言いかけたところに、兄上が言葉を重ねる。


「よい、私が立ち会い武器は無事荷車へ積まれた。そうだろう?」


 領兵たちは困惑したようにカインを見つめるが、カインは頷くのみだ。嫡子がそう言うのであれば、領兵には逆らえない。


 領兵たちは言われた通りの二台を引く準備を始める。


「兄上、それは……」


 僕はさすがに状況がわからずに、言葉を漏らしてしまった。これでは父上の命令を守れていない……。


「武器は預かった」


 兄上が短く言葉を置いた。確かに壊れた武器の積まれた荷車は引かれていこうとしている。でも、使える武器の方は置かれたままだ。


 僕は残る荷車を見る。


「でも、あの荷車は……」


「荷車が多かった。積み違いは、あるかもしれん」


 兄上は、少しだけ口元を緩め、それから僕を見て言葉を続けた。


「その時は、私の手落ちだ」


 ……兄上は僕たちを守るために?


 いや、結果的にはそうだけれど、奪うことがより刺激することに繋がるとの判断かもしれない。仮にそうだとしてもだ……父上の意向を曲げたことになるのは兄上ということになる。


「兄上……」


 何かを言おうとしたが、兄上は首を振り、それを遮る。


「言葉にするな。すれば面倒になる」


 横にいるガレスも何か言いたげだが黙って頷き、エルヴィンは残る荷車を見つめ、ニルスは僕と兄上の間を視線を行ったり来たりさせている。


 ノエルは、目を潤ませたまま、何か言いたそうに兄上を見ていた。


「では、引き上げるぞ」


 兄上がそう告げると、領兵たちは荷車を引いて館の方へ戻りはじめる。路面が悪く、きしむ音を立てながら引かれていく荷車たち。


 カインは最後に軽く頭を下げ、そのまま背を向け歩き出し、最後に兄上もそれに続き去っていった。


 僕たちは、何も言えずにその背中を見つめ続けることしかできなかった。



 オスカーは、引き上げた荷車を倉庫前に停めさせ、奥へ荷を詰めて置くように指示を出す。


 領兵たちは、言われた通りに布でくるまれた荷を丁寧に運び、指定された場所へ積み始めていた。


「オスカー様、これでよろしいのですか?」


 カインが満更でもなさそうな顔で聞いてくる。


「お前がそれを言うのか」


 カインがアズールを気にかけていることは、以前から薄々は感じている。理由も想像はつくが、ここでいう話でもない。


 それ自体、面白い話ではないのだが、今は目の前のことだ。


「よい。武器を取り上げることで、新たな面倒が生まれる方がまずい」


 父上の指示のまま、もし武器を取り上げてしまえば、おそらくアズールの周りの者が暴発していただろう。


 ノエルの話を聞いたときには、まだ可能性としてという想像の域ではあったが、外倉へ出向き、実際にその者らを見て確信に変わった。


 そうでなければ、そのまま回収するということも考えてはいたが……あの連中はまずい。武器を取り上げても、その辺の木材などで領兵を圧倒するかもしれない。


 とはいえ、父上の意向を完全に無視するのも、放置するのもまずい。


 であれば、父上も外倉側も、自分が手綱を握れるこの選択が一番ましというだけのことだ。


 カインに後を任せ、父上への報告へ向かう。


 執務室では、父上が一人で酒を飲み、剣呑な表情でこちらを見つめている。


「父上。武器は、私が立ち会って預かりました」


 余計なことを言われる前に、先に告げるのがよい。父上は酒が入ると特に面倒な話を嫌がるところがある。


「お前が立ち会ったのか」


 父上は意外そうな顔で、酒を舐めつつ、何かを思案している。


「はい。カインはアズールに甘いところがありますので、念には念を入れてと」


 父上は、思うところがあるのか大きく頷き、酒をあおる。


「そうだな。カインはあれに甘い。リーネがいなくなってからは特にだ」


 面白くないというように酒を継ぎ足して、さらにあおる父上。


 あまり強い方ではないので、そのくらいにしておけばよいと思うのだが、おそらく飲まずにはいられないのだろう。


「すべて差し出したか?」


 父上が確認するように問うてくる。


 おそらく抵抗があったのではないか、隠してまだ持っているのではないかという不安があるのだろう。気の小さいことだ。


「外倉にあったものは、まとめて運ばせました」


 嘘はついていない。


 すべてとは言っていないが。


 父上は疑り深い。だが、男爵という地位にしがみつくわりに、こういうところの詰めは甘い。


「ならば、もう、あれらを恐れる必要はないな……」


 父上がいくぶん機嫌を持ち直したかのように表情を緩め「お前も飲むか?」と聞いてきたので、やんわりと断る。


 それ以上は、この件については何も告げず「では、失礼します」とだけ残し、部屋をあとにした。


 廊下の窓から見える景色は、すっかり夜のものとなっており、今日は少々疲れを感じ自室へ戻ることにした。



 外倉では、一部残していたノエルが持ち込んだ豆と、ブルーノが狩ってきた猪を使い夜食が振る舞われていた。


「塩だけだが、案外行けるな!」


 ブルーノは、焼いた猪肉に豪快にかぶり付きつつ、美味しそうに頬張っている。ニルスとエルヴィンは塩ゆでした豆を潰し、食べやすくしたものを負傷者へ与え、ガレスは元衛兵たちと食事を交代しつつ、残った武器を外倉の奥にしまい込む作業を行っていた。


 兄上は、武器は預かったと言った。


 父上には、そう伝えるのだろう。


 一時のことかもしれないが、助かったと思う自分がいる。でも、それ以上に兄上に何かを背負わせてしまったとも感じていた。


 ノエルは既に屋敷に戻ってはいるが、兄上に会ったら、それとなく感謝を伝えて欲しいとは告げてある。


 しかし、まだ終わったわけではない。


 いつか露見するかもしれない。


 その時は、兄上もまずいことになるに違いない。


 それでも今、外倉には湯気があり、負傷者の息があり、まだ使える武器が残っている。


 預けられたものを、次にどう守るのか。


 僕はこの束の間の休息を無駄にしないよう、明日以降どう動くべきなのかを静かに考えていた。


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