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エルダニア大戦記  作者: 志摩 伊純
第2章:帰郷編・エスター家政変

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第18話 エスター家の人々


 目の前には、よく見知った領主館が、記憶のままの姿でそこに佇んでいる。


 僕の後ろではガレスとブルーノが静かに圧を強め、門番は怯え、カインは顔を固くしている。


 さらに後ろに居並ぶ元衛兵たちは、困惑した顔を浮かべながらも槍を握り締め、不穏な空気が流れている。


 エスター領の午後に吹く風は、少し生暖かく、まとわりつくような湿り気を感じさせながら吹き抜けていった。



「一人で行かせるわけにはいかん」


 ガレスは、僕の制止を静かに押しのけて前に出る。


 その顔は、冷静でありながらも強い警戒と不満を感じさせた。


「ああ、怪しすぎんだろう」


 ブルーノもガレスに続き、前に出る。


 大棍棒こそ構えてはいないが、その巨体から滲みだす異様な圧は僕にも感じられるほど怒りを含んでいた。


 気持ちは嬉しい。


 それに僕自身、実家とはいえ、無条件で大丈夫だとも言えない部分はある。


 しかし、ここで拒めば外倉の使用や負傷者の保護までだめになってしまう可能性がある。


 ならば、まずは優先して負傷者の方を先にと荷車に振り返る。


「負傷者を先に動かそう。それが終わるまでは、僕はここにいる」


 エルヴィンとニルスは頷き、カインが少し息を吐いて僕を見た。


「外倉への案内は、私が手配いたします」


 そう告げると、門番の領兵の一人へ声をかけ、案内するようにと指示を出す。


「し、しかし、門番の役目が……」


「大丈夫です、貴方が戻るまで私がここにおります」


 カインは僕の方を見つめて頷いた。


 となると、負傷者の移動が終わるまでは、カインとここで待機か。


「うん、お願いね」


 僕は、案内を担当してくれる領兵とカインへお願いした。



 外倉は、遠目にはそれなりの大きさで立派に見えたのだが、近づくと古さが目立つ手入れの行き届いていない様子が見て取れた。


「なんだか、逆に悪くならねえか、ここ」


 アズールのもとにはガレスが残り、ブルーノ、エルヴィン、ニルスとトマたちが荷車を引いて外倉へ来ていた。


「屋根はある。整えるしかあるまい」


 エルヴィンは、贅沢は言えないといったふうに外倉を見回している。


 開けてもらい、戸口の中へ入ると、埃っぽく、敷いてある藁は湿っており、壁にはところどころ鼠でも入り込んでいるのか隙間が空いていた。


「井戸はすぐそこにありますけど、桶がないですね……」


 ニルスは外を確認してきたのか、中に入ると開口一番そう告げた。


 そうこうしていると、外が何やら騒がしい。


 トマらしき者が大声で叫んでいる。


「どうしたんですか?」


 入り口近くにいたニルスが様子を見に行くと、トマが一台の荷車にしゃがみ込み、荷台の裏を確認している。


「だましだましここまできたけど、車軸がとうとう折れたんだ」


 トマは、がっくりといった感じだ。


 もともと、森の入り口のころからいつ壊れてもおかしくないような状態だったので、ここまで持っただけでも御の字では。


 ニルスはそう思いはしたのだが、トマががっつり落ち込んでいる。


「いったん、外倉までは何とかなったので、後のことはまた後で考えましょう?」


 外倉に負傷者を移せば、すぐに四台の荷車が必要ということはない、はず。


 トマは、顔を上げてニルスを見つめ、こくこくと頷いて、また車軸を見ながらため息をはいた。


「そうだな、いったん今は負傷者を移そうか」


 トマは立ち上がると、人足仲間に声をかけて負傷者を移動させる段取りをしに向かっていった。


 そのころ、エルヴィンは元衛兵たちに外倉の中の清掃をさせるべく、いろいろと指示を出していた。


「まずは、藁を外へ出して、干すところからだ」


 元北潟隊の面々は、てきぱきと、藁を運び出したり、奥にあった箒などで床を掃いたりと働いている。


 それ以外の途中参加の面々は、動きが悪い。


 まったく何もしないわけではないが、不満があるのか、積極的に動いている感じではなく、楽そうなことだけに手を出している。


 エルヴィンが何か言うべきか、と口を開きかけた時、ブルーノが大声を出す。


「おうおう! 掃除が嫌なら俺と一緒に獣でも狩りに行くかあ?」


 ブルーノは、俺が掃除などするはずもない、といった雰囲気ではいたが、向いていないというだけで、怠け者ではない。


 珍しく槍を構え、戸口前で仁王立ちしている。


 正直、大きな身体でそこに立たれると邪魔でしかないのだが。


「あっちの裏山は、猪が出るからなあ、運が良ければ今晩は猪鍋だ」


 まだ見かけたわけでも、獲れたわけでもないのだが、ブルーノは既に肉の顔だ。


 それを聞いた面々は、急に清掃にやる気を出し始める。


 エルヴィンは、面白い、と思いながら苦笑していた。



 領主館の窓辺で、ノエルは外を眺めていた。


「外倉に向かっている?」


 窓から見える一行が、兄さんたちだろうと当たりをつけ、移動している様子を目で追う。


 父さんのことだから、僕が兄さんにまっすぐ会いに行くのは、まだ許してくれないかもしれない。


「裏口からかな」


 ノエルは、言うが早いか、すたすたと裏口へまわり、外へ出る。


 少し遠回りになるが裏道を通り、外倉方面へ歩いていく。


「荷車が四台か……」


 外倉が近づき、様子がだいぶわかるくらいの距離になってきた。


 何やらばたばたとしているようだけれど、久しく使われていなかった倉なので、清掃でもしているのかもしれない。


 てくてくと、外倉の正面まで歩き、停めてある荷車の脇をすり抜けて戸口前にいる大きな男の人に声をかけてみる。


「あの、ここにアズールって人がいると思うんですが」


 声をかけると、大きな男の人が見下ろすように僕を見ながら、やや戸惑ったような声をあげた。


「お? おお? アズールは今ここにはいねえが……」


 何か考え込むような、そうでもないような顔だ。


「あ、そうなんですね……」


 いないのか。


 もしかしたら屋敷の中に入ってしまってるのかも。


「うーん、どうしよう」


 大きな男の人と、お互いに不思議な顔をしつつ見つめ合っていると、僕と同年代くらいの兵隊さんが声をかけてきた。


「あれ? ブルーノさん、こちらは?」


 あ、この大きい男の人はブルーノさんっていうのか。


 そういえば、自分も名乗っていないことに気が付いた。


「あ、すみません。僕はノエルといいます。ノエル・エスター。アズール兄上の弟です」


 ブルーノと呼ばれた人は、目を見開き、同年代くらいの彼も「え?」と声を上げる。


「あー、アズールの弟かよぉ」


 どおりで、とか言いながらブルーノさんが頭を掻いている。


「なんか、どっかで見たことあるような顔だと思ったぜ」


 納得した、というような顔で、頷いている。


 たぶん、兄さんと顔が似ているのかもしれない。


 自分では、そうは思わないけれど。


「あ、そうなんですね。僕はニルス。ニルス・アーベルです。よろしくお願いします!」


 同年代っぽい、彼はニルスというらしい。


「こちらこそ、ニルスさん、よろしくお願いいたします」


 ニルスと挨拶しつつ、ニルスはブルーノをつつき、ブルーノさんもと促していた。


 その後、エルヴィンさんと、トマさんとも挨拶を済ませて、簡単に状況を教えてもらった。


「あー、父上がそんなことを……」


 ありえる、と思った。


 父上は、僕から見てもちょっとどうかと思うくらいに気が小さい。


 気が小さいというか、器かな……。


 ブルーノさんたちは、兄上を一人で行かせるのは問題がある、とかなんとか言っている。


 でも、僕はそうは思わなかった。


 いや、大丈夫とも言い切れはしないのだけれど、今日どうこうできるほどの気概はないと思う。


 あと、もう一つ理由はあるのだけれど。


「たぶん……大丈夫だと思いますよ」


 そう告げると、ブルーノさんたちは、うーん、となっていたけれど、今ここでどうこうできる話でもないので、清掃に戻っていった。


 ……ブルーノさんは、一人で山に向かうようで、一人槍を担いで鼻歌を歌いながら出ていったけれど。


 僕はだいたいの事情が分かったので、それはそれ、といった感じで改めて外倉の状況を確認した。


「......多い」


 屋敷から見た時は、荷車が四台と、その周囲に二十名くらいの兵隊さんが見えただけだったのだけれど、どうやら荷台に負傷者が乗せられていたみたいだ。


 全員入れると、五十名ほどの人数。


 負傷者も傷の具合はまちまちで、歩ける者、歩けない者、さらに熱を持っている者など様々だ。


 幸い、井戸は近い。


 あと、寝床も整いつつある。


 包帯などは、多少手持ちがあるようだけれど、十分な量とは言えなそうだった。


 食事はどうするのだろう。


 火は、倉から離れれば大丈夫だと思うけれど、肝心の食料が心もとなさそう。


 いろいろと気になる部分はあるのだけれど、そのあたりも兄さんが詰めてくるのだろうか?


 うーん、さすがの父上でも、今日突然、五十名の食事やらをかき集められるんだろうか?


 仮にあったとしても素直に出してくれる、という気はしないのだけれど。


 近くにいた、エルヴィンさんに、気になったことのいくつかを聞いてみることにした。


「あの、食事とかはどうされるんですか? あと替えの包帯も足りなそうですが」


 エルヴィンさんは、こちらに振り向いて、少し考えている。


「アズールの面会次第だな」


 なるほど、やはりそうか。


「あと、食事は、ブルーノが山に野獣を狩りに向かった」


 あ、それで山に。


 槍一本で、狩りなどできるのだろうか……。


 いろいろとツッコミどころが多いけれど、負傷者に肉を与えるのはあまりよくなさそうな気がする。


 獲れたとして、だけれど。


「なるほどです。父上がどういう差配をするかまだ分からないですが、最悪の場合は、僕の方で裏からなんとか聞いてみますね」


 できることには限りはあるけれど、負傷者の手当くらいの協力はしたい。


 となると、いったんは粥と包帯か。


「助かる。ついでで悪いのだが、桶も借りれるとありがたい」


 エルヴィンさんから聞くと、井戸はあるが桶がないようで、汲んでも運べなかったようだ。


 桶くらいなら容易いものなので、了承し、頷いた。


「桶はなんとかしますね。あと、負傷者の人たち用に替えの布と粥用の芋か豆も」


 兄さんが父上と話を付けられればよいのだけれど、念には念を入れてだ。


「いったん、屋敷に戻って、相談してきますね」


 エルヴィンさんにそう告げて、僕はまた裏道を通り屋敷へ向かう。


 兄さんに早く会いたい気持ちはある。


 でも、知ってしまったからには放置して自分優先も後味が悪い。


 全員分は難しいかもしれないけれど、負傷者が口にする分くらいはと、どうやってかき集めるか頭を巡らせていた。



 領主館の前には、僕とガレス、そしてカインが連絡を待っていた。


「本当に一人で行くのか?」


 ガレスが心配顔で僕を見つめてくる。


 父さんがそう言うのだから、違えて拗れても困る。


「うん、そういう条件みたいだしね」


 僕がそう口にすると、ガレスは少し考えていたが、一言だけ口を開く。


「何かあれば、叫べ」


 すぐに駆け付ける、そういう瞳で僕を強く見つめている。


 僕は、頼もしいような、そういうことにならなければいい、と思うような、何とも言えず笑いそうになったけれど、強く頷くことで返した。


 そんなこんなしていると、案内しに行っていた門番が戻ってきた。


「では、参りましょう」


 門番が配置に戻ったのを確認し、カインが「どうぞ」と中へ入っていくので、僕もそれに続く。


 ガレスは、ここで待つようで、黙って見送ってくれる。


 館内は、僕が出ていったときから特に大きくは変わっていないようで、記憶のままだった。


 こじんまりとしたエントランスホールを抜け、通路を進む。


 といっても、そんなに大きな屋敷ではない。


 父上の執務室まで、もう少しというところで、手前の部屋から出てきた女性と目が合ってしまった。


「戻ったのですね、アズール」


「……はい。ただいま戻りました」


 義母のイザベル母さんだ。


 義母さんは、感情のない瞳で僕を見つめてさらに続けた。


「ずいぶんなものを連れて」


 おそらく窓から見ていたのだろう。


 僕が多くの人を連れて帰ってきたことを言っているのだとわかった。


「負傷者です。休ませたくて」


 短く、そして淡々と僕も伝えた。


「そう」


 義母さんは、視線をそらさず僕を見つめている。


「あなたは、本当にあの人に似てきましたね」


 あの人、義母さんがそういうときはたいていはリーネ母上のことだ。


 名前では絶対に呼ばない。


「母上に、ですか」


 僕は、感情のない声で返す。


 あまりこの話題を続けたくない。


「ええ。身の丈に合わない縁ばかり、家の中へ持ち込むところが」


 義母さんがそう告げると、横にいたカインが身を硬くする気配を感じた。


 それだけ言い残すと義母さんは、すたすたと歩きだし、奥へ消えていった。


 僕とカインは、ほんの少しだけその場で固まっていたが、僕の方から「いこう」と声をかけて、父の執務室へ向かった。



 父の執務室は、館の奥にある。


 部屋の前まで着くと、カインが頭を下げた。


「ここから先は、私も控えるようにとのことです」


 そう告げると、戸口の脇に控えた。


 僕は、小さく頷き、戸に手を掛けようとしたときに、カインが小さく短く言葉をこぼす。


「どうか、無理はなさいませぬよう」


 僕はあえて、カインを見ず、戸を二回軽く叩くと、奥から「入れ」と短く聞こえ、僕は意を決して戸を開けた。


 中には、執務用の大きめの卓がある。


 その卓の奥に父上、ベルトラン男爵その人が椅子に座っている。


 横には、壮年といっていい風貌の男性が控え立っていた。


 オスカー兄さんだ。


 長兄で、僕とは歳も少し離れていたので、あまり会話した記憶はない。


 父上は、厄介者を見るような目で、こちらを見つめ、兄さんは感情がわからない表情で黙っている。


「兵を連れて戻るとは、何のつもりだ」


 父上が、挨拶もそこそこ、というか無しに切り出した。


 兄さんも探るように僕を見つめている。


「兵ではありません。黒棘討伐で崩れた者たちです。負傷者を休ませたくて――」


 僕は正直に飾らず、説明をしようと口を開くが、父上が遮る。


「同じことだ。武器を持つ者を連れておるではないか」


 父上は、何かを恐れるような瞳で僕を見つめている。


 彼らは僕の私兵ではない。


 あくまで一時、傷を癒す場所を求めて、ここまで来たに過ぎない。


 そうでもなければ、来たくなかったくらいだ。


「家をどうこうするつもりはありません」


 本当に何も考えていないし、彼らもそんなことで動いてはくれないだろう。


 僕はどう説明すればよいか、頭を巡らせるが、いい言葉が出てこない。


「ならば、なぜ兵がいる」


 傷ついた兵を癒したいのだ……。


 兵がいることを問われても、何と返せばよいのか……。


「……僕が連れてきた人たちです。一時休ませたいのです」


 もう、気持ちを伝えることしかできなかった。


 僕は弁が立つ人間ではない。


 素直に伝えることしかできない。


「であればだ……」


 父上が僕を見つめながら一度言葉を切り、そして続けた。


「武器は預かる。今夜のうちにまとめて差し出せ」


 父上がそう言った時、兄上の目が、ほんの少しだけ細くなった。


 武器を?


 言いたいことはわかる。


 戦えるものだけでも二十名を超える武装した集団だ。このエスター領では、ちょっとした戦力になる。


 しかも、実戦をくぐった者たちだ。


 だが、今の父上を前にして、武器を預けることには不安を覚える。


「それはできません」


 僕は、一言だけ、なんとか言葉を出せた。


 これ以上を出そうとすると、何か良くない言葉になるかもしれない。


 小さく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。


「ならば、出ていけ」


 僕は、呼吸が止まる。


 一番聞きたくない答えだ。


 今、ここを追い出されると、負傷者がどうなるかわからない。


 でも、どうしようもない。


 父上は、ここの領主なのだ。


 意向に反して、居続けることは叶わない。


 ならば、と僕はせめて、返事は外で待つ者たちと相談してからにしたいと伝え、さらに条件をひとつ付け足した。



 父上の執務室を出ると、カインがまだそこにおり、頭を下げた。


「お疲れ様でございます」


 僕は、返す気力もなく、ただ頷いて屋敷を出るべく歩き始める。


 カインは、門までは見送ってくれるようで、後について歩いている。


「武器は、仕方ございません」


 聞こえていたのか、カインがそう言った。


 ……僕が父上の立場だったら、おそらく同じことを言うかもしれない。


 だから、こそ強く言い返すことはできなかった。


「それに、最後の条件は良かったと思われます」


 カインは続けて、そう言った。


 僕は、武器を預けるならば、その代わりに、滞在中の食事と、負傷者の手当用の布や薬草などを要求したのだ。


 父上は、嫌そうな顔をしたが、オスカー兄さんが「仕方ありますまい」と言ってくれて、父上も頷いてくれた。


 おそらく、断り続けて暴れられても困る、という意味の仕方ないだろう。


 門を抜けると、ガレスがまだ待っていてくれた。


「無事だったか」


 ガレスはほっとした顔で僕の全身を確かめるように上下へ視線を動かしている。


「うん、特に危険なことはなかったよ」


 そう告げて、カインとは別れ、ガレスを連れて外倉へ向かう。


 面会そのものは長くなかったはずなのに、屋敷を出るころには、思ったより時間が経っていた。


 道中、特に会話はない。


 何を言われた、聞かれたなど、ガレスは聞いてこない。


 そして、しばらく歩き、外倉に着いた。


 外倉は、僕がいない間に綺麗に清掃されており、寝藁もどこから調達してきたのか、綺麗なものが敷き詰められ、その上に負傷者は横たえられていた。


「ただいま」


 僕は、少し元気なさげに戻ったことを告げる。


 武器の件を伝えるのが気が重い。


 そう思っていると、奥の方から久しぶりに聞く懐かしい声がした。


「兄上!」


 声で、もしかしたら?とは思ったけれど、弟のノエルだ。


 屋敷で見かけなかったので、もしかして僕みたいに出ていったのかと思ったけれど、何故かこんなところにいるなんて。


「ノエル、どうしてここに?」


 僕は、素直に聞いてみた。


 本当になんでこんなところに。


「兄上が戻ってきたと聞いて、探しているうちにここへ」


 ノエルは笑いながらいろいろと説明してくれた。


 ブルーノやニルス、エルヴィンたちからいろいろと事情を聞いた事。


 何かできることはないかと、屋敷に戻って、ばあやと倉番に頼み込み、こっそり手を回してくれたこと。


 そのお陰で、寝藁や、負傷者分だけだが粥に回せる豆と塩、あと包帯代わりの布が手に入ったと、ニルスがにこにこしながら補足してくれた。


 僕は何と言っていいか、わからない気持ちで、ただ感謝しかできなかった。


「……ノエル、ありがとう」


 あの家で、リーネ母上以外で一番近くにいてくれたのは、ノエルだった。


 いい思い出はない家だけれど、ノエルは例外だ。


「水臭いですよ、兄上!」


 ノエルはいい笑顔で、今でも兄上って呼んでくれる。


 ……兄上?


「あれ、兄さんって昔は呼んでなかったっけ……?」


 僕は、少し気になって、思ったことがそのまま口から出てしまった。


 ノエルは、それを聞いて、少し顔を赤らめながら、もう!と言って口を膨らます。


「僕も、もう子供じゃないんです! 人前では兄上って呼びますよ!!」


 そうか、確かに僕にとってはいつまでも子供みたいな印象だけれど、ノエルももう大人といっていい年ごろだ。


「ごめん、ごめん。思ったことがそのまま口に出ちゃってた」


 ははは、とお互いに笑いあい、しばらく会話していると、ブルーノが戻ってきた。


 というか、どこへ行っていたのだろうか。


 背中にはなかなか立派な……猪を担いでいる。


「ま、こんなもんだ。一晩分くらいはあるんじゃねえかな?」


 あ、食事か……。


 ちなみにブルーノは血抜きも、皮を捌いて下ろすのも得意だ。


 野生的なことはだいたいなんでもできる。


 料理はからっきしだけれど。



 しばらく、外倉の清掃や整理の話、ノエルの話などを聞いて、それが落ち着いてきたころに、僕は屋敷での話を皆に伝えることにした。


「父上からは、武器を預けろと言われている」


 僕は包み隠さず説明した。


 多少、僕の憶測も交えながら、何故武器を預けるのかも含めて。


「寝言言ってんのか?」


 ブルーノは、なんじゃそりゃ、といった雰囲気を言葉にし、ガレスは静かに顔を険しくしている。


「食料と手当て用の話はよいが……武器は預けて大丈夫なのか?」


 エルヴィンは冷静に状況を確認しようとしている。


「でも、ここ戦場ではないですから、食事と負傷者の手当ができるならよいのでは?」


 ニルスは負傷者の手当ができることが嬉しいようだ。


 元衛兵たちも、それぞれにがやがやと、どうなんだ?と会話している。


 少し騒がしくなりかけた、そのとき、まだ一緒にいたノエルが、はい!っと手を上げ僕へ強い瞳で見つめてきた。


「兄上! それは絶対に駄目です!!」


 エスター領の中心地にある外倉は、先ほどまでとは違う熱気に包まれていた。


 そして僕たちは、この古い外倉から何が始まるのか、まだこの時は誰も知らなかった。


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