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エルダニア大戦記  作者: 志摩 伊純
第1章:黒棘野盗団討伐戦

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第14話 退き口


「中央へ支援を出しますか」


 北潟隊班長のその一言に誰も答えを出せなかった。


 中央は今、ぎりぎり崩壊していないだけだった。敗走する兵が押し寄せ、黒棘に攻め立てられ、混乱は広がり続けている。


 ここで支援をすれば、ほんの一時、中央は息をつくことができるかもしれない。でも、混乱は収まらず、結果的に無駄になるかもしれない。


「出すべきだ」


 ガレスが中央をにらみながらこぶしを握る。


「中央後方を回り、右翼側まで出て挟み撃てば――」


「無理だ。ここには黒棘は攻勢を強くはしてきていないが、中央へ寄れば、黒棘の兵も出てくる。右翼までは到底たどり着けん」


 エルヴィンが冷めた表情でガレスを見つめている。


「だからといって、見捨てるのか!」


 ガレスは、今も耐えている中央の兵を思い、唇をかむ。


 そうだ、まだ踏ん張っている中央の東潟、西潟の衛兵がいる。


 混乱し怯え、助けを求めている近隣都市隊と南潟隊もいる。


 このまま見捨ててよいのだろうか……。


 しかし、助けに行くということは、ここの北潟隊を危険に晒すことでもある。戦える者はいる、でも、負傷者も多い。


 何か、何か案はないのか……。


 答えの出ない考えが頭の中をぐるぐると巡っている。


 そんなとき、ブルーノの言葉が静かに響いた。


「お前の義は、そんな安売りするもんだったかよ」


 ガレスは、顔をあげ、ブルーノをにらみつける。


「中央に行きてえなら行けよ。けどな、ガレス。お前がここで死んだら、誰がこの先、アズールを守るんだ。誰がこの連中を退かすんだ」


 ガレスは何も言えずに黙っている。


「見捨てねえために、どこで踏ん張るか選べって話だろ」


 ……そうだ、選ばなくてはいけない。


 僕は弱い。


 すべてをどうにかできるほどの強さも、力もない。


 このままでは、何もかもが手遅れになってしまうかもしれない。


 決断を遅くすればきっと後悔する。


 ……僕は決めた。


「中央へは行けない。いや、行かない」


 言った瞬間、胸の奥が冷える。


「行けば、ここにいる人まで死ぬ。僕たちだけでは中央を助けられない。でも、ここから退ける人は……いる」


 僕はガレスを見つめ、言葉を続ける。


「ガレス。僕たちにできる最善を選ぼう」


 ガレスは完全には納得していない。


 それでも、顔を上げ、僕とブルーノを見回し小さく頷いた。


「……分かった。退ける形を作る」



 ガレスは黒棘の攻撃を凌ぎながら、隊を整え始めていた。


「盾持ちは前面と側面を厚く、負傷者を守るように!」


 北潟隊の衛兵たちは素直だった。


 ガレスに意見することもなく、無駄な動きを極力減らし慎重に、続く黒棘の圧を捌きながら動いていく。


「既に組んでいる者は、そのままで。一人になっている者は互いに組んで備えろ!」


 さらに二人一組を徹底させる。


 しばらくすると、北潟隊は、ある程度なら組織だった行動ができそうなほどには整ってきていた。


 僕とニルスは、後退の段取りのため、負傷者の搬送について準備を始め、ブルーノはときおりやってくる、左側の敵弓隊を牽制するために出払っていた。


「ブルーノたちが戻れる場所は空けておけ!」


 そこまで見ているのか、と僕は思った。


 エルヴィンは撤退の線を見るため、一時場を離れている。


「よし、守勢であれば、いったんこれで凌げるだろう」


 応急の隊列にすぎない。それでも、さっきまでの混乱よりは、ずっとましに見えた。


「では、指揮権はお返しする」


 ガレスがそう北潟隊の班長へ告げると、班長は困った顔をしつつ頷いた。


「そのまま続けてもらってもよいのだが、今は緊急時だ」


「いや、あくまで北潟の兵は、北潟の声で戦うべきだ。形だけは整えさせてもらったが」


 ガレスはそう告げると、僕のところへ戻ってきて、負傷兵の対応を手伝ってくれる。


「ガレス、ありがとう」


 僕はいろんな思いを込めてそう告げた。


「なに、感謝は不要だ。俺も今はもう決めたからな」


 何か本人の中で覚悟を決めたのか、先ほどのような難しい顔はしていなかった。



 ピリムは後方で、伝令からの報告を受け満足げに顎を撫でていた。


「敵右翼は手筈通りに動いたようですね」


 伝令は頷き、その後の報告を続ける。


「はい、親分はそのまま中央まで進み、現在は中央を攻略中でさあ」


「ドラン殿はそのままで。あと、中央で指示の声が大きい者に矢を集中するようにと」


「承知でさあ」


「以上です。引き続き見張りを続けてください」


 伝令の者は、短く返事をし持ち場へ戻る。


「右翼、中央はこれでよい。左翼が粘っているのが気になりますが……」


 ピリムは顎を撫でながら、森の奥へ目を細めた。


 固い左翼を、今ここで全力で噛む必要はない。


 崩れた中央と右翼を食い、退路を狭める。左翼は自由にさせぬ程度に縛ればよい。


 生かさず、殺しきらず。


 ピリムは伝令を呼び、前線へ短く指示を飛ばした。



 中央では、西潟隊と東潟隊がなんとか踏んばっていた。


 しかし、黒棘だけでなく、近隣都市隊、南潟隊の雪崩込みも相まって、思うように反撃への態勢を整えられず、じりじりと削られている。


 そこへ、本部付の副官からの指示が飛ぶ。


「隊長の命令ではない。私の命令だ。西潟隊、東潟隊は盾を並べろ!」


 目の据わった副官は、ヘンドリック隊長からぶんどった杖を指揮棒代わりに各所へ指示を飛ばす。


「近隣都市隊も、南潟隊も内へ入れるな! 外を回りこませろ!!」


 それを聞いた、各隊は「隊長の命ではないとは?」と疑問に思いつつも盾を深く構えなおし、黒棘も、近隣都市兵も、南潟隊も押し返し始める。


「よし、そのまま継続しつつ、後列はいつでも交代できるように備えるんだ」


 副官は慣れない大声に咳きこみながら、なんとか整いつつある態勢に内心でほっとした息をつく。


 この調子でさらに整えられれば……と思っていると、奥から怒号が響く。


「何故、止まっておる!! 進め、押し返せ!!」


 ヘンドリック衛兵隊長が本部の陣内から肩をいからせ現れる。


「隊長、ここは危険です!お下がりください!!」


 副官は本心か建前なのか、自分でもわからないぐちゃぐちゃの感情で声を上げる。


「うるさい! 杖を返せ!!」


 ヘンドリック隊長は、副官から杖を奪い返し、そのまま振り回す。


「押せ! 右翼側だ!!」


 あまりの大声に黒棘側も反応したのか、急に矢が集中し始める。


「ぐっ、盾、盾を構えよ!!」


 矢が腕をかすめ、浅く傷を負った副官は防御を改めて叫ぶ。


 一時、勢いを落としていた矢の斉射だったが、ここにきて激しさを増す。


 追われていた近隣都市兵や南潟隊の背や頭上にも降り注ぎ、ますます中央への圧が強まり、耐えている最前が崩れそうになっている。


「もう、無理です!! ぐわぁあ」


 最前の衛兵の一人が矢に射られ、倒れた。


 続いて、もう一人、さらに一人と矢に射られ倒れていく。


 そこに一気に南潟隊残兵がなだれ込み、防衛線は決壊した。


「引けえぇ! 防衛線を下げるんだ!!」


 副官はあらん限りの声で叫ぶ。


「退くなあぁ! 押し返せえええ!」


 ヘンドリック隊長も負けじと叫び返す。


 しかし、その両者の声は届かないほど既に中央の前線は混乱し、どうにもならない。


「よおし、おめえら突っ込めええ!!」


 敗走する南潟兵の奥から、巨大な戦斧を持った大男が追い立てている。


 逃げ惑う南潟隊の間を縫って黒棘の兵もなだれ込んできた。


「さ、下がれ、いったん、ひ――」


 副官は叫び続けていた。


 けれど、その声は途中から聞こえなくなった。


 敗走兵と黒棘の兵が、中央へなだれ込む。


 ヘンドリック隊長の姿も、いつしかその中へ消えていた。


 中央は、完全に崩壊した。



「まずい、中央がもう持たんぞ!」


 ガレスが叫ぶ。


 左翼から見ても分かるほど、中央の混乱が大きくなり、東潟隊が必死に最後の抵抗を続けているが、もはや時間の問題だと思われた。


「まだ、負傷者の撤退準備が……」


 あと少し、あと少し時間があったなら北潟隊を警戒体制のまま退くことができたのだが、時間が足りない。


「俺たちを置いていってくれ……」


 負傷者の一人がぽつりとこぼす。


 くそ、ここまでなのか。


 僕は、必死に考えるがいい案は何も思い浮かばない。


 班長は、崩れかけた中央と、荷に乗せられるのを待つ負傷者たちを見比べた。


 それから、息を一つ吐いて、僕たちへ向き直る。


「俺たちが残ります」


 別の衛兵も続けて言う。


「全員で下がれば、おそらく全員死ぬ」


 怖いのか震える衛兵までもが口を開く。


「南潟のガレス殿。あんたが形を作ってくれた。なら、ここは俺たちが持たせるぜ」


 それを受けたガレスは、目を見開き、首を振る。


「それでは、お前たちが――」


「なら、負傷者を連れて行ってください」


 班長は、北潟隊の若手の衛兵を見ながらさらに続ける。


「お前たちはまだ死ぬには早い。負傷者を担いでここを退け」


 若手たちは、周りを見回し、反論しようとするが、それしかないと諦めたのか小さく頷いた。


 彼らの決意を無駄にできない。


 このまま座して待っていても全員がやられる未来しか見えない。


 覚悟を決める時だ。


「……負傷者を連れて下がります」


 僕は班長を見つめ、そう短く返すことしかできなかった。



 およそ半分ほどの北潟隊が残り、もう半分の負傷者を含む一行は慎重に退路を選び進んでいる。


 森の入口を目指し、前方と側面に盾持ちの衛兵を置き、後方警戒にはブルーノを回した。


 エルヴィンが先頭に立ち、退路の状況を確認しながら進んでいる。


 僕とニルス、一部の若手の衛兵は歩けない負傷者を担ぎ、自然と、ガレスが全体を見る形になっていた。


「まっすぐ下がるな。中央から逃げてくる連中とぶつかる」


 エルヴィンが回り込むような、少し遠回りの退路を選択し、今のところは敗走兵や黒棘との接触もなく、進めている。


 しばらく、周囲を警戒しつつ、退き続けていると、徐々に木が薄くなり、先が明るくなりはじめてきた。


「もう少しですよ、頑張ってください」


 ニルスが肩を貸している負傷者に声をかけ、一歩一歩前へ進んでいる。


 そして、森を抜けた。


 まだ、夕暮れには遠い、昼を少し過ぎたくらいの頃合いだろうか。


 太陽が高い位置で輝いており、先ほどまでの森の薄暗さとは対照的に、草原が青々と茂り、そよ風に揺れている。


「想定通り、少し西側に抜けたな」


 エルヴィンがあたりを見回し、状況を確認している。


「ああ、周囲に問題はなさそうだ」


 ガレスも同じく警戒している。


 まっすぐ来た道を引き返すと、敗走兵や、それを追う黒棘とかち合う可能性があったため、少しずらしてここまできたのだが、正解だったようだ。


「よし、ここからも慎重に行動しつつ、トマと合流して荷車を手に入れよう」


 このまま負傷者を歩かせたり、担いでの行軍は、さすがに負傷者本人も僕たちも負担が大きい。


 草原地帯まで戻れたら、トマたちの荷車を借りるという案は最初に決めたことのひとつだった。



 遠目に、荷車だと思われる一団が見えているので、向かうべき場所はすぐに分かった。


 森へ入る前に、トマたちを待たせていた辺りだ。


 皆は頷き、改めて進み始める。


 草原の土は、森の湿った土よりも締まっていて、まだ歩きやすかった。


 だんだんと荷車が近づいてきた。


 しかし、何か様子がおかしい。


 本部付の荷車を奪おうとする敗走兵らしき者たちと、荷運び人足らしき若者たちが言い争っている。


「だから、本部付の荷車だから置いていけないんだって!!」


 トマの叫びが聞こえた。


 僕は迷わず、ブルーノの名前を呼んだ。


「ブルーノ!」


 ブルーノは、待ってました!と言わんばかりに頷いて飛び出していく。


 数人の北潟隊もついていくようで走りだした。


「殺しちゃだめだよ!」


 その背中にかぶせるように声をかけた。


 ブルーノたちは、トマと合流し、何名かの揉めていた衛兵を殴り倒して制圧している。


 トマはびっくりして座り込んでしまった。


 僕たちは負傷者を抱えているので、見えはしているのだが足取りは重く、荷車のもとに着いたのは、それから少し時間がたってからだった。


「え、何ですかこれ!? 何でそんな人数連れて戻ってきてるんですか!?」


 トマは、僕たちが近づいてきたことを確認して開口一番叫んでいる。


「ごめん、あまり説明している時間がないんだ。荷を捨てて。負傷者を乗せるよ」


 トマは一瞬固まり、負傷者たちをちらちらと見ている。


「……本当にやるんですか」


「うん、やるよ」


 トマは、ため息を吐きつつ、仕方ない、といった表情で頷いた。


「わかりました。人足の皆、いったん荷を下ろして負傷者を優先して乗せよう」


 そうなると、そこからは早かった。


 四台の荷車から荷を下ろし、負傷者を分けて乗せていく。


 僕や手を動かせる者で、余裕がある荷台には水と食料を改めて乗せなおした。


「ヴェルカに戻る、でいいんですよね?!」


 トマが確認を投げてきた。


 僕は、頷きかけて南の旧道に目を向ける。


 森の入口のさらに向こう、本来戻るはずだった街道沿いの荷置き場の方から、黒い煙が上がっていた。


 誰かが、あそこにも賊が回ったのだと叫んだ。けれど、確かめに行ける者はいない。


 ヴェルカへの道は、もう断たれているように思えた。


 僕たちは中央を救えなかった。


 北潟隊の半数も、森の中に残してきた。


 それでも、荷車の上には、まだ息のある者たちがいる。


 なら、進むしかない。


 戻るためではなく、生きてここを抜け出すために。


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