第47章:それぞれの結末
もうしばらくお付き合いください
決勝の翌日、宝梅中学では臨時朝礼が開かれていた。
校長は以下のように全校生徒へ告げた。
「皆さんに、悲しいお知らせがあります。
先日、本校3年生の「佐伯秀太くん」が不慮の病で
なくなりました。佐伯くんが所属していたサッカー部は全国大会で
優勝しましたが、本校は哀悼の意を込め2日の間、喪に服します」
一部の生徒からすすり泣きが聞こえた。
その日の放課後、
しっちゃんは一度家に帰り服を着替えた後、一人、甲山の麓にある聖甲山教会の
墓地へ向かっていた。
手には大事そうに袋を抱えていた。中にはキャプテンマーク、ユニフォーム、
そして優勝メダルが入っていた。
夕方の風は冷たく、木々の影が長く伸びていた。
しっちゃんは、ゆっくりと墓前に立った。
墓石には、静かに刻まれた名前。「佐伯秀太」
その文字を見た瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
しっちゃんは、そっと膝をついた。
「……相棒。優勝したぞ」声は震えていた。
しっちゃんは病院でも試合中も、優勝の瞬間も、泣かなかった。
いや泣けなかった。
でも今は——誰もいない。誰にも見られない。
しっちゃんは、優勝メダルを墓前に置いた。
続けて、キャプテンの腕章をそっと添えた。
最後に、背番号14のユニフォームを脱ぎ、丁寧に折りたたんで捧げた。
「……全部、お前のもんや。 俺は……ただ、お前の代わりに走っただけや」
その瞬間、胸の奥に押し込めていた感情が、一気に溢れ出した。
しっちゃんは、声にならない嗚咽を漏らした。
「……シュート…… なんで……なんでやねん……
一緒に……プロになるって…… 約束したやろ……」
肩が震えた。涙が止まらなかった。
初めて——しっちゃんは、子どものように泣いた。
そのとき、砂利を踏む小さな足音が聞こえた。
しっちゃんが振り返ると、夕日の中に しずかが立っていた。
風に揺れる髪。優しい目。
「……滋昭」
しっちゃんは涙でぐしゃぐしゃの顔を隠そうとしたが、
しずかは首を振った。
「隠さなくていいよ。 あなたが心配で……ついてきたの」
しずかは、そっと弟の肩に手を置いた。
「シュート君と……ゆっくり話しなさい。私は邪魔しないから」
そう言って、しずかは静かに離れていった。
しっちゃんは、再び墓に向き直った。
夕日が墓石を照らし、ユニフォームの白が淡く光っていた。
風が吹き、木々がざわめいた。
しっちゃんは、涙を拭いながら、
もう一度だけ墓に向かって深々とお辞儀をした。
「……相棒。 また来るからなぁ。その時まで」
と心の中で呟きながら
しっちゃん、ミッチ、のりっぺが高校へ進学する頃——
逆瀬川の街は、静かに、しかし確実に大きく動き始めていた。
駅前の古い商店街は白い幕に覆われ、
大宝デパート、市役所前市場、コープ宝塚店までが
再開発区域に含まれることが正式に発表された。
そしてついに——
「逆瀬川都市開発株式会社」 が設立された。
阪急グループが裏で支え、
宝塚市と西武の調整役として動くための新会社だった。
新会社の設立と同時に、再開発プロジェクトチーム が発足した。
その中心に立ったのは——松岡しずか。
しずかは胸の奥で静かに思った。(……この街を、絶対に守る)
春の終わり。
逆瀬川都市開発株式会社の設立キックオフが、宝塚ホテルの大広間で
行われた。
壇上には、新会社の社長が立っていた。小林信彦——孝彦の兄。
里美は案内状を見たとき、胸がざわついた。
(……小林さんの、お兄さん……?)
大宝デパートの従業員たちは全員、新会社への移籍が決まり、
このキックオフに招待されていた。
里美は緊張した面持ちで席に座った。
キックオフの前、
しずかは大宝デパートの従業員一人ひとりと
雇用契約の説明を行っていた。
「西村里美さんですね。 こちらが新会社との雇用契約書になります」
しずかは丁寧に説明し、里美は深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。 こうして雇っていただけるなんて……」
しずかは微笑んだ。
「あなたたちの経験は、街の財産です。誰一人、切り捨てるつもりはありません」
その言葉に、里美は胸が熱くなった。
壇上に立った信彦は、静かで落ち着いた声で語り始めた。
「逆瀬川は、宝塚の生活の中心です。この街を守り、
未来へつなぐために—— 我々は新しい商業施設を作ります」
この街を支えてきた皆さんと共に、 新しい逆瀬川を作りたい」
里美は胸が震えた。
(……この人が社長…… じゃあ、孝彦さんは……)
キックオフが終わり、里美はしずかに声をかけた。
「……あの、しずかさん。孝彦さん……前の社長は、どこに?」
しずかは一瞬だけ迷った。会社の人事情報を話すべきかどうか。
でも——喫茶店で孝彦が語った言葉が胸に残っていた。
しずかは静かに答えた。
「……小林社長は、逆瀬川の再開発を進めるために、
“大宝デパートの従業員を全員移籍させること”を条件に、社長を退きました」
里美は息を呑んだ。
しずかは続けた。
「そして……半年前に、東京へ転勤しました。あなた一人を贔屓する
のではなく、“大宝の全員”を守るために」
里美は胸が熱くなった。
(……小林さん…… 私との約束を守るために そんなことを……)
里美は涙をこらえながら、心の中でそっと呟いた。
「……ありがとう。 孝彦さん……私は、もう大丈夫ですから」
別れを受け止めるように、静かに目を閉じた。
数年が経ち、逆瀬川の再開発はついに完了した。
新しい商業施設「アピアきた」「アピア1・2」が完成し、
街は大きく姿を変えた。
落成式の日。しずかは新しい逆瀬川の街を見つめながら、
静かに思い出に耽った。この街には人々の暮らしや思い出があった
——サッカーに全てをかけ、若くして亡くなった少年・シュート。
——弟のしっちゃんは高校を卒業し、大学へ進み、社会人になった。
——里美は生活が安定し、のりっぺと幸せに暮らしている。
しずかは、逆瀬川の新しい街並みを見つめながら、静かに誓った。
「……この街を、もっと良くしていく。宝塚を守るために」
夕暮れの逆瀬川に、新しい風が吹いていた。
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