第46章:君が蹴ったボールの軌跡
決勝戦の会場に、秋の冷たい風が吹いていた。
宝梅中学サッカー部は静かに入場した。
その先頭に立つのは――
背番号14のユニフォームを身にまとい、
右腕にキャプテンマークを巻いたしっちゃんだった。
ユニフォームは、シュートの葬儀で母親から預かったもの。
宝梅の選手たちは誰も言葉を発しなかった。
ただ、しっちゃんの背中を追い、静かに入場した。
相手はシュートのいた中学、静岡の名門・清水東中学。
その中央に立つのは、
シュートが「全国でクラスと評した男――
長谷川だった。
長谷川は宝梅の選手たちを一人ずつ見渡し、
最後にしっちゃんの背番号14と腕章に目を留めた。
その瞬間、長谷川の表情がわずかに揺れた。
しかし――
長谷川は何も聞かなかった。
ただ静かに視線を戻し自分のチームへ歩いていった。
試合が始まった、しっちゃんはシュートの最後の戦術を取り入れていた。
試合に出るなと告げに行った時、シュートが告げた「長谷川を中盤で
好きにさせたくない」と言う一言。
それを発展させ、本来のトータルサッカーでのゾーンディフェンスを封印し、
長谷川に自らマンツーマンで密着マークすることとした。
トータルフットボールはチャンスを待って一瞬だけと。
(それまで、体力が持つか。シュート見ていてくれ)と。
試合が始まった。
しっちゃんは長谷川に張り付くようにマークした。
長谷川の視線、体の向き、ボールの出しどころを読み切り、
一歩早く動いてパスコースを消していく。
長谷川は苛立ちを隠せなかった。
前後半宝梅中学は清水東に押されまくっていたが、
なんとか無失点で切り抜けた。
終了10分前まで進んだ、このまま延長線かと思われた時、
しっちゃんは腕章を右手から左手に付け替えた。
それは——トータルサッカーへの切り替えの合図。
宝梅の選手たちは一斉に動き出し、
マンツーマンからゾーンディフェンスへと移行した。
長谷川は想像していなかった。このまま延長・PKまで宝梅は
殻に閉じ籠もると見ていたのだ。
宝梅の守備ラインが横にラインを敷き、しっちゃんは一旦リベロの
位置へ下がった。完全な“フリー”の状態を作る。
長谷川は対応が遅れた。
宝梅の守備の“形の変化”に、一瞬だけ読みが狂った。
その隙を逃さず、宝梅は オフサイドトラップ を仕掛けた。
清水のFWが裏へ走った瞬間、宝梅の守備ラインが一斉に上がる。
副審の旗が上がった。宝梅、フリーキック獲得。
しっちゃんは“スルスル”とセンターサークルまでポジションを変えていた。
足元にフリーキックのボールが来る。
(1年前の宝塚市決勝と同じだ)
しっちゃんは、左サイドとの長距離のワンツーパスを送った。
(……相棒、力を貸してくれ)
左サイドの選手が、しっちゃんへ向けツーのパスを返した。
しっちゃんは柔らかなタッチでペナルティエリア10m手前でパスを受けた。
観客席のミッチが息を呑んだ。
しっちゃんはセンター方向へドリブルし、ディフェンスを惹きつけた。
一瞬だけ体を沈め、左へ切り返した。
中盤からフォローにはいった長谷川の足が、わずかに遅れた。
その瞬間——「シュート!!」ミッチの声が、スタンドから響いた。
その声に反応するように、左足のアウトサイドにかけた
ミドルシュートが放たれた。
まるで天へ昇るように、しっちゃんの蹴ったボールは美しい放物線を描き、
ゴール左上へ吸い込まれていった。ネットが大きく揺れた。
1−0。宝梅、勝ち越し。
しっちゃんはガッツポーズはしない。喜びも声に出さない。
胸に右手を当て、空を見上げた。(……相棒、ありがとう)
そのプレーの後。主審の笛が鳴った。
優勝のカップとメダルを受け取る時も宝梅のチームは
喜びを表したり、笑顔もなかった。淡々と。使命を果たした
顔つきであった。
清水中学の監督と長谷川が、ゆっくりと歩いてきた。
清水の監督は、しっちゃんの前で立ち止まり、
「今回は、君たちのチームに完敗だ」
しっちゃんが答えた
「今日は“頭脳と手足が連動”できました。でも今回限りです」
「……松岡君。ひとつ、聞いてもいいかね」
しっちゃんは顔を上げた。
監督の目は厳しさではなく、深い心配と敬意を帯びていた。
「佐伯君は……どうして今日、ここにいないんだ?」
しっちゃんは、何も言わなかった。
答えようと口を開きかけて——静かに閉じた。
代わりに、宝梅の顧問が前に出た。
顧問は深く頭を下げた。
「……佐伯は、10/7の朝……亡くなりました。
今日の試合は、彼の想いを受け継いで戦いました」
清水の監督は目を閉じ、静かに息を吸った。
「……そうか……
あの子は、静岡でも評判の選手だった。 心から……冥福を祈る」
その声は震えていた。敵としてではなく、
ひとりの“未来ある少年”を失った痛みを抱えた大人の声だった。
その瞬間、長谷川が突然しっちゃんの肩を掴んだ。
「松岡……! 佐伯と俺の約束は……どうなるんだよ……!」
しっちゃんは驚いて長谷川を見た。
長谷川の目は怒りではなく、
悔しさと悲しみが混ざった、子どものような揺れだった。
しばらくして我に帰り、長谷川は自分の手を離し、
ゆっくりと目を閉じた。
「……悪い。取り乱した」
「シュートとの約束を果たしたら、墓前に報告に行く」
そう告げて、背を向けて帰っていった。
試合後、ミッチがしっちゃんの前に涙を溜めた目でやってきた。
「しっちゃん。ボールの軌跡にシュートが乗って天に昇っていくのが
見えたよ。しっちゃんありがとう」
宝梅中学は全国制覇を果たした




