45章:ユニフォーム
里美は、武庫川沿いを上流へ向かって歩いていた。
川は数日前の秋の大雨で増水し、今にも氾濫しそうなほど荒れていた。
宝塚大橋から新大橋へ、さらに上流へ進むにつれ、
川の流れはますます激しさを増していた。
宝来橋が遠くに見えたとき、
欄干のあたりに“人影”がチラッと揺れたように見えた。
里美は胸がざわつき、小走りで宝来橋へ向かった。
宝来橋に着いた里美は、
欄干に寄りかかるミッチの姿を見つけた。
風に吹かれているのに、
まるで動かない影のようだった。
「……美樹さん」
ミッチはゆっくり振り返った。
その目は涙もなく、光もなく、ただ空っぽだった。
里美はすぐに悟った。
(この子……泣けないほど悲しいんだ)
里美はゆっくり近づき、ミッチの横に立った。
「ここ……風が強いよ。欄干から離れようか」
ミッチは小さく首を振った。
「……ここでいいんです」
声はかすれていた。
感情が壊れた人の声だった。
里美は優しく言った。
「美樹さん……あなた、今……自分がどこに立ってるかわかってる?」
ミッチは川を見たまま答えた。
「……わかってます」
その言葉に、里美の胸が締めつけられた。
(この娘は“紀子”を輸血でめまいするにもかかわらず救ってくれた。
紀子とは母親違い、私の娘のようなもの。
絶対に死なせたりしない)
里美は心に強く誓った。
里美は静かに口を開いた。
「私ね……昔、好きだった人と離れたことがあるの」
ミッチは少しだけ顔を向けた。
「あなたとは違い、その人とは生きて別れたの。
あなたの今の気持ちとは比べものにならないかもしれないけど……」
「そのとき……死にたいと思ったよ。
その人がいない世界なんて、意味がないって」
ミッチの目が揺れた。
里美は続けた。
「でもね……気づいたの。
“私が死んだら、その人も不幸になる”って」
ミッチは息を呑んだ。
「苦しかったけど……私は生きることを選んだ」
里美はミッチの肩にそっと手を置いた。
「美樹さん……
あなたがここからいなくなったら、
シュート君が生きていたら……もっと苦しむよ」
ミッチの目に、初めて光が戻った。
里美はミッチをそっと抱き寄せた。
「泣いていいんだよ……
泣けないほど苦しかったんだね……」
その瞬間——
ミッチの体が震えた。
そして、胸の奥に押し込めていた感情が、
一気に溢れ出した。
「……シュート……
シュート……!」
ミッチは里美の胸に顔を埋め、
声にならない声で泣き始めた。
涙が止まらなかった。
泣けなかったはずの目から、
次々と涙が溢れた。
里美はミッチを強く抱きしめた。
「大丈夫……大丈夫だから……
あなたは一人じゃないよ……」
橋の向こうから、
しっちゃんとのりっぺが走ってくるのが見えた。
「ミッチ!!」
ミッチは泣きながら二人を見た。
のりっぺは何も言わずにミッチの肩を支えた。
三人はミッチを家まで送り届け、
ミッチの母親にシュートが亡くなったことを伝えた。
その日の夕方、
シュートの母から連絡が入った。
シュートの葬儀は、
宝塚の小さな教会で行われることが決まった。
ミッチは心の中でつぶやいた。
「……行く。ちゃんと……お別れする」
シュートの“お別れ会”は
甲山の麓の『聖甲山教会』で行われた。
ここにはシュートの父親も眠っている。
キリスト教では焼香はなく、牧師の説教のあと、
棺のシュートに一人ずつ花を捧げていく。
ミッチは途中で買ってきた白いかわいい花の束を抱えている。
会場には宝梅サッカー部顧問、メンバー、同級生など、
中学生が主体で大人は少なかった。
喪服などは持っていないので、ミッチはグレーの制服と
白いシャツで式に出た。
白い花はマリンかであった。
花を捧げるとき胸の中で告げた
「マリンカとしてシュートと一緒に天国にいます。
私は、シュートととの約束通り一人で元気に生きていきます。
見守っていてください」と
サッカー部は全員「ユニフォーム」姿で参列した。
最後に母親が挨拶を終え、
棺にシュートのユニフォームを入れようとした。
そのとき——
しっちゃんが前に出て、深く頭を下げた。
「ユニフォームは……
決勝に持って行かせてください」
サッカー部員も一斉に頭を下げた。
母親は目頭を押さえながら、
大事そうにユニフォームをしっちゃんに渡した。
シュートは父親と同じ墓に安らかに眠った。
しっちゃんはミッチに告げた
「明日の決勝をシュートと見にきてくれ」と
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