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44章:旅立ち

決勝戦の3日前、10月7日。

宝塚の朝は、どこかひんやりしていた。


前日の夜、ミッチの家の黒電話が鳴った。

受話器を取ると、しっちゃんの声が少し震えていた。

「ミッチ……聞いてほしいことがある」


「……シュートのこと?」


「そう。シュート……決勝の出場を諦めた。

ミッチも説得してくれたんだろう。昨日……僕らを呼んで伝えてくれた」


ミッチは静かに息を呑んだ。

「……そっか……


しっちゃんは続けた。

「それと……ミッチのこと、めっちゃ心配してた。


ミッチの胸が少しだけ熱くなった。

「……うん……」


「明日、10時に病院の前で待ち合わせしよう。

俺とのりっぺとミッチ、3人で見舞いに行こうや。


「……行く。ちゃんと……会いに行く」


翌朝。

ミッチは約束の時間より30分ほど早く、宝塚病院に着いた。


受付には誰もいなかった。

朝の引き継ぎの時間か?窓口は無人だった。

ミッチはそのまま静かに廊下を歩き、

シュートの病室へ向かった。


病室の前に着いた瞬間、看護師が慌ててミッチを止めた。

「ごめんなさい、今は……」


ミッチは立ち止まった。胸の奥がざわついた。

そのとき——病室の中から母親が気づいた。


「美樹さん……来てくれたのね……」

母親は泣き腫らした目でミッチを見つめ、

ゆっくりと首を振った。

「……入っていいわ。

秀太も……あなたに会いたかったと思う」


ミッチは息を呑み、ゆっくりと病室に入った。

ベッドの上には、まるで眠っているようなシュートがいた。

苦しんだ跡はどこにもなかった。

ただ、静かに、穏やかに、まるで夢の中にいるような顔だった。


ミッチは一歩、二歩と近づいた。

「……シュート……?」

声は震えていた。


医者がそっと近づき、静かに告げた。

「今日の朝……急に容態が変わりました。

苦しまずに……眠るように亡くなられました」


ミッチはその言葉を聞いても、涙が出なかった。

ただ、胸の奥がすっと冷たくなった。


母親はベッドの横で泣きじゃくっていた。

ミッチは動けなかった。泣くこともできなかった。


廊下から急いでくる足音が聞こえた。

「シュート!!」

しっちゃんとのりっぺが病室に飛び込んできた。


しっちゃんはシュートの顔を見ると、その場に膝をついた。

「……嘘やろ……昨日まで……話してたのに……」

のりっぺは口元を押さえ、声にならない声で泣いた。


ミッチは二人を見た。その目は涙がなく、

ただ空っぽだった。


しっちゃんは立ち上がった。

「……俺、部員に知らせてくる。監督にも言わなあかん」


のりっぺも震える声で言った。

「私は……友達に伝える。

みんな……きっと来たいって言うから……」

二人は病室を出ていった。


母親は泣き伏している。

看護師は手続きの準備をしている。

病室は一瞬、誰もミッチを見ていない状態になった。

ミッチはゆっくりと立ち上がった。

泣いていない。叫んでもいない。

ただ——

呆然としたまま、影のように歩き出した。


ミッチは音もなく病室を出た。

廊下を歩く足音はほとんどしなかった。

まるで自分が透明になったかのように。

誰もミッチを止めなかった。誰もミッチに声をかけなかった。

自動ドアが開く音だけが、現実の世界にミッチを引き戻した。

ミッチはふらりと外へ出た。どこへ向かうのか、

自分でもわからない。

ただ——胸の奥が空っぽだった。


しっちゃんは途中、ふと立ち止まった。

「……ミッチ、どこ行った?」

のりっぺも友人に知らせようと廊下を戻りながら言った。

「さっきまで病室にいたよね……?」


二人は病室へ駆け戻った。

しかし——

ミッチの姿はどこにもなかった。


しっちゃんは息を呑んだ。

「……まさか……」


のりっぺは震える声で言った。

「ミッチ……一人で出ていったの……?」


二人はすぐに病院の外へ走り出した。

「ミッチ!!返事してくれ!!」


しっちゃんは病院の駐輪場、裏の搬入口、

救急車の待機スペースまで走り回った。

のりっぺは病院の周囲の歩道、

植え込みの影、バス停のベンチまで探した。

「ミッチ……どこ……お願い、返事して……」

しかし、どこにもいなかった。


のりっぺは友達にも探すのを頼もうと

したが、連絡簿は家にあることを思い出し

家へ急いで帰った。

玄関を開けると、

朝の仕事から帰ってきた母・里見がいた。


「のりこ……どうしたの?そんな顔して……」


のりっぺは息を切らしながら言った。

「お母さん シュートがけささなくなったの。

その後……ミッチが……いないの……どこかへ行っちゃった……

見つからない……」


声が震えていた。

「お願い……お母さんも一緒に探して……お願い……」

里美はすぐに娘の肩を抱いた。

「わかった。あの子が行きそうな場所……心当たりは?」


のりっぺは涙をこらえながら言った。

「……宝塚やファミーリーランドの周辺

私はその辺りを探すので、お母さんは武庫川沿いを探して」


里美は頷いた。

「任せて。必ず見つけるから」

里美はすぐに家を飛び出した。


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