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第35章:逆瀬川の未来

夕暮れの逆瀬川。

説明会を終えた里美は、資料の入った封筒を抱えたまま、

足取り重く歩いていた。

(……やっぱり、閉館は決定。 市場も立ち退き。仕事、どうしよう……)

のりこの学費。生活費。

これからのこと。考えるほど胸が苦しくなる。


そのとき——

「……西村さん?」


振り返ると、小林孝彦が立っていた。

「小林さん……」


「説明会、来てたんだな」

里美は苦笑した。

「ええ……まあ、従業員ですから」


孝彦は里美の顔を見て、すぐに気づいた。

「……相当、きつい話だったんだな」


里美は視線を落とした。

「本業もパートも……両方なくなるんです。

 のりこもいるし……正直、不安で」


孝彦はしばらく黙っていた。


そして、意を決したように口を開いた。

「……西村さん。 もしよかったら、うちの関連会社で働かないか?」


里美は目を見開いた。

「え……?」


「阪急の再開発部門じゃない。 もっと別の、事務系の部署だ。

 経験がなくてもできる仕事だし……

 西村さんなら、きっと大丈夫だと思う」


里美は言葉を失った。

(……どうして。 どうして、私なんかに……)


孝彦は続けた。

「俺が勝手に言ってるだけだ。 強制じゃない。

 ただ……困ってるなら、力になりたい」

その声は、昔と同じだった。優しくて、真っ直ぐで、嘘がない。


里美の胸が痛んだ。

「……小林さん」里美はゆっくりと顔を上げた。

「お気持ちは……本当にありがたいです。

 でも……受け取れません」


孝彦は驚いたように目を瞬かせた。

「どうしてだ?」


「あなたに……これ以上借りを作りたくないんです」


孝彦は息を呑んだ。里美は続けた。

「私たちは……昔、いろいろありました。

 でも今は、ただの“知り合い”です。

 あなたの家族にも……紀子のことで美樹さんにも迷惑をかけたし」


孝彦は苦しそうに眉を寄せた。

「迷惑なんて——」


「あります」

里美は静かに言った。

「あなたは“家族のある人”です。

 私は……ただのシングルマザー。

 あなたに助けられたら…… 私はまた、あなたを頼ってしまう」


孝彦は言葉を失った。


里美は微笑んだ。

泣きそうな、でも強い笑顔だった。

「私は……自分の力でやります。紀子のためにも」


孝彦は拳を握りしめた。

「……里美。 俺は、ただ——」


「分かってます。

 あなたは優しい人です。 昔から、ずっと」

その言葉に、孝彦の胸が締めつけられた。


「……じゃあ、私は行きます」

里美が歩き出す。


孝彦は呼び止めたかった。でも、呼べなかった。

(……里美。 俺は……お前に償いたかっただけなんだ)

その想いは、胸の奥に沈んでいく。

里美は背を向けたまま、小さく呟いた。


「……ありがとう、小林さん。

 でも……私は大丈夫ですから」


夕暮れの逆瀬川に、二人の影が長く伸びていた。


阪急再開発事業会社・秘書室

しずかは再開発区域の地図を広げていた。

大宝デパート。市役所前市場。


そして——「コープ宝塚店」

「……ここも再開発区域に入ってる」


胸がざわついた。

(大宝も市場も消える。 そこにコープまで無くなれば……

 街の生活が崩れる)


しずかは立ち上がった。

(社長に……言わなきゃ)


社長室

「小林社長、少しお時間よろしいでしょうか」


しずかは地図を広げた。

「再開発区域に……コープ宝塚店も含まれています」


孝彦は目を細めた。

「……確かに。だが、コープは独自の方針が強い」


しずかは首を振った。

「だからこそ、

 大宝、市場、コープを“新駅前商業施設”に

 吸収するべきです。街の生活を守るために」


孝彦はしばらく黙り、静かに頷いた。

「……分かった。コープに打診してみよう」


翌日アポを取り、小林としずかはコープ本部へ出向いた。


しずかが資料を手渡す。

担当者は資料を見ながら言った。

「第3セクター方式……興味はあります。

 ただし“地域の生活を守る”理念が本物なら、です」


しずかは真っ直ぐに答えた。

「私は宝塚で育ちました。

 この街が“ただの商業開発”で

 塗り替えられるのは嫌なんです」


担当者は頷いた。

「……市長に会わせましょう。

 あなたの話は、市長に響くはずです」


宝塚市役所

しずかは市長との面談に挑んだ


市長はしずかの資料を読み、言った。

「……君の視点は正しい。

 大宝も市場もコープも、宝塚の

 生活そのものだ」


しずかは緊張しながら言った。

「西武さんの案には“宝塚らしさ”がありません。

 街を東京の論理で塗り替えられるのは……嫌なんです」


市長は深く頷いた。


「阪急さんの社長と、正式に話をしたい。

 この案は検討に値する」

しずかは胸が熱くなった。


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