第34章:吹き抜けた風
初夏の風が少し暖かくなり始めた午後。
のりっぺは退院の手続きを終え、病院の
玄関に立っていた。
「ふぅ……やっと外の空気だ」
まだ少し顔色は薄いが、笑顔はいつもののりっぺだった。
そこへ、しっちゃんが駆け寄ってくる。
「のりっぺ!」
「しっちゃん……来てくれたんだ」
「当たり前だろ。心配したんだから」
のりっぺは照れくさそうに笑った。
「……ありがと」
二人は並んで歩き出す。
病院の前の桜並木は、もう葉桜が散りかけていた。
しばらく歩いたあと、のりっぺがぽつりと言った。
「ねぇ、しっちゃん」
「ん?」
「……怖かったんだ。事故のとき」
しっちゃんは歩みを止めた。
「……そりゃ、怖いに決まってるだろ」
「ううん、違うの。 怖かったのは
……“もう会えないかもしれない”って思ったこと」
しっちゃんは息を呑んだ。
のりっぺは、ゆっくりと彼の方を向いた。
「しっちゃん……私ね、ずっと……」
胸の奥から、言葉が溢れた。
「ずっと、しっちゃんのことが好きだった」
風が止まったような静けさが流れた。
しっちゃんは目を見開き、言葉を失った。
「のりっぺ……」
「返事は……今じゃなくてもいいよ。
でも、言いたかったの。
あのまま……言えないまま終わるのは嫌だったから」
のりっぺは笑おうとしたが、声が震えていた。
しっちゃんは、ゆっくりと息を吸った。
「……のりっぺ。 言ってくれて、ありがとう」
その声は優しかった。
優しすぎて、逆に胸が痛くなるほどだった。
「でも……ごめん。
俺は……のりっぺのことを“そういうふうに”見たことがない」
のりっぺの表情が一瞬だけ揺れた。
「……そっか」
「のりっぺは大事な友達だ。 幼馴染で……家族みたいで……
だからこそ、嘘はつけない」
のりっぺは小さく頷いた。
「うん……分かってるよ。しっちゃんは、そういう人だもんね」
無理に笑おうとしたその顔は、泣き出しそうだった。
しっちゃんは手を伸ばしかけて、
しかし途中で止めた。
「……ごめん。僕はミッチが大好きなんだ」
「わかってたよ。私が勝手に言っただけだし」
のりっぺは空を見上げた。
涙をこぼさないように。
「でもね、言えてよかった。
言わなかったら……ずっと後悔してたと思うから」
しっちゃんは何も言えなかった。
家の前に着くと、のりっぺは振り返った。
「しっちゃん。 これからも……友達でいてくれる?」
しっちゃんは迷わず頷いた。
「もちろんだ。 のりっぺは……大事な友達だよ」
その言葉に、のりっぺは小さく笑った。
「うん……ありがと」
玄関に入る直前、のりっぺは小さく呟いた。
「……好きだったよ、しっちゃん」
その声は、春の風に溶けていった。
しっちゃんは立ち尽くしたまま、
その背中を見送ることしかできなかった。




