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第33章:血の秘密

放課後の帰り道。坂の下で、甲高いブレーキ音が響いた。


「……のりっぺ!?」

しっちゃんが振り返った瞬間、のりっぺの体が宙に浮き、

アスファルトに倒れ込んだ。


「誰か!救急車を呼んでください!」

震える声で叫びながら、しっちゃんはのりっぺの手を握った。


ミッチ、シュートも駆けつけ、息を切らして受付に飛び込む。

「のりっぺは!? どうなってるんですか!」

「手術中です。ご家族の方は……?」


そこへ、里美が走り込んできた。

「紀子は!? 娘はどこ!?」

看護師が案内し、里美は医師と別室へ消えていく。


医師は声を落とした。

「……西村さん。娘さんの体質はご存じですね」


里美は唇を噛んで頷いた。

「……はい」


「輸血が必要です。ただし、血縁者の血でなければ拒絶反応が出ます。

 しかも今回は二人分の量が必要です」


里美の顔から血の気が引いた。

「……そんな……」

一人分は私が輸血できる、後一人は。。。


待合室に戻った里美は、ミッチの前に立つと深く頭を下げた。

「……美樹ちゃん。お願いがあるの」


「え? どうしたんですか」


「紀子とあなた、血液型が同じなの。 

あなたの血が……必要なの」

「……お願い。助けてあげて」


ミッチは迷わず頷いた。

「もちろんです。のりっぺは私の友達ですから」

シュートはその横顔を見つめ、拳を握った。


ミッチがベッドに横たわり、静かに血が抜かれていく。

里美はミッチの手を握りしめた。

「……ごめんね。本当に、ごめんね」


「大丈夫ですよ。のりっぺ、助かりますよね」


「……ええ。絶対に助ける」

ミッチは微笑んだが、顔色はどんどん青ざめていった。

輸血が終わり、立ち上がろうとした瞬間。


「っ……」

ミッチの視界が揺れ、膝が崩れた。

「ミッチ!」


シュートが抱きとめる。

「しっかりしろ!」医師が駆け寄る。


「貧血です。すぐに横になってください」


ミッチは二時間ほど安静が必要であった。

里美はミッチを家まで送り届けた。


里美は、まだ顔色の戻らないミッチを支えながら、

小林家の玄関の前に立った。


インターホンを押すとすぐに扉が開き、

母親が驚いた声を上げた。

「美樹……どうしたの、その顔色……」


ミッチは弱々しく笑った。

「ちょっと……貧血で……」


その横で、里美は深く頭を下げた。

「……本当に申し訳ありません。娘が……紀子が、

 美樹ちゃんから輸血をさせていただきました。

 そのせいで体調を崩されています。ご迷惑をおかけしました」


母親はすぐに首を振った。

「迷惑なんて、とんでもありません。美樹が自分で決めたことですから」


そのとき、奥から足音がして、小林孝彦が姿を見せた。

いつもの柔らかい雰囲気はそのままだが、表情はどこか沈んでいた。


「……美樹、大丈夫か?」

ミッチの肩にそっと手を置き、孝彦は次に里美へ向き直った。


「西村さん……うちの娘が紀子ちゃんの力になれたのなら、

 それで十分です。どうか、気にしないでください」


その言葉に、里美の肩が震えた。

「……小林さん……ありがとうございます。でも……本当に……」


孝彦は静かに首を振った。

「子どもが“誰かを助けたい”と思った気持ちを、

 親が止めることはできません。

 美樹は強い子です。あなたが気に病む必要はありませんよ」


里美は涙をこらえきれず、深く頭を下げた。

「……ありがとうございます。小林さん……奥様……本当に……」


母親がそっと里美の背に手を添えた。

「今日はもう帰って休んでください。

 紀子ちゃんのことは、きっと大丈夫です」


里美は何度も頭を下げ、ふらつくミッチを母親に託して帰っていった。

玄関の扉が閉まると、孝彦は静かに息を吐いた。


ミッチの手を握る母親の横で、彼は目を伏せる。

(……里美。お前に、どれだけ苦労をさせたんだろうな)


大学時代の記憶が、ふと胸をよぎる。

笑っていた里美。

自分の隣で未来を語っていた彼女。

(あのとき……俺は、お前を守れなかった)

家の事情に流され、里美の手を離し、

別の人生を選んだ。


その選択が正しかったのかどうか、答えは今も出ていない。

だが——

(紀子ちゃんが助かったのなら……少しは、償いになっただろうか)


ミッチが輸血で倒れた姿を見たとき、


孝彦の胸には説明のつかない痛みが走った。

(……あの子は、里美の娘だ。

 そして……俺の娘でもあったかもしれない)


そんな思いを、孝彦は誰にも言えない。

ただ、里美が涙をこらえて頭を下げる姿を見て、

静かに心の中で呟いた。

(里美……少しでも、お前の重荷が軽くなるなら。

 俺は、これからもできることをするよ)


孝彦はもう一度、ミッチの顔を見つめた。

その表情には、誰にも気づかれない小さな決意が宿っていた。


その夜。家に帰り

里美は一人、古い写真を見つめていた。

若い頃の自分と、小林孝彦が並んで写っている。


「……紀子。ごめんね」

写真をそっと撫でながら、里美は呟いた。


「あなたの“血”の秘密は、私が墓まで持っていくから」

そう言って、古い写真を破り捨てた。


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