なにもかも逆だ
-翔龍姫-
赤い大地に裾野を雄大に広げるオリュンポス山。その偉容が面前巨大に迫る。
「げ……減速してぇ!!」
京子の悲鳴。しかし、スイング・バイの最中に減速などあり得ない。
「もう少し、我慢だ!!」
船首上げ角と速度を微調整しながら、雷は予定航路を計測。
……ギリで抜ける!
すると、突然警戒警報。アクティブ・センサーに当てられた。ロックオンだ。
「くそ、どいつだ!!」
「火星軌道外から、フォクスターです」
雷は舌を打つ。
「主砲、エネルギーレベル増大。推定5秒後です」
「我慢しろよ!」
微調整をしていたスロットル、最大まで押し込んだ。
「くぅ!」
耐Gシートに体がめり込み、一瞬視界が暗転した。直後、後方の大地に光の柱が突き立った。その光は大きく膨らみ、二酸化炭素の満ちる大気を焼尽くす。既に音速の50倍の速度に加速する翔龍姫に爆発の衝撃波は追い付けず、光のみ追い越した。それと同時、上空が白く光る。
「ダイモスに魚雷。エステールへの牽制ですね」
「やってくれるぜ。後悔させてやる!!」
ここで黙って逃げ出しては海賊魂……いや、フェスト騎士団魂がすたると言う物だ。
「イゾーデ、目標をきっちり補足しろ!!」
「了解しました」
ディスプレイにフォクスターの進路が表示された。
「舌噛むなよ!」
翔龍姫が急激に機動。船首角を限界ぎりぎりまで上げた。ほぼ垂直上昇。プラズマバーストがオリュンポス山の一部を削り、一瞬で火星大気圏を離脱した。
-フォクスター-
「……おい」
着弾位置の計測をしていたオペレーターのキース中尉は、砲撃管制のジベル中尉の肘を突いた。
計測している自分の目が信じられないのだ。
「キース中尉、私語は慎め!報告は正確にしろ!!」
ロックハートの激が飛ぶ。
「は、申し訳ありません!主砲、推定約15Km後方に着弾!」
クラウスが苦笑した。
「威嚇にならんな」
「それと……」
訓練された兵士には似つかわしくなく、キースは半端な物言いをした。
「翔龍姫が軌道を変えました。理論上有り得ない機動なので……」
ロックハートの一睨み。
「構わん、早く報告しろ」
ディスプレイに翔龍姫の機動……ほぼ垂直に上昇したラインとデータが表示された。
「なるほど……」
クラウスとロックハートは顔を見合わせた。
「一筋縄ではいかん、と言うことだな」
レーダーで計測する翔龍姫との相対速度も、連邦の常識を覆す加速を見せていた。
「……本気でいく」
「……は?」
クラウスの言葉を、珍しくロックハートは聞き逃した。
「本気だ。威嚇で済ませられる相手ではないらしい。捕獲の為に、多少傷つけてかまわん」
ロックハートは無言で頷いた。
「対空砲撃誤差修正、プラスマイナス0!」
瞬時に微調整を終えた対空砲群が、迫り来る翔龍姫に向けて一斉に火を噴いた。
-翔龍姫-
翔龍姫のジャイロが瞬時に天測し、射手座α(銀河系中央)とソル(太陽)、そしてフォクスターの位置関係を表示、数値が目まぐるしく変化した。
「フォクスターよりエネルギー反応。対空砲火、来ます」
光学映像を映すディスプレイがきらりと光る。間を置かず、激しい光の束が翔龍姫を掠めて通過した。
「砲撃後方で狭叉しました」
操船に追われる雷がにやりと笑う。
「こっちの加速に測距が追いついてないな。今の内に詰める」
「通信です」
……こんな時に!
『ライツ、返事しろ!!』
エステールからだ。
後方より加速し、翔龍姫を追うエステール。先ほどの魚雷からはうまく回避出来たようだ。
「大丈夫、聞いてますよ」
しかし、目は相手、コールに向いていない。その余裕がないのだ。
『貴様、どこに向かっているのか分かっているのか!?』
「フォクスター……ダイモスとリステンを墜とした野郎んとこですよ!!」
「第二射来ます!」
今度は正確だ。二重のロールを切って躱すが、左舷より振動が伝わり、ディスプレイに警告が流れた。
「被弾しました!左舷翼損傷!!」
「ちっ。機動に影響は!?」
「ポジティブ。この程度で止められるような性能ではありません」
「いいねぇ……」
『良くない!!』
コールが悲鳴にも似た声を張り上げた。
『王女が乗って居るんだぞ!!』
「んじゃ、その王女と話してくださいよ!」
『ライツ貴様!!』
「副長さん……」
京子の声にコールは息を詰めた。
『……王女、申し訳ありません。ライツにはこの場を早急に離脱するよう……』
「逃げて下さい」
『……は?』
固まった。
「逃げて下さい。ここは……あたしたちが……食い止めます」
京子の言葉に、コールの頭が沸騰した。
『王女!』
逆だ。何もかも逆だ。
「もう……同胞の死を……感じたくないんです……」
『やめて下さい!いいですか、我々は貴女の命を守る為に居るんです!!』
京子はかぶりを振った。
「あたしは……あたし以外のみんなが生き残ることを……望みます」
-エステール-
席を立って力説していたコールの膝が折れた。力なく耐Gシートに腰が落ちる。
……なんてこった。
手で顔を覆う。その目が濡れるのを必死に堪えた。
……なんということだ。
王女は、自分達が思う以上に、王たらんとしていた。
いや……そんな意識などないだろう。京子という、その人がそうさせるのだ。
……団長、貴方を初めて恨みます。
人として、真っ直ぐに育てられた。それが、こんな時に現れようとは。
「副長、何してんですか!」
レイの檄が飛ぶ。
「王女の好意に甘える訳にゃいかんでしょ!!」
はっと面を上げる。
そう、今すべきことは……。
「ミーティアに連絡!全速で翔龍姫の援護に向かう!!クリス!援護射撃用意!!」
そして、再びディスプレイを睨めつけた。
「ライツ!我らが行くまで沈むなよ!!」




