亡国の王女
-埠頭-
レイから連絡を受けたコールとクリスティーナが埠頭に駆け付けた時には、丁度エステールの救護班がストレッチャーにケイトとロイを載せる所であった。
「ライツ!」
その光景の端、イゾーデを付き添わせて、京子を担ぐ雷を見た。
「ライツ、何があった!」
コールは雷に走り寄り、その肩を強く掴む。
「……色々です」
呟くように言った雷の目……いつもの闊達とした気性を映す光が失せていた。
「色々で、こんな早く港に着くか!それに、命令では医務室待機だぞ!!」
もはやそんな命令など、何の意味もなさないことはコールも承知の上だ。
「副長さん……ごめんなさい」
「王女……」
京子が、小さな声で、それでも精一杯言葉を発した。
「あたしの……せいです」
「京子はしゃべるな」
京子はかぶりを振った。
「ロイを……助けられなかった……」
コールは眉を顰めた。
「お前達、一体……」
転瞬雷の瞳が燃え上がる。
「副長、これは何なんですか!!」
コールは言葉を詰めた。
「俺達にもう国はない!連邦を覆そうという気もない!!ただ……ただ平穏にいられればそれでいい。なのに、なのに何でこんなに傷つかなきゃならないんですか!!」
コールには応えられなかった。連邦にとっての、人種的不安要素、求むべき財宝、その道標。いや……雷もそんなことは分かっているのだろう。これは、迫害であり、狩なのだ。
「いつになれば安穏と暮らせる……京子だって、望んで王女をやってる訳じゃないんだ!!」
コールは疲れ果てた京子見た。
亡国の王女……。これほど辛い物はない。いや、元より京子は国や王位などどうでもいいのだろう。ただ、自分が自分でありさえすればそれで……。
「ライツ、我々は……」
コールが口を開いたその時、突如港が激震し、轟音が耳を劈いた。まるで、ダイモスごと火星に墜落したような。
埠頭のクレーンが倒壊し、頭上からは照明や支柱などが降り注ぐ。
「く……無事か!?」
自らも転倒して腰を強打したコールは、激震収まらぬうちに立ち上がる。
「大丈夫だ」
「京子も無事です!」
クリスティーナと雷が続けて返答。
『副長!』
エステールのスピーカーよりレイが呼び掛けた。
「何があった!!」
『フォクスターの主砲、直撃です!』
コールは眉を寄せた。
「まさか……」
被害が大きすぎる。エネルギー兵器に対する障壁は万全な筈だ。しかも、衝撃をコントロールするイナーシャル・キャンセラー(慣性制御装置)は連邦の機動要塞をも凌ぐ。
なのに……。
『それが……防御システムがダウンしています!』
コールは僅かに呻き、胸元の通信機を取り出した。
「ランディさん、現状は!?」
程なくランディからの返答が。しかし、音声から読み取る周囲が物々しい。
『すまんな。動力炉を占拠されて、システムをダウンされてしもうた。突っ込んだ部隊が二つも全滅してな……。まぁ、しばらく待ってくだされ。システムを取り戻し、港を開けます』
妙に熱く感じるランディの声音。この感覚は……。
「ランディさん、あんたまさか自ら!」
『豪気のランディ、まだまだ戦えますわい』
……突入準備、整いました!
ランディの背後より声がした。
「貴方まで行くことは……」
『しかし、あそこを開放せんことには、艦も出せん。副長は残った者を集め、出撃準備をしていてくだされ』
その話を聴いていた京子が顔を上げた。
「まさか……ランディさん……死ぬ気ですか!?」
『おぉ、その声はセリア王女!ご無事でしたか。このランディ、立派に王女の役に立ってみせますぞ』
「やだ……だめ、死ぬ気なんて……」
『副長よ、ぬしの勝ちですな。やはり王女は良き王女に育ちました。こんな老いぼれの心配をしてくださるとは……』
騎士としての覚悟。それを感じるコールは何も言えなかった。
『王女よ。騎士とは死ぬことと見つけたり。今こそ長年の夢を叶える時なのです。行かせてくだされ』
「やだ、やめて!」
すると、その通信が一方的に切れた。いや、これは……。
「切断です。通信が奪われました」
イゾーデが冷静に報告した。
「誰が……」
いや、奴しか居ない。
『……聞こえているか?』
僅かな雑音の後、覚えのある声が流れた。
……やはり。
『こちらは連邦宇宙軍第225独立特務部隊巡洋艦フォクスター艦長、ヨハン・クラウス大佐だ』
雷たちに緊張が疾る。
コールは反射的に応答した。
「野良犬クラウス、久し振りだな」
『その声は……ディアスか』
ダイモス内のフェスト人が次々とエステールやリステンに乗り込む喧騒の中、ここだけが異様な緊張に包まれた。
「この手際、貴方だと思ったよ」
コールの声には敬意と侮蔑が入り交じる。
『光栄の至りだ。本当はジョーカーと話したい所だが……時間がない、貴公に伺っておこうか』
「時間が……ない?」
『知っての通り、うちの海兵が動力炉を占拠した。システムも乗っ取った。今の主砲の一撃で、その衛星は軌道を変えたぞ。……惑星への衝突コースだ』
コールと、そして雷たちも息を詰めた。
『港が開かなければ、全滅。ただ、チャンスを与えよう。無条件降伏と、翔龍姫及びセリア・フェスト王女の引き渡しだ』
コールの頭に血が昇る。
「ふざけるな!出来る訳なかろう!!」
『30分待つ。それまでに答えを出せ』
そして通信は一方的に終了した。
「くそっ!」
最悪の事態だ。
雷は京子に頷き、歩き出す。
「ライツ!どこへ……」
足を止めた。
「30分待つ?詭弁ですよ。態勢を整える為のね。基地も墜ちる。そして京子は絶対渡さない。なら、俺の行く所は宇宙……翔龍姫ですよ!!」
翔龍姫へ向かう雷の背を見つめ、コールは腹の底が熱くなるのを感じた。そう、まったく奴の言う通りだ。自分の不甲斐なさを恥じた。
……あの背は、間違いなくジョーカー・クロウの息子の背だ。かつては烈火の隊長として敬愛された、熱き男。
「ライツ!」
真っ直ぐな瞳が振り返る。
「細かいことは言わん。王女を護れ。そして、合流するまで自由にやれ!!」
「はい!」
雷はコールに力強く頷いた。
雷を見送り、コールはクリスティーナの背を叩く。
「我々も行くぞ」
「あぁ……」
マイペースの見本、クリスティーナも感化されているようだ。その背に力が入っていた。
「レイ、聞いているか!?」
コールはエステールに向かいつつ声を張り上げた。
『はい、捕捉してますよ』
「即応待機。艦内放送で航法2級以上の者をブリッジに上げろ。私もブリッジに向かう!」
エステール搭乗口は艦内に避難するフェスト人でごった返していた。その中を、コールとクリスティーナは掻き分けるように進んだ。
「どいてくれ!!」




