過労
4
闇が……続いていた。
……これは夢?
その漆黒は僅かに光の群れを抱き、そして手を触れることも出来ない程広大だった。
ここは、宇宙?
思うより早く、現実が訪れた。
大型の船……龍皇だ。既に船体各所に大きな被弾箇所があり、もはや通常航行は不可能に見えた。
……これは、あの時の!
後方より追撃する連邦宇宙軍第8艦隊は、尚も砲火を増して追い詰めた。
……やめて!
京子の体が光を放つ。それに応じて龍皇の船体中央が発光……直後、ぎりぎりまで引かれた弓弦より放たれる矢の如く、加速。光の航跡が遥か漆黒の深淵まで駆け抜けて行った。
……行かないで!
京子が手を伸ばした……が、手がない。
……!?
いや、手だけではない、手首から肘、肩と京子の体が光の粒子となって流れ出す。
……いや!
止まらない。体から、総てが抜け出ていった。
「いやぁぁぁぁ!!」
「京子!」
雷の声に、京子はベッドで目を見開いた。
「京子、しっかりしろ!」
雷が京子の両肩を掴んで必死に呼び掛けた。
「いや、やだよ雷!あたしの体、体が消えちゃうよ!!」
「消えちゃいない!」
「ダメ、全部、全部なくなっちゃう!」
ふと、京子は息を詰めた。
「あたし……ここにあるよね」
涙の筋を両頬より伝わせる京子に、雷は大きく溜め息を吐いて頷いた。
-医務室-
京子が辺りを見回すと、医務長のシンディ、ゲィツのコール、騎士団のランディ、イゾーデ……そして雷がベッドを囲んでいた。
不安そうな顔触れの中でも、京子の肩を掴む雷の顔は真っ青であった。
「……あたしの顔に、何かついてる?」
「……涙」
そう言って雷は京子の頬を指で拭った。
「あたし、何が……?」
視線がシンディに集中した。
「過労かしらね。王女は力を使うの初めてですよね。慣れないもんだから、貧血起こしたのよ」
するとランディがシンディに掴み掛かった。
「何だその言い方は!王女の身に何かあったらどうなったと思っとる!!」
「いえ、でも……」
「いい加減な見立てで済ませるな、と言っておるのだ!!」
「ランディさん、大丈夫。あたし、大丈夫だから」
京子の声に、一度は熱した室内が収まった。
「それに、やっと役に立てることが分かったんだもん。喜んでよ」
疲れた表情に、笑みが浮かんだ。
「……そうですね」
息を吐いたコールがランディの肩に手をやった。
「心配しすぎは迷惑ですよ」
「ところで、データはどうなりました?」
問い掛ける京子に、ランディが必要以上に優しい目で応えた。
「解読されました。後は、タイムスケジュールと星間図を重ねて予測を立てるだけです」
京子は胸を撫で下ろす。
「じゃぁ、うまくいったんですね」
するとランディ、不意に奥歯を噛み締め涙した。
「くぅぅ、なんとおいたわしや。ご自分のお体よりも、データのことをお気遣いなされるとは!!」
「あ、いや……そんな大袈裟な」
思わず雷達は失笑した。
「まぁ、王女の貢献大なんですよ。これで、陛下をお探し出来ます」
そう言って頷くコール。その懐より呼び出し音が響いた。
「どうした?」
集中作戦指令室からだ。
『ランディさんもそちらですか?すぐ解析室に来て下さい。アステロイドです』
手元の端末に情報が転送され、コールは眉を顰めた。
「この数値に間違いないか?」
『ありません』
時計に目を疾らせる。時間は17時を少し過ぎたあたりだ。
「分かった。私とランディがそっちへ行く。レイにエステール起動準備をさせておけ」
室内が僅かに緊張した。
起動準備……つまり出港が近い、ということだ。
「副長……」
問い掛ける雷に、コールは肩を竦めてみせた。
「網に掛かった。アステロイド・ベルトの向こうだ。ま、海賊だろ」
雷は頷き立ち上がる。
「いや、お前はここに居ろ」
「けど、どちらにしろ戦闘になる可能性は高いんですよね」
「あぁ……」
「なら俺もエステールに……」
「いや、お前はエステールじゃない」
コールが雷をベッド脇の椅子に押し戻した。
「これからお前は翔龍姫の正規クルーだ」
戸惑いを見せる雷の肩に、コールは強く手を置いた。
「お前は王女から離れるな。必ず護り通せ」
しかし、それと新たに別の船へ任官されることは別だ。やはり不安は隠せない。
「心配するな。翔龍姫は変形してエステールにドッキングする。基本はエステールと同じだ」
一瞬安堵した雷は、口を引き締め直した。
「べ、別に心配なんかしちゃいませんよ!」
「そうだな……。じゃぁ、ランディさん、行きましょう。ライツ、イゾーデ、王女を頼む」
雷はランディを連れ立つコールを見送り、京子に目を移す。
京子は、静かに手を見詰めていた。
「……どうした?」
「ううん、大丈夫」
「心配するなよ」
目を上げて微笑んだ京子は、また視線を手に移した。
……力が、抜けてる。
再び、さっき見た夢の恐怖が背筋を駆け抜けた。
第2章「赤の星」終
「脱出」へつづく




