堅苦しいおじさん
2
-ダイモス 医務室-
白いベッドの横で、京子は溜め息を吐いた。
シーツの下で寝息を立てるのは雷だ。力を無制限に開放したことにより、肉体の許容量が限界を越えたそうだ。脚は……既に付け替えられた。後は、体力の回復を待つばかりである。
「無理すんなよ、バカ……」
呟く京子の肩に、イゾーデの手がそっと添えられた。
「王女、貴女もですよ」
京子はかぶりを振った。
「雷は、いつもこうなの?」
それには、医務長のシンディが応えた。
「そうね。無茶な子だから、よく怪我するわねぇ」
事務机でカルテを整理するシンディは気楽なものだ。
「脚は……いつ?」
シンディは金の前髪をペンで巻きつつ眉を寄せた。
「3年前の……丁度今日だわね。信号を嗅ぎ付けられたとかで、エステールで雷王星まで出張ってね。まだ騎士の称号もらったばかりで、気負いがあったのね」
……あたしのせい?
薄々感じていたのだ。誕生日のごと、自らを貫く信号を。
「手術の時に、敵を追っ払ったって、誇らし気に息巻いてたわ」
3年前の誕生日……帰ってこない雷に腹を立てたことを覚えている。その後、入院したと聞いて反省した。しかも雷はあの時謝ったのだ。
誕生日に出られなくてごめん……。
「なんでこんな無茶すんのよ……」
京子の胸が締め付けられ、目頭が熱くなる。
膝の上に握られた拳。そこに、一滴、二滴と涙が零れた。
「セリア様、貴女のせいではありませんよ」
イゾーデが後ろよりそっと抱き締めた。
まだ自分の存在価値に疑念を持つ京子に、この状況は分からなかった。自分を守るために、ここまでしなくても……。
雷のカルテを書き終えたシンディが京子に微笑みかけた。
「王女、貴女も休んで下さいな。看病してると、この狸寝入りもタイミング外しますから」
「え……?」
俯いていた京子は、ゆっくり視線を雷へ。
「……よぉ、おはよ」
両目開いた雷が悪戯っぽく笑っていた。
「あ……雷起きてたの!?」
「いや、寝てたんだけどね。ただ、そこの先生が余計なこと話すから……」
「あらあら、余計なこととは言ってくれるわね」
言葉の割には楽し気だ。
「ったく、泣くなよ。別に俺は無理しちゃいないぜ。誇りを以て行動してるだけだ」
「な……別に泣いてなんか……」
するとそこに、突如ドアを開けて3人乱入。
「よぉライツ、まぁた卒倒したんだって!?」
ゲィツの4th、レイ・ハワードだ。続いて3rdのクリスティーナ・レオン。
「王女の前で張り切り過ぎだな」
「おいおい、お前達失礼だぞ。王女の前だというのに」
そして、2ndのコールが現れた。
「えっと……貴方達は?」
戸惑う京子の前で、コール達は膝を付いた。
「覚えていませんか?私はフェスト騎士団の副長、ゲィツの2nd。コール・ディアスです」
続けてぶっきらぼうな女が低頭する。
「私はゲィツの3rd、クリスティーナ・レオンだ」
すぱん!とクリスの頭にコールの平手が飛んだ。
「無礼だ馬鹿者!」
「ボクはこういうの苦手なんだ」
反省の色なし。
そして3人目が低頭し、片目を瞑る。
「俺はゲィツの4th、レイ・ハワードです。ちっちゃい王女さんが、素敵なレディーに成長して嬉しいっすよ」
「レイ、そぉいう言い方やめろよな」
抗議の声を上げたのは雷だ。
「そうだったな。セリア王女はライツだけのお姫様だったな」
皮肉たっぷりに応戦するレイ。
「そういう意味じゃない!いいか京子、レイは手癖が悪い。気を付けろよ」
「お前達もやめるんだ!」
堪り兼ねてコールが間に入る。
「ランディが嘆く訳だ。王女、申し訳ない。若い世代は王国を殆ど知らず、礼儀を忘れています」
京子はふと、このコールを思い出した。
このダイモスの基地。ここには数週間滞在したのだ。龍皇を脱出した後、英が地球での受け入れ体制を整える僅かな期間。
ただ、心の殆どを恐怖と悲しみが支配していた京子の記憶に、この基地の印象は薄かった。その数週間、確かにコールの存在は大きかった。
「……堅苦しい、おじさん?」
京子の言葉に、コールは苦笑した。
「思い出していただけましたか」
英……ジョーカーは副長のコールと話をする度、堅苦しい奴だなぁ、と笑っていた。
「副長には丁度いい呼び方ですね」
くすくす笑う雷を睨め付ける。
「ライツ……休養中の所悪いが、ちょっとペナルティー2セットやるか?」
「あ、いや、今日は訓練無理です!」
途端、コールの表情は和らいだ。
「そうだな。今回はよくやった。まぁ、無茶しすぎなのが問題だがな」
「なら増援に来てくれりゃぁ良かったじゃないですか」
「そう言うな。団長の命令で、ガーヘルトを相手にしてたんでな」
……ガーヘルト。
クックの巡洋艦の名で、雷は英のことを思い出す。
「副長、親父は?」
コールは苦い顔を見せた。
「回収していない。パルス通信があったがな……」
「まさか死んじゃぁいないよな……」
「そんなことあるか!」
突然レイがいきり立つ。
「団長が、ジョーカーさんが死ぬ筈あるか!!」
レイは英の信望者だ。英……ジョーカーが負けるなど考えも及ばない。
「まぁ落ち着け」
再びコールが間に入った。
「仮にも海賊として名を馳せる朧のジョーカーだ。死ぬ筈あるまい。今は団長の連絡を待つ。その間、ライツは体力を回復させろ。それとセリア王女……」
しばし呆然とする京子。どうも二つの名前がまだしっくりこないらしい。
「あ、はい」
「自室にてお休み下さい。こいつに看病はいりませんよ」
雷はぼそりと一言、
「ひでぇの」
コールはきっ、と一睨み、再び京子へ優しい目を向けた。
しかし、京子はかぶりを振った。
「もう少し、ここに居ます。それに……」
そして、優しく微笑んだ。
「あたしの為に戦ってくれたんだし」
すると、クリスティーが雷の頬を引っ張った。
「この……裏切り者が」
「あれ、クリスさん、やっぱりライツのこと……」
しかし、クリスは肩を竦めて曰く、
「あぁ、ペットを取られた気分だ」
「だから、ひでぇっての」
瞬間的に笑いの発作に襲われた。
「そいつぁいい。ライツ、今度首輪でもプレゼントしてもらえ」
腹を抱えるレイ。
「あんたなぁ……」
「おいおい、静かにしろ」
こちらも笑いながらのコール。
「一応病室だぞ。では王女、堅苦しいおじさん達は消えます。しかし、どうかご自愛ください」
京子は、はい、と頷いた。
「それとライツ」
態度急変、いかつい上官に早変わりだ。
「警護はお前の最重要任務だが、王女を悲しませるな。これは命令だ」
雷はベッドで敬礼。
「了解しました!」
そんな雷に、京子は再びくすくすと笑いだした。




