ダイモス砦
-翔龍姫ブリッジ-
「ふぅ……」
京子の個室への通信を切った雷は、思わず溜め息を吐いた。
長い付き合いだ。あの表情の裏にある感情を読むのは、さほど難しくはない。
「ライツ様……」
イゾーデの声に、振り返る。
「一つ、お聞きしたいことがあります」
妙に改まるイゾーデに、眉を顰めて先を促した。
「私は、騎士として認められたゲィツを4thのレイ様までしか存じません。5thの貴方は、まだ小さな子供でした」
……なるほどね。
王女を預けるに足るゲィツか、不安なのだ。
「まぁ、騎士としてはどうかと思うけど、ゲィツとしての資質は並以上だ……と一応親父が言ってはいた。まぁ正直分からない」
フェスト人の血には力が伝承される。しかし、王家のみに伝わる強大な力は、媒体を必要とした。それがゲィツだ。
王家の力を引き出す扉……故にゲィツ。
これも、限られた血筋にしか伝承されぬ力である。ゲィツの力を借りず、王家の力を発揮すると、肉体の崩壊を招くと言う……。
そして、龍皇にはゲィツが居なかった。
龍皇のトリストラムをどうやって動かしたか、それを考えると気が重い。
トリストラムは古代機関の一つだ。フェスト人の力を使い、物体に物理法則以外の能力を与える。噂でしかなかったその力も、7年前龍皇が物理法則の壁である光の速度を超えたことにより、俄かに現実の物となった。
「……正直、俺は騎士として未熟だよ。龍皇で消えた陛下より、最悪の状況での京子の反応が心配だ」
そして、ふと雷はくすくす笑う。
「しかも、まだ王女のことを京子と呼んでるしね」
「そうですね」
堅かったイゾーデの表情が和らいだ。
「セリア王女は……京子様はどんな方なのですか?」
野に放った7年、イゾーデには気になる所だろう。
「そうだな……勝ち気でひとの言うこと聞かなくて、それでいて繊細。だけど、正義感が強くて、優しい……かな」
「困りましたわ。王女として、お淑やか、という言葉を聞きたかったのですが」
雷は苦笑した。
「それは無理かな。なにせ、保護者があの親父だから」
「ですわね」
イゾーデも釣られて笑った。
しかし、イゾーデはふと表情を曇らせた。
ジョーカーに連れ添った、あの優しい女性の存在が語られていない。
「あの、アリサ様は?」
くすくすと笑っていた雷が不意に口を閉ざす。
「やはり、あの総攻撃の時に……」
「母さんは故郷の、郡山の墓に眠ってるよ。地球人だったなんて、初めて知った」
速水有咲。女癖の悪いジョーカーが、辺境視察へ出た時に連れ帰ったのがアリサだった。
遂にあの男が身を固める気になった、と当時は話題になったものだ。それが、未開惑星の住民であった……となると尚更。
優しく、そよ風のようで、笑顔を絶やさない。それでいて、時として事の本質を突くような言葉を残す。
それでも、反対されたものだ。騎士団長にして、ゲィツの1stの妻にはふさわしくない……と。
ところが、アリサには予想を超えた潜在能力があったそうだ。その力も、実際に確認されることなく、世を去ってしまった訳だ。
「残念です。私はあの方を尊敬しておりました」
「……ありがとう」
その力を、雷は継いでいるのだろうか……。
シートに着いたままの雷の表情は読み取れない。その、何も言わない雷の肩に、イゾーデはそっと手を置いた。
「安心しました」
優しく、心を落ち着かせる声だ。
「セリア王女はこれから、辛い思いをするでしょう。でも大丈夫、貴方なら任せられます」
雷はイゾーデを振り返り、眉を顰めた。そこにあるのは、母親が娘を預けるような……。
「京子様を……セリア王女を頼みます」
「あのさ……」
ブリッジのドアがスライドした。京子だ。
「来たよ。やっと到着?」
入った瞬間、京子は雷の妙な緊張に気付いた。
「……なに?」
「いや……何でもない」
応えた雷は、既にいつもの調子に戻っていた。
「やっとって、火星まで最速記録だぜ」
小首を傾げ、京子はシートに着いた。
「でも、19時間あったら飛行機でフランスにだって着いちゃうでしょ」
「いや……距離違うし」
まぁ、突然宇宙規模の単位に頭を切り換えろ、と言うのが無理である。
「ねぇ、あそこの石くれは何?」
ディスプレイに映る不格好な岩石。ジャガ芋のようなそれに、進路が向いていた。
「あれが、クロウ海賊団にしてフェスト騎士団の砦、衛星ダイモスだ」
惑星の周りを公転する天体を、俗に衛星と言う。地球で言うところの月がそれだ。当然他の天体にも存在する。火星には2つ、フォボスとダイモスだ。そのサイズが、フォボスが半径12.5Km、ダイモスがその半分の6.5Km。月の半径1738Kmに比べると、京子ではないが石くれ同然である。
翔龍姫は左手に赤色の惑星を望み、慎重にダイモスへ接近した。
見る間に衛星の表面、岩場が大写しになり、その中に赤い点滅が窺えた。翔龍姫がその光点を目指していることは確かだ。
「ガイドビーコン、検知しました」
「んじゃ、ビーコンに同調。それとレーザー通信。コールは552でよろしく」
程なく返答が。
『よぉ、二代目!見ていましたぞ。いい活躍っ振りで、このランディ、胸が透きました!!』
総白髪をオールバックにした老人が勢いまくしたてた。
「だからランディさん、二代目はやめて下さいよ」
ランディ・ヘンドリック。フェスト騎士団の最古参。勇猛果敢で知られる第7部隊の隊長だった。
『あの洟たれライツが……』
「おいおい……」
「ところでランディ様」
横合いからの声にランディは眉を寄せた。
「イゾーデです。覚えておいでですか?」
するとランディ、途端にだらしなく頬を染めた。
『おぉ、イゾーデ殿、お懐かしい!貴女は変わらず美しい!!』
「とんでもございません。ランディ様もご壮健でなによりです。もう少しお話をしたい所なのですが、セリア王女が長旅でお疲れですので……」
ひくり、ランディの顔が引きつった。
『このランディ、不覚でございます。そう、セリア王女を……』
ランディは映像の中に、もう1人の女性を発見。
『おぉ、これはセリア王女。おう……』
一瞬の間。
『……大きくなられましたな!』
京子は眉根に皺を寄せた。
「なぁんか今の言い方、引っ掛かる」
ディスプレイのランディが大きく後退。
『も、申し訳ございません!!どんな罰も受ける所存に……』
思わず雷がくっくと笑う。
「ランディさん、もういいから早くゲート開けてくれよ」
ランディの息が停止した。
『そ、そうでござった!今すぐ、すぐに!!』
遂には京子もくすくす笑い出していた。
「なんか面白い人だね」
開門するゲートを確認した雷は、軽く肩を竦めた。
「あんまりからかうなよ」




