火星へ
4
-横浜 翔龍姫-
「うぉ~い、京子。生きてるか?」
「ふざけないで」
静かになった船内で京子は頭を振った。
「んじゃもう少し我慢だ。逆噴射かけて引っこ抜く」
再び激しい振動。
デスデモーナに突き刺さった翔龍姫が、数万トンの土煙と爆発のスパークを纏い、白い巨体を悠然と浮上させた。
「無茶苦茶よね……」
「イゾーデ、現状報告!」
京子の抗議にも、雷は僅かに笑みを送るのみだ。
「敵機、完全に沈黙しました。機体からのエネルギー反応なし。尚、本船の損傷、装甲に15%。修復に約3時間かかります。各機能、フル稼働に何ら問題ありません」
「すげぇな」
雷は素直に関心してみせた。
「あれだけやって、殆ど被害なしかよ」
「0ではありません。15%です」
ぴしゃりと言いのけるイゾーデ。やはり装甲(お肌)の細かな傷がやたらと気になるらしい。
「悪かったよ。で、周囲索敵してくれ」
イゾーデはしばし瞑目。
「半径200Kmに敵影ありません。それと、1件パルス通信が入電しています。発信源は秋田県上空のフェーベ、ジョーカー様です」
「親父から?出してくれ」
出すまでもない、とイゾーデが答えた。
「アルファベットで、G m dです」
「何よそれ」
怪訝に眉を顰める京子へ、破顔する雷が目を向けた。
「行き先だよ。いいか?」
「何が?」
「Go、Marth、Daimos。つまり、火星の衛星、ダイモスへ行けってことだ」
まだ納得いかない京子。何を応えていいのか分からない。
「ダイモスにクロウ海賊団の基地がある。そこで待ってろってことだ」
「つまり、要約すると、火星に……」
雷は大きく頷いた。
「そうだ、火星に行く」
ようやく理解したらしい、京子の目が大きく開かれた。
「ちょっとちょっと、火星!?行くって簡単に言うけど、まだ誰も行ったことないじゃん!!」
イメージが湧かない。蛸のような宇宙人などとベタなことは言わないが、荒涼とした殺人的な荒野のイメージくらいな物だ。
「いや……こないだ俺、ガーヘルトにちょっかい出して、火星に不時着したぜ。酸素ギリだし、骨折痛いしで大変だったぜ」
……こないだまでの入院ってそれ!?
雷の裏がだんだん見えてきた。
「それにお前だって、火星より遠くから来たんだろ」
一瞬、京子の心に風が吹き抜けた。
「そう、そうだね……」
複雑な気持ちだ。
……あたしの故郷は、フェスト。地球ではよそ者。
思い出してはきたが、まだ心が追い付かない。あまりにも、地球での暮らしが当たり前となっていたのだ。
京子の表情に、雷は言葉の先を躊躇った。
「俺達がここに居ても、被害が広がるだけだしな……」
その通りだ。京子と、翔龍姫が地球上にある限り、ここが戦場となるのだ。
「行くしか……ないよね」
京子は、ぱんと顔を手で覆い、奥歯を噛み締めた。
……もう、決めたんだ。
「うん、行こう。うじうじするのも性に合わないし!」
雷は手を伸ばし、京子の頭をかき回した。
「つらい時は、我慢すんなよ」
京子は舌を出す。
「つらくなんかないよ!」
くすり、と小さく笑う。
「よし、地球に忘れ物ないな」
あっ、とばかりに京子が制止した。
「あたしまだ……」
「31アイスクリームのサービスは昨日までだぜ」
図星だ。
「ってか、昨日まで~!?」
食べ損ねた。
「もういいや。雷、行こう!」
「了解」
「では、大気圏離脱ですね」
待ち構えていたイゾーデから、スクリーンに情報が流れ出す。
「そ。目標第四惑星火星第二衛星ダイモス。見えた?」
「はい、補足しました」
「よぉし、大気圏離脱準備!」
翔龍姫の機関部より圧力の高まる振動が伝わった。後は点火を待つばかり。
「いつでもどうぞ」
「……と、その前に」
不意に京子が割り入った。
「だいもす……って何?」
雷は無視。
「発進!」
「あ、こら無視することないでしょぉ!!」
前途多難。しかし、白い流麗な機体は紺碧の空へ向けて、急上昇した。
第1章 「青の星」終
「赤の星」につづく




