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気持ち  作者: さだ 藤
7/7

俺達のヒーロー

 

 うちのじいちゃんは俺にとってのヒーローだった。



 あくまで俺の中のイメージだったけれど、祖父というものはあまり多くは語らずに背中で語り、広く大きなそれをより雄大に感じさせるものだと思っていた。

 間違った事をすれば力強いげんこつ一発。

 細かいことは何も言わずに、大事な時にびしっと決める一言。


 寡黙で、頑丈で、義理と人情を重んじる昔気質な人物像を思い描いていた。


 けれど、うちのじいちゃんはまるで逆走りした人だった。逆走という感じではなく、逆走り。


 ちょくちょくいらない事まで思った事を、思ったままに口に出す。かと思えば自分の有利に働く時にはきっちり口を噤んで、その背中はじいちゃんの気性よろしく猫背気味。 

 間違った事でも俺や、俺の友達と共に笑いながら共犯する。

 まぁ、子供の悪戯ですむ範囲内だったけれど、じいちゃんがやったらどうなのかって首を捻るレベル。


 だから他の大人。家の隣に住む、うちのじいちゃんと真逆のまさしく俺の祖父像に近い、じいちゃんの幼馴染(隣のじいちゃんは腐れ縁と、じいちゃんが幼馴染と言う度に訂正しまくる)に、俺達と一緒に叱られる。

 むしろじいちゃんメインで叱られる。いい大人が、とかお前は何時まで経っても、とか。


 普段着からして着物を着て、手は両袖に突っ込んで、黙ったままでは怒って見える隣のじいちゃんと、今じゃ、じじいだって洋服だ! とか言ってしゃれこんで、大げさな素振りも大の得意。黙った時が分からない、いっつも笑ってていっつも騒がしいうちのじいちゃん。


 若い見た目の若い中身。大人な見た目の大人な中身。

 性格の違いその物の、見た目からしてあべこべな二人は、セットでなかなか面白い人達で、特にじいちゃんは俺の友人達の人気者だった。


 というか、じいちゃんも俺達の仲間で、友達だった。

 悪戯は率先して考えるし、自分達の子供の時はこんな事をしたとか言って実践したり。


 世間一般。祖父らしくない、子供のようなじいちゃんだった。

 呆れたり、笑ったり。俺に気を使うでもなく、悲しんでる様子も俺に見せることも無く。


 一緒にいて、楽しいじいちゃんだった。



 俺がじいちゃん家に住むようになったのは、小学校五年次。

 ずっと在るものだと思っていた不変な日常。三人暮らしの内二人。両親が俺を残して二人で死んだ。

 事故だった。


 そして親戚が集まった葬式が終わると、俺はじいちゃんに手を引かれて父の田舎。

 ばあちゃんを既に亡くして、子供も亡くした一人暮らしのじいちゃん家に連れて行かれて住むことになっていた。


 当時、父と母。両親と暮らしていた場所は都会で、今じゃすっかり当たり前の様になっているよそよそしいお付き合いが小学校では既にあって、友人と、心の底から言えるような友達なんて居なかった。

 手に手を取って助け合い。何それ? なんて鼻で笑うようなある意味達観したような、大人びたような、でも何も知らないそんな子供達。


 此処に来るまで俺もそんな奴だった。


 まぁ、来て早々変われた訳でもないけれど、来た当初は他にも色々気持ち的に苦しかったけれど、じいちゃんが俺を連れまわして、自分のやった悪戯を俺のせいにして俺が代わりに見ず知らずの人に怒られたり。

 神社で遊ぶ子供たちに、混ぜてくれと俺をひっぱっりながらじいちゃんが参加したり。


 一緒に蝉とったり、バッタとったり、とんぼ取ったり、雪合戦したり。


 ゲームをするでもない、子供らしい子供の遊びを楽しんで、いつの間にか出来ていた大切な仲間達。共に笑いあえて、肩組み合って、手を叩いて、偶に喧嘩したり男同士のなぐり合い。それをじいちゃんは囃したてて盛り上げる。

 時には暑さにへばって涼みを求めて、じいちゃんと二人行儀悪く廊下に横になって頬を当てた。

 そして、隣の家に面した廊下は丸見えで、庭に出てきた隣のじいちゃんにだらしない! と怒られる。

 気が済むまでとことん遊びたおした夏の日。


 めいっぱい、全ての力を注ぎこんだ運動会。父兄代わりのじいちゃん参観。

 食欲の秋、芸術の秋、読書の秋。

 秋の実りを食べつくし、芸術と称した落書きいっぱい近所迷惑知らない振りして悪戯小僧と書きまくり、じいちゃんともども怒られて、漫画ばかりを回し読みの読みつくし。皆揃って立ち読みとしゃれこんで、迷惑そうな本屋のおじさんの隙をつく。

 通りがかった隣のじいちゃんに、いい大人が人に迷惑をかけるんじゃない! とじいちゃんは怒られる。

 夏の終わりで、冬の始まりの秋。


 都会と違ってどか雪が降り積もる。

 雪合戦に、そりすべり。自分達で作ったスキーを履いて、そこらの坂道を猛スピードで下っていく。

 どれだけ直線ですべれるか怖いもの知らずの大勝負。

 危ないことをするんじゃない! と、じいちゃん共々一蓮托生。隣のじいちゃんに怒られた。

 大きな雪だるまを作って張り合って。ばたんと倒れてどうだと跡を指差すじいちゃんに倣って、雪に倒れこみ人拓を作った。

 寒さなんて感じないと、頬を紅く染めて動き回った冬。


 片隅に追いやられた雪さえ溶けて、草花の命芽吹く春。

 最終学年へと進級し、少し兄さんぶったりしながら年下の面倒を見て。

 俺達の武勇を一年、実地教えていく。これで悪がき教育の出来上がり。

 お前等に教える事は何もないとばかりに、手を振った。

 そしてじいちゃんに少し大人になったと胸を張る。もうわしゃ大人じゃもんと胸を張り返されて、みんなしてどこがと突っ込み、じいちゃんと一緒に笑いあう。

 最たる人はもちろん隣のじいちゃん。どこがだ! と、じいちゃんは叱られる。


 中学に行っても場所は田舎。

 離れる友は居なかった。教室が分かれても友情は別つ事はないし、新たな仲間も出来ていく。


 見事仲間入りを果たした友人達に仲間同士を引き合わせる。

 紹介したのはうちのじいちゃん。俺達の組織の影のトップ。俺達のヒーロー。

 もちろん、新入りにもじいちゃんはきらきらとした目を向けられて、慕われた。


 夏祭りは射的で誰が凄い物を獲れるか、かき氷の早食い、上がった花火に大声を。

 秋ではますます増えた食べる量。読書は少年漫画だけではなくなった。

 冬は力強い剛速球で敵を殲滅していく。皆がみんな、投げるばかりではなく、製造役も配した知的戦略。

 まっすぐと投げるばかりではなく、相手陣地の真上にあった木に向けてどかりと降らす。

 春は女子の進化に胸をときめかせたり。かと思えば花見団子と楽しんだ。


 じいちゃんは射的で誰にも負けなかったし、(隣のじいちゃんは悔しそうにしていた)

 大人の本を見せびらかしたり、(見つかったら俺達にはまだ早いと隣のじいちゃんに取り上げられた。お前はもう卒業しただろうと)

 悪戯戦略をこそりと授けたり。(隣のじいちゃんに余計なことを吹き込むなと頭を叩かれて笑っていた)


 いつまでもいつまでも俺達のヒーローだった。




 それでも、いつからだろう。

 じいちゃんとは前より共に遊ばなくなって、俺達の武勇伝を笑って聞く様になったのは。

 見上げていたじいちゃんを、見おろすようになったのは。

 隣のじいさんと実は同じぐらい大きな背中が、小さく見えるようになったのは。


 小さく、薄くなったじいちゃんの体。

 あたたかく、俺を引いて歩いた大きな手が、皮ばかりの、小さな手になって。


 息を、引き取る。


 じいちゃんは、隣のじいさんよりも若い見た目をしていたくせに、先に死んだ。

 隣のじいさんは、好き嫌いばかりで食べなきゃいかんものを食べなかったからだ! とか怒った様子を見せていたけれど、俺よりも、俺達よりも、誰よりも。寂しそうにしていた。


 じいちゃんが死んで、俺はまた、一人。

 でもな、じいちゃん。あの頃よりも悲しくて、あの頃よりもなんか感謝の気持ちが溢れてる。


 じいちゃん、共に在れて楽しかったよ。


 じいちゃん、育ててくれてありがとう。


 じいちゃん、じいちゃん。


 あなたは何時まで経っても、俺の、俺達のヒーローです。



 

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