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黒の支配者 ~邪神に眷属として異世界に召喚されましたが、世界をめちゃくちゃにしろと脅されているので、王国を乗っ取って世界征服しても情状酌量で無罪ですよね?~  作者: 黒海苔
第一章:そうだ、王国を乗っ取ろう

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第三話:世界征服の第一歩

「……ん……」


 眩しい。


 閉じた瞼の向こうから、柔らかな光が差し込んでくる。


 ……朝、か。


 僕は、ゆっくりと目を開けた。


 視界に入ってきたのは、見慣れない天井。


 白を基調とした、豪華な天蓋付きのベッド。


 ふかふかの枕に、暖かな毛布。


 そして、鼻をくすぐる、どこか甘い香り。


「…………」


 ……ああ。


 そういえば、異世界に来たんだったな。


 昨日は、本当にいろいろあった。


 邪神様に召喚されて。


 何もない草原に放り出されて。


 ようやく辿り着いた街で、女の子とぶつかって。


 その父親に捕まって、牢屋に入れられて。


 ……それから。


 その父親を僕のことが大好きな人にして、屋敷に迎え入れてもらったんだった。


「…………」


 ……うん。


 改めて考えると、なかなかすごい一日だったな。


 まあ、結果的には大成功だったけど。


 食事も、寝る場所も、お金も。


 何も持っていなかった僕が、一日でこんな豪華な屋敷に泊まれるようになったのだから。


 ……やっぱり、あの邪神様からもらった力は便利だ。


 僕は、満足しながら身体を起こそうとした。


 ……しかし。


「……んぅ……」


「…………」


 ……あれ?


 動けない。


 何かが、僕の右腕を掴んでいる。


 不思議に思って横を見ると。


「……すぅ……すぅ……」


 そこには、一人の少女がいた。


 淡い桜色を帯びた銀白色の長い髪。


 お人形のように整った顔立ち。


 そして、僕の腕をぎゅっと抱きしめた、小さな身体。


 ……ああ。


 ミリアか。


 そういえば、昨日は一緒に寝たんだったな。


 ミリアは、僕の腕に頬を寄せながら、気持ちよさそうに眠っていた。


 枕元には、昨日も抱えていた白いクマのぬいぐるみが置かれている。


「…………」


 ……なるほど。


 どうやら、僕は完全にぬいぐるみの代わりになってしまったらしい。


 まあ。


 そうなるようにしたのは、僕なんだけど。


 僕は、そっと腕を引き抜こうとした。


「……ん……」


 すると。


 ぎゅうっ。


「……っ」


 さらに強く抱きしめられた。


 ……あれ?


 離してくれない。


「……ミリア?」


「……んぅ……アレン……」


「……あ、起きた?」


「…………」


 ミリアは、ゆっくりと瞼を開いた。


 宝石のような桃色の瞳が、僕を見つめる。


 そして。


「……えへへ……」


 嬉しそうに微笑んだ。


「……おはよ……アレン……」


「……うん。おはよう」


「……ぎゅう……」


「…………」


 ……いや。


 もう十分ぎゅうってしてるんだけど。


 ミリアは、さらに僕の腕へ頬をすり寄せてきた。


 ……困ったな。


 これじゃあ、起きられない。


 僕は、少し考えた。


「……ミリア。そろそろ朝ご飯じゃないかな?」


「……あさ、ごはん……?」


「……うん。きっと、おいしいものがあると思うよ」


「…………」


 ミリアは、しばらく考え込んでいた。


 そして。


「……アレンも、いっしょ……?」


「……もちろん」


「……うん……!」


 ようやく腕を離してくれた。


 ……ふう。


 よかった。


 ……それにしても。


 こんなに懐かれるとは思わなかったな。


 僕は、ベッドから起き上がった。


 ……さて。


 今日は何をしようかな。


 昨日は生活する場所を手に入れた。


 だったら、今日は。


 ……そうだ。


 この世界について、もう少し詳しく調べてみよう。


 世界征服するにしても、何も知らないままじゃ困るからね。


 ◇◆◇


「おお! アレン! よく眠れたか!」


「……あ、はい。おかげさまで」


「そうかそうか! それは何よりだ!」


 朝食の席で、領主は豪快に笑った。


 昨日、僕を牢屋に放り込んだ張本人とは思えないほどの歓迎ぶりだ。


 ……いや。


 実際、今のこの人にとって、僕は娘と同じくらい大切な存在なんだった。


 ……自分でそうしたんだけど。


「ミリアも、昨夜はよく眠れたか?」


「……うん……!」


「おお! そうかそうか!」


 領主は、嬉しそうに頷いた。


「アレン! これからもミリアと仲良くしてやってくれ!」


「……はい。もちろんです」


「はっはっは! 頼もしいな!」


 ……うん。


 本当に、何でも喜んでくれるな。


 僕は、目の前の料理に手を伸ばした。


 焼きたてのパン。


 香ばしく焼かれた肉。


 温かいスープ。


 それから、見たことのない果物。


 ……おいしい。


 昨日も思ったけど、やっぱり貴族の食事は豪華だな。


 地球にいた頃とは大違いだ。


「……アレン……」


「……ん?」


 隣を見ると、ミリアが小さなフォークを差し出していた。


「……あーん……」


「…………」


 ……また?


 いや。


 自分で食べられるんだけど。


 ……まあ、いいか。


「……あーん」


 僕が口を開けると、ミリアは嬉しそうに料理を食べさせてくれた。


「……えへへ……」


「はっはっは! 本当に仲がよいな!」


「……あ、はは……」


 ……うん。


 平和だな。


 こんな生活を続けるのも、悪くないかもしれない。


 ……でも。


 せっかく異世界に来たんだ。


 それも、あんな便利な能力をもらって。


 この屋敷だけで満足するのは、少しもったいない。


 ……そうだ。


 僕は、領主へ顔を向けた。


「……あの、領主様」


「む? どうした、アレン!」


「……少し、お聞きしたいことがあるんですが」


「おお! 何でも聞くがよい!」


「……この国のこととか、世界のこととか。よかったら、教えていただけませんか?」


「む?」


 領主は、少し意外そうな顔をした。


「この国について、か?」


「……はい。僕、あまり詳しくなくて……」


「なるほど!」


 領主は、大きく頷いた。


「よかろう! それなら、食事の後に私の書斎へ来るといい!」


「……ありがとうございます」


「はっはっは! 遠慮することはない! アレンのためなら、いくらでも時間を作ろう!」


 ……へえ。


 これは、ありがたいな。


 領主なら、この国の仕組みについても詳しいだろう。


 何しろ、街を治めている偉い人なんだから。


 ……うん。


 いい情報源を手に入れたな。


「……アレン……?」


「……ん?」


 ミリアが、僕の服の裾を引っ張った。


「……おべんきょう……?」


「……うん。ちょっとだけね」


「……ミリアも……」


「……え?」


「……いっしょ……」


「…………」


 ……一緒に?


 僕は、少し考えた。


 別に、困ることはないかな。


「……うん。いいよ」


「……えへへ……!」


「おお! ミリアも勉強したいのか!」


 領主は、感激したように声を上げた。


「素晴らしい! やはりアレンと一緒だと、ミリアも積極的になるのだな!」


「……あ、はは……」


 ……いや。


 多分、勉強がしたいわけじゃないと思うんだけど。


 まあ。


 本人が喜んでいるなら、いいか。


 ◇◆◇


 朝食を終えた僕たちは、領主の書斎へ向かった。


「……へえ」


 部屋に入った瞬間、僕は思わず声を漏らした。


 広い。


 それに、本が多い。


 壁一面に並ぶ本棚には、分厚い書物がぎっしりと詰め込まれていた。


 中央には大きな机。


 その上には、何枚もの書類や地図が広げられている。


 窓際には、立派な地球儀……ではなく、見慣れない大陸の模型まで置かれていた。


 ……すごいな。


 いかにも偉い人の書斎って感じだ。


「さあ、アレン! こちらへ座りなさい!」


「……ありがとうございます」


 僕は、勧められた椅子に腰を下ろした。


 すると。


「……アレン……」


「……ん?」


 ミリアが、僕の隣に立っていた。


 白いクマのぬいぐるみを抱えながら、じっとこちらを見つめている。


 ……ああ。


 隣に座りたいのかな。


「……ここ、座る?」


「……うん……!」


 僕が隣の椅子を指すと、ミリアは嬉しそうに頷いた。


 ……そして。


 なぜか、僕の膝の上によじ登ってきた。


「…………」


 ……あれ?


 隣の椅子じゃないの?


「……えへへ……」


「…………」


 ……まあ、いいか。


 領主も満足そうに笑っているし。


「はっはっは! では、始めようか!」


 領主は、本棚から一冊の分厚い本を取り出した。


 表紙には、見慣れない文字が刻まれている。


 ……そういえば。


 僕、この世界の文字って読めるのかな。


 邪神様は言葉が通じるようにしてくれたみたいだけど。


 ……まあ、後で確認すればいいか。


「さて、アレン。まずは何が知りたい?」


「……そうですね。この世界って、どんな国があるんですか?」


「ふむ。なるほどな」


 領主は、机の上に大きな地図を広げた。


「まず、我々が暮らしているのは、アルヴェリア王国だ」


「……アルヴェリア王国……」


「うむ。そして、この国が位置するのが、こちらの大陸だ」


 領主は、地図の一角を指差した。


 そこには、いくつもの国境線が描かれていた。


 山脈。


 森林。


 河川。


 そして、大小さまざまな国々。


 ……なるほど。


 結構、たくさんあるんだな。


「アルヴェリア王国の王都は、ここにあるセレスティアだ」


「……セレスティア……」


「国王陛下をはじめ、王族や有力貴族の方々が暮らしておられる。この国の政治の中心地だな」


「……へえ」


 僕は、地図に描かれた王都の位置を見つめた。


 ……なるほど。


 王都セレスティア、か。


 覚えておこう。


「そして、この大陸には、我が国以外にも複数の王国や公国、それから帝国が存在している」


「……帝国?」


「うむ。こちらにあるヴァルディア帝国だ」


 領主は、地図の別の場所を指差した。


「かつて大陸全土を支配していたヴァルディア大帝国の名を、今も受け継ぐ国だ」


「……大陸全土?」


 僕は、思わず聞き返した。


「……昔は、この大陸全部が一つの国だったんですか?」


「その通りだ!」


 領主は、どこか誇らしげに頷いた。


「遥か昔、この大陸を統一された偉大なお方がいた」


「……へえ」


「そのお方こそ、我々人類の歴史において、初めて魔法を扱ったとされる存在――始祖様だ」


「……始祖様?」


「うむ!」


 領主は、本のページを開いた。


 そこには、一人の人物が描かれていた。


 立派な衣装。


 頭には豪華な冠。


 そして、その背後には、巨大な竜の姿。


「始祖様は、人間と竜の間に生まれたお方なのだ」


「…………」


 ……え?


 人間と、竜?


「……あの、竜って、あのドラゴンですか?」


「どらごん?」


「……あ、えっと。大きくて、翼があって、空を飛んだりする……」


「うむ! まさしく竜のことだ!」


「……へえ」


 ……本当にいるんだ。


 ドラゴン。


 それだけでも驚きなのに。


 ……人間と子供まで作れるんだ。


 ファンタジーって、すごいな。


「遥か昔、一人の人間の女性が竜と結ばれ、その間に子が生まれた。その子こそが始祖様だと伝えられている」


「……なるほど」


「始祖様は、竜の血を色濃く受け継いでおられた。それゆえ、人間でありながら、竜に匹敵するほどの魔力を持っていたという」


「……そんなに強かったんですか?」


「強いなどという言葉では足りん!」


 領主は、興奮した様子で身を乗り出した。


「山を砕き、大河の流れを変え、幾万もの軍勢をたった一人で退けたとも伝えられている!」


「……へえ」


 ……すごいな。


 そんな人がいたんだ。


 僕は、絵の中の始祖様を見つめた。


 ……でも。


 それだけ強かったら、世界征服なんて簡単だったんじゃないかな。


「……それで、その始祖様が大陸を統一したんですか?」


「うむ! 各地に存在していた国々を平定し、史上初めて大陸を一つにまとめ上げたのだ!」


「……なるほど」


「そして、ヴァルディア大帝国を建国し、初代皇帝となられた」


 ……へえ。


 つまり。


 昔は本当に、大陸全土が一人の人間のものだったわけだ。


 ……いいな。


 僕も、そういうのをやってみたい。


「……でも、今は国が分かれているんですよね?」


「うむ。残念ながらな」


 領主は、少し表情を曇らせた。


「始祖様は長きにわたって帝国を治め、多くの子をもうけられた。しかし、その崩御によって、帝国の運命は大きく変わったのだ」


「……というと?」


「後継者争いだ」


 ……ああ。


 なるほど。


 何となく、想像できるな。


「始祖様の子供たちは、皆、竜の血を受け継いでいた。もちろん始祖様ほどではないが、それでも常人とは比較にならぬ魔力を持っていたのだ」


「……はい」


「そのため、誰が次の皇帝になるかを巡って争いが起こった。兄弟姉妹同士が軍を率い、互いに戦ったのだ」


「……へえ」


「戦いは長く続き、多くの者が命を落とした。そして、これ以上争いを続ければ、一族そのものが滅びかねぬと考えた長男が、一つの決断を下した」


「……決断?」


「帝国の分割だ」


 領主は、地図に指を滑らせた。


「生き残った兄弟姉妹にそれぞれ領土を与え、独立した国を治めさせることにしたのだ。長男自身は皇帝の称号とヴァルディアの名を受け継いだが、領土は大きく縮小した」


「……なるほど」


「そうして生まれた国々が、現在の王国や帝国の礎となった。我がアルヴェリア王国の王家も、始祖様の血を引く一族なのだ」


「……へえ」


 つまり。


 今の国々は、元々一つだったものが分かれただけなんだ。


 僕は、改めて地図を見つめた。


 いくつもの国境線。


 その向こうに広がる、広大な土地。


 ……なるほど。


 だったら。


 もう一度、一つにまとめることだってできるんじゃないかな。


「……ちなみに、今から大陸を統一するのって、難しいんですか?」


「む?」


 領主は、少し驚いたような顔をした。


 そして。


「はっはっは! 面白いことを聞くな、アレン!」


「……あ、はは……」


「無論、極めて難しいだろうな! 今や各国には、それぞれ強大な王族と貴族が存在しているのだから!」


「……そうですか」


「始祖様ほどの力を持つ者でも現れぬ限り、再び大陸を統一するなど夢物語だろう!」


「……なるほど」


 ……夢物語、か。


 僕は、地図を見つめながら小さく頷いた。


 ……でも。


 始祖様は、力で大陸を統一したんだよね。


 だったら。


 別に、僕が同じ方法を使う必要はないんじゃないかな。


 ……ふふっ。


 なかなか、面白そうだ。


 ◇◆◇


「……そういえば」


「む? どうした?」


「……さっきから、竜の血とか魔力とか言ってますけど。この世界の人って、みんな魔法が使えるんですか?」


「いや、そんなことはないぞ」


「……そうなんですか?」


「うむ。魔法を使えるのは、基本的に竜の血を受け継ぐ者だけだ」


 ……へえ。


 そうなんだ。


 僕は、少し意外に思った。


 ファンタジーの世界だから、誰でも魔法が使えるものだと思っていたけど。


「先ほども話した通り、始祖様は人間と竜の間に生まれたお方だ。そして、その子供たちにも魔法の力が受け継がれた」


「……はい」


「しかし、竜の血は誰と子をもうけるかによって、その力が変わるのだ」


「……というと?」


 領主は、別の本を取り出した。


 そこには、何やら複雑な図が描かれている。


「現在、竜の血を受け継ぐ者は、大きく三つに分けられている」


「……三つ?」


「うむ。真竜血、継竜血、そして末竜血だ」


「……まつりゅうけつ?」


「そうだ。末竜血とは、竜の血が薄まり、わずかな魔力しか持たぬ者たちのことだ」


「……なるほど」


 ……うーん。


 ちょっと、覚えにくいな。


「まず、真竜血は主に王族が受け継ぐ、非常に強い竜血だ」


「……はい」


「王族同士が子をもうければ、その子も真竜血を受け継ぐ。しかし、王族以外の者との間に子をもうければ、子の魔力は継竜血となる」


「……へえ」


「そして、継竜血は主に貴族が受け継ぐものだ。継竜血同士なら子も継竜血となるが、王族や貴族以外の者との間に生まれた子は、末竜血となる」


「……なるほど」


「そして末竜血と、魔力を持たぬ平民の間に生まれた子は、基本的に魔法を使えなくなる」


 ……ふむ。


 つまり。


 魔力を受け継ぐには、相手の血筋も重要ってことなんだ。


「……じゃあ、王族の人たちは、他の国の王族と結婚したりするんですか?」


「うむ! その通りだ!」


 領主は、感心したように頷いた。


「王家にとって、竜血を守ることは何より重要だからな。各国の王族同士で婚姻を結ぶことも珍しくない」


「……なるほど」


 ……そういう仕組みなんだ。


 僕は、少し考えた。


「……つまり、王族級、貴族級、平民級ってことですね」


「……む?」


「……その方が、覚えやすいので」


「いや、正式には……」


「……それで、王族級の人は、貴族級の人よりずっと強いんですよね?」


「……まあ、魔力量でいえば、基本的にはそういうことだが」


「……なるほど」


 ……うん。


 でも、こっちの方が分かりやすいな。


 王族級。


 貴族級。


 平民級。


 これなら、忘れなさそうだ。


 領主は、何か言いたそうな顔をしていたけれど、結局それ以上は何も言わなかった。


 ……まあ。


 意味が通じればいいよね。


「……でも、それなら普通の平民から魔法使いが生まれることはないんですか?」


「いや。極めて稀だが、あるぞ」


「……え?」


「末竜血の者が魔力を持たぬ平民と子をもうけた場合、その子は通常、魔法を使えぬ。しかし、竜の血そのものが完全に消えるわけではないのだ」


「……へえ」


「そのため、何世代も経った後に、突然わずかな魔力が発現することがある」


「……なるほど」


「もっとも、そのような者が持つ魔力も末竜血の範囲に留まる。突然、王族に匹敵するほどの魔力を持つ者が生まれるわけではない」


 ……ふうん。


 つまり、平民の中から突然ものすごく強い魔法使いが現れることはないんだ。


 ……なるほど。


 それなら、王族や貴族の立場は簡単には揺らがないだろうな。


 僕は、少し考えた。


 ……うん。


 何となく、分かってきたかな。


 ここまでの領主様の話をまとめると、こんな感じだ。


 始祖様――竜と人間の間に生まれた、規格外の魔力を持つ存在。


 真竜血(王族級)――主に王族が持つ、非常に強大な魔力。


 継竜血(貴族級)――主に貴族が持つ、王族級に次ぐ魔力。


 末竜血(平民級)――ごく一部の平民が持つ、比較的少ない魔力。


 魔力なし――大多数の平民が該当し、魔法を使えない。


 ……うん。


 こうして整理すると、分かりやすいな。


 ちなみに、括弧内は僕が勝手につけた呼び方だ。


 それから、魔力量は基本的に親から子へと受け継がれるけど、竜の血が薄まると階級も下がるらしい。


 例えば、貴族が魔力を持たない平民の愛人との間に子供を作った場合、その子供は末竜血になる。


 逆に、王族同士や貴族同士なら、基本的に同じ階級を維持できる。


 ただし、魔力を持たない平民同士からも、ごくまれに末竜血の子供が生まれることがあるそうだ。


 ……なるほど。


 つまり、この世界では、血筋がものすごく重要ってことだね。


 王族や貴族が権力を持っているのも、単に身分が高いからじゃなくて、実際に強い魔法を使えるからなのか。


 ……うん。


 なかなか、面白い仕組みだな。


 でも。


 それだけ強い魔法使いがいるなら、僕も何人か味方につけておいた方がよさそうだ。


「……ちなみに、領主様も魔法が使えるんですか?」


「もちろんだとも!」


 領主は、胸を張った。


「私も継竜血を受け継ぐ貴族の一人だからな!」


「……へえ」


 ……そうなんだ。


 昨日は、普通に眠らせちゃったけど。


 ……もしかして、結構強い人だったのかな。


 僕は、領主の顔を見つめた。


「……少し、見せてもらってもいいですか?」


「おお! 構わんぞ!」


 領主は、右手を持ち上げた。


「では、簡単なものを見せよう!」


 その瞬間。


 ぼっ。


「……っ」


 領主の手のひらの上に、小さな炎が現れた。


 赤く揺らめく炎。


 その光が、書斎の壁を照らしている。


「……おお」


 ……すごい。


 本当に魔法だ。


 僕は、思わず身を乗り出した。


「はっはっは! どうだ、アレン!」


「……すごいですね」


「そうだろう! これくらいなら、継竜血の魔法使いにとっては造作もないことだ!」


「……へえ」


 領主は、嬉しそうに炎を消した。


 ……なるほど。


 この世界の魔法って、こんな感じなんだ。


 ……でも。


 僕には使えるのかな。


 僕は、自分の手のひらを見つめた。


 ……うーん。


 特に何も感じない。


「……あの、僕にも魔法って使えますかね?」


「む? アレンも魔法に興味があるのか!」


「……はい。少しだけ」


「そうか! ならば、一度魔力を測ってみるとよい!」


「……測る?」


「うむ。魔力を持っているかどうかは、専用の魔道具で調べることができるのだ」


「……へえ」


 そんなものまであるんだ。


 ……便利だな。


「屋敷にも簡易的な測定器がある。後で用意させよう!」


「……ありがとうございます」


 ……うん。


 せっかくだし、試してみようかな。


 まあ、僕は地球から来た人間だから、竜の血なんて持っていないと思うけど。


 ……それに。


 魔法が使えなくても、別に困らないか。


 僕には《睡眠学習》があるんだから。


 ◇◆◇


 それから、僕はさらにいろいろな話を聞いた。


 魔法を使える者は、基本的に王族や貴族に集中していること。


 末竜血の者は数が少なく、平民の中では特別な存在として扱われていること。


 そして、魔力を持つ子供たちは、十歳になると魔法学園へ入学すること。


「……魔法学園?」


「うむ。魔法の扱い方を学ぶための教育機関だ」


「……へえ」


「基本的には十歳で入学し、十五歳で卒業する。五年間、魔法理論や魔力制御、実戦技術などを学ぶのだ」


「……なるほど」


「我が家のミリアも、あと三年もすれば入学することになるな!」


「……え?」


 僕は、膝の上に座っているミリアを見た。


 ミリアは、白いクマのぬいぐるみを抱えながら、僕の服の袖をいじっている。


「……ということは、ミリアって今、七歳なんですか?」


「うむ! 今年で七歳になったばかりだ!」


「……へえ」


 ……七歳か。


 どうりで小さいわけだ。


「ミリアも、魔法が使えるようになるんですか?」


「もちろんだ! 我が家の血を受け継いでいるからな!」


 領主は、誇らしげに胸を張った。


「もっとも、今はまだ幼い。魔法を本格的に扱うのは、学園で基礎を学んでからだ」


「……なるほど」


「……がくえん……?」


 ミリアが、不思議そうに首を傾げた。


「うむ! ミリアも大きくなったら、魔法学園へ行くのだぞ!」


「……まほう……?」


「そうだ! 立派な魔法使いになるためにな!」


「…………」


 ミリアは、少し考え込んだ。


 そして、僕を見上げた。


「……アレンも……いっしょ……?」


「……え?」


「……がくえん……いっしょ……?」


「…………」


 ……いや。


 僕、十七歳なんだけど。


 それに、魔法が使えるかどうかも分からないし。


「……僕は、ちょっと難しいかな」


「……むぅ……」


 ミリアは、不満そうに頬を膨らませた。


「はっはっは! ミリアは本当にアレンが好きなのだな!」


「……あ、はは……」


 ……うん。


 それは、よく分かってます。


 領主は、満足そうに頷くと、説明を続けた。


「特に平民の中から魔力を持つ子供が見つかった場合は、国の管理のもとで学園に入れられる」


「……強制なんですか?」


「基本的にはな。魔法は便利な力であると同時に、危険な力でもある。正しい扱い方を知らぬ者を放置するわけにはいかんのだ」


「……そうなんですね」


「もっとも、末竜血の者にとっても悪い話ではない。学園を卒業すれば、貴族の従者や騎士、魔法使いとして働く道が開けるからな」


「……へえ」


「冒険者になる者もいるぞ」


「……冒険者?」


 僕は、思わず聞き返した。


「……あの、魔物を倒したりする人たちですか?」


「うむ。その通りだ」


 ……おお。


 冒険者。


 ファンタジーらしい言葉が出てきたな。


「魔物の討伐や護衛、危険な地域の調査などを請け負う者たちだ。魔法を使える末竜血は、冒険者としても重宝される」


「……なるほど」


 ……へえ。


 護衛、か。


 僕は、少し考えた。


 ……そういえば。


 僕って、普通の高校生なんだよな。


 剣も使えないし。


 魔法も、多分使えない。


 もし、旅の途中で魔物に襲われたりしたら……。


「…………」


 ……あれ?


 結構、危なくない?


 《睡眠学習》で眠らせればいいとは思うけど。


 相手が僕より先に攻撃してきたら、普通に怪我をするかもしれない。


 ……うーん。


 やっぱり、護衛くらいは必要かな。


 まあ。


 それは、後で考えよう。


「……ちなみに、領主様」


「む? 何だ?」


「……この国って、誰が一番偉いんですか?」


「それはもちろん、国王陛下だ!」


「……ですよね」


 ……うん。


 それはそうだよね。


「国王陛下はアルヴェリア王国全土を治め、その下に我々貴族がいる。各地の領地は、それぞれの領主によって統治されているのだ」


「……なるほど」


「我々貴族は、王家に忠誠を誓い、領地を守り、国を支える役目を担っている」


「……へえ」


 僕は、地図へ目を向けた。


 この街。


 領主の領地。


 そして、その先に広がるアルヴェリア王国。


 ……なるほど。


 この領主様は、この街では一番偉い人なんだよね。


 でも。


 王国全体で見れば、もっと偉い人がいる。


 ……つまり。


「……王様を従わせれば、国中の貴族も言うことを聞くんですか?」


「む?」


 領主は、少し考え込んだ。


「そう単純な話でもないな」


「……そうなんですか?」


「うむ。国王陛下は確かに王国の頂点に立つお方だが、各地の有力貴族も大きな権限を持っている。王命であっても、内容によっては反発する者もいるだろう」


「……なるほど」


 ……へえ。


 そうなんだ。


 つまり。


 王様一人を僕のものにしただけじゃ、全部が思いどおりになるとは限らないわけだ。


 ……まあ。


 だったら、反対する人も僕のものにすればいいだけか。


 僕は、心の中で頷いた。


「……王都セレスティアって、ここからどれくらい離れているんですか?」


「王都か? 馬車なら数日ほどだな」


「……へえ」


「王都には王城があり、国王陛下をはじめ、多くの王族や有力貴族が暮らしている」


「……そうなんですね」


 ……なるほど。


 王様も。


 王族も。


 偉い貴族も。


 みんな、そこに集まっているんだ。


 ……それなら。


 わざわざ一人ずつ探し回る必要もなさそうだな。


 僕は、地図に描かれた王都の位置を見つめた。


 ……ふふっ。


 なんだか、少し楽しみになってきた。


 ◇◆◇


 その後。


 僕は、領主に用意してもらった魔力測定器を試してみることになった。


 案内された部屋には、台座の上に置かれた透明な水晶のようなものがあった。


「これに手を触れるのだ」


「……はい」


 僕は、言われた通りに水晶へ手を置いた。


「…………」


「…………」


 ……あれ?


 何も起きない。


 しばらく待ってみたけれど、水晶は透明なままだった。


「……ふむ」


 領主が、少し残念そうに頷いた。


「どうやら、アレンには魔力がないようだな」


「……そうですか」


 ……まあ。


 そうだろうね。


 僕、竜の子孫じゃないし。


「すまんな、アレン。せっかく興味を持ってくれたというのに」


「……いえ。大丈夫です」


「だが、気を落とすことはないぞ! 魔法が使えずとも、立派な人物はいくらでもいる!」


「……ありがとうございます」


 ……本当に優しいな。


 僕に対してだけは。


 昨日のことを思い出すと、少し複雑だけど。


 僕は、水晶から手を離した。


 ……さて。


 これで、だいたい分かったかな。


 この世界には魔法がある。


 魔法を使えるのは、主に王族や貴族。


 そして、魔力を持つ人間が社会の上に立っている。


 普通の平民が王族に逆らうのは、きっと難しいんだろう。


 ……でも。


 僕には、関係ない。


 王族だろうと。


 貴族だろうと。


 どれだけ強い魔法使いだろうと。


 ……眠らせてしまえば、同じなんだから。


 僕は、自分の手のひらを見つめた。


 ……うん。


 やっぱり、便利な力だな。


 あの邪神様には、感謝しないと。


 ……まあ。


 もう少し説明してから送り込んでほしかったけど。


 ◇◆◇


 その日の夜。


 僕は、領主から借りた地図を眺めていた。


「…………」


 広いな。


 本当に、広い。


 地図の中央には、アルヴェリア王国。


 その周囲には、いくつもの国々が広がっている。


 そして、少し離れた場所には、ヴァルディア帝国。


 ……昔は、この全部が一つの国だったんだよな。


 始祖様。


 人間と竜の間に生まれた、最初の魔法使い。


 圧倒的な力で、大陸を統一した存在。


 ……すごいな。


 僕も、そんなふうになれるのかな。


「…………」


 ……いや。


 なれるかどうかじゃない。


 なればいいんだ。


 僕は、地図の上に指を置いた。


 まずは、このアルヴェリア王国。


 王都セレスティアへ行って、国王を僕のものにして。


 反対する貴族も、僕のものにして。


 それから、隣の国へ。


 そのまた隣の国へ。


 少しずつ、全部手に入れていけばいい。


 ……うん。


 簡単そうだ。


 ……いや。


 実際には、いろいろ面倒なこともあるんだろうけど。


 まあ。


 そのときは、そのときで考えればいいか。


「……ふふっ」


 僕は、小さく笑った。


 ……決めた。


 まずは、この王国を乗っ取ろう。


 そして、いつかは。


 この大陸も。


 その向こうにある土地も。


 何もかも、僕のものにする。


 ……ああ。


 考えるだけで、楽しくなってきたな。


「……アレン……?」


「……ん?」


 不意に、背後から声が聞こえた。


 振り返ると、ミリアが立っていた。


 白いクマのぬいぐるみを抱え、眠そうに目を擦っている。


「……どうしたの?」


「……ねる、じかん……」


「……ああ。もうそんな時間か」


「……いっしょ……」


「…………」


 ……また?


 僕は、少し考えた。


 ……まあ、いいか。


 地図は、明日も見られるし。


「……うん。行こうか」


「……えへへ……!」


 ミリアは、嬉しそうに僕の手を握った。


 僕は、地図を机の上に置いた。


 ……さて。


 世界征服の計画は、とりあえず決まった。


 でも、いきなり王都に向かうのは、少し危ないかな。


 もう少し、情報を集めておこう。


 ……それに。


 旅の準備もしないとね。


 ◇◆◇


 ――それから、数日が経った。


 僕は、領主の屋敷で何不自由ない生活を送りながら、王国について調べていた。


 朝は、ミリアと一緒に朝食を食べて。


 昼は、領主の書斎で地図や本を眺めたり、街へ出ていろいろな話を聞いたりして。


 夜は、豪華な夕食を食べて。


 そして、眠るときは。


「……アレン……ぎゅう……」


「……あ、はい……」


 ……相変わらず、ミリアの抱き枕になっていた。


 ……うん。


 なんだか、すっかり慣れてしまったな。


 それにしても。


 領主の屋敷は、本当に便利だった。


 欲しいものがあれば、領主がすぐに用意してくれる。


 分からないことがあれば、丁寧に教えてくれる。


 街の有力者について尋ねれば、詳しい話を聞かせてくれる。


 ……いやあ。


 権力者に気に入られるって、こんなに便利なんだな。


 僕は、改めて感心した。


 ……もちろん。


 普通に気に入られたわけじゃないんだけど。


 まあ、結果が同じなら問題ないよね。


 ……ただ。


 この数日間で、一つ分かったことがある。


 ……この屋敷。


 ちょっと、息苦しいかもしれない。


 いや。


 別に、生活に不満があるわけじゃない。


 食事はおいしいし、部屋も豪華だし、欲しいものは何でも用意してもらえる。


 使用人たちも、みんな親切だ。


 ……ただ。


 領主様とミリアが、少し過保護すぎるんだよね。


 例えば、街へ出ようとしたとき。


「アレン! どこへ行くのだ!?」


「……あ、少し街を見てこようかと……」


「何!? それなら護衛をつけよう! いや、馬車も必要だな!」


「……いえ、歩いて行ける距離なので……」


「遠慮するな! 何かあってからでは遅いのだぞ!」


「……あ、はい……」


 ……いや。


 ただ、近くのお店を見たいだけなんだけど。


 それから、書斎で本を読んでいるときも。


「アレン! 疲れてはいないか!? 何か飲み物を持ってこさせようか!?」


「……あ、大丈夫です」


「そうか! だが、無理はするなよ!」


「……はい……」


 ……うん。


 本当に、優しい人だな。


 ……ちょっと、うるさいけど。


 そして、ミリアはミリアで。


「……アレン……」


「……ん?」


「……ぎゅう……」


「……あ、うん……」


 とにかく、僕にくっついてくる。


 食事のときも。


 本を読んでいるときも。


 廊下を歩いているときも。


 気がつけば、いつも僕の服の裾を掴んでいた。


 ……まあ。


 可愛いんだけど。


 ……ちょっと、動きにくい。


 しかも、夜になると必ず一緒に寝たがる。


 おかげで、この数日間、僕は一度も自分のために用意された客室で眠っていない。


「…………」


 ……うーん。


 ちょっと、やりすぎたかな。


 ……まあ。


 そうなるようにしたのは、僕なんだけど。


 領主様には、僕を娘と同じくらい大切に思うようにして。


 ミリアには、お気に入りのぬいぐるみと同じくらい僕を好きになるようにした。


 ……うん。


 改めて考えると、こうなるのも当然か。


 でも。


 まさか、ここまでとは思わなかったんだよな。


 ……まあ、いいか。


 嫌われるよりは、ずっといいし。


 それに、必要ならまた《睡眠学習》で調整すればいい。


 ……ただ。


 せっかく、こんなに僕のことを大切に思ってくれているんだ。


 わざわざ変えるのも、少しもったいない気がする。


 ……うん。


 やっぱり、このままでいいかな。


 どうせ、もうすぐ王都へ向かうつもりだし。


 しばらく離れれば、気にならなくなるだろう。


 ……それにしても。


 人に好かれるっていうのも、なかなか大変なんだな。


 ……まあ。


 普通の好かれ方じゃないんだけど。


 そんな生活を送りながら、僕は少しずつ情報を集めていった。


 王都セレスティアまでの道のり。


 途中にある街や村。


 王城の位置。


 王族や有力貴族について。


 それから、貨幣の価値や、冒険者の仕組みについても調べた。


 ……うん。


 だいたい、分かってきたかな。


 もちろん、知らないことはまだたくさんある。


 でも。


 全部調べ終わるまで待っていたら、いつまで経っても出発できない。


 ……それに。


 実際に行ってみた方が、分かることも多いだろうし。


 僕は、机の上に広げていた地図を畳んだ。


 ……さて。


 そろそろ、行こうかな。


 ◇◆◇


「……領主様」


「む? どうした、アレン!」


 ある日の朝。


 僕は、朝食を終えたところで領主に声をかけた。


「……そろそろ、出発しようと思います」


「……出発?」


「……はい。王都セレスティアへ行こうかと」


「おお! 王都か!」


 領主は、驚いたように目を見開いた。


「なるほど! 王都を見て回りたいのだな!」


「……はい。そんなところです」


 ……まあ。


 見て回るだけじゃ、終わらないと思うけど。


「それなら、馬車を用意させよう! 護衛も何人かつけて――」


「……あ、いえ。大丈夫です」


「む?」


「……せっかくなので、自分の足で旅をしてみたいんです」


「そうか! 若いうちに見聞を広めるのはよいことだ!」


 領主は、嬉しそうに頷いた。


「だが、旅には危険も多いぞ! 本当に一人で大丈夫か?」


「……はい。気をつけます」


 ……まあ。


 正直、ちょっと不安ではあるけど。


 大勢の護衛を連れて王都へ行くのも、何だか目立ちそうだし。


 それに。


 護衛なら、自分で見つければいい。


 ……冒険者っていう人たちもいるみたいだしね。


「ふむ。ならば、せめて旅費と必要な物資は持っていきなさい!」


「……ありがとうございます」


「それから、王都で困ったことがあれば、この紹介状を使うとよい!」


 領主は、一通の封書を差し出した。


 立派な封蝋が押されている。


「私の名で書いたものだ。身元を尋ねられた際にも、多少は役に立つだろう」


「……助かります」


 ……へえ。


 紹介状まで用意してくれるんだ。


 ……本当に便利だな。


 僕は、封書を受け取った。


 ……さて。


 これで、準備は整った。


 後は、出発するだけだ。


 ……そう思った、そのとき。


「……アレン……?」


「……ん?」


 小さな声が聞こえた。


 振り返ると、ミリアが立っていた。


 いつもの白いクマのぬいぐるみを抱きしめながら、僕を見上げている。


「……どこ、いくの……?」


「……ああ。ちょっと、王都まで行こうと思って」


「……おうと……?」


「……うん。少し遠い街だよ」


「…………」


 ミリアは、しばらく黙っていた。


 そして。


「……ミリアも……?」


「……え?」


「……いっしょ……?」


「…………」


 ……ああ。


 一緒に行きたいのかな。


 僕は、少し考えた。


 ……うーん。


 さすがに、それは難しいか。


 ミリアは、まだ七歳だ。


 魔法学園に入るのだって三年後だし、今はまだ魔法も使えない。


 それに、王都までの道のりには、魔物や盗賊が出ることもあるらしい。


 ……僕自身、まともに戦えないのに。


 そんな場所へ小さなミリアを連れていくのは、さすがに危ないよね。


 ……まあ。


 僕が一人で行くのも、十分危ないんだけど。


 だからこそ、護衛を探そうと思っているわけだし。


 それに。


 王都では、国王や貴族たちを僕のものにするつもりだ。


 何が起こるか分からない。


 ……うん。


 やっぱり、今回はお留守番してもらおう。


「……ごめんね、ミリア。今回は、僕一人で行こうと思うんだ」


「…………」


 ミリアの表情が、みるみる曇っていった。


「……アレン……」


「……ん?」


「……もう、いっちゃうの……?」


「……うん。そろそろね」


「…………」


 ミリアは、俯いてしまった。


 小さな手が、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。


「……やだ……」


「……え?」


「……もっと、いっしょに、いたい……」


「…………」


 ……困ったな。


 僕は、少しだけ頭を掻いた。


 ……そういえば。


 この子には、僕のことをずっとそばに置いておきたい存在だと思うようにしたんだった。


 ……うん。


 ちょっと、やりすぎたかな。


「ミリア……」


 領主も、困ったように娘を見つめていた。


「アレンにも、やりたいことがあるのだ。寂しいだろうが、応援してあげなさい」


「……でも……」


「それに、王都までの旅は危険も多い。ミリアには、まだ早いのだ」


「……むぅ……」


「大丈夫だ! アレンはきっと、また遊びに来てくれる!」


「…………」


 ミリアは、ゆっくりと顔を上げた。


 潤んだ桃色の瞳が、僕を見つめる。


「……ほんと……?」


「……うん」


 僕は、ミリアの前にしゃがんだ。


「……また、迎えに来るから」


「……むかえに……?」


「……うん。王都でやることが終わったら、また会いに来るよ」


「…………」


 ミリアは、じっと僕を見つめていた。


「……ぜったい……?」


「……うん。絶対」


「……ほんとに、ほんと……?」


「……本当だよ」


「…………」


 すると。


 ぎゅうっ。


「……おっと」


 ミリアが、僕に抱きついてきた。


 小さな身体が、ぴったりとくっつく。


「……ぜったい、来てね……」


「……うん」


「……ミリア、まってる……」


「……分かった」


 僕は、ミリアの頭をそっと撫でた。


 すると、彼女は少しだけ安心したように微笑んだ。


「……えへへ……」


 ……うん。


 やっぱり、可愛いな。


 ……まあ。


 全部、僕がそうなるようにしたんだけど。


 それでも。


 こんなふうに寂しがられるのは、悪い気分じゃない。


「アレン!」


 領主が、僕の肩を力強く叩いた。


「いつでも帰ってくるのだぞ! ここは、もうお前の家のようなものなのだからな!」


「……はい。ありがとうございます」


「はっはっは! 遠慮することはない!」


 ……うん。


 本当に、いい人たちだな。


 少なくとも、僕にとっては。


 ……さて。


 そろそろ、行こうかな。


 僕は立ち上がり、用意してもらった荷物を肩に掛けた。


 旅費。


 地図。


 着替え。


 紹介状。


 必要そうなものは、だいたい揃っている。


 ……うん。


 これなら、しばらく困らないだろう。


「……それじゃあ、行ってきます」


「うむ! 気をつけてな!」


「……アレン……」


 ミリアが、小さく手を振った。


「……またね……」


「……うん。またね」


 僕も、軽く手を振り返した。


 そして。


 領主の屋敷を後にした。


 ◇◆◇


「…………」


 石畳の道を歩きながら、僕は振り返った。


 立派な門。


 豪華な屋敷。


 そして、その前で手を振っている領主とミリア。


 ……うん。


 なかなか、いい場所だったな。


 食事もおいしかったし。


 寝る場所も快適だったし。


 何より、みんな僕に優しかった。


 ……まあ。


 最初は牢屋に入れられたんだけど。


 僕は、小さく笑った。


 そして、屋敷が見えなくなるまで歩いたところで。


「……ふう」


 思わず、息を吐いた。


 ……ああ。


 何だろう。


 この、開放感。


 久しぶりに、一人になれた気がする。


 ……いや。


 実際、この数日間は、ほとんど一人になる時間がなかったんだよね。


 領主様は、何かと僕の世話を焼きたがるし。


 ミリアは、いつも僕にくっついてくるし。


 ……うん。


 正直、ちょっと疲れた。


 ……まあ。


 全部、自分でそうなるようにしたんだけど。


「…………」


 ……それにしても。


 好かれすぎるっていうのも、考えものだな。


 最初は、僕のことを大切に思ってくれる人がいれば便利だと思ったんだけど。


 あまりにも大切にされると、今度は自由に動きにくくなるらしい。


 ……なるほど。


 これは、一つ勉強になったな。


 次に誰かを僕のものにするときは、もう少し加減した方がいいかもしれない。


 ……うん。


 そうしよう。


 僕は、大きく伸びをした。


「……んー……」


 ……ああ。


 気持ちいい。


 誰にも引き留められないし。


 何をするにも、いちいち心配されない。


 やっぱり、自由っていいな。


 ……まあ。


 領主様もミリアも、嫌いになったわけじゃないけど。


 むしろ、結構気に入っている。


 だから、また迎えに来るつもりだ。


 ……ただ。


 しばらくは、一人でのんびりさせてもらおうかな。


 ……それにしても。


 異世界に来てから、まだ数日しか経っていないんだよな。


 それなのに。


 もう、こんなにいろいろなものを手に入れてしまった。


 ……やっぱり。


 この世界は、面白い。


 僕は、前を向いた。


 目指すのは、アルヴェリア王国の王都セレスティア。


 そこには、この国で一番偉い人がいる。


 国王。


 王族。


 そして、有力な貴族たち。


 ……ふふっ。


 楽しみだな。


 どんな人たちなんだろう。


 ……まあ。


 どんな人でも、関係ないけど。


 僕は、前髪の奥で小さく目を細めた。


 ……眠らせてしまえば、みんな同じなんだから。


 さて。


 まずは、この王国を手に入れよう。


 それが終わったら、隣の国。


 そのまた隣の国。


 少しずつ、全部僕のものにしていけばいい。


 ……うん。


 なかなか、楽しそうだ。


 僕は、軽い足取りで歩き始めた。


 ……ああ。


 そういえば。


 旅の途中で、護衛になってくれそうな人も探さないとな。


 僕は普通の高校生だし、剣も魔法も使えない。


 ……うーん。


 できれば、魔法が使える人がいいな。


 強くて。


 僕の言うことを聞いてくれて。


 できれば、あまり目立たない人。


 ……まあ。


 そんな都合のいい人が、簡単に見つかるとは思わないけど。


 ……いや。


 別に、最初から言うことを聞いてくれる必要はないか。


 僕には、《睡眠学習》があるんだから。


「……ふふっ」


 ……うん。


 やっぱり、便利な力だな。


 僕は、王都へ続く道を見つめた。


 ……さて。


 次は、何を手に入れようかな。


 こうして僕は、世界征服への第一歩を踏み出した。

面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。

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