第四話:妹をゲットしました
「……さて、と」
僕は石畳の道を歩きながら、周囲を見回した。
領主様の屋敷を出てから、まだそれほど時間は経っていない。
街は相変わらず賑やかで、通りには大勢の人が行き交っていた。
荷物を積んだ馬車に、客を呼び込む商人。楽しそうに話す親子連れや、剣と鎧を身につけた冒険者らしき人たち。
「……うん」
……やっぱり、異世界って感じだな。
僕は少しだけ気分が高揚していた。
これから向かうのは、王都。
国王や王族、有力貴族たちが暮らす、この国の中心地だ。
そして、僕が最初に手に入れようとしている国の、最も重要な場所でもある。
……ふふっ。
楽しみだな。
王様って、どんな人なんだろう。
王女様とかもいるのかな。
……まあ、実際に会ってみれば分かるか。
「…………」
……ただ、その前にやっておきたいことがある。
僕は、通りを歩く冒険者たちへ目を向けた。
大きな剣を背負った男。
頑丈そうな鎧を着た女性。
弓を肩に掛けた青年。
……うん。
やっぱり、護衛は必要だよね。
僕には《睡眠学習》があるけれど、剣も魔法も使えない。
相手を眠らせる前に攻撃されてしまったら、どうしようもないし。
……何より。
僕自身が戦うより、誰かに守ってもらう方が楽だ。
できれば、魔法が使える人がいいな。
領主様の話では、魔法使いは数が少ないらしいけど、冒険者の中には末竜血の人もいると言っていた。
だったら、探してみる価値はありそうだ。
「……でも、どこで探そうかな」
僕は少し考えた。
……あ。
そういえば、冒険者ギルドという場所があるんだった。
魔物の討伐や護衛なんかの依頼を受け付けているらしいし、きっと腕の立つ人たちも集まっているんだろう。
……なるほど。
それなら、話は早い。
僕は近くを歩いていた商人らしき男性に声をかけた。
「……あの、すみません」
「ん? どうした、坊主」
「……冒険者ギルドって、どこにありますか?」
「ああ、ギルドか。それなら、この通りを真っすぐ行って、広場を右に曲がったところだ」
「……ありがとうございます」
「おう。気をつけてな」
僕は軽く頭を下げ、教えてもらった方向へ歩き始めた。
……さて。
どんな人がいるんだろう。
強くて、魔法が使えて、僕と一緒に旅をしてくれる人。
……うーん。
そんな都合のいい人が、簡単に見つかるかな。
「…………」
……まあ。
最初から僕についてきてくれる必要はないんだけど。
僕には《睡眠学習》があるんだから。
気に入った人がいれば、その人に僕のことを好きになってもらえばいい。
……うん。
それが一番簡単だ。
僕は小さく笑った。
……そういえば。
領主様もミリアも、最後まで随分と名残惜しそうだったな。
領主様なんて、出発する直前まで馬車や護衛を用意しようとしていたし、ミリアもなかなか僕の服を離してくれなかった。
……可愛かったけど。
あのまま屋敷にいたら、いつまで経っても旅に出られなかったかもしれない。
……まあ、また迎えに行くって約束したしね。
そのときは、きっと喜んでくれるだろう。
「……ふふっ」
……楽しみだな。
でも、今は王都が先だ。
まずは、頼りになる護衛を手に入れよう。
◇◆◇
「……へえ」
しばらく歩くと、大きな石造りの建物が見えてきた。
入口には剣と盾が交差した紋章が掲げられ、その周囲には武器や防具を身につけた人たちが集まっている。
大剣を背負った大男。
革鎧を着た青年。
弓を持った女性。
それから、杖を持った老人まで。
……おお。
いかにも冒険者って感じだな。
僕は少し離れた場所から建物を眺めた。
……なるほど。
あれが冒険者ギルドか。
中に入ってみてもいいけど……。
「……うーん」
どうしようかな。
僕は入口を行き来する冒険者たちを観察した。
……強そうな人は、結構いるな。
でも、大きな剣を持っている人は少し怖い。
鎧を着た人も、何だか威圧感がある。
……できれば、もう少し話しかけやすい人がいいな。
それに、魔法が使える人がいい。
そんなことを考えていた、そのときだった。
「……あ」
僕は一人の少女に目を留めた。
ちょうど冒険者ギルドの入口から出てきたところだった。
年齢は、僕より少し下くらいだろうか。
小柄で華奢な体格。
けれど、その姿は周囲の冒険者たちの中でもひときわ目立っていた。
まず目を引いたのは、大きな魔女帽子だった。
黒を基調とした、つばの広い三角帽子。
縁には白と薄紫色のフリルが幾重にも重ねられ、片側には大きな紫色のリボンが飾られている。
その中央には、金色の装飾に囲まれた紫色の宝石。帽子の先端からは、星形の飾りと小さな紫水晶が揺れていた。
……すごい帽子だな。
いかにも魔法使いって感じだ。
帽子の下から流れ落ちているのは、腰を越えるほど長い黒髪。
ただの黒ではなく、光の当たり方によって深い紫色に輝いている。毛先に近づくほど淡い紫色が混じり、柔らかく風になびいていた。
顔の横には丁寧に編み込まれた細い三つ編みがあり、ところどころに小さな紫色のリボンが結ばれている。
……へえ。
綺麗な髪だな。
少女の瞳も、宝石のように澄んだ鮮やかな紫色だった。
少しだけつり上がった目元には、どこか知的で落ち着いた雰囲気がある。
整った顔立ちは、可愛らしいというより少し大人びて見えた。
……まあ、十分可愛いんだけど。
服装も随分と凝っていた。
黒と白、そして淡い紫色を基調とした、フリルの多いドレス。
胸元には大きな紫色のリボンがあり、その中央にはハート型の宝石が輝いている。
袖口や襟元には白いレース。腰には細い編み上げの装飾が施され、スカートには何段ものフリルが重ねられていた。
ところどころに、小さなハートやリボンの飾りもついている。
足元には、紫色の大きなリボンを結んだ黒い編み上げブーツ。
そして、少女の腕には金色の模様が刻まれた分厚い本が抱えられていた。
……魔導書、かな。
うん。
間違いない。
この子、絶対に魔法使いだ。
……それにしても。
こんな格好で冒険するんだ。
……動きにくくないのかな。
まあ、魔法使いなら、あまり動き回る必要はないのかもしれないけど。
少女はギルドから出ると、手元の書類に目を落としていた。
何やら真剣な表情で文字を確認している。
やがて、小さく頷いた。
「……よし。まずは、簡単な依頼からですね」
……ん?
僕は思わず耳を傾けた。
「学園で学んだことを、実際の冒険でも生かせるようにしないと……」
……学園?
もしかして、領主様が話していた魔法学園のことかな。
……へえ。
だったら、ちょうどいいかもしれない。
僕は少女の方へ歩き始めた。
◇◆◇
「……あの」
「……はい?」
僕が声をかけると、少女は顔を上げた。
紫色の瞳が、僕を見つめる。
「……すみません。少し、お聞きしたいことがあるんですが」
「はい。何でしょうか?」
少女は丁寧に答えてくれた。
……よかった。
話しかけやすそうな人だ。
「……実は、道に迷ってしまって」
「道に、ですか?」
「……はい。あまり、この街に詳しくなくて……」
「なるほど。それでしたら、ご案内できるかもしれません。どちらへ向かわれる予定ですか?」
「……えっと」
……どこにしようかな。
僕は少し考えた。
……そうだ。
「……王都へ向かう道を探しているんですけど」
「王都ですか?」
「……はい」
「でしたら、街の西門から出る街道を進むとよいですよ。この大通りを進んで、二つ目の角を右へ曲がれば、西門へ続く道に出られます」
「……西門、ですね。ありがとうございます」
「いえ。お役に立てたなら何よりです」
少女は小さく微笑んだ。
……うん。
親切な子だな。
僕は少女の服装へ目を向けた。
「……あの、もしかして魔法使いの方ですか?」
「はい。そうですよ」
「……やっぱり」
「ふふっ。服装で分かってしまいますよね」
少女は少し照れたように笑った。
「……すごいですね。魔法が使えるなんて」
「いえ。まだまだ未熟ですから」
「……そうなんですか?」
「はい。私、つい先日、魔法学園を卒業したばかりなんです」
……あ。
やっぱり。
「……魔法学園って、十歳から十五歳まで通うところですよね?」
「はい。その通りです」
「……じゃあ、今は十五歳なんですか?」
「はい。今年で十五歳になりました」
……なるほど。
僕より二つ下か。
「……それで、冒険者になったんですか?」
「はい!」
少女は嬉しそうに頷いた。
「五年間、学園で魔法を学んできましたから。これからは冒険者として、実際に経験を積んでいこうと思っているんです」
「……へえ」
「もちろん、最初から難しい依頼を受けるつもりはありません。まずは簡単な依頼から始めて、少しずつ実力をつけていこうかと」
「……なるほど」
……真面目だな。
僕とは大違いだ。
「……ちなみに、魔法は得意なんですか?」
「得意、と言っていいのかは分かりませんが……」
少女は少し考えた。
「学園では、魔力制御や魔法理論の成績はよい方でした」
「……へえ」
「ただ、私は末竜血ですから、王族や貴族の方々のような大きな魔力はありません」
「……そうなんですね」
「ですので、魔力を無駄にしないよう、正確に扱うことを心がけています」
……なるほど。
魔力は少ないけど、使い方が上手なんだ。
……うん。
悪くないな。
それに、学園を卒業したばかりなら、まだ特定の仲間もいないのかもしれない。
……ちょうどいい。
「……あの」
「はい?」
「……よかったら、少しだけ案内してもらえませんか?」
「案内、ですか?」
「……はい。僕、方向音痴みたいで……」
「…………」
少女は少し困ったように眉を下げた。
……あれ?
駄目かな。
「……えっと、難しければ大丈夫です」
「あ、いえ。そういうわけではありません」
少女は慌てて首を振った。
「ただ、私もこれから依頼を受けようと思っていたので……」
「……そうですか」
「……でも」
少女は僕の顔を見つめ、小さく息を吐いた。
「困っている方を放っておくのも、よくありませんしね」
「……え?」
「分かりました。途中まででしたら、ご案内しますよ」
「……本当ですか?」
「はい。では、行きましょうか」
「……ありがとうございます」
……よし。
うまくいった。
僕は少女の後について歩き始めた。
……さて。
あとは、人のいない場所へ行ければいいんだけど。
◇◆◇
「こちらです」
「……はい」
少女に案内されながら、僕は街の通りを歩いていた。
……それにしても、この子、本当に親切だな。
道を教えてくれるだけじゃなくて、途中にある建物の説明までしてくれる。
話し方も丁寧だし、ますます気に入った。
「この先を曲がれば、西門へ続く大通りに出られます」
「……そうなんですね」
「はい。王都へ向かうのでしたら、そこから街道を進むとよいですよ」
「……ありがとうございます」
……さて。
そろそろかな。
僕は周囲を見回した。
大通りには商人や通行人、兵士など、大勢の人が行き交っている。
……うーん。
ここで眠らせるのは、ちょっと危ないな。
人前で突然誰かを眠らせると、いろいろ面倒なことになる。
できれば、静かな場所がいい。
そう考えていると、少し先に細い路地が見えた。
……あ。
ちょうどいいところがあるな。
「……あの、すみません」
「はい?」
「……ちょっと、あっちの道を通ってもいいですか?」
「……あちらですか?」
少女は僕が指差した路地を見た。
「そちらは、あまり人通りがありませんが……」
「……あ、そうなんですか」
「はい。近道にはなりますけれど」
「……じゃあ、そっちから行きたいです」
「…………」
少女は少し考え込んだ。
……あれ?
警戒されちゃったかな。
「……分かりました」
やがて、少女は小さく頷いた。
「ただし、あまり奥まった場所には入らないようにしましょうね」
「……はい」
……うん。
真面目だな。
僕たちは細い路地へ入った。
大通りの喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
周囲には背の高い建物が並び、窓も少ない。
人の気配もなかった。
……よし。
ここなら、大丈夫かな。
僕は立ち止まった。
「……あの」
「はい? どうされましたか?」
少女が振り返る。
紫色の瞳が、僕を見つめた。
……さて。
それじゃあ、少し眠ってもらおうかな。
僕は前髪の奥から少女を見つめた。
「……眠れ」
「……え?」
その瞬間。
少女の身体が、ぐらりと揺れた。
「……っ」
瞼が閉じられ、膝から力が抜ける。
「……おっと」
僕は慌ててその身体を支えた。
……危ない。
倒れるところだった。
……やっぱり、この能力を使うときは気をつけないとな。
僕は少女をそっと壁際に座らせた。
長い黒紫色の髪が、肩からさらりと流れ落ちる。
大きな魔女帽子が少し傾いたので、落ちないように直しておいた。
「…………」
……さて。
どうしようかな。
僕は眠っている少女を見つめた。
とりあえず、護衛になってもらいたい。
でも、ただの護衛っていうのも何だか味気ないな。
お金を払って雇うわけでもないし、ずっと一緒にいるなら、もう少し親しい関係の方がいい。
……うーん。
友達?
……いや。何だか違う気がする。
従者?
……それもちょっと堅苦しいな。
恋人?
……うーん。別に、そういうのを求めているわけじゃないし。
「…………」
僕は少し考えた。
……そうだ。
妹。
……妹っていうのは、どうだろう。
僕は十七歳で、この子は十五歳。
二つ違いなら、兄妹としても不自然じゃない。
それに、妹なら一緒に旅をしていてもおかしくないだろう。
……うん。
なかなかいいんじゃないかな。
……まあ、妹って感じの設定でいいか。
僕は小さく頷いた。
……ただ。
今回は少し気をつけないとな。
僕は領主様の屋敷での数日間を思い出した。
……ミリアのときは、ちょっとやりすぎたんだよな。
あの子、僕のことが好きすぎて、なかなか離してくれなかったし。
寝るときも、ずっと抱きつかれていた。
……可愛かったけど。
正直、少し動きにくかったんだよね。
それに、領主様も随分と過保護だった。
ちょっと街へ出ようとしただけで護衛をつけようとするし、本を読んでいたら疲れていないかと何度も聞いてくるし。
……うん。
あれは、ちょっと面倒だったな。
……まあ。
全部、自分でそうなるようにしたんだけど。
だから、今回はもう少し控えめにしておこう。
別に、四六時中くっついていてほしいわけじゃない。
僕のことを大切に思ってくれて、護衛としてちゃんと働いてくれれば十分だ。
……うん。
そうしよう。
僕は眠っている少女へ顔を近づけた。
「……あなたは、僕の妹です」
少女は眠ったまま動かない。
「……僕は、あなたの二つ年上の兄で、名前は黒瀬アレンです」
……そうだ。
ちゃんと、名前も教えておかないと。
「……あなたは昔から僕と一緒に育ってきました。僕のことを、大切な兄だと思っています」
僕は少し考えてから続けた。
「……僕のことを自然に慕い、心から信頼しています。僕が悪意を持って何かを企んでいるなんて、疑いません」
……うん。
これくらいでいいかな。
いや、もう少し付け加えておこう。
「……あなたは僕のそばにいて、僕の力になりたいと思っています。僕が困っていたら助けたいし、危険な目に遭いそうなら守ってあげたいと思っています」
……そうだ。
護衛として連れていくんだった。
「……これから、僕と一緒に旅をすることを自然なことだと思っています」
……うん。
これで大丈夫かな。
僕は少女の顔を見つめた。
……それにしても。
可愛い妹ができちゃったな。
……ふふっ。
なかなか悪くない。
それに、今回はちゃんと加減した。
ミリアみたいに、べったりくっついてくることもないだろう。
……うん。
我ながら、いい感じにできた気がする。
「……起きろ」
「……ん……」
少女がゆっくりと目を開けた。
紫色の瞳が、僕を見つめる。
「……あれ……?」
「……あ、起きた?」
「…………」
少女はしばらく僕の顔を見つめていた。
そして。
「……兄様?」
「……うん」
……よし。
ちゃんと、兄だと思っているみたいだ。
「……どうして、こんなところに……?」
「……えっと、ちょっと休んでたんだよ」
「……休んで……?」
少女は周囲を見回した。
細い路地。
人気のない建物の裏側。
そして、壁際に座っている自分。
「…………」
……あれ?
何だろう。
少し、表情が険しくなったような。
「……兄様」
「……ん?」
「どうして、こんな人気のない場所にいるんですか?」
「……え?」
「こんなところで休んでいたら、危ないじゃないですか!」
「……あ、いや……」
「兄様は魔法も使えないんですから、もっと気をつけてください!」
「……は、はい」
「まったく……!」
少女は呆れたようにため息をついた。
「私がいなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「…………」
……あれ?
僕は思わず瞬きをした。
……おかしいな。
確かに、今回は愛情を控えめにしたけど。
別に、怒りっぽくなるようにはしていないんだけどな。
……うーん。
もしかして、この子、元々こういう性格なのかな。
「……兄様? 聞いていますか?」
「……あ、うん。聞いてるよ」
「本当ですか?」
「……はい」
「……はぁ」
少女はもう一度ため息をついた。
……うーん。
何だか、思っていたのと違うな。
まあ、僕のことを兄だと思っているのは間違いなさそうだし。
……問題ないか。
「……そういえば」
「はい?」
「……名前、何だったっけ?」
「…………」
少女が、ぴたりと動きを止めた。
そして、ゆっくりと僕を見た。
「……兄様?」
「……あ、いや、その……」
「まさか、妹の名前を忘れたんですか?」
「…………」
……しまった。
そういえば、名前を聞いていなかった。
……うーん。
どうしよう。
「……えっと、ちょっと、ど忘れしちゃって」
「…………」
少女はじっと僕を見つめた。
そして、深々とため息をついた。
「……ルナです」
「……あ、そうだったね」
「ルナです。ル・ナ!」
「……うん。覚えたよ」
「覚えたじゃありません! 忘れないでください!」
「……ご、ごめん」
「まったく……。本当に、兄様は……」
……うん。
名前はルナか。
可愛い名前だな。
……それにしても。
さっきから、怒られてばかりなんだけど。
……妹って、こんな感じなのかな。
◇◆◇
「……それで、ルナ」
「はい。何ですか、兄様」
「……これから、僕と一緒に来てくれないかな」
「…………」
ルナはしばらく僕を見つめた。
そして。
「……はぁ」
大きなため息をついた。
「……どうしたの?」
「いえ……」
ルナは額に手を当てた。
「せっかく、魔法学園を卒業したばかりなのに……」
「……うん」
「五年間、一生懸命勉強して、ようやく冒険者になれたんですよ?」
「……そうだね」
「これから、いろいろな依頼を受けて、経験を積んで……自分の力で頑張ろうと思っていたんです」
「……うん」
「それなのに……」
ルナは僕を見た。
「……どうして、卒業早々、兄様の面倒を見ることになるんでしょうか……」
「…………」
……あれ?
何だか、すごく嫌そうなんだけど。
僕は少し不安になった。
……もしかして。
命令がうまく入っていないのかな。
「……あの、無理なら別に……」
「誰が行かないと言いましたか?」
「……え?」
ルナはきっぱりと言った。
「兄様を一人で旅に出したら、何をしでかすか分かりませんからね」
「……そ、そう?」
「そうです!」
……うん。
すごい勢いだな。
「兄様は魔法も使えないんですよ? それなのに、一人で王都まで行こうだなんて……」
「……あ、うん」
「途中で魔物に襲われたら、どうするつもりなんですか?」
「……えっと」
……眠らせる?
……いや。
それを言ったら、また何か言われそうだな。
「……何とかするよ」
「何とかって、どうするんですか!?」
「……うっ」
「まったく! 何も考えていないじゃないですか!」
「……すみません」
……おかしい。
僕の方がお兄ちゃんなのに。
完全に説教されている。
ルナはしばらく僕を睨んでいたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「……まあ、いいです」
「……え?」
「私がついていきます」
「……本当?」
「はい」
ルナは少し呆れたように頷いた。
「兄様を一人にしておく方が、よほど心配ですから」
「……そっか」
……よかった。
どうやら、ちゃんと一緒に来てくれるみたいだ。
僕は少し安心した。
「……ありがとう、ルナ」
「……っ」
すると、ルナはほんの少しだけ目を見開いた。
そして、ふいっと顔を背けた。
「……べ、別に」
「……ん?」
「兄様のためなんですから、当然です」
「……そっか」
「……それに」
ルナは小さな声で付け加えた。
「……兄様に、何かあったら嫌ですし……」
「…………」
……へえ。
やっぱり、僕のことは大切に思ってくれているんだ。
僕は少し嬉しくなった。
「……ルナって、優しいね」
「……っ!?」
ルナの頬が、ほんのり赤くなった。
「な、何を急に言っているんですか!」
「……え?」
「そういうことを、急に言わないでください!」
「……あ、はい」
「まったく……!」
……うーん。
褒めても怒られるんだ。
……妹って、難しいな。
◇◆◇
それから、僕たちは路地を出て大通りへ戻った。
「……兄様」
「……ん?」
「まず、旅の準備はできているんですか?」
「……うん。大丈夫だよ」
「本当ですか?」
「……本当だよ」
「食料は?」
「……あるよ」
「水は?」
「……ある」
「地図は?」
「……あるよ」
「旅費は?」
「……ちゃんと持ってる」
「……ふむ」
ルナは少し考え込んだ。
「……では、野営の道具は?」
「……え?」
「……兄様?」
「…………」
……あ。
そういえば。
そんなもの、用意していなかったな。
「……えっと、宿に泊まればいいかなって」
「…………」
「……駄目?」
「……はぁぁぁ……」
ルナは今日一番大きなため息をついた。
「兄様……」
「……はい」
「王都まで、何日かかると思っているんですか?」
「……数日?」
「そうです! 数日です!」
「……うん」
「その間、必ず宿のある場所で夜を迎えられるとは限らないんですよ!?」
「……ああ」
……なるほど。
確かに、言われてみればそうかもしれない。
「……じゃあ、どうしよう」
「どうしよう、じゃありません!」
ルナは腰に手を当てた。
「必要なものを買い揃えます。幸い、まだ街の中ですから」
「……あ、うん」
「それから、街道の状況も確認しておきましょう。魔物の出没情報も必要です」
「……分かった」
「あと、兄様は私から離れないでくださいね」
「……はい」
「勝手に危ない場所へ行くのも禁止です」
「……はい」
「それから――」
「……あの、ルナ?」
「何ですか?」
「……僕、一応、お兄ちゃんなんだけど」
「知っていますよ?」
「…………」
「だから、心配しているんじゃないですか」
「……あ、そうなんだ」
「そうです!」
……うん。
なるほど。
……よく分からないけど。
とりあえず、頼りになる妹なのは間違いなさそうだ。
僕はルナの後について歩き始めた。
……それにしても。
すごいな。
冒険者になったばかりの新人のはずなのに、旅の準備について僕よりずっと詳しい。
……まあ、五年間も魔法学園に通っていたんだから、当然なのかな。
僕はルナの背中を見つめた。
長い黒紫色の髪が、歩くたびにふわりと揺れている。
大きな魔女帽子の飾りが、きらきらと光を反射していた。
……うん。
なかなか、いい子を手に入れたな。
魔法も使える。
頭もよさそう。
旅の知識もある。
それに、僕のことを大切に思ってくれている。
……ただ。
ちょっと、口うるさいけど。
……まあ。
それくらいは我慢しよう。
◇◆◇
それから、しばらくして。
「……よし」
ルナは買い揃えた荷物を確認すると、小さく頷いた。
「これで、最低限の準備はできましたね」
「……おお」
……すごい。
あっという間に必要なものが揃ってしまった。
保存食に水袋、毛布や野営用の道具。それから、簡単な薬まで。
……なるほど。
旅って、こんなに準備が必要なんだな。
「兄様」
「……ん?」
「荷物は、ちゃんと持てますか?」
「……うん。大丈夫だよ」
「無理はしないでくださいね」
「……分かった」
「重かったら、私に言ってください」
「……ありがとう」
「……べ、別に。これくらい当然です」
……うん。
優しいな。
さっきまで、あんなに怒っていたのに。
僕は少し笑った。
……さて。
これで準備は整った。
護衛も手に入れた。
旅の道具も揃った。
行き先も決まっている。
……うん。
完璧だ。
「……よし! じゃあ早速、王都に向かって出発だ!」
僕はそう宣言して歩き始めた。
……ふふっ。
まずは、王都を手に入れよう。
いよいよ、世界征服の始まりだ。
僕は軽い足取りで歩き続けた。
……しかし。
「…………」
「…………」
……ん?
何だろう。
後ろから、足音が聞こえない。
僕は不思議に思って振り返った。
すると、ルナが少し離れた場所に立ち尽くしていた。
「……ルナ?」
「…………」
「……どうしたの?」
ルナはじっと僕を見つめていた。
その表情は、何とも言えないものだった。
呆れているような。
困っているような。
そして、どこか諦めているような。
……あれ?
何か、変なことしたかな。
「……兄様」
「……ん?」
ルナは深々とため息をついた。
そして。
「そっちは、王都と逆方向ですよ」
「…………」
「…………」
……え?
僕はゆっくりと前を向いた。
石畳の道。
行き交う人々。
遠くに見える街の建物。
……うん。
普通の道だな。
僕はもう一度ルナを見た。
「……あ、そうなの?」
「そうです」
「…………」
「…………」
「……えっと」
「……はい」
「……じゃあ、こっち?」
僕が反対方向を指差すと、ルナは額に手を当てた。
「……はぁぁぁ……」
……うん。
また、ため息だ。
「……兄様」
「……はい」
「本当に、私がいないと駄目なんですから……」
「…………」
……おかしいな。
僕は首を傾げた。
護衛を手に入れたはずなのに。
……何だか、保護者を手に入れた気がする。
それに、僕のことが大好きな妹にしたはずなんだけど。
……今日だけで、何回怒られたんだろう。
……まあ、いいか。
魔法が使える、頼もしい妹ができたんだし。
多少、口うるさいくらいは我慢しよう。
僕はルナの隣へ戻った。
「……じゃあ、案内してくれる?」
「……最初から、そうしてください」
「……はい」
ルナは呆れたように息を吐き、僕の少し前を歩き始めた。
大きな魔女帽子。
長い黒紫色の髪。
ふわりと揺れる、フリルだらけのスカート。
……うん。
可愛い妹だな。
……ちょっと、怖いけど。
「……兄様! ちゃんとついてきてください!」
「……あ、はい!」
……うん。
やっぱり、怖いな。
こうして僕は、頼もしくて、少し……いや、かなり口うるさい妹とともに、王都へ向かうことになった。




