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黒の支配者 ~邪神に眷属として異世界に召喚されましたが、世界をめちゃくちゃにしろと脅されているので、王国を乗っ取って世界征服しても情状酌量で無罪ですよね?~  作者: 黒海苔
第一章:そうだ、王国を乗っ取ろう

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第四話:妹をゲットしました

「……さて、と」


 僕は石畳の道を歩きながら、周囲を見回した。


 領主様の屋敷を出てから、まだそれほど時間は経っていない。


 街は相変わらず賑やかで、通りには大勢の人が行き交っていた。


 荷物を積んだ馬車に、客を呼び込む商人。楽しそうに話す親子連れや、剣と鎧を身につけた冒険者らしき人たち。


「……うん」


 ……やっぱり、異世界って感じだな。


 僕は少しだけ気分が高揚していた。


 これから向かうのは、王都。


 国王や王族、有力貴族たちが暮らす、この国の中心地だ。


 そして、僕が最初に手に入れようとしている国の、最も重要な場所でもある。


 ……ふふっ。


 楽しみだな。


 王様って、どんな人なんだろう。


 王女様とかもいるのかな。


 ……まあ、実際に会ってみれば分かるか。


「…………」


 ……ただ、その前にやっておきたいことがある。


 僕は、通りを歩く冒険者たちへ目を向けた。


 大きな剣を背負った男。


 頑丈そうな鎧を着た女性。


 弓を肩に掛けた青年。


 ……うん。


 やっぱり、護衛は必要だよね。


 僕には《睡眠学習》があるけれど、剣も魔法も使えない。


 相手を眠らせる前に攻撃されてしまったら、どうしようもないし。


 ……何より。


 僕自身が戦うより、誰かに守ってもらう方が楽だ。


 できれば、魔法が使える人がいいな。


 領主様の話では、魔法使いは数が少ないらしいけど、冒険者の中には末竜血の人もいると言っていた。


 だったら、探してみる価値はありそうだ。


「……でも、どこで探そうかな」


 僕は少し考えた。


 ……あ。


 そういえば、冒険者ギルドという場所があるんだった。


 魔物の討伐や護衛なんかの依頼を受け付けているらしいし、きっと腕の立つ人たちも集まっているんだろう。


 ……なるほど。


 それなら、話は早い。


 僕は近くを歩いていた商人らしき男性に声をかけた。


「……あの、すみません」


「ん? どうした、坊主」


「……冒険者ギルドって、どこにありますか?」


「ああ、ギルドか。それなら、この通りを真っすぐ行って、広場を右に曲がったところだ」


「……ありがとうございます」


「おう。気をつけてな」


 僕は軽く頭を下げ、教えてもらった方向へ歩き始めた。


 ……さて。


 どんな人がいるんだろう。


 強くて、魔法が使えて、僕と一緒に旅をしてくれる人。


 ……うーん。


 そんな都合のいい人が、簡単に見つかるかな。


「…………」


 ……まあ。


 最初から僕についてきてくれる必要はないんだけど。


 僕には《睡眠学習》があるんだから。


 気に入った人がいれば、その人に僕のことを好きになってもらえばいい。


 ……うん。


 それが一番簡単だ。


 僕は小さく笑った。


 ……そういえば。


 領主様もミリアも、最後まで随分と名残惜しそうだったな。


 領主様なんて、出発する直前まで馬車や護衛を用意しようとしていたし、ミリアもなかなか僕の服を離してくれなかった。


 ……可愛かったけど。


 あのまま屋敷にいたら、いつまで経っても旅に出られなかったかもしれない。


 ……まあ、また迎えに行くって約束したしね。


 そのときは、きっと喜んでくれるだろう。


「……ふふっ」


 ……楽しみだな。


 でも、今は王都が先だ。


 まずは、頼りになる護衛を手に入れよう。


 ◇◆◇


「……へえ」


 しばらく歩くと、大きな石造りの建物が見えてきた。


 入口には剣と盾が交差した紋章が掲げられ、その周囲には武器や防具を身につけた人たちが集まっている。


 大剣を背負った大男。


 革鎧を着た青年。


 弓を持った女性。


 それから、杖を持った老人まで。


 ……おお。


 いかにも冒険者って感じだな。


 僕は少し離れた場所から建物を眺めた。


 ……なるほど。


 あれが冒険者ギルドか。


 中に入ってみてもいいけど……。


「……うーん」


 どうしようかな。


 僕は入口を行き来する冒険者たちを観察した。


 ……強そうな人は、結構いるな。


 でも、大きな剣を持っている人は少し怖い。


 鎧を着た人も、何だか威圧感がある。


 ……できれば、もう少し話しかけやすい人がいいな。


 それに、魔法が使える人がいい。


 そんなことを考えていた、そのときだった。


「……あ」


 僕は一人の少女に目を留めた。


 ちょうど冒険者ギルドの入口から出てきたところだった。


 年齢は、僕より少し下くらいだろうか。


 小柄で華奢な体格。


 けれど、その姿は周囲の冒険者たちの中でもひときわ目立っていた。


 まず目を引いたのは、大きな魔女帽子だった。


 黒を基調とした、つばの広い三角帽子。


 縁には白と薄紫色のフリルが幾重にも重ねられ、片側には大きな紫色のリボンが飾られている。


 その中央には、金色の装飾に囲まれた紫色の宝石。帽子の先端からは、星形の飾りと小さな紫水晶が揺れていた。


 ……すごい帽子だな。


 いかにも魔法使いって感じだ。


 帽子の下から流れ落ちているのは、腰を越えるほど長い黒髪。


 ただの黒ではなく、光の当たり方によって深い紫色に輝いている。毛先に近づくほど淡い紫色が混じり、柔らかく風になびいていた。


 顔の横には丁寧に編み込まれた細い三つ編みがあり、ところどころに小さな紫色のリボンが結ばれている。


 ……へえ。


 綺麗な髪だな。


 少女の瞳も、宝石のように澄んだ鮮やかな紫色だった。


 少しだけつり上がった目元には、どこか知的で落ち着いた雰囲気がある。


 整った顔立ちは、可愛らしいというより少し大人びて見えた。


 ……まあ、十分可愛いんだけど。


 服装も随分と凝っていた。


 黒と白、そして淡い紫色を基調とした、フリルの多いドレス。


 胸元には大きな紫色のリボンがあり、その中央にはハート型の宝石が輝いている。


 袖口や襟元には白いレース。腰には細い編み上げの装飾が施され、スカートには何段ものフリルが重ねられていた。


 ところどころに、小さなハートやリボンの飾りもついている。


 足元には、紫色の大きなリボンを結んだ黒い編み上げブーツ。


 そして、少女の腕には金色の模様が刻まれた分厚い本が抱えられていた。


 ……魔導書、かな。


 うん。


 間違いない。


 この子、絶対に魔法使いだ。


 ……それにしても。


 こんな格好で冒険するんだ。


 ……動きにくくないのかな。


 まあ、魔法使いなら、あまり動き回る必要はないのかもしれないけど。


 少女はギルドから出ると、手元の書類に目を落としていた。


 何やら真剣な表情で文字を確認している。


 やがて、小さく頷いた。


「……よし。まずは、簡単な依頼からですね」


 ……ん?


 僕は思わず耳を傾けた。


「学園で学んだことを、実際の冒険でも生かせるようにしないと……」


 ……学園?


 もしかして、領主様が話していた魔法学園のことかな。


 ……へえ。


 だったら、ちょうどいいかもしれない。


 僕は少女の方へ歩き始めた。


 ◇◆◇


「……あの」


「……はい?」


 僕が声をかけると、少女は顔を上げた。


 紫色の瞳が、僕を見つめる。


「……すみません。少し、お聞きしたいことがあるんですが」


「はい。何でしょうか?」


 少女は丁寧に答えてくれた。


 ……よかった。


 話しかけやすそうな人だ。


「……実は、道に迷ってしまって」


「道に、ですか?」


「……はい。あまり、この街に詳しくなくて……」


「なるほど。それでしたら、ご案内できるかもしれません。どちらへ向かわれる予定ですか?」


「……えっと」


 ……どこにしようかな。


 僕は少し考えた。


 ……そうだ。


「……王都へ向かう道を探しているんですけど」


「王都ですか?」


「……はい」


「でしたら、街の西門から出る街道を進むとよいですよ。この大通りを進んで、二つ目の角を右へ曲がれば、西門へ続く道に出られます」


「……西門、ですね。ありがとうございます」


「いえ。お役に立てたなら何よりです」


 少女は小さく微笑んだ。


 ……うん。


 親切な子だな。


 僕は少女の服装へ目を向けた。


「……あの、もしかして魔法使いの方ですか?」


「はい。そうですよ」


「……やっぱり」


「ふふっ。服装で分かってしまいますよね」


 少女は少し照れたように笑った。


「……すごいですね。魔法が使えるなんて」


「いえ。まだまだ未熟ですから」


「……そうなんですか?」


「はい。私、つい先日、魔法学園を卒業したばかりなんです」


 ……あ。


 やっぱり。


「……魔法学園って、十歳から十五歳まで通うところですよね?」


「はい。その通りです」


「……じゃあ、今は十五歳なんですか?」


「はい。今年で十五歳になりました」


 ……なるほど。


 僕より二つ下か。


「……それで、冒険者になったんですか?」


「はい!」


 少女は嬉しそうに頷いた。


「五年間、学園で魔法を学んできましたから。これからは冒険者として、実際に経験を積んでいこうと思っているんです」


「……へえ」


「もちろん、最初から難しい依頼を受けるつもりはありません。まずは簡単な依頼から始めて、少しずつ実力をつけていこうかと」


「……なるほど」


 ……真面目だな。


 僕とは大違いだ。


「……ちなみに、魔法は得意なんですか?」


「得意、と言っていいのかは分かりませんが……」


 少女は少し考えた。


「学園では、魔力制御や魔法理論の成績はよい方でした」


「……へえ」


「ただ、私は末竜血ですから、王族や貴族の方々のような大きな魔力はありません」


「……そうなんですね」


「ですので、魔力を無駄にしないよう、正確に扱うことを心がけています」


 ……なるほど。


 魔力は少ないけど、使い方が上手なんだ。


 ……うん。


 悪くないな。


 それに、学園を卒業したばかりなら、まだ特定の仲間もいないのかもしれない。


 ……ちょうどいい。


「……あの」


「はい?」


「……よかったら、少しだけ案内してもらえませんか?」


「案内、ですか?」


「……はい。僕、方向音痴みたいで……」


「…………」


 少女は少し困ったように眉を下げた。


 ……あれ?


 駄目かな。


「……えっと、難しければ大丈夫です」


「あ、いえ。そういうわけではありません」


 少女は慌てて首を振った。


「ただ、私もこれから依頼を受けようと思っていたので……」


「……そうですか」


「……でも」


 少女は僕の顔を見つめ、小さく息を吐いた。


「困っている方を放っておくのも、よくありませんしね」


「……え?」


「分かりました。途中まででしたら、ご案内しますよ」


「……本当ですか?」


「はい。では、行きましょうか」


「……ありがとうございます」


 ……よし。


 うまくいった。


 僕は少女の後について歩き始めた。


 ……さて。


 あとは、人のいない場所へ行ければいいんだけど。


 ◇◆◇


「こちらです」


「……はい」


 少女に案内されながら、僕は街の通りを歩いていた。


 ……それにしても、この子、本当に親切だな。


 道を教えてくれるだけじゃなくて、途中にある建物の説明までしてくれる。


 話し方も丁寧だし、ますます気に入った。


「この先を曲がれば、西門へ続く大通りに出られます」


「……そうなんですね」


「はい。王都へ向かうのでしたら、そこから街道を進むとよいですよ」


「……ありがとうございます」


 ……さて。


 そろそろかな。


 僕は周囲を見回した。


 大通りには商人や通行人、兵士など、大勢の人が行き交っている。


 ……うーん。


 ここで眠らせるのは、ちょっと危ないな。


 人前で突然誰かを眠らせると、いろいろ面倒なことになる。


 できれば、静かな場所がいい。


 そう考えていると、少し先に細い路地が見えた。


 ……あ。


 ちょうどいいところがあるな。


「……あの、すみません」


「はい?」


「……ちょっと、あっちの道を通ってもいいですか?」


「……あちらですか?」


 少女は僕が指差した路地を見た。


「そちらは、あまり人通りがありませんが……」


「……あ、そうなんですか」


「はい。近道にはなりますけれど」


「……じゃあ、そっちから行きたいです」


「…………」


 少女は少し考え込んだ。


 ……あれ?


 警戒されちゃったかな。


「……分かりました」


 やがて、少女は小さく頷いた。


「ただし、あまり奥まった場所には入らないようにしましょうね」


「……はい」


 ……うん。


 真面目だな。


 僕たちは細い路地へ入った。


 大通りの喧騒が少しずつ遠ざかっていく。


 周囲には背の高い建物が並び、窓も少ない。


 人の気配もなかった。


 ……よし。


 ここなら、大丈夫かな。


 僕は立ち止まった。


「……あの」


「はい? どうされましたか?」


 少女が振り返る。


 紫色の瞳が、僕を見つめた。


 ……さて。


 それじゃあ、少し眠ってもらおうかな。


 僕は前髪の奥から少女を見つめた。


「……眠れ」


「……え?」


 その瞬間。


 少女の身体が、ぐらりと揺れた。


「……っ」


 瞼が閉じられ、膝から力が抜ける。


「……おっと」


 僕は慌ててその身体を支えた。


 ……危ない。


 倒れるところだった。


 ……やっぱり、この能力を使うときは気をつけないとな。


 僕は少女をそっと壁際に座らせた。


 長い黒紫色の髪が、肩からさらりと流れ落ちる。


 大きな魔女帽子が少し傾いたので、落ちないように直しておいた。


「…………」


 ……さて。


 どうしようかな。


 僕は眠っている少女を見つめた。


 とりあえず、護衛になってもらいたい。


 でも、ただの護衛っていうのも何だか味気ないな。


 お金を払って雇うわけでもないし、ずっと一緒にいるなら、もう少し親しい関係の方がいい。


 ……うーん。


 友達?


 ……いや。何だか違う気がする。


 従者?


 ……それもちょっと堅苦しいな。


 恋人?


 ……うーん。別に、そういうのを求めているわけじゃないし。


「…………」


 僕は少し考えた。


 ……そうだ。


 妹。


 ……妹っていうのは、どうだろう。


 僕は十七歳で、この子は十五歳。


 二つ違いなら、兄妹としても不自然じゃない。


 それに、妹なら一緒に旅をしていてもおかしくないだろう。


 ……うん。


 なかなかいいんじゃないかな。


 ……まあ、妹って感じの設定でいいか。


 僕は小さく頷いた。


 ……ただ。


 今回は少し気をつけないとな。


 僕は領主様の屋敷での数日間を思い出した。


 ……ミリアのときは、ちょっとやりすぎたんだよな。


 あの子、僕のことが好きすぎて、なかなか離してくれなかったし。


 寝るときも、ずっと抱きつかれていた。


 ……可愛かったけど。


 正直、少し動きにくかったんだよね。


 それに、領主様も随分と過保護だった。


 ちょっと街へ出ようとしただけで護衛をつけようとするし、本を読んでいたら疲れていないかと何度も聞いてくるし。


 ……うん。


 あれは、ちょっと面倒だったな。


 ……まあ。


 全部、自分でそうなるようにしたんだけど。


 だから、今回はもう少し控えめにしておこう。


 別に、四六時中くっついていてほしいわけじゃない。


 僕のことを大切に思ってくれて、護衛としてちゃんと働いてくれれば十分だ。


 ……うん。


 そうしよう。


 僕は眠っている少女へ顔を近づけた。


「……あなたは、僕の妹です」


 少女は眠ったまま動かない。


「……僕は、あなたの二つ年上の兄で、名前は黒瀬アレンです」


 ……そうだ。


 ちゃんと、名前も教えておかないと。


「……あなたは昔から僕と一緒に育ってきました。僕のことを、大切な兄だと思っています」


 僕は少し考えてから続けた。


「……僕のことを自然に慕い、心から信頼しています。僕が悪意を持って何かを企んでいるなんて、疑いません」


 ……うん。


 これくらいでいいかな。


 いや、もう少し付け加えておこう。


「……あなたは僕のそばにいて、僕の力になりたいと思っています。僕が困っていたら助けたいし、危険な目に遭いそうなら守ってあげたいと思っています」


 ……そうだ。


 護衛として連れていくんだった。


「……これから、僕と一緒に旅をすることを自然なことだと思っています」


 ……うん。


 これで大丈夫かな。


 僕は少女の顔を見つめた。


 ……それにしても。


 可愛い妹ができちゃったな。


 ……ふふっ。


 なかなか悪くない。


 それに、今回はちゃんと加減した。


 ミリアみたいに、べったりくっついてくることもないだろう。


 ……うん。


 我ながら、いい感じにできた気がする。


「……起きろ」


「……ん……」


 少女がゆっくりと目を開けた。


 紫色の瞳が、僕を見つめる。


「……あれ……?」


「……あ、起きた?」


「…………」


 少女はしばらく僕の顔を見つめていた。


 そして。


「……兄様?」


「……うん」


 ……よし。


 ちゃんと、兄だと思っているみたいだ。


「……どうして、こんなところに……?」


「……えっと、ちょっと休んでたんだよ」


「……休んで……?」


 少女は周囲を見回した。


 細い路地。


 人気のない建物の裏側。


 そして、壁際に座っている自分。


「…………」


 ……あれ?


 何だろう。


 少し、表情が険しくなったような。


「……兄様」


「……ん?」


「どうして、こんな人気のない場所にいるんですか?」


「……え?」


「こんなところで休んでいたら、危ないじゃないですか!」


「……あ、いや……」


「兄様は魔法も使えないんですから、もっと気をつけてください!」


「……は、はい」


「まったく……!」


 少女は呆れたようにため息をついた。


「私がいなかったら、どうするつもりだったんですか?」


「…………」


 ……あれ?


 僕は思わず瞬きをした。


 ……おかしいな。


 確かに、今回は愛情を控えめにしたけど。


 別に、怒りっぽくなるようにはしていないんだけどな。


 ……うーん。


 もしかして、この子、元々こういう性格なのかな。


「……兄様? 聞いていますか?」


「……あ、うん。聞いてるよ」


「本当ですか?」


「……はい」


「……はぁ」


 少女はもう一度ため息をついた。


 ……うーん。


 何だか、思っていたのと違うな。


 まあ、僕のことを兄だと思っているのは間違いなさそうだし。


 ……問題ないか。


「……そういえば」


「はい?」


「……名前、何だったっけ?」


「…………」


 少女が、ぴたりと動きを止めた。


 そして、ゆっくりと僕を見た。


「……兄様?」


「……あ、いや、その……」


「まさか、妹の名前を忘れたんですか?」


「…………」


 ……しまった。


 そういえば、名前を聞いていなかった。


 ……うーん。


 どうしよう。


「……えっと、ちょっと、ど忘れしちゃって」


「…………」


 少女はじっと僕を見つめた。


 そして、深々とため息をついた。


「……ルナです」


「……あ、そうだったね」


「ルナです。ル・ナ!」


「……うん。覚えたよ」


「覚えたじゃありません! 忘れないでください!」


「……ご、ごめん」


「まったく……。本当に、兄様は……」


 ……うん。


 名前はルナか。


 可愛い名前だな。


 ……それにしても。


 さっきから、怒られてばかりなんだけど。


 ……妹って、こんな感じなのかな。


 ◇◆◇


「……それで、ルナ」


「はい。何ですか、兄様」


「……これから、僕と一緒に来てくれないかな」


「…………」


 ルナはしばらく僕を見つめた。


 そして。


「……はぁ」


 大きなため息をついた。


「……どうしたの?」


「いえ……」


 ルナは額に手を当てた。


「せっかく、魔法学園を卒業したばかりなのに……」


「……うん」


「五年間、一生懸命勉強して、ようやく冒険者になれたんですよ?」


「……そうだね」


「これから、いろいろな依頼を受けて、経験を積んで……自分の力で頑張ろうと思っていたんです」


「……うん」


「それなのに……」


 ルナは僕を見た。


「……どうして、卒業早々、兄様の面倒を見ることになるんでしょうか……」


「…………」


 ……あれ?


 何だか、すごく嫌そうなんだけど。


 僕は少し不安になった。


 ……もしかして。


 命令がうまく入っていないのかな。


「……あの、無理なら別に……」


「誰が行かないと言いましたか?」


「……え?」


 ルナはきっぱりと言った。


「兄様を一人で旅に出したら、何をしでかすか分かりませんからね」


「……そ、そう?」


「そうです!」


 ……うん。


 すごい勢いだな。


「兄様は魔法も使えないんですよ? それなのに、一人で王都まで行こうだなんて……」


「……あ、うん」


「途中で魔物に襲われたら、どうするつもりなんですか?」


「……えっと」


 ……眠らせる?


 ……いや。


 それを言ったら、また何か言われそうだな。


「……何とかするよ」


「何とかって、どうするんですか!?」


「……うっ」


「まったく! 何も考えていないじゃないですか!」


「……すみません」


 ……おかしい。


 僕の方がお兄ちゃんなのに。


 完全に説教されている。


 ルナはしばらく僕を睨んでいたが、やがて諦めたように息を吐いた。


「……まあ、いいです」


「……え?」


「私がついていきます」


「……本当?」


「はい」


 ルナは少し呆れたように頷いた。


「兄様を一人にしておく方が、よほど心配ですから」


「……そっか」


 ……よかった。


 どうやら、ちゃんと一緒に来てくれるみたいだ。


 僕は少し安心した。


「……ありがとう、ルナ」


「……っ」


 すると、ルナはほんの少しだけ目を見開いた。


 そして、ふいっと顔を背けた。


「……べ、別に」


「……ん?」


「兄様のためなんですから、当然です」


「……そっか」


「……それに」


 ルナは小さな声で付け加えた。


「……兄様に、何かあったら嫌ですし……」


「…………」


 ……へえ。


 やっぱり、僕のことは大切に思ってくれているんだ。


 僕は少し嬉しくなった。


「……ルナって、優しいね」


「……っ!?」


 ルナの頬が、ほんのり赤くなった。


「な、何を急に言っているんですか!」


「……え?」


「そういうことを、急に言わないでください!」


「……あ、はい」


「まったく……!」


 ……うーん。


 褒めても怒られるんだ。


 ……妹って、難しいな。


 ◇◆◇


 それから、僕たちは路地を出て大通りへ戻った。


「……兄様」


「……ん?」


「まず、旅の準備はできているんですか?」


「……うん。大丈夫だよ」


「本当ですか?」


「……本当だよ」


「食料は?」


「……あるよ」


「水は?」


「……ある」


「地図は?」


「……あるよ」


「旅費は?」


「……ちゃんと持ってる」


「……ふむ」


 ルナは少し考え込んだ。


「……では、野営の道具は?」


「……え?」


「……兄様?」


「…………」


 ……あ。


 そういえば。


 そんなもの、用意していなかったな。


「……えっと、宿に泊まればいいかなって」


「…………」


「……駄目?」


「……はぁぁぁ……」


 ルナは今日一番大きなため息をついた。


「兄様……」


「……はい」


「王都まで、何日かかると思っているんですか?」


「……数日?」


「そうです! 数日です!」


「……うん」


「その間、必ず宿のある場所で夜を迎えられるとは限らないんですよ!?」


「……ああ」


 ……なるほど。


 確かに、言われてみればそうかもしれない。


「……じゃあ、どうしよう」


「どうしよう、じゃありません!」


 ルナは腰に手を当てた。


「必要なものを買い揃えます。幸い、まだ街の中ですから」


「……あ、うん」


「それから、街道の状況も確認しておきましょう。魔物の出没情報も必要です」


「……分かった」


「あと、兄様は私から離れないでくださいね」


「……はい」


「勝手に危ない場所へ行くのも禁止です」


「……はい」


「それから――」


「……あの、ルナ?」


「何ですか?」


「……僕、一応、お兄ちゃんなんだけど」


「知っていますよ?」


「…………」


「だから、心配しているんじゃないですか」


「……あ、そうなんだ」


「そうです!」


 ……うん。


 なるほど。


 ……よく分からないけど。


 とりあえず、頼りになる妹なのは間違いなさそうだ。


 僕はルナの後について歩き始めた。


 ……それにしても。


 すごいな。


 冒険者になったばかりの新人のはずなのに、旅の準備について僕よりずっと詳しい。


 ……まあ、五年間も魔法学園に通っていたんだから、当然なのかな。


 僕はルナの背中を見つめた。


 長い黒紫色の髪が、歩くたびにふわりと揺れている。


 大きな魔女帽子の飾りが、きらきらと光を反射していた。


 ……うん。


 なかなか、いい子を手に入れたな。


 魔法も使える。


 頭もよさそう。


 旅の知識もある。


 それに、僕のことを大切に思ってくれている。


 ……ただ。


 ちょっと、口うるさいけど。


 ……まあ。


 それくらいは我慢しよう。


 ◇◆◇


 それから、しばらくして。


「……よし」


 ルナは買い揃えた荷物を確認すると、小さく頷いた。


「これで、最低限の準備はできましたね」


「……おお」


 ……すごい。


 あっという間に必要なものが揃ってしまった。


 保存食に水袋、毛布や野営用の道具。それから、簡単な薬まで。


 ……なるほど。


 旅って、こんなに準備が必要なんだな。


「兄様」


「……ん?」


「荷物は、ちゃんと持てますか?」


「……うん。大丈夫だよ」


「無理はしないでくださいね」


「……分かった」


「重かったら、私に言ってください」


「……ありがとう」


「……べ、別に。これくらい当然です」


 ……うん。


 優しいな。


 さっきまで、あんなに怒っていたのに。


 僕は少し笑った。


 ……さて。


 これで準備は整った。


 護衛も手に入れた。


 旅の道具も揃った。


 行き先も決まっている。


 ……うん。


 完璧だ。


「……よし! じゃあ早速、王都に向かって出発だ!」


 僕はそう宣言して歩き始めた。


 ……ふふっ。


 まずは、王都を手に入れよう。


 いよいよ、世界征服の始まりだ。


 僕は軽い足取りで歩き続けた。


 ……しかし。


「…………」


「…………」


 ……ん?


 何だろう。


 後ろから、足音が聞こえない。


 僕は不思議に思って振り返った。


 すると、ルナが少し離れた場所に立ち尽くしていた。


「……ルナ?」


「…………」


「……どうしたの?」


 ルナはじっと僕を見つめていた。


 その表情は、何とも言えないものだった。


 呆れているような。


 困っているような。


 そして、どこか諦めているような。


 ……あれ?


 何か、変なことしたかな。


「……兄様」


「……ん?」


 ルナは深々とため息をついた。


 そして。


「そっちは、王都と逆方向ですよ」


「…………」


「…………」


 ……え?


 僕はゆっくりと前を向いた。


 石畳の道。


 行き交う人々。


 遠くに見える街の建物。


 ……うん。


 普通の道だな。


 僕はもう一度ルナを見た。


「……あ、そうなの?」


「そうです」


「…………」


「…………」


「……えっと」


「……はい」


「……じゃあ、こっち?」


 僕が反対方向を指差すと、ルナは額に手を当てた。


「……はぁぁぁ……」


 ……うん。


 また、ため息だ。


「……兄様」


「……はい」


「本当に、私がいないと駄目なんですから……」


「…………」


 ……おかしいな。


 僕は首を傾げた。


 護衛を手に入れたはずなのに。


 ……何だか、保護者を手に入れた気がする。


 それに、僕のことが大好きな妹にしたはずなんだけど。


 ……今日だけで、何回怒られたんだろう。


 ……まあ、いいか。


 魔法が使える、頼もしい妹ができたんだし。


 多少、口うるさいくらいは我慢しよう。


 僕はルナの隣へ戻った。


「……じゃあ、案内してくれる?」


「……最初から、そうしてください」


「……はい」


 ルナは呆れたように息を吐き、僕の少し前を歩き始めた。


 大きな魔女帽子。


 長い黒紫色の髪。


 ふわりと揺れる、フリルだらけのスカート。


 ……うん。


 可愛い妹だな。


 ……ちょっと、怖いけど。


「……兄様! ちゃんとついてきてください!」


「……あ、はい!」


 ……うん。


 やっぱり、怖いな。


 こうして僕は、頼もしくて、少し……いや、かなり口うるさい妹とともに、王都へ向かうことになった。

挿絵(By みてみん)

↑妹ちゃんの立ち絵


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