第9話「修理対象、魔王」
古い中枢へ続く通路を、グレンはそのまま奥へ進もうとした。
「待て」
背後からヴァルドの声が飛んだ。
「何だ」
「ここから先は魔王様の御前だ」
「分かってる」
「先ほどまでとは違う」
グレンは振り返った。
ヴァルドの顔から、これまで何度も見せた呆れも困惑も消えている。
魔王の配下としての顔だった。
「何をするつもりだ」
「確認する」
「何を」
「さっきの記録と、今ここにいる魔王が繋がってるのか。それから、今どうなってるのか」
ヴァルドは答えなかった。
地下で見つかった記録。
事故の最中、中枢に残った管理責任者。
中枢制御への接続。
そして、途切れなかった生命反応。
その先にある区画には、魔王がいる。
偶然で片づけるには、重なりすぎていた。
「本人を見ないと分からん」
「魔王様を調べるというのか」
「そのためにここまで来た」
長い沈黙のあと、ヴァルドが背を向けた。
「……来い」
許したわけではない。
信用し切ったわけでもない。
それでも通したのは、魔王に関わる異常を放っておけなかったからだろう。
グレンには、それで十分だった。
奥へ進むほど、空気が変わっていった。
床から低い振動が伝わる。
壁の一部が淡く明滅していた。
腰の工具袋で、金具同士がかすかに鳴った。
グレンは一度、深く息を吸った。
吸いにくい。
何かが胸を押しているようだった。
「……すげえな」
前を歩いていたヴァルドが振り返った。
「恐ろしいか」
「ああ」
即答すると、ヴァルドの眉がわずかに動いた。
「ならば、なぜ進む」
「確認が終わってない」
それ以上、言うことはなかった。
やがて巨大な扉の前に出た。
ヴァルドが壁際の装置へ手を置く。
重い音を立てて、扉が左右へ開いた。
グレンは中へ入った。
広い。
城の中とは思えない空間だった。
飾りのための柱も、絨毯もない。
壁際には、地下で見てきたものと同じ古い装置が並んでいる。
そのほとんどは暗い。
それでも中央へ近づくほど、淡い光を残していた。
そして、その中心に一人の姿があった。
こちらを見た。
「人間」
たった一言だった。
グレンの足が止まった。
空気が一段重くなる。
息が浅くなった。
勇者たちと比べて、どちらが強いのか。
そんなことは分からない。
ただ一つだけ分かった。
ここで敵意を向けられたら、自分ではどうにもならない。
隣でヴァルドが膝をついた。
「魔王様」
魔王はグレンではなく、まずヴァルドを見た。
「なぜ、人間がここにいる」
「王国の復旧を担う者にございます。城内にて複数の設備異常を修復しております。また、地下にて古き記録を発見いたしました。その内容が、魔王様に関わる可能性がございます」
魔王の視線がグレンへ移った。
「……待て」
ヴァルドが顔を上げる。
「は」
「なぜ、人間である貴様が我が城を直している」
「壊れてたからだ」
魔王が黙った。
「危ないのを放っとく理由もないだろ」
魔王はしばらくグレンを見ていた。
「名は」
「グレン・メイソン」
「何者だ」
「レグナ王国復旧局。現場主任だ」
ほんの少しだけ、魔王の眉が動いた。
「……復旧?」
「ああ」
「王国の復旧担当が、我に何の用だ」
「王都が何度も襲われる理由を調べに来た」
「それだけのために、ここまで来たのか」
「こっちで何度直しても、また壊れるからな」
魔王は何も言わなかった。
「地下で昔の記録を見つけた。大きな事故があったらしい」
グレンは必要なことだけ話した。
「その時、管理責任者が最後まで残った。中枢に繋がった記録がある。生命反応も残った」
魔王の表情が、ほんの少し止まった。
「その中枢がここだ」
沈黙。
「それで?」
魔王が問う。
だがグレンは答えなかった。
魔王の後ろを見ていた。
「我を前にして、何を見ている」
「そっち」
「……何?」
グレンが指した先には、古い表示器があった。
「お前が動くたび、あいつも動いてる」
ヴァルドが顔を上げた。
魔王がわずかに姿勢を変える。
表示器の光が動いた。
別の箇所が明滅する。
魔王が止まっても、一つの表示だけが残った。
グレンは近くの別の装置へ目を移す。
「……やっぱりだ」
「何がだ」
「こいつと、ここの設備が繋がってる」
魔王の声が低くなる。
「何を根拠に言っている」
「お前が動けば変わる。止まっても残る表示がある。それに、地下で見た記録と位置が同じだ」
グレンはもう一度、表示を見る。
「一つ聞く」
「許す」
「これ、いつからだ」
「何のことだ」
「お前が動くたび反応してる奴だ」
魔王が表示器を見る。
「知らぬ」
「ずっと?」
「……昔からだ」
「昔って、いつから」
魔王は答えなかった。
グレンも急かさない。
魔王の視線が、一度だけ表示器へ向いた。
さらに少し間があった。
「……分からぬ」
「そうか」
「それだけか」
「今はな」
グレンは表示器へ近づいた。
地下で見たものと同じ配置。
読めない文字も多い。
だが、先ほど確認した位置なら分かる。
一つは中枢の状態。
もう一つは――。
「……二つあるな」
「何がだ」
グレンが一方を指した。
「こっちは設備」
それから、もう一方。
「こっちは、こいつだ」
ヴァルドが目を見開いた。
「魔王様?」
「ああ」
地下で読ませた記録が頭に残っている。
管理責任者。
生命反応、継続。
今も、同じ位置に反応がある。
「同じだ」
「何が」
「消えてない」
グレンは表示から目を離した。
ヴァルドが立ち上がる。
「魔王様を物のように言うな」
「物とは言ってない」
「ならば何だ」
「生きてるって言ってる」
ヴァルドの言葉が止まった。
グレンは魔王を見た。
「事故の時に残った奴が、まだここにいる」
今度は魔王が口を開いた。
「我が……あの記録の者だと?」
「まだ断定はしない」
「今、同じだと言ったではないか」
ヴァルドが割って入る。
「生命反応が続いてるって話だ」
「ならば、何を確かめる」
「本人かどうか、もう少し調べる」
「我を調べると?」
空気が変わった。
圧が一気に強くなる。
周囲の古い装置が一斉に明滅した。
グレンの胸が押される。
呼吸が詰まった。
足に力を入れる。
やがて、その圧が少しだけ弱まった。
グレンはゆっくり息を吐いた。
「人間風情が、我を測ったつもりか」
もう一度、呼吸を整える。
「まだ途中だ」
魔王が黙った。
ヴァルドも何も言わない。
グレンは表示器へ目を戻した。
「結局、何が分かった」
ヴァルドが聞いた。
「死んでない」
「それは見れば分かる」
「そういう意味じゃない」
グレンは魔王を見た。
「元の奴が残ってる」
沈黙が落ちた。
やがて、魔王が口を開く。
「それで?」
まっすぐグレンを見る。
「貴様は、何をする」
グレンは少しだけ考えた。
王都を出た時、魔王をどうにかしようとは思っていなかった。
何度直しても終わらない。
だから原因を見に来ただけだった。
だが、今は違う。
「最初は、王都を何度も襲う理由を調べに来ただけだった」
魔王は黙っている。
「でも、分かった」
ヴァルドが眉を寄せた。
「何がだ」
グレンは魔王を見る。
怖い。
王国最大の敵。
自分が戦って勝てる相手ではない。
それでも、今ここで出す答えは決まっていた。
「お前、直せるぞ」
魔王が初めて、はっきりと目を見開いた。
「……何?」
――第9話 修理対象、魔王 了




