第10話「触れれば直せる」
「……何?」
魔王が目を見開いたまま、グレンを見ている。
「直せるって言った」
「我をか」
「ああ」
ヴァルドがグレンと魔王を交互に見た。
「本当に可能なのか」
「多分な」
「多分?」
「まだ触ってないから確定はできん」
魔王の目が細くなる。
「何をすればよい」
「一個だけ問題がある」
「言え」
「触らないと直せん」
沈黙した。
ヴァルドが先に口を開いた。
「……魔王様に?」
「ああ」
「直接?」
「直接」
「待て」
「だから待ってる」
「そういう意味ではない!」
ヴァルドが立ち上がる。
「魔王様に人間を触れさせるなど――」
「よい」
魔王の一言で、ヴァルドが止まった。
「魔王様」
「この男は我を直せると言った」
魔王はグレンを見た。
「ならば確かめさせる」
「分かった」
グレンは歩き出した。
一歩。
二歩。
魔王との距離が縮まる。
強い圧はある。
だが、先ほどから感じているものと同じだ。
あと数歩。
グレンが右手を上げた。
その瞬間だった。
周囲の古い装置が一斉に光った。
「――っ!」
床から突き上げるような衝撃が走った。
グレンの身体が後ろへ飛ぶ。
背中を打つ前に、ヴァルドが腕を掴んだ。
「魔王様!」
「我ではない」
魔王も周囲を見ている。
グレンはヴァルドの腕を借りて立った。
「……そういうことか」
「何がだ」
グレンは自分を弾いた床を見る。
「こいつに近づくと、設備の方が止める」
「我は何も命じておらぬ」
「分かってる」
表示器がまだ明滅している。
「だから面倒なんだ」
グレンは近づくのをやめた。
触れれば直せる。
だが触らせない。
それなら、先に調べるしかない。
「もう一つ聞く」
魔王が視線を戻す。
「何だ」
「なんで王都を狙う」
ヴァルドが僅かに反応した。
魔王は迷わなかった。
「必要だからだ」
「何に」
「必要なのだ」
「だから、何に必要なんだ」
魔王が口を閉じた。
グレンは待った。
「……王都は必要なのだ」
「それは答えになってない」
魔王の眉が寄る。
「我に口答えをするか」
グレンは答えず、背後の表示器へ目を向けた。
「王都は必要だ」
表示が変わった。
「……ヴァルド」
「何だ」
「あれ、今動いたよな」
ヴァルドも振り返った。
「先ほどまでとは違う」
「もう一回聞くぞ」
グレンは魔王を見る。
「王都へ行くのか」
「行く」
表示が変わる。
「なぜ」
「必要だからだ」
同じ場所が強く光った。
「これだ」
「何がだ」
「今の答えと、こいつが繋がってる」
グレンは表示器へ近づいた。
文字は読めない。
だが、反応している場所は分かる。
「ヴァルド。さっきの書記官を呼べ」
ヴァルドが魔王を見る。
「呼べ」
ほどなくして、地下で記録を読んだ書記官が中枢へ入ってきた。
魔王を前にして明らかに緊張していたが、グレンは表示器を指す。
「ここだけ読んでくれ」
「は、はい」
書記官が表示を見る。
「中枢接続……維持」
「次」
「管理系統……命令継続」
さらに下へ視線を落とす。
そこで止まった。
「どうした」
「いえ……」
書記官が読み上げる。
「もう一方の炉へ――接続せよ」
誰も口を開かなかった。
最初に動いたのはヴァルドだった。
「もう一方の炉……」
「王都だ」
グレンが言った。
地下で見た図が頭に浮かぶ。
二つの大きな炉。
一本で結ばれた構造。
ここが一方なら、もう一方は王都地下にある。
ヴァルドが魔王を見る。
「では……魔王様が王都を求めておられたのは」
「王都じゃない」
グレンは表示器を指した。
「地下の炉だ」
魔王の表情が変わった。
「我が、この命令に従っていると?」
「全部じゃない」
「何?」
「普通に話してる。判断もしてる。ここの連中もお前の命令で動いてるんだろ」
「当然だ」
「なら、それはお前だ」
グレンは表示器を見る。
「でも王都へ行く理由だけ、説明できない」
魔王は黙る。
「王都へ行こうとしたのはお前だ」
一拍。
「でも、なんで行くのかってところに、こいつが混ざってる」
魔王がゆっくりと表示器へ視線を向けた。
「……もう一方の炉へ接続せよ」
初めて聞いた言葉を確かめるように、繰り返した。
ヴァルドも動かない。
千年以上。
何度も繰り返された王都への侵攻。
その理由が、古い設備の表示に残っている。
「では、我らが王都へ向かっていたのは……」
「魔王の命令だったんだろ」
グレンはヴァルドを見る。
「そこは変わらん」
「だが」
「王都を滅ぼしたかったわけじゃない」
表示器を指す。
「向こうの炉に繋がろうとしてた」
ヴァルドの顔が固まった。
魔王はしばらく何も言わなかった。
やがて低く問う。
「ならば、これを直せば終わるのか」
「たぶん」
「また多分か」
「まだ調べてる途中だ」
グレンは別の表示器へ移った。
こちらは地下で確認した、二基の炉を示す表示に近い。
片方は現在地。
もう片方にも、弱い反応が残っている。
「……向こうも生きてるな」
「王都の炉か」
「ああ」
魔王が問う。
「ならば、そちらも直す必要があるのか」
「いや」
即答した。
ヴァルドが眉を寄せる。
「では、どうする」
「こいつを直す間だけ、向こうに大人しくしててもらう」
「大人しく?」
「今もこっちに反応を返してる」
グレンは二つの表示を指した。
「この状態で魔王を戻してる途中に、向こうからまた繋ごうとされたら邪魔になる」
「止めるのか」
「止めなくていい」
グレンは首を振った。
「安定させればいい」
「どれほどだ」
「長くはいらん」
必要な間だけ。
それでいい。
全部を直す必要はない。
ヴァルドが腕を組む。
「しかし、王都の炉をどうする」
「俺には無理だ」
ヴァルドがグレンを見る。
「直せぬのか」
「俺はここにいる」
「……」
「向こうは向こうでやってもらう」
「任せられるのか」
「ああ」
グレンは迷わなかった。
「仕事できる奴らがいる」
その返事に、ヴァルドは何も言わなかった。
グレンは二つの炉を結ぶ古い設備へ目を移す。
何本かの線が死んでいる。
だが、完全に失われてはいない。
「これ、向こうへ何か送ってた設備じゃないか」
書記官が表示を確認する。
「保守用の伝達系統……だと思われます」
「文字は送れるか」
「自由には無理です。残っている項目は……炉番号、運転状態、指示……この三つです」
「十分だ」
グレンが装置へ手を置いた。
欠けている部分は多い。
全部は戻らない。
だが、必要な部分だけなら残っている。
「《完全修復》」
淡い光が装置を走った。
壊れていた表示の一部が戻る。
古い文字が三列だけ浮かび上がった。
「これで送れるか」
書記官が確認する。
「恐らく」
「じゃあ送る」
ヴァルドが表示を見る。
「何と伝える」
グレンは少し考えた。
「第二炉修復」
書記官が入力する。
「第一炉出力固定」
二行目。
「合図待機」
三行目。
ヴァルドが表示を見た。
「……それだけか」
「ああ」
「誰が送ったのかも書かぬのか」
「入れられん」
「何のためかも」
「それも無理だ」
「どれほど待つのかも」
「まだ決まってない」
ヴァルドは黙った。
「それで伝わるのか」
グレンは表示器を見た。
「向こうなら分かる」
書記官が最後の操作をする。
三行の文字が一度光り、消えた。
「送信されました」
「返事は」
「この設備では分かりません」
「そうか」
グレンは消えた表示を見た。
届いたかどうかも分からない。
届いていたとしても、向こうはまだ炉のことを知らない。
文字が読めるかも分からない。
三行だけで、何をしてほしいのかまで拾ってくれるか。
そこから先は、もう自分の手の届く場所ではなかった。
「……気づいてくれよ」
小さく漏らした。
ヴァルドがグレンを見る。
「何か言ったか」
「いや」
グレンは魔王へ向き直った。
「その前に、こっちは触れる道を作るぞ」
魔王はしばらくグレンを見たあと、短く答えた。
「よかろう」
その頃、王都地下。
古い区画を確認していた復旧局員が、壁際の表示器を見て足を止めた。
長く消えていたはずの装置に、突然光が灯っている。
「……何だ、これ」
見たことのない文字が三列並んでいた。
何と書いてあるのかは分からない。
ただ一つ分かるのは、動いていなかった設備が今、動いているということだけだった。
復旧局員は階段の方へ振り返った。
「トーマさん!」
「何だ!」
「地下の古い設備が動いてます!」
――第10話 触れれば直せる 了




