第11話「王都はこちらで持たせる」
「トーマさん!」
「何だ!」
「地下の古い設備が動いてます!」
トーマは持っていた書類を机へ置いた。
「案内してくれ!」
復旧局員の後を追い、王都地下へ降りる。
何度も通った古い区画。
王国が造ったものではない、用途の分からない設備が残る場所だった。
その奥で、長く消えていた表示器が淡く光っている。
古い文字が三列。
周囲の配管にも、ところどころ光が戻っていた。
「誰か触ったか」
「誰も!」
「なら、そのまま。勝手に動かすな」
トーマは表示器へ近づいた。
触れない距離で止まり、周囲を見る。
「管の温度は?」
設備班の局員が手元の測定具を見る。
「変化ありません」
「振動は」
「少しあります。ただ、さっきから一定です」
「音は?」
「異音はありません」
トーマは頷いた。
動いた。
だが、今のところ危険な変化はない。
分かるのはそこまでだった。
「文字、読める奴いるか」
誰も手を上げなかった。
「ですよね」
背後から低い声がした。
「何が起きた」
ラガンだった。
トーマが振り返る。
「分かりません」
「そうか」
「表示が急に点きました。誰も触ってません」
ラガンは表示器を見る。
「読める者は」
「ここにはいません」
「手配する」
それだけ言うと、ラガンは近くの局員へ向いた。
「王立文書庫へ。古代文字を読める者を連れてこい」
「はい!」
局員が走っていった。
ラガンは表示器から目を離さない。
「それまでは?」
トーマが答える。
「触りません」
「分かった」
連れてこられた古代文字の担当者は、表示器を見るなり眉を寄せた。
「かなり古い形式です」
「読めますか」
トーマが聞く。
「全部は無理です。ただ、この辺りなら」
担当者は表示器の上部を指した。
「これは……第一炉」
トーマが顔を上げる。
「炉?」
「そう読めます」
ラガンが短く聞く。
「下は」
担当者が一行目を追う。
「第二炉……修復」
二行目。
「第一炉……出力固定」
三行目。
「合図……待機」
地下に沈黙が落ちた。
トーマは三行を見た。
第二炉。
第一炉。
出力固定。
合図待機。
説明はない。
何のためかもない。
誰が送ったのかもない。
「……グレン主任だと思います」
ラガンがトーマを見る。
「理由は」
「説明が足りません」
一拍。
「……グレンだな」
古代文字の担当者が二人を見比べた。
「それで分かるんですか?」
「分かってないです」
トーマは表示器へ向き直った。
「でも、やることは書いてあります」
「第二炉とは何だ」
ラガンが聞く。
「知りません」
「何を修復している」
「それも分かりません」
「なら?」
「こっちは第一炉の出力を固定しろってことです」
トーマは周囲を見た。
「そこから先は、こっちで見ます」
第一炉と呼ばれた設備は、地下区画のさらに奥まで続いていた。
全部を調べれば、どれだけ時間がかかるか分からない。
トーマは表示器の周囲だけを見る。
古代文字の担当者に、操作に関係しそうな文字だけ読ませる。
「これは出力」
「こっちは?」
「手動……調整、だと思います」
「固定は」
「こちらです」
表示器から少し離れた場所に、大きな金属輪があった。
その横に固定用らしい機構。
設備班の局員がしゃがみ込む。
「繋がってます。表示器の針と、この輪」
「動かせるか」
「分かりません」
「一目盛りだけ試す」
トーマは周囲を見る。
「異常が出たらすぐ戻す。全員離れて」
局員が慎重に金属輪へ力を掛ける。
重い。
二人が加わる。
ゆっくり動いた。
表示器の針が一つ上がる。
「動いた!」
「戻せ!」
力を抜く。
金属輪が勢いよく元の位置へ戻った。
針も戻る。
設備班の一人が固定機構を見る。
「止める部分が噛みません」
「直せるか」
「構造が分かりません。ここだけ外すのも怖いです」
トーマは固定機構を見る。
「じゃあ直さない」
局員が振り返る。
「え?」
「固定できればいいんですよね」
もう一度、通信を見る。
第一炉出力固定。
それだけだ。
「この設備全部を直せとは書いてない」
ラガンが隣へ来た。
「何がいる」
トーマは考えた。
「魔導設備班を四人」
「出す」
「《強化》持ちを二人」
「出す」
「この先の封鎖区画も確認したいです」
「許可は私が取る」
トーマは少し迷ってから続けた。
「勇者様たちにも手を借りたいです」
「話を通す」
ラガンの返事は変わらなかった。
トーマが見る。
「……俺が決めていいんですか」
「判断するのはお前だ」
ラガンは表示器へ目を向けた。
「通すのは私の仕事だ」
「……はい」
アルトたちが地下へ来た頃には、必要な場所だけ外装が開かれていた。
第一炉そのものには触れない。
操作に必要な部分だけだ。
トーマが四人を迎える。
「すみません。戦う仕事じゃないです」
アルトが首を振った。
「その方がいいです」
セリアが表示器を見る。
「何をすればいいの?」
「一度、試します」
トーマは金属輪を指した。
「これを動かして、出力をこの位置で止めたいです。ただ、手を離すと戻ります」
アルトが輪へ近づいた。
横では、古い鎖が金属輪を引き戻している。
「この鎖を切れば――」
アルトの手が聖剣へ伸びる。
途中で止まった。
鎖を見る。
金属輪を見る。
「……いえ。切ったら戻せなくなりますね」
トーマが頷く。
「そのまま押さえてもらえますか」
「分かりました」
アルトが聖剣から手を離した。
両手で金属輪を握る。
「いつでも」
セリアが杖を構える。
「私は?」
「輪を動かした後、出力が落ちます」
トーマは表示器の中央を指した。
「この針がここに来る分だけ、魔力を入れてください」
「量は?」
「針を見ながらで」
セリアが眉を上げる。
「最大まで入れた方が早いとか言わないでしょうね」
「言いません」
「ならいいわ」
エリスが周囲を見る。
「結界はどこまで広げますか?」
トーマは作業員と開かれた操作部を見る。
「ここだけお願いします。作業してる人と、操作部の前だけ」
「分かりました」
淡い光が必要な範囲だけを包む。
その横で、固定機構を支える大きな架台がわずかに軋んだ。
設備班が声を上げる。
「トーマ! これ、輪を動かすと架台ごと引っ張られます!」
バルガスが前へ出る。
「俺が全部持ち上げる!」
「待ってください!」
バルガスが止まった。
トーマが足元を指す。
「足元確認しました?」
バルガスの顔が固まる。
「……地下水路か?」
「今回は炉です」
「もっと駄目じゃないか!!」
バルガスはすぐに床を見る。
「下は!?」
設備班が図を確認する。
「基礎です! この真下に空洞はありません!」
「よし!」
バルガスが架台へ手を掛ける。
「持ち上げなくていいです」
「何?」
「ここが動かないように押さえてください」
「……押さえるだけか」
「はい」
バルガスは一度、架台を見る。
「分かった!」
四人が位置についた。
トーマが表示器の前へ立つ。
「試します」
全員の顔を見る。
「アルトさん。ゆっくり」
「はい」
金属輪が動く。
針が上がる。
「そこで止めてください!」
アルトが腕に力を込める。
金属輪が戻ろうとする。
動かない。
架台が軋む。
バルガスが支える。
「こっちは大丈夫だ!」
「セリアさん、少しだけ!」
「入れるわ」
杖の先から細い光が伸びた。
表示器の針がゆっくり中央へ寄る。
「まだです」
光が少し強くなる。
「そこ!」
セリアがぴたりと止めた。
「維持するわ」
別の表示が動き始める。
設備班が声を上げた。
「温度、上がってます!」
「速度は」
「ゆっくりです!」
トーマは針を見る。
出力は止まっている。
温度だけが少しずつ上がっている。
「止めます!」
セリアが魔力を切る。
アルトがゆっくり力を抜く。
金属輪が元へ戻る。
エリスが結界を解いた。
バルガスも最後まで架台を支え、完全に止まったのを確認してから手を離した。
設備班が計器を確認する。
「戻りました。異常ありません」
誰も歓声を上げなかった。
まだ試しただけだ。
ラガンがトーマを見る。
「どれくらい持つ」
トーマは温度表示を見た。
今の上がり方。
戻るまでの時間。
もう一度、固定位置を見る。
「三十秒です」
「それ以上は」
「やりません」
ラガンは頷いた。
「分かった」
トーマが少し息を吐く。
「三十秒なら持たせます」
古代文字の担当者が表示器の横から声を上げた。
「こちら側にも送信部があります」
トーマが振り向く。
「返せますか」
「恐らく。ただし、送れるのは同じです」
表示された入力項目は三つだけだった。
炉番号。
運転状態。
指示。
自由な文章は入らない。
「十分です」
トーマが操作部へ立つ。
一行目。
【第一炉】
二行目。
【固定準備完了】
三行目。
【合図待機】
送信前に、トーマはラガンを見る。
ラガンは第一炉の周囲を見渡した。
復旧局員。
設備班。
古代文字の担当者。
そして勇者たち。
誰もグレンの帰りを待ってはいない。
自分たちの仕事をしている。
「トーマ」
「はい」
ラガンは短く言った。
「王都はこちらで持たせる」
トーマは頷いた。
「はい」
送信する。
同じ頃、魔王城地下。
古い表示器に光が戻った。
書記官が顔を上げる。
「返答です」
グレンが表示を見る。
書記官が読む。
「第一炉」
次の行。
「固定準備完了」
最後。
「合図待機」
ヴァルドが表示器を見る。
「届いたのか」
「ああ」
グレンは短く息を吐いた。
魔王を見る。
古代中枢は、まだグレンの接触を拒んでいる。
だが、向こうの準備はできた。
「よし」
工具袋を持ち直す。
「始めるぞ」
――第11話 王都はこちらで持たせる 了




