第12話「魔王を直す」
「始めるぞ」
グレンは古い表示器の前へ立った。
王都から届いた三行は、まだ淡く光っている。
【第一炉】
【固定準備完了】
【合図待機】
ヴァルドが表示器を見る。
「王都側は準備できているのだな」
「ああ」
グレンは保守通信の操作部へ手を伸ばした。
入力できるのは三項目だけ。
炉番号。
運転状態。
指示。
一行目。
【第二炉】
二行目。
【修復開始】
三行目。
【第一炉固定】
送信する。
これで向こうが動く。
グレンは魔王へ向き直った。
「今からやる」
「我は何をすればよい」
「動くな」
魔王が僅かに眉を動かした。
「……それだけか」
「それが一番助かる」
ヴァルドが何とも言えない顔をしたが、何も言わなかった。
グレンは中枢を見る。
問題は分かっている。
魔王に触れようとすると、古代設備が拒む。
前に近づいた時と同じ距離まで進む。
一歩。
二歩。
三歩。
床の奥で低い音が鳴った。
金属板の隙間から淡い光が漏れる。
もう一歩。
ガン――。
中枢の奥で何かが噛み合った。
空気が重くなる。
壁の管が振動し、金属が細く鳴った。
グレンは止まった。
「ここだ」
ヴァルドが横を見る。
「何がだ」
「この位置から設備が反応する」
魔王は動いていない。
それでも中枢だけがグレンを止めようとしている。
「書記官」
「おります」
古代記録を読んでいた魔族が前へ出た。
グレンは中枢脇の表示を指す。
「ここだけ読めるか」
書記官が文字を追う。
「生命……維持」
隣。
「管理……接続」
「別か」
「別の系統です」
グレンは二つの管を見る。
片方は魔王の立つ中枢へ深く伸びている。
もう片方は床下の制御部へ続いていた。
「生命維持は触るな」
ヴァルドが低く聞く。
「では」
「管理接続だけ切る」
「切って、魔王様に影響はないのか」
「だから生命維持と分ける」
グレンは管理接続側を追った。
管そのものを壊す必要はない。
少し先に、古い手動機構があった。
大きな操作杆。
横に固定爪。
表示は残っているが、固定爪の先が噛み合っていない。
設備担当の魔族が膝をつく。
「固定部が固着しています」
「操作杆は」
「動きます。ただ、手を離せば戻ります」
「直せるか」
「全体を分解すれば――」
「いらん」
設備担当が顔を上げる。
グレンは固定爪へ触れた。
必要なのは全部じゃない。
三十秒だけ。
管理接続が切れていればいい。
「ここだけ戻す」
固定爪の根元に手を置く。
「《完全修復》」
歪んでいた小さな軸が元へ戻る。
固着していた爪が動いた。
だが、その先の機構全体はまだ古いままだ。
設備担当が見る。
「これだけで?」
「三十秒持てばいい」
グレンは立ち上がった。
「ヴァルド」
「何だ」
「こいつを押さえろ」
ヴァルドが操作杆へ手を掛ける。
「どれほどだ」
「三十秒」
「それだけでよいのか」
「ああ」
ヴァルドは魔王を見た。
そして操作杆を握り直した。
「ならば持たせる」
同じ頃、王都地下。
古代表示器に新しい文字が灯った。
古代文字の担当者が読み上げる。
「第二炉」
次。
「修復開始」
最後。
「第一炉固定」
トーマが振り返った。
「始めます!」
アルトが金属輪へ両手を掛ける。
セリアが杖を構える。
エリスは作業員と操作部だけを包むように結界を張った。
バルガスは架台の足元をもう一度確認する。
「空洞なし!」
設備班が答える。
「ありません!」
「よし!」
「持ち上げないでくださいね!」
「分かっている!」
トーマが表示器の前へ立つ。
「アルトさん、ゆっくり!」
「はい!」
金属輪が動く。
古い鎖が強く引き戻そうとする。
アルトが止めた。
「位置、ここです!」
「保持します!」
「セリアさん!」
「入れるわ」
細い魔力の流れが設備へ入る。
針が上がる。
「まだです」
セリアが僅かに出力を上げる。
「そこ!」
針が止まった。
架台が低く軋む。
バルガスが両腕で押さえる。
「動かさんぞ!」
トーマが表示を見る。
第一炉の出力が固定された。
「計時開始!」
三十秒。
それだけでいい。
魔王城地下。
第二炉側の表示が揺れた。
乱れていた光が、一瞬で揃う。
グレンが目を上げた。
「来た」
「今か」
「ああ」
ヴァルドが操作杆を押し込んだ。
重い音とともに、管理接続の表示が変わる。
赤。
黄。
消灯。
その瞬間だった。
中枢全体が震えた。
床が跳ねる。
壁の奥から凄まじい魔力が噴き出す。
残る三人の四天王が同時に動いた。
一人が飛び出した中枢機構を受け止める。
一人が溢れた魔力を人のいない上方へ逃がす。
もう一人が崩れかけた通路の支柱へ肩を入れた。
全員、魔王を見る。
誰一人、グレンを見てはいなかった。
ヴァルドが叫ぶ。
「行け!」
グレンが進む。
さっき止められた位置を越える。
一歩。
二歩。
今度は弾かれない。
魔王が僅かに身を震わせた。
顔が王都の方角へ向きかける。
その足が半歩動いた。
だが、止まった。
魔王自身が床を踏みしめている。
「……動くな」
グレンが言う。
魔王の声が低く響いた。
「分かっている」
床下から新たな衝撃。
石板が割れた。
前方の床が一部沈む。
設備担当が叫ぶ。
「床が!」
「全部戻すな!」
グレンは沈んだ範囲を見る。
右半分は残っている。
人一人なら通れる。
「そこはそのまま!」
「ですが――」
「通れる!」
先へ進む。
横の壁から古い金属腕が飛び出した。
四天王の一人が受け止める。
「これは!」
「押さえとけ!」
「壊さぬのか!」
「今はいらん!」
その奥で警報のような音が鳴った。
第二炉側の冷却表示が跳ね上がる。
以前、結界冷却器を担当していた魔族が計器を確認した。
「温度上昇! 予備系統へ切り替えます!」
グレンが振り返らず答える。
「やれ!」
担当は即座に操作する。
流れが切り替わる。
一瞬落ちた冷却量が戻った。
「予備正常!」
「そのまま見とけ!」
「了解!」
グレンは進む。
古い隔壁。
以前、一人通れるだけ開けた場所がそのまま残っている。
その隙間を抜ける。
後ろで大きな音がした。
ヴァルドの押さえる操作杆が戻ろうとしている。
「グレン!」
「まだ持たせろ!」
「分かっている!」
王都地下。
「十秒経過!」
設備班が叫ぶ。
第一炉の温度が上がっている。
アルトの腕に力が入る。
それでも聖剣には触れない。
セリアは表示器だけを見る。
出力を上げれば楽になる。
だが、上げない。
必要な位置だけを維持する。
「少し落ちた!」
トーマが言う。
「分かってる!」
セリアが僅かに補う。
針が戻る。
エリスの結界へ細かな破片が当たった。
結界は広がらない。
作業員と操作部だけを守り続ける。
架台が再び軋む。
バルガスは位置を変えなかった。
「まだ持つぞ!」
「二十秒!」
トーマが温度表示を見る。
上昇は試験時と同じ。
まだいける。
「そのまま!」
魔王城。
魔王まで、あと数歩。
中枢からの圧が強くなる。
息が重い。
金属が耳障りな音を立てる。
グレンは顔をしかめた。
魔王がこちらを見る。
「人間」
「何だ」
「なぜ、我と戦わぬ」
グレンは足元を確かめながら進む。
「俺じゃ勝てん」
もう一歩。
「直せる方をやる」
魔王は何も言わなかった。
その時、グレンの前の床が崩れた。
一歩分。
それだけ。
だが、このままでは届かない。
設備担当が叫ぶ。
「足場を!」
「そこだけ!」
グレンが膝をつく。
砕けた石へ手を置いた。
破片は残っている。
「《完全修復》」
一人分の床だけが戻る。
その先は直さない。
グレンは立つ。
踏み込む。
「あと十秒!」
遠く、保守通信の表示が点滅した。
王都側からの残り時間だ。
ヴァルドが吠える。
「まだだ!」
操作杆が軋む。
固定爪が震える。
四天王たちも持ち場を離れない。
魔王の身体が再び王都の方角へ引かれかけた。
魔王は自ら腕を押さえた。
「……我は」
足を止める。
「ここにいる」
グレンが魔王の前へ出た。
手を伸ばす。
古代中枢が最後のように震えた。
「あと五秒!」
グレンの指が届く。
魔王の腕を掴んだ。
「捕まえた」
「《完全修復》」
触れた瞬間、構造が流れ込んできた。
生きている。
消えていない。
千年以上絡みついた中枢との接続。
それでも、元の形は残っている。
壊れている。
なくなってはいない。
グレンが直す場所は、一つだった。
光が走った。
中枢から魔王へ伸びていた線がほどける。
歪んでいた生命の構造が戻る。
設備側へ食い込んでいたものが離れていく。
グレンの腕が重くなる。
頭の奥が焼けるように熱い。
それでも手は離さない。
「戻れ」
最後の接続が外れた。
王都地下。
「三十秒!」
トーマが即座に叫ぶ。
「解除!」
セリアが魔力を切る。
アルトが金属輪をゆっくり戻す。
バルガスは架台が完全に止まるまで支え続けた。
エリスも作業員を見てから結界を解く。
設備班が表示器を確認する。
「出力、戻ります!」
「温度低下!」
「異常なし!」
トーマは第一炉を見る。
「よし」
魔王城地下。
音が消えた。
長く鳴り続けていた金属音も。
床の振動も。
空気を押し潰すような魔力圧も。
静かだった。
グレンは魔王の腕から手を離した。
膝が少し落ちる。
ヴァルドが操作杆を離れ、すぐに魔王へ駆け寄った。
「魔王様!」
魔王は立っていた。
中枢から伸びていた光はない。
背後の表示器も静かになっている。
書記官が息を呑んだ。
「表示が……」
以前まで何度も反応していた文字。
【もう一方の炉へ接続せよ】
そこに光は戻らなかった。
魔王がゆっくり目を開く。
自分の手を見る。
次に、中枢を見る。
最後にグレンを見た。
「……ここは」
グレンは床へ片手をついたまま答えた。
「お前の職場だ」
――第12話 魔王を直す 了
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次回はいよいよ最終話です。
グレンたちの仕事がどこへ着地するのか、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。




