第13話(終話)「明日の仕事」
「お前の職場だ」
グレンがそう言うと、魔王はしばらく黙って中枢を見ていた。
長く鳴り続けていた金属音は、もうしない。
床も揺れていない。
背後の表示器も静かなままだ。
「……魔王様」
ヴァルドが呼ぶ。
魔王はゆっくり顔を向けた。
「ヴァルド」
「はい」
それだけで、ヴァルドの肩から僅かに力が抜けた。
魔王は自分の手を見た。
握る。
開く。
もう一度、中枢を見る。
そして、王都がある方角へ視線を向けた。
「……王都は」
グレンが顔を上げる。
「何だ」
魔王はしばらく黙った。
「いや」
それ以上は言わなかった。
代わりにヴァルドへ向き直る。
「全軍へ伝えよ」
ヴァルドが姿勢を正す。
「王都への侵攻を停止する」
「……御意」
短い返事だった。
だが、迷いはなかった。
グレンは床へついていた手を離し、ゆっくり立ち上がった。
身体は重い。
さすがに魔王一人を丸ごと直すのは、壁や配管とは訳が違った。
それでも立てる。
なら問題ない。
「さて」
グレンは周囲を見る。
ヴァルドが振り返った。
「まだ何かあるのか」
「ある」
「何だ」
グレンは第二炉の横へ伸びる配管を指した。
中枢を調べ始めた時から気になっていた。
古い設備の中で、そこだけ妙に回り道をしている。
曲がり。
継ぎ足し。
不自然な支持金具。
どう見ても後から繋いだ配管だった。
「一個聞いていいか」
魔王が見る。
「あれ誰がやった」
「どれだ」
「あの西側の配管」
魔王は配管を目で追った。
少し考える。
「あれか」
「知ってるのか」
「事故時に我が繋いだ」
グレンが止まった。
「……お前か」
「停止まで時間がなかった。冷却を維持するための応急処置だ」
グレンはもう一度配管を見る。
それから魔王を見る。
「あの変な配管やったのお前か!!」
「変とは何だ。必要な処置だった」
「応急処置を千年使うな!」
ヴァルドが配管を見上げた。
「……我らが増設したものではなかったのか」
「違う」
「千年前から?」
「そうだ」
グレンは額を押さえた。
魔王城に来てから何度見たか分からない。
応急処置。
継ぎ足し。
その場では正しい。
そして誰も戻さない。
「記録は」
魔王が黙った。
「残したのか」
「……停止作業中だった」
「残してねえのか!」
「時間がなかったと言っている」
「だから後で残せ!」
設備担当の魔族が小さく手を挙げた。
「今から残します」
グレンが即座にそちらを見る。
「そうしろ」
「はい」
「あと西側全部点検しろ。似たのがあったら勝手に外すな。何のためにあるか確認してからだ」
「了解しました」
「冷却器の記録も続けろ」
「はい」
「予備への切り替え手順も書いとけ」
「はい!」
グレンは頷いた。
もう自分が全部やる必要はない。
ヴァルドが言う。
「残りは直さぬのか」
「直さない」
「なぜだ」
グレンは工具袋を拾い上げた。
「お前らでやれ」
設備担当たちを見る。
「もう分かるだろ」
何人かが顔を見合わせる。
やがて、一人が頷いた。
「はい」
グレンはそれで十分だった。
王都へ戻ったグレンが復旧局の扉を開けると、最初に気づいたのはトーマだった。
「主任」
「おう」
トーマは手に持っていた書類を机へ置いた。
少し黙る。
「説明が足りません」
「分かっただろ」
「三十秒しか分かってません」
「十分だろ」
「十分じゃないです」
「持ったんだろ」
「持ちましたけど」
「ならいい」
トーマは納得していない顔だった。
それでもすぐに仕事の顔へ戻る。
「第一炉は固定機構を元へ戻しました。ほかは触ってません」
グレンが見る。
「それでいい」
トーマが一瞬だけ止まった。
「……はい」
それだけだった。
そこへ奥からラガンが出てきた。
「戻ったか」
「戻りました」
「魔王は」
「直しました」
ラガンは少しだけグレンを見る。
「そうか」
そして机の上の書類を一枚取った。
「陛下がお呼びだ」
グレンの眉が寄る。
「どこ壊れました」
「壊れてない」
「じゃあ後で」
「今行け」
「仕事あります」
「褒美の話だ」
グレンはさらに嫌そうな顔をした。
「余計に後でいいです」
「行け」
「局長」
「行け」
グレンは諦めた。
王の前に立っても、グレンの格好はいつもと大して変わらなかった。
工具袋こそ置いてきたが、現場帰りの服だ。
王はそれを咎めなかった。
「グレン・メイソン」
「はい」
「魔王軍より、王都への侵攻停止が伝えられた」
「そうですか」
「王都地下の異常も収まったと聞いている」
「第一炉は直してません」
王が一瞬止まる。
「……そうなのか」
「必要なところだけです」
横にいるラガンが何も言わない。
王は小さく頷いた。
「ともあれ、お前の働きによって王都への脅威は大きく減った」
「俺一人じゃありません」
「それも聞いている」
王は椅子へ背を預けた。
「望むものを言え」
グレンは少し考えた。
「復旧局の予算を三倍に」
王が黙った。
ラガンも黙った。
「……それがお前への褒美か」
「あと、人員を三十人」
ラガンが横から口を挟んだ。
「三十で足りるのか?」
グレンが黙る。
王も待つ。
「……四十人で」
「そうしろ」
王が額へ手を当てた。
「よかろう」
グレンが顔を上げる。
「四十人で?」
「予算も三倍だ」
「ありがとうございます」
返事だけは妙に早かった。
王が少しだけ笑う。
「お前自身が欲しいものはないのか」
グレンは考えた。
「人が増えれば、現場が回ります」
「そうか」
王はそれ以上聞かなかった。
王都には、いつもの朝が戻っていた。
水路には水が流れている。
荷車が道を通る。
店先では朝の支度が始まり、人が荷を運び、道を掃き、それぞれの仕事へ向かっていた。
グレンは歩きながら水路を見る。
問題なし。
道を見る。
問題なし。
少し離れた場所では、トーマが復旧局員へ指示を出していた。
グレンの方へ確認には来ない。
必要なことを自分で決めている。
さらに向こうでは、ラガンが役人相手に書類を広げていた。
たぶん増員の話だ。
グレンは通りを見渡した。
水が出る。
道が通る。
人が働いている。
「よし」
「グレンさん!」
聞き覚えのある声が飛んできた。
グレンは振り返った。
アルト。
セリア。
エリス。
バルガス。
四人とも、なぜか少し誇らしげだった。
グレンは嫌な予感がした。
「……何だ、その顔」
アルトが胸を張る。
「今回はかなり抑えました!」
「何を」
「戦闘被害です!」
やっぱりか。
セリアが指を折る。
「人的被害なし。建物被害なし」
エリスが続ける。
「怪我人もいません」
バルガスが大きく頷いた。
「地下水路も無事だ!」
「もうそこを自慢するのやめろ」
「重要だろう!」
バルガスが胸を張る。
「重要だけど、お前が言うと違う」
アルトが一枚の報告書を差し出した。
グレンが受け取る。
一枚。
それだけだった。
「で」
四人が黙る。
「何壊した」
アルトが視線を逸らす。
「……柵です」
「何本」
「一本」
「一本だけです!」
「だけって言うな」
セリアが腕を組む。
「でも、かなり古い柵よ」
「壊した理由を設備側に寄せるな」
エリスが小さく手を挙げる。
「場所は確認してあります」
「そうか」
アルトが恐る恐る聞いた。
「でも今回は、かなり上手くできましたよね?」
グレンは四人を見る。
以前なら、報告書一枚では済まなかった。
今は柵一本。
「……ああ」
四人の顔が一気に明るくなった。
グレンは報告書を折り、工具袋を担ぎ直した。
「じゃあ、その一本直しに行くぞ」
「はい!」
四人がついてくる。
その後ろで、バルガスがもう一度胸を張った。
「本当に地下水路は無事だぞ!」
グレンが振り返った。
「もう分かったわ!!」
――そして、明日の仕事へ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
全13話、これにて完結です。
楽しんでいただけましたら、是非、評価や感想をいただけるととても嬉しいです。




