第8話「王都と同じだ」
「……どっかで見たな」
グレンは古い継手から目を離さなかった。
ヴァルドが隣から覗き込む。
「どこでだ」
「待て」
工具袋から測定具を出す。
継手の太さ。
接続部の位置。
表面に残った刻印。
三つ目を確かめたところで、記憶が繋がった。
何度も潜った場所だ。
王都地下。
城壁よりさらに下を走る、用途不明の古い導管。
「王都だ」
「何?」
「王都の地下に、これと同じ作りの管がある」
設備担当の魔族が首を傾げた。
「王国から持ち込んだ物ではないのか」
「違う。向こうも誰が造ったか分かってない」
グレンは周囲の配管を見た。
「どこまでがお前らのだ」
「こちらは我々が増設した。その隣は二百年ほど前のものだ」
「この太いのは?」
「元からある」
グレンは太い本管を叩いた。
「この先も?」
「ああ」
「よし」
ヴァルドが聞く。
「何がだ」
「調べるなら、ここから先だ」
歩き出したところで、背後から魔族兵が走ってきた。
「新しい依頼です!」
紙を差し出す。
上の方に黒く塗り潰した跡がある。
「……何消した」
「最優先です」
「書くなって言っただろ」
「なので消しました」
「最初から書くな」
「次からそうします」
「そこは素直なんだな」
ヴァルドが前を向く。
「地下へ行くぞ」
「はいはい」
グレンは本管を追った。
本管は城のさらに下へ続いていた。
階段の先に、分厚い隔壁がある。
ヴァルドが大剣へ手を掛けた。
「この先だ。壊す」
「待て。壊すな」
「開かぬのだぞ」
「直すかもしれん」
ヴァルドの手が止まった。
グレンは扉脇の装置を見る。
魔力で動かす部分は欠けている。
だが下の蓋を外すと、手で開ける古い機構が残っていた。
「こっちは使える」
「直すのか」
「扉は直さなくていい。開けばいい」
魔族兵二人に手伝わせて機構を回す。
隔壁が重い音を立てて開いた。
人一人が通れる幅で止める。
「全部開けないのか」
「通れるだろ」
「……通れる」
「なら終わり」
グレンは先へ進んだ。
扉の向こうで、景色が変わった。
継ぎ足しの配管も補修板もない。
壁から床まで、同じ古い構造で揃っている。
グレンは周囲を見た。
「上の古い部分、ここを土台にしてるな」
設備担当が頷く。
「古い構造を利用して城を広げたとは聞いている」
ヴァルドが前を見る。
「この先はほとんど使っていない」
「何で」
「何の装置か分からぬ物が多い。昔、動かして異常が出た」
「それから触ってない?」
「ああ」
「それでいい」
「……貴様でもそう言うのだな」
「分からんもんを勝手に動かすな。普通だ」
ヴァルドが鼻を鳴らす。
「昨日、昇降機を何度も再起動していた者にも言っておこう」
「全員に言え」
少し進んだところで、グレンが足を止めた。
壁の下部に小さな刻印がある。
汚れを拭う。
その横の配管。
支え方。
固定位置。
もう迷わなかった。
「……王都と同じだ」
「何がだ」
「この辺全部だ」
「全部?」
グレンは壁を指した。
「この印も、管の付け方も」
周囲を見回す。
「部品だけ似てるんじゃない。ここそのものが王都地下と同じ作りだ」
ヴァルドの表情が変わった。
「王国が造ったのか」
「違う。王都の方も王国が造った物じゃない」
「では、誰が」
「分からん」
グレンは古い壁を見る。
「ただ、王国より前。魔族より前。それだけは間違いない」
設備担当が刻印を見つめた。
「これまで、ただ古い印だと思っていた」
「俺も王都でそう思ってた」
「王都では使っているのか」
「使ってる部分もある。分からんまま避けてる部分もある」
グレンは本管を見る。
「向こうも、ここと大して変わらん」
通路の先に、小さな部屋があった。
中には古い棚と、壁一面の設備図。
線と記号が複雑に走っている。
ヴァルドが図を見る。
「読めるのか」
「文字は読めん」
「では何を見ている」
「管の繋がりだ。それなら分かる」
壁面には、大きな円が二つ描かれていた。
その間を何本もの線が繋いでいる。
グレンは片方を指した。
「こっちが今いる場所だな」
「では、もう一つは?」
図の端に残った方角。
円の周囲から伸びる管の数。
王都地下で見たものと合う。
「……この二つ、一緒に使う設備だ」
「二つで?」
「この炉と、もう一つ」
反対側の円を指す。
「たぶん、こっちが王都だ」
設備担当が息を呑んだ。
ヴァルドが低く言う。
「王都と魔王城が繋がっているのか?」
「まだそこまでは分からん」
グレンは首を振った。
「分かったのは、同じ炉が二つあって、二つで一組だったってことだけだ」
設備担当が図へ顔を寄せる。
「だが、二つの炉の間に道はない」
「人が通る道じゃない」
グレンは二つの円を結ぶ線を指した。
「魔力か、何かの命令か。二つの炉でやり取りしてたんだろ」
「何を?」
「それを今から調べる」
部屋の奥に、壊れた制御盤があった。
表示盤は割れ、内部も何か所か欠けていた。
ヴァルドが横から覗く。
「これも直すのか」
「全部は直さない。記録だけ見られればいい」
「全部戻せないのか」
「全部は無理だ。でも記録だけならいける」
グレンは設備担当を見る。
「今使ってる魔力、ここへ少し回せるか」
「可能だ」
「文字が出るだけでいい。入れすぎるなよ」
仮の配線が繋がる。
グレンは表示盤へ手を置いた。
「《完全修復》」
割れた盤面が戻った。
内部の接点が繋がる。
少量の魔力が流れ、弱い光が点く。
古い文字が並んだ。
ヴァルドが覗く。
「読めるのか」
「読めん」
「……直したのに?」
「直すのと読むのは別だ」
「古文書を扱える者を呼べ!」
ヴァルドの命令が飛んだ。
やってきた年嵩の書記官が、表示盤へ顔を近づける。
「全ては読めません。消えている場所もあります」
「読めるところだけでいい」
書記官がゆっくり文字を追う。
「……二号炉。二つの炉の動きに異常」
グレンは設備図の二つの円を見る。
「続きは?」
「緊急停止、開始」
その下。
「全員退避命令」
ヴァルドの顔が険しくなった。
「ただの故障ではないな」
「人を逃がす事故だ」
書記官の指が止まる。
「管理責任者……中枢区画に残留」
グレンが顔を上げた。
「逃げてないのか」
「はい。その後、手動で停止作業を継続」
「なぜ残った」
ヴァルドの問いに、グレンは表示盤を見たまま答えた。
「誰かが止めないと、もっと酷くなったんだろ」
さらに下。
書記官が目を細める。
「管理責任者――生命反応、継続」
部屋が静かになった。
「炉を止めたって記録は?」
「ありません」
「死んだとも?」
「書かれていません」
ヴァルドが低く呟く。
「生きていたのか」
「その時点ではな」
グレンは立ち上がり、設備図へ戻った。
「この中枢区画ってどこだ」
書記官と設備担当が図を確認する。
やがて、一番奥の区画を指した。
グレンがヴァルドを見る。
「今、ここには何がある」
ヴァルドが黙った。
「何だ」
「……魔王様がおられる」
グレンの手が止まった。
「この場所に?」
「ああ」
「いつから」
「我らがこの地へ集う以前からだ」
「今の城より前?」
「そうだ」
設備担当が続ける。
「今の城は、あの区画を中心に広げられてきた」
グレンは一瞬だけ黙った。
魔王城へ来た時に見た、古い中央部と後から増やされた城壁が頭に浮かぶ。
「魔王がいつからいるか、知ってる奴は?」
ヴァルドが首を振る。
「いない」
「一番古い記録には?」
「既に魔王様がおられる」
「本人は昔のことを話さないのか」
「ほとんど語られぬ」
「覚えてない?」
「それも分からん」
まだ決めつけるには早い。
その時、書記官が声を上げた。
「待ってください。まだ表示があります」
盤面の下に、薄い文字が点いている。
「何て書いてある」
「管理責任者」
次。
「中枢制御へ接続」
グレンの目が細くなる。
そして最後。
「生命反応、維持」
ヴァルドが息を止めた。
「……まさか」
それ以上は言わなかった。
グレンも表示盤を見たまま黙る。
事故の時に残った管理責任者。
中枢へ接続されたまま消えなかった生命反応。
そして、その中枢区画には今も魔王がいる。
「まだ確かめてない」
ヴァルドが視線を向ける。
「では、何が分かった」
「この責任者が、その後どうなったのか」
グレンは奥へ続く通路を見る。
「それを魔王本人に確かめる」
ヴァルドの表情が固くなる。
「魔王様に会うつもりか」
「そのために来た」
なぜ何度も王都へ来るのか。
その理由を調べるためにここまで来た。
今、その答えに繋がりそうなものが目の前にある。
グレンは表示盤をもう一度見た。
「ただ、一つだけ分かった」
「何だ」
「魔王は――」
古い中枢へ続く通路を見る。
「最初から魔王だったんじゃない」
――第8話 王都と同じだ 了




