第7話「お前ら依頼書を作れ」
「次どこだ」
ヴァルドが固まった。
「……次?」
「北塔の扉です!」
すぐ横から声が上がった。
「結界冷却器も!」
「第二倉庫の搬入口も頼みたい!」
「医療区画の給湯管も!」
少し遅れて、別の魔族が遠慮がちに手を上げる。
「……食堂の排水も」
「一度に言うな!!」
ヴァルドの声が通路に響いた。
全員が黙る。
グレンは周囲を見回した。
「待て」
「何だ」
「今、何件ある」
誰も答えない。
北塔の兵は北塔を知っている。
補給兵は倉庫を知っている。
医療区画の者は給湯管を知っている。
だが、城全体の故障をまとめて知る者はいなかった。
「城全体で壊れてる場所、誰がまとめてる」
「各部隊の責任者が把握している」
「全部まとめてる奴は」
ヴァルドが黙る。
「……いない」
グレンも黙った。
昇降機一基の話ではなかったらしい。
「北塔だったな。行くぞ」
歩き出す。
三歩。
「ついでに西通路の照明も――」
「待て」
さらに数歩。
「南倉庫の扉も――」
「待て」
その先から、
「厨房の魔導炉も――」
グレンが止まった。
「止まれ」
今度は全員が止まる。
「口で言うな」
「ではどうする」
グレンは工具袋から紙と炭筆を出した。
木箱を台にして、数行だけ書く。
「場所、症状、いつから、止まると何が困るか。書け」
「設備ごとか?」
「故障ごとだ」
「二つなら」
「二枚。もう書け」
ヴァルドが紙を見る。
「何をしている」
「依頼書」
「我が城にはそのようなものはない」
「だから今作ってる」
グレンは紙を魔族たちへ突き出した。
「お前ら依頼書を作れ」
ヴァルドが周囲を見回す。
「紙を持ってこい。各部署から書ける者を出せ」
「はっ!」
魔王城の中央通路に、修理受付ができた。
最初に出てきたのは北塔だった。
「扉が閉まらない」
グレンは紙を見る。
「通れるか」
「通れる」
「後」
「後!?」
次。
食堂。
「半年も臭うのだぞ!」
「使えてるか」
「使えてはいる」
「今日じゃない」
「臭うのだぞ!」
「今日じゃない」
次。
結界冷却器。
「冷却能力が落ちています。停止すれば医療区画側の結界にも影響が」
「これ先」
ヴァルドが北塔の紙を見る。
「扉は防衛設備だぞ」
「重要じゃないとは言ってない」
「では、なぜ後だ」
「今は通れる。こっちは止まったら負傷兵に響く」
ヴァルドは少し考えた。
「……分かった」
グレンは結界冷却器の依頼書を一番上に置く。
「医療区画と兵舎区画。どちらの結界を優先する」
「それはお前が決めろ」
「何?」
「どこを守るかは軍の仕事だ」
グレンは依頼書を指で叩いた。
「守る場所が決まったら、何を先に直すかは俺が見る」
ヴァルドはグレンを見る。
やがて頷いた。
「医療区画を優先する」
「なら行くぞ」
結界冷却器は魔王城の中層にあった。
太い管が壁を這い、中央の箱型設備へ繋がっている。
設備担当の魔族がすぐに説明する。
「冷却流量は通常の六割。現在は予備系統へ切替済みです。今すぐ停止する状態ではありません」
「予備は正常か」
「正常だ。だから問題はない」
グレンは外装を開けた。
「だから今直せるんだろ」
担当が黙った。
原因は後付けの配管ではない。
内部の古い熱交換部が歪み、流路を狭めている。
部材は残っている。
構造情報も読める。
「いけるな」
グレンが手を置く。
「《完全修復》」
歪んでいた部材が元の形へ戻った。
低い音とともに、魔力流が通り始める。
担当魔族が計器を見る。
「流量、正常値まで復帰」
「予備へ切り替えろ」
「直したばかりだぞ」
「やれ」
担当は操作盤へ向かった。
本系統を止める。
予備系統へ切り替わる。
流量を確認。
異常なし。
本系統へ戻す。
今度は言われる前に、流量、温度、切替表示を順に確認した。
「異常なし」
グレンが頷く。
「分かってるじゃないか」
「操作ならな」
「なら記録も残せ」
担当は嫌そうな顔をした。
だが、紙を取り出した。
ヴァルドは何も言わなかった。
同じ頃、王都の西側でも小さな騒ぎが起きていた。
王都近郊に現れた魔物の群れを、勇者たちが迎え撃つ。
アルトが剣を構える。
踏み込みは浅い。
一閃。
先頭の魔物だけが倒れた。
「よし」
セリアが杖を上げる。
左右を確認する。
「この範囲なら建物には届かない」
魔法が群れの中央だけを焼いた。
エリスも聖域を広げすぎない。
逃げ遅れた人々のいる場所だけを包む。
そしてバルガスが斧を構えた。
振り下ろす直前、止まる。
地面を見る。
近くの復旧局員を見る。
「地下水路は!?」
「ここにはありません!」
「よし!!」
セリアが振り返った。
「そこまで喜ぶこと?」
「大事だろ!」
斧が振り下ろされる。
地面はへこんだ。
だが、地下水路は無事だった。
ほどなく戦闘は終わった。
負傷者なし。
建物被害なし。
街道脇の古い柵が一本、折れていた。
アルトが見る。
「……一本」
セリアも見る。
「一本ね」
バルガスが胸を張る。
「かなり減ったな!」
誰も否定しなかった。
アルトは近くにいたトーマへ声を掛けた。
「次は何を手伝えばいい?」
トーマは周囲を見る。
荷車が道の端で止まっている。
倒れた魔物の処理も残っていた。
「倉庫は後です。まず街道を空けます」
「グレンさんの指示?」
「いえ」
トーマは少し考える。
「主任なら、そうすると思います」
アルトは頷いた。
「じゃあ、運びます」
四人が動き出した。
グレンがいなくても、王都の仕事は止まっていなかった。
魔王城へ戻ったグレンの足が止まった。
「……増えてるな」
中央通路の木箱。
その上に依頼書が十数枚積まれている。
横では、まだ魔族が書いていた。
ヴァルドが言う。
「貴様が書けと言ったのだろう」
「言ったけどな」
グレンが一枚取る。
書かせた項目の上に、大きな文字が追加されている。
――最優先。
次の紙。
――最優先。
三枚目。
――最優先。
グレンの眉が動く。
四枚目。
――最優先。
「おい、待て」
「何だ」
「この『最優先』は何だ」
近くにいた北塔兵が答えた。
「重要なので書いておいた」
食堂の担当も頷く。
「我が部署も重要だ」
別の魔族が口を挟む。
「こちらも当然、最優先だ」
グレンはもう一枚めくった。
最優先。
その下も。
最優先。
「誰が最優先って書けと言った」
魔族たちが顔を見合わせる。
一人が首を傾げた。
「重要なのだから、書いた方が分かりやすいだろう」
「全部重要なのは分かってる」
「ならば全て最優先ではないのか?」
「違う!」
通路中の魔族が振り返った。
グレンは紙の束を持ち上げる。
「最優先が十二件あったら最優先じゃない!」
ヴァルドが腕を組む。
「皆、自分の持ち場が最も重要だと思っている」
「気持ちは分かる」
一拍置く。
「だから依頼する側に順番決めさせてないんだよ」
グレンは木箱の上を空けた。
依頼書を一枚ずつ並べ直していく。
「上から順だ」
食堂の担当が身を乗り出す。
「排水は?」
グレンが下の方を指す。
「そこ」
「半年も困っている!」
「半年使えてる」
北塔兵も覗き込む。
「扉は」
「冷却器の次」
「先ほど後と言ったではないか」
「だから後だろ」
「……」
北塔兵は自分の依頼書を見る。
グレンが言う。
「後回しってのは、重要じゃないって意味じゃない」
「では、何だ」
「今すぐ困るものを先にするって意味だ」
北塔兵は少し考えた。
扉は閉まらない。
だが、通れる。
「……そういう意味か」
「ああ」
ヴァルドが並べられた依頼書を見る。
「以後、修理依頼はここへ集めろ」
周囲の魔族が頷く。
グレンは顔を上げた。
「勝手に最優先って書くなよ」
数人が目を逸らした。
「聞いてるか」
返事はなかった。
グレンはヴァルドを見る。
「あと、俺がいる間だけな」
「なぜだ」
「俺はここに就職しに来たんじゃない」
ヴァルドが黙った。
次に選んだのは、結界冷却器へ繋がる古い遮断系統だった。
冷却流量が正常に戻ったことで、それまで目立たなかった小さな漏れが出ている。
担当魔族が言う。
「まだ動いているぞ」
「知ってる」
「ならなぜ見る」
「壊れる前に直せるからだ」
グレンは外装板を外した。
その手が止まる。
内部の継手だけ、周囲と作りが違った。
古い。
だが雑ではない。
むしろ妙に精密だった。
グレンは表面の汚れを指で拭う。
刻印が現れる。
「どうした」
ヴァルドが聞く。
グレンは答えない。
継手をもう一度見る。
「これ、どこから持ってきた」
担当魔族が首を傾げた。
「持ってきた?」
「この部品だ」
「知らん。我らがこの城を使い始める以前からある」
グレンは黙った。
もう一度、刻印を見る。
何かが引っかかる。
「直せぬのか」
「そうじゃない」
グレンは継手から目を離さなかった。
「……どっかで見たな」
――第7話 お前ら依頼書を作れ 了




