第4話「じゃあ、俺が行く」
あの襲撃から、五日が経った。
西街道には荷車が戻っていた。
中央水路には水が流れ、通りの店も営業を再開している。
南三番街では、あの老人が直った家の前に椅子を出していた。
グレンと目が合う。
「おう」
「ああ」
それだけだった。
老人は日向へ顔を戻し、グレンも足を止めない。
西街道では、若い局員が数人の職人を動かしていた。
道脇に積まれていたはずの石材が、三か所に分けられている。
グレンが足を止めた。
「それ、誰の指示だ」
若手が振り返る。
「自分です」
「理由は?」
「前回、一か所に置いて全部埋まりましたから」
グレンは石材を見る。
「……そうだったな」
隣のトーマが笑った。
「主任、先回りされましたね」
「いいことだ」
「悔しくないです?」
「何でだよ」
若手は笑いながら職人たちへ戻った。
その先では、西街道最後の本復旧が終わろうとしている。
石工が手を上げた。
「主任! 荷重試験、問題なしです!」
「沈みは?」
「ありません!」
「なら開けろ」
柵が外される。
待っていた荷車が一台、二台と石畳を通っていった。
トーマが息を吐く。
「やっと終わりましたね」
「ああ」
カン。
二人の動きが止まった。
カン、カン、カン――。
警鐘。
トーマが口を開く。
「主任」
「言うな」
「まだ何も言ってません」
騎士が通りを駆けてきた。
「魔王軍接近! 北西、北、西の三方向! これまでで最大規模です!」
グレンが眉を寄せる。
「いつもの倍じゃねえか」
「少なくとも!」
ほどなくアルトたちも到着した。
全員、すでに戦闘装備だ。
アルトが聖剣に手をかける。
「俺たちが出ます」
「ああ」
セリアが地図を広げた。
「私とアルトが中央、バルガスが西。エリスは避難と負傷者対応をお願い」
「分かりました」
エリスが頷く。
その横で、バルガスも地図を睨んでいた。
やがて太い指で一点を叩く。
「地下はない! 確認した!」
グレンも地図を見る。
確かにない。
「……成長したな」
「ガハハ!」
セリアが呆れた顔を向ける。
「そこ褒めるところなの?」
アルトがグレンを見る。
「できるだけ王都から離して止めます」
今度は誰も笑わなかった。
グレンは頷く。
「頼む」
四人が城門へ走る。
グレンも復旧局へ向き直った。
「こっちも動くぞ!」
局員たちが散る。
「重要資材は分けろ! 水路は緊急遮断できるようにしとけ!」
すぐ若手の声が返った。
「石材はもう三か所に分けました!」
グレンがそちらを見る。
「……そうか」
トーマが横から言う。
「また先回りされましたね」
「仕事が早くて何が悪い」
遠くで爆音が響いた。
戦闘が始まった。
しばらくして、騎士団の伝令が駆け込んでくる。
「主任! 南橋を落としました!」
グレンの手が止まる。
「理由は」
「敵騎兵を止めるためです!」
「住民は?」
「全員退避済みです。敵部隊も南岸で止まりました!」
「分かった」
グレンは橋梁班へ顔を向けた。
「戦闘が終わったら仮橋を最優先!」
「はい!」
伝令が戻っていく。
トーマが小さく言った。
「必要だったんですよね」
「ああ」
グレンは南の方角を見る。
「……でも直すの俺らなんだよ」
その直後、上空で大きな光が弾けた。
セリアの魔法と敵の攻撃がぶつかる。
王都への直撃はない。
代わりに強い風圧が街を抜けた。
「主任!」
局員が走ってくる。
「西側の送水塔が傾きました!」
「倒れるか?」
「まだ持ってます!」
「支柱三本!」
「二本でも持つと思います!」
「次の衝撃まで考えろ!」
「三本入れます!」
さらに別の声。
「主任! 西街道!」
朝まで通れていた道の脇。
本復旧を終えた石畳そのものは残っている。
そのすぐ横が沈んでいた。
トーマが顔をしかめる。
「朝、終わったばかりなのに……」
グレンはしゃがんで路面を見る。
「終わったところは持ってる」
亀裂は新しい。
「新しい方だけ止めろ。通行幅は残せ」
「はい!」
日が傾く頃、魔王軍が退いた。
アルトたちが戻ってくる。
四人とも泥と埃まみれだった。
だが、敵を王都へ入れてはいない。
アルトが被害を見渡した。
「……すみません」
「謝るな」
「でも」
「お前らが止めなきゃ、これで済んでない」
アルトは少し黙ってから、袖をまくった。
「手伝います」
「いいのか。戦った後だろ」
「放って帰れません」
「じゃあ頼む」
アルトが瓦礫へ向かう。
一つの石材へ手を伸ばしかけて、途中で止まった。
「これ、捨てない方がいいですよね?」
グレンが確認する。
割れてはいるが、まだ使える。
「ああ」
アルトが少し嬉しそうに頷いた。
「やっぱり」
「……覚えたな」
セリアが横から口を挟む。
「散々言われたものね」
「教育した覚えはない」
アルトが笑った。
「怒られた覚えはあります」
「怒ってない」
「怒ってたわよ」
セリアが即答した。
少し離れたところでは、バルガスが大きな瓦礫へ手を伸ばしていた。
一度止まる。
足元を見る。
左右を見る。
地面を軽く踏む。
それから瓦礫を持ち上げた。
グレンは何も言わなかった。
夜。
仮設机の上に復旧予定表が広げられていた。
南橋。
送水塔。
西街道。
また新しい予定が増えている。
トーマが報告書を置いた。
「南橋は明日の昼までに仮橋。送水塔も朝までには安定します」
「ああ」
グレンは予定表を見たまま聞いた。
「……これ、全部直せるんだよな」
「はい」
「時間と材料があれば?」
「直せます」
グレンは黙った。
しばらくして言う。
「で、また来る」
トーマは答えなかった。
そこへ騎士が入ってきた。
「魔王軍の撤退を確認しました。ただ、魔王城方面で再編成の動きがあります」
グレンが顔を上げる。
「いつ来る」
「分かりません」
グレンは予定表へ視線を戻した。
明日かもしれない。
数日後かもしれない。
もっと先かもしれない。
だが、撃退するたびに同じことを繰り返している。
「……もういい」
トーマが顔を上げた。
「主任?」
グレンが立つ。
「こっちで何度直しても終わらん」
アルトたちも、その声に振り返った。
グレンは魔王城のある方角を見る。
「向こうを見てくる」
アルトが聞き返す。
「向こうって……」
「魔王城だ」
全員が黙った。
セリアが最初に口を開く。
「何をしに?」
「知らん」
「知らないのに行くの?」
「だから行くんだよ」
グレンは机の上の復旧予定表を指した。
「こっちで壊れた場所だけ見てても、原因が分からん」
「何で何度も来るのか。向こうで何が起きてるのか」
一拍。
「原因の現場を見てくる」
アルトがすぐに前へ出た。
「だったら俺たちも行きます!」
「来るな!!」
復旧局にグレンの声が響いた。
四人が止まる。
「お前らが一番来るな!!」
アルトが目を丸くした。
「なんでですか!?」
「お前ら連れてったら、向こうでも直す場所増えるだろ!!」
セリアが即座に言い返す。
「敵の城よ!?」
「だからだよ!!」
バルガスが首を傾げた。
「敵の城なら壊していいだろ!」
「直すかもしれねえだろ!!」
沈黙。
アルトが恐る恐る聞く。
「……魔王城を?」
「知らん!」
グレンが吐き捨てる。
「何があるか分からんうちに壊すな!」
バルガスが腕を組む。
「敵しかいないんじゃないのか?」
「だからそれを見に行くんだよ!!」
「ああ!」
「納得するな!」
セリアが額を押さえた。
アルトだけはまだ表情を崩さなかった。
「でも、グレンさん一人では危険です」
今度はグレンも声を落とす。
「お前らは王都に残れ」
アルトが黙る。
「次に魔王軍が来た時、誰がここを守る」
四人が王都を見る。
まだ仮橋を組んでいる。
送水塔には支柱が入っている。
西街道でも作業が続いていた。
グレンは続ける。
「俺は戦いに行くんじゃない」
「向こうで何が起きてるのか、見てくるだけだ」
アルトはしばらく迷っていた。
やがて小さく頷く。
「……分かりました」
「王都は任せろ!」
バルガスが胸を叩く。
セリアが横を見る。
「今度は地面も守りなさいよ」
「もちろんだ!」
グレンは一瞬だけバルガスを見る。
「……頼むぞ」
「任せろ!」
局長室。
グレンが扉を開けた。
「局長」
ラガンは書類から顔も上げなかった。
「駄目だ」
「まだ何も言ってません」
「魔王城へ行くんだろ」
「……はい」
「駄目だ」
「理由くらい聞いてください」
ラガンが顔を上げる。
「聞いたら通してしまいそうだから、先に止めた」
「じゃあ聞いてください」
「戦えるのか」
「無理です」
「帰ってこられる保証は」
「ありません」
「却下だ」
グレンは復旧記録を机へ置いた。
「勇者たちは悪くありません」
ラガンは黙って聞く。
「騎士団も正しい」
「ああ」
「俺たちも直せます」
「なら何が問題だ」
「終わらないことです」
ラガンの表情が変わった。
グレンは復旧記録を指す。
「何度追い返しても、また来る」
「なら、何で来るのか確認する必要があります」
「魔王軍に聞くつもりか」
「話が通じれば」
「通じなかったら」
「帰ります」
「簡単に言うな」
グレンは少しだけ肩をすくめた。
「原因の現場を見てきます」
「魔王城を現場扱いするな」
「現場でしょう」
「敵地だ」
「だから確認しに行くんです」
ラガンは窓の外を見る。
橋梁班が仮橋を組んでいる。
配管班が水路を確認している。
若い局員が職人たちへ指示を出していた。
「お前がいなくても回るのか」
「回るようにしてきました」
ラガンはしばらく黙った。
やがて息を吐く。
「王都はこちらで持たせる」
グレンが顔を上げる。
「行ってこい」
「ありがとうございます」
「一つだけ条件だ」
「何です?」
「戻ってこい」
「戻ります」
「根拠は」
グレンは少し考えた。
「仕事残ってますから」
ラガンが目を閉じる。
「……それを根拠と言うのはお前くらいだ」
翌朝。
王都の門。
グレンの腰に剣はなかった。
ぶら下がっているのは、使い込まれた工具袋。
背には補修材。
鞄には測定具、簡易図面、水、保存食。
トーマがその装備を見る。
「……主任」
「何だ」
「剣は?」
「使えん」
「盾は?」
「重い」
「魔王城ですよ?」
グレンは工具袋を担ぎ直した。
「だから何だ」
城門の向こうを見る。
「現場だろ」
歩き出す。
背後では水が流れている。
南橋では仮橋の工事が進み、西街道を荷車が走っていた。
復旧局員たちは、もう今日の仕事を始めている。
グレンは振り返らなかった。
一人、魔王城へ向かった。
――第4話 じゃあ、俺が行く 了




