第2話「勇者様、また壊しましたね?」
「どこ壊した」
グレンが聞くと、四人は揃って目を逸らした。
最初に手を挙げたのはアルトだった。
「……西側を、少し」
「『少し』は禁止」
「はい……」
グレンは報告書へ目を落とす。
「場所」
「西街道です」
「範囲」
「百メートルほど」
「他」
「倉庫が一棟と、民家が二軒」
グレンは紙をめくった。
「噴水」
「……はい」
アルトの肩がわずかに下がる。
「でも、あそこで受けなければ避難していた人たちに――」
「分かってる」
グレンは報告書から目を上げた。
「でも壊れたものは直さなきゃならん」
「……はい」
そこへ局員が駆けてきた。
「主任! 西通りの仮設路、幅はどこまで取ります!」
「荷車一台。対向は明日」
「了解!」
局員が走り去る。
グレンはアルトを見る。
「続けろ」
「はい……」
セリアが一歩前へ出た。
「次は私ね」
「北区画」
「そう」
「被害は」
「北塔一棟」
「一棟」
「ヴァルドの魔力障壁を破るため、出力は三割まで落としたわ」
グレンが顔を上げる。
「三割?」
「ええ」
「なんで塔が消えてる」
「三割だから一棟で済んだの」
その時、別の局員が走ってきた。
「主任! 北塔、基礎までありません!」
グレンはゆっくりセリアを見る。
「……基礎も?」
「衝撃が地下へ抜けたのね」
「被害は計算内?」
「計算内よ」
「含めるな」
「それを含めないと撃てないのよ!」
「じゃあ撃つ場所を選べ」
セリアは北塔跡へ目をやった。
「……選んだ結果が一棟なのよ」
「胸張るな。次」
「……分かったわよ」
エリスが恐る恐る一歩前へ出る。
「わ、私ですね」
「負傷者」
「全員治療しました」
「死者」
「いません」
「そうか」
エリスの肩から力が抜ける。
「ならいい」
「ありがとうございます」
「広場は?」
エリスが固まった。
「……」
「エリス」
「……申し訳ありません」
避難民を守るために張った大障壁。
人への被害は完全に防いだ。
その代わり、衝撃を逃がした中央広場の石畳は広範囲に砕けている。
「人が無事なら石は直せる」
エリスは小さく頭を下げた。
「はい」
「最後」
待ってましたとばかりに、バルガスが胸を張る。
「俺は何も壊してないぞ!」
アルト、セリア、エリスがそっと半歩離れた。
「本当だな?」
「当然だ! 正面から全部受け止めた! 後ろの建物には一発も通してない!」
「どこで」
「中央通りだ!」
その瞬間。
「主任ー!」
復旧局員が全力で走ってきた。
「中央通りの地下水路、三本破断です!」
沈黙。
バルガスがゆっくり振り返る。
「……地下水路?」
「お前、攻撃の衝撃どこへ逃がした」
「地面だ」
「その下に何がある」
バルガスが固まった。
「……地下水路」
「で、それを壊したのは誰だ」
「……」
「お前だ」
「俺か!?」
「地下水路に攻撃を受け止めさせるな」
バルガスの口が開いたまま止まった。
アルトが深く頭を下げる。
「本当にすみません」
「止めろとは言ってない」
四人が顔を上げる。
「お前らが止めなきゃ、もっと酷いことになってたのは分かってる」
少しだけ空気が緩む。
「もう少し壊さずに勝てって言ってるだけだ」
セリアが眉を寄せた。
「それが難しいのよ!」
「知ってるよ」
「終わったか」
低い声が背後から飛んだ。
王国復旧局長、ラガン・ブリッジだった。
グレンが報告書を渡す。
ラガンは黙って一枚、二枚とめくる。
「グレン」
「はい」
「今日は怒っていい」
「ですよね」
勇者四人が揃って視線を落とした。
「資材は?」
「足りません」
「人員」
「足りません」
「……いつものことだな」
「いつものことにしないでください」
ラガンは頷く。
「追加分は通す」
「財務が怒りますよ」
「私が怒られてくる」
「お願いします」
「現場は任せた」
ラガンは去った。
グレンは四人へ向き直る。
「で」
アルトが首を傾げる。
「はい?」
「まだ帰るな」
「え?」
グレンは背後の瓦礫を指差した。
「壊した奴も働け」
アルトがすぐに頭を下げる。
「やらせてください」
「瓦礫運べ」
「はい!」
「斬るなよ」
「斬りません!」
アルトは聖剣を腰へ戻し、黙々と石材を運び始めた。
通りの住民が二度見する。
「勇者様が……瓦礫を運んでる」
バルガスも巨大な瓦礫へ手をかけた。
「よし! 俺も――」
「そこ歩くな」
「なぜだ!」
「地下水路」
バルガスが止まる。
「……」
「迂回しろ」
「俺だけ扱い酷くないか!?」
「実績だ」
「ぐぬぬ……!」
指定された道へ回ると、大人三人でも動かせない石材を軽々と持ち上げた。
セリアが杖を上げる。
「瓦礫なら魔法でまとめて――」
「飛ばすな」
「まだ何もしてないでしょう!」
「浮かせるだけ」
「分かったわよ」
「高さ一尺まで」
「細かいわね!」
「実績だ」
「私まで!?」
小石の山が地面すれすれをゆっくり移動していく。
「主任!」
石工が声を上げた。
「南側の梁、三人じゃ持ちません!」
グレンが振り向く。
半壊した建物。
傾いた太い梁の下へ、新しい支柱を入れようとしている。
「アルト、右。バルガス、左」
二人が梁を支える。
「セリア、重量だけ抜け」
「持ち上げないの?」
「抜くだけだ」
魔法がかかる。
梁がわずかに軽くなる。
グレンが叫ぶ。
「今だ! 支柱入れろ!」
石工たちが一斉に動く。
「入った!」
「固定!」
金槌の音が連続する。
「よし。離せ」
二人がゆっくり手を離す。
梁は落ちなかった。
石工が支柱を叩いて確かめる。
「これなら持ちます」
セリアが杖を下ろした。
「最初から全部浮かせた方が早くない?」
「早い」
「なら――」
「支えが抜ける」
グレンは梁の根元を指す。
「急に荷重を消したら、残った壁が動く」
セリアは崩れかけた壁を見る。
「……なるほど」
「力があるなら、必要な分だけ使え」
「それ、戦闘でも言われるんだけど」
「なら覚えろ」
セリアは梁を見上げた。
「こういう使い方もあるのね」
「壊さなきゃ便利なんだよ、お前ら」
三人が黙った。
そこへ職人が走ってきた。
「主任! 手、治りました!」
向こうではエリスが別の作業員へ治癒魔法をかけている。
「なら戻れ」
「はい!」
職人はすぐ作業へ戻った。
しばらくして、バルガスがグレンの横へ来た。
「なあ」
「なんだ」
「地下水路、本当に三本か?」
「見たいか」
「……一応」
掘り返された中央通り。
地面の下で、太い水路が三本割れていた。
バルガスは黙って眺める。
「……俺だな」
「お前だ」
「……すまん」
「次から気をつけろ」
「地下まで分かるか!」
「図面があるだろ」
「……分かった」
夕方。
荷車が一台通れる道が開き、診療所には灯りが戻った。
共同水場には列ができている。
アルトが最後の石材を置いた。
「こういう仕事、ちゃんと見たの初めてかもしれません」
「見てなかったのか」
「戦いの後は、次の警戒で」
「そうか」
アルトは復旧中の通りを見る。
「……大変なんですね」
「毎回な」
その時だった。
カン、カン、カン――。
警鐘。
復旧現場の空気が一瞬で変わる。
「魔王軍、再接近!」
アルトたちは即座に立ち上がった。
「行ってきます!」
「待て」
四人が止まる。
グレンは今日直したばかりの街を見る。
水路。
街道。
仮設の門。
「今度はどこで戦う」
「王都の外で迎撃します!」
セリアが頷く。
「十分に距離も取るわ」
エリスも続いた。
「住民の避難も確認します」
バルガスが拳を鳴らす。
「今度こそ完璧だ!」
グレンは四人を見る。
「……本当だな?」
「はい!」
一拍。
「頼むから――」
「今回は外でやれ!!」
「はい!!」
――勇者様、また壊しましたね?




