第1話「勇者が勝った。そのあと」
「勇者様が勝ったぞ!」
王都の中央通りに歓声が上がった。
「四天王ヴァルドを退けた!」
「助かった!」
「勇者様万歳!」
魔王軍の襲撃は退けられた。
四天王の一人、ヴァルドも勇者アルトの聖剣によって撤退した。
大きな人的被害は避けられた。
負傷者の治療もすでに始まっている。
王都は守られた。
「…………」
グレン・メイソンは、噴き上がる水柱を見上げていた。
その向こうでは城壁が崩れ、さらに向こうでは塔が途中からなくなっている。
石畳には大きな亀裂が走り、荷車が一台、車輪を取られて横倒しになっていた。
「主任」
隣の若い局員が声をかける。
「言うな」
「まだ何も言ってません」
「顔に書いてある」
若い局員――トーマは黙った。
グレンはもう一度、周囲を見渡した。
崩れた城壁。
ひび割れた街道。
噴き出す水。
半分なくなった塔。
「……よし」
「何がです?」
「何から直すか決めた」
水柱を指差した。
「中央水路からだ」
トーマが目を丸くする。
「東門じゃなくてですか?」
「敵は退いた。門は仮設で今夜は持つ」
「でも水路なら――」
「中央区画の貯水槽があと二時間だ。そこから先は飲み水も消火用水も止まる。城壁は明日でも直せるが、水は今日いる」
「……はい!」
トーマが後を追う。
グレンは歩きながら声を張った。
「第一班! 西通りの瓦礫を寄せろ! 捨てるな、石材は選別して積んどけ!」
「はい!」
「第二班は東門! 《強化》持ちを二人回せ! 本復旧は明日だ。今日は倒れなきゃいい!」
「了解!」
「魔導設備班! 北区画の送電確認! 全部生かそうとするな、診療所と貯水設備を優先!」
「分かりました!」
「配管班は俺と中央水路! 止水確認してから触れ!」
石工、大工、配管工、魔導設備技師。
戦闘が終わるのを待っていた職人たちが一斉に動き出す。
誰かが瓦礫を運び、誰かが柱を支え、誰かが壊れた管を調べる。
戦いが終われば、今度は彼らの時間だった。
グレンは中央水路の破損箇所へしゃがみ込んだ。
石造りの水路が大きく割れ、内部の金属管がねじ曲がっている。
周囲の石畳は、噴き出した水でびしょ濡れだった。
「止水終わってます!」
「残圧は?」
「落ちてます!」
「下流弁は?」
「閉鎖済みです!」
グレンは頷き、割れた石に手を置いた。
崩れ方。
接合位置。
管の歪み。
残っている構造。
「《完全修復》」
割れた石が動く。
砕けた破片が元の位置へ引き寄せられ、ねじ曲がった管が軋みながら形を戻す。
継ぎ目が閉じ、亀裂が消える。
数秒後、そこには壊れる前と同じ水路があった。
トーマが息を吐く。
「相変わらず、とんでもないですね」
「次」
「余韻とかないんですか?」
「余韻で水は流れん」
配管工が修復箇所を確かめる。
「問題ありません!」
「通水はまだだ。下流を見てから」
「はい!」
別の局員が駆けてきた。
「主任! 西水路も大きくやられてます!」
「案内しろ」
現場へ向かう。
到着したグレンは足を止めた。
地面がえぐれ、水路どころか周囲の石材まで綺麗に消えている。
「……これは誰だ」
「勇者様の斬撃が通ったそうです」
「斬撃で水路まで消すなよ……」
グレンは穴の縁に触れた。
数秒で手を離す。
「無理だ」
「《完全修復》でも?」
「直す物がない」
「俺のスキルは石を生む魔法じゃない」
グレンは立ち上がる。
「石材と管を持ってこい。近くの崩落箇所から使える石も回収。新品は足りない。西水路は仮配管で先に通せ。本復旧は後だ」
「はい!」
その途中、別の若手が損傷した側溝の前で声を上げた。
「主任! こっちもお願いします!」
石板が三枚ずれ、継ぎ目が割れている。
グレンは一瞥した。
「いらん」
「え?」
「お前、《接合》使えるだろ」
「使えますけど……主任なら一瞬じゃ」
「俺がここをやってる間、俺にしかできない場所が止まる」
若手が黙る。
「お前ならどうする?」
「……石板を戻して《接合》。下に支持材を一本入れます」
「理由は?」
「また荷車が乗っても沈まないように」
「それでいい。やれ。終わったら東へ回れ」
「はい!」
若手が作業へ戻った直後だった。
「主任!」
別の局員が息を切らして駆け込んでくる。
「南三番街の家が傾いてます! 中に一人残ってます!」
グレンの足が止まった。
「怪我は?」
「分かりません! 二階にいた老人です。階段が潰れて降りられないと!」
「行くぞ」
現場までは近かった。
二階建ての民家が隣家へ寄りかかるように傾いている。
一階の壁は大きく割れ、玄関は落ちた梁で塞がれていた。
二階の窓から老人が顔を出している。
「主任、《完全修復》で家を――」
「家は直さない」
局員が目を丸くした。
「え?」
グレンは建物を見上げる。
傾き。
梁。
亀裂。
荷重のかかっている方向。
まだ残っている柱。
「人だけ出す」
「でも、このままだと――」
「今は人だ。家は後」
グレンは建物の北側へ回った。
一階より二階の方がまだ形を保っている。
「北側に支柱二本。《強化》持ちを一人呼べ」
「はい!」
「大工! あの窓枠を外せるか!」
呼ばれた職人が見上げる。
「いけます!」
「梯子を掛けろ。老人は窓から出す」
職人たちが動いた。
支柱が入る。
《強化》がかかる。
大工が窓枠を外し、梯子が二階へ伸びた。
やがて老人が局員に支えられながら地上へ降りてくる。
「助かった……」
老人は傾いた家を振り返った。
「家が……」
「今夜は避難所へ」
グレンも家を見る。
「家は明日だ」
老人はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……頼む」
「任せろ」
グレンはもう歩き出していた。
背後では、職人たちが傾いた家の周囲に立入禁止の縄を張り始める。
その作業が終わるのを待つことなく、次の声が飛んだ。
「主任! 中央診療所、魔導灯が落ちました!」
「西通りの瓦礫で荷車が通れません!」
「診療所」
即答だった。
「魔導設備班から一人。予備線で治療室だけ生かせ」
「はい!」
「瓦礫は?」
「荷車が通れません!」
「どれだけ開ければ通る」
「三間ほどなら一台ずつ」
「じゃあ三間だけ開けろ。残りは明日だ」
「でも見た目が――」
「見た目で荷物は届かん」
グレンは歩き出した。
「全部今日直そうとするな。今日必要なものから戻す」
職人たちがそれぞれの持ち場へ散っていく。
水が出る。
道が通る。
治療ができる。
人が今夜を越えられる。
まずはそれでいい。
「主任! 中央通り、石材が足りません!」
「崩れた噴水の基礎石を使え。装飾は触るな。基礎だけだ」
「勝手に使っていいんですか?」
「荷車が通れない方が困る。やれ」
「はい!」
指示が飛ぶ。
瓦礫だった石が選別され、別の場所を支える材料へ変わる。
全部は直らない。
それでも、危険だった場所が一つずつ「今夜は大丈夫」に変わっていく。
しばらくして、中央水路から声が上がった。
「通水します!」
弁が開く。
管の中を水が走った。
復旧局員たちが一斉に継ぎ目を見る。
漏れはない。
「圧力、正常!」
「下流も来てます!」
「主任、水戻りました!」
グレンは管へ手を当て、振動を確かめる。
「よし。次」
共同水場から水が出た。
住民から安堵の声が上がる。
桶を持った人たちが並び始め、誰かが「水が出たぞ」と声を上げた。
グレンは一度だけそちらを見て、また歩き出した。
「主任! 被害報告、まとまりました!」
紙束を受け取る。
「厚いな」
「まだ途中です」
「……そうか」
「あと、勇者様たちが今回の被害についてご説明したいと」
「……そうか」
一時間後。
中央広場。
グレンは報告書を片手に立っていた。
目の前には四人。
金髪に白銀の鎧――勇者アルト。
黒髪に黒い魔導ローブ――大魔導師セリア。
淡い銀青の髪に白い聖衣――聖女エリス。
そして一人だけ横幅が倍ほどある重戦士バルガス。
王国最高峰の戦力が、なぜか四人揃ってグレンの前に並んでいた。
その背後では、今も復旧局員たちが瓦礫を運んでいる。
アルトが姿勢を正す。
「グレンさん。本日はご迷惑を――」
「挨拶はいい」
「はい」
グレンは報告書を開いた。
一枚。
二枚。
三枚。
まだある。
四人を見る。
「……じゃあ聞くぞ」
一拍。
「どこ壊した」
――第1話 勇者が勝った。そのあと 了




