第5話 厳しい戒律
重厚な門をくぐり抜け、綺麗に手入れされた石畳のアプローチを進むと、白亜の美しい建物が姿を現した。ここが、大聖女アリシアが創設したという『見習い聖女寮』だ。
玄関の扉を開け、靴を脱ぐための下駄箱が並ぶ空間に足を踏み入れた瞬間、私の目に強烈な圧迫感を持って飛び込んできたものがあった。
正面の壁に、見上げるほど巨大な木彫りの板が掲げられていたのだ。黒檀のような深い色合いの木材に、金色の塗料で荘厳な文字が深く彫り込まれている。
タイトルには『聖女寮戒律』とあった。
第一の誓約(純潔)
光に仕える乙女よ、俗世の泥に染まることなかれ。当寮を不可侵の清らかなる聖域と定め、不浄なる殿方(男性)の立ち入りを永久に禁ずる。
第二の誓約(清浄)
己の身を律し、華美なる装飾や過度な美食といった甘やかしの誘惑を断ち切るべし。清らかなる水の如く、ただ静謐のうちに日々を全うすること。
第三の誓約(慈愛)
神の息吹宿る小さな命なれば、たとえ路傍の弱き存在であろうと決して見捨てることなかれ。海よりも深き慈しみをもって、己の身を削ってでも大切に育むべし。
第四の誓約(結束)
寮に集う乙女らは、魂を分かち合う姉妹と心得るべし。祈りの炎を絶やさず、外界のあらゆる悪意から互いを固く守り抜くこと。
第五の誓約(献身)
聖女たるもの、己の私欲を捨て、ただ純粋なる愛を他者へ注ぐべし。その惜しみなき献身こそが、世界を照らす光となる。
私はその木彫りの文字、特に第一の誓約を前にして、足がすくんだ。
『不浄なる殿方の立ち入りを永久に禁ずる』
威圧感たっぷりに彫り込まれたその一文は、ただのルールというよりも、破れば即座に神の雷が落ちてきそうな呪いのようにも見えた。
私は四十二歳のおっさんだ。不浄なる殿方の極みである。アリシアの偽装魔法のおかげで周囲には小太り猫に見えているとはいえ、もし何かの拍子に魔法が解けたり、中身がおっさんだとバレたりしたらどうなるのか。ただの出禁では済まされないだろう。最悪、物理的に浄化されて灰にされるかもしれない。
背中を嫌な汗が伝うのを感じながら、私はゴクリと息を飲んだ。
「さあ、入るわよ」
アリシアは私の緊張など気にも留めない様子で、軽やかに廊下を進んでいく。私はビクビクと周囲を警戒しながら、彼女の足元にピッタリと寄り添って、猫になりきって四つん這いで歩いた。
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案内されたのは、寮の中心にある広い談話室のような広間だった。
柔らかな日差しが差し込む空間には、教会の制服である白い修道服のような衣装を身にまとった少女たちが集まっていた。年齢は十代半ばといったところだろうか。皆、どこか初々しくも清らかな空気を纏っている。
「みんな、集まりなさい。紹介したい子がいるわ」
アリシアが声をかけると、少女たちの視線が一斉にこちらへ向いた。いや、正確にはアリシアの足元にいる『私』へと注がれた。
「知り合いから預かった猫のヒロシだ。今日から寮生の一員になる。とある問題が片付くまで面倒を見ることとなった」
アリシアの言葉に、少女たちの目がパァッと輝いたのが分かった。
私は社会人として、ここは第一印象が肝心だと姿勢を正した。相手はこれから聖女になる純真な女の子たちだ。紳士的に、かつ礼儀正しく挨拶をしなければならない。
「ミャーオー(初めまして。ヒロシと申します。今日からお世話になります。よろしくどうぞ)」
ペコリと丁寧に頭を下げた。完璧な挨拶だ。
しかし、彼女たちには私の意思は届かない。
広間に一瞬の静寂が落ちた後、割れんばかりの歓声が響き渡った。
「きゃああああ! 可愛いー!!」
「えっ、えっ、お辞儀した!? お辞儀したわよ!」
「スーツ着ててウケる! なんてお上品な猫ちゃんなのかしら!」
黄色い歓声と、好奇心に満ちた視線の雨あられ。四十路のおっさんには眩しすぎる反応だ。私はどうしていいか分からず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
「こらこら、落ち着きなさい」
アリシアがパンパンと手を叩いて場を鎮める。
「いいこと? この子はあくまで預かるだけの居候君よ。戒律の第二の誓約を忘れないで、あまり過度に甘やかすんじゃないわよ」
大聖女としての威厳を見せつけるように釘を刺すアリシア。しかし、その忠告は、熱狂する見習い聖女たちには全く届いていなかった。




