第42話 教皇就任
あの歴史的な大聖堂でのクーデターから、数ヶ月の月日が流れた。
腐敗しきっていた元老院と悪徳官僚たちは完全に一掃され、教会の体制は根本から覆った。
名ばかりの「お飾り」だった大聖女アリシアは、全会一致の支持を得て、名実ともに教会の「最高経営責任者(真の教皇)」へと就任したのである。
彼女が教皇として最初に行った大仕事は、魔王軍との間に正式な終戦協定を結ぶことだった。
魔王ルシフェルの宣言通り、魔族と人間界の長きにわたる不毛な戦争は終わりを告げ、代わりに資源貿易と観光を中心とした「ビジネス提携」による国交がスタートした。
これによって両界の経済はかつてないほどに潤い、街を行き交う人々の顔には平和と活気が満ち溢れるようになった。
そして何より、システムが劣化し、私のような何もないおっさんたちを無作為に巻き込んでいた欠陥儀式「勇者召喚」は、危険かつ不要なものとして永久に廃止されることが決定したのである。
平和が訪れたとはいえ、すでにこの世界に巻き込まれてしまった私のような「地球人のおっさんたち」の問題がすべて消えたわけではない。
しかし、それも教皇アリシアの強力なバックアップの元、私が立案した新規事業によって見事に解決を見た。
それが、教会直轄の「異世界人材派遣・キャリア支援センター」の設立である。
かつてダングロウドのような悪徳貴族の施設に収容され、「無能な売れ残り」「生産性ゼロの粗大ゴミ」として扱われていた保護おっさんたち。
だが、彼らには地球の過酷な社会で培ってきた「事務処理能力」「営業スキル」「理不尽なクレーム対応力」という、異世界では得難い強力なビジネススキルが備わっていたのだ。
国交が結ばれ、両界でビジネスが活性化する中、魔道具を用いた計算処理や交渉事に長けた「地球のサラリーマン」の需要は爆発的に高まった。おっさんたちは次々と魔界や人間界の優良企業にホワイトカラーとしてスカウトされ、見事に再就職を果たしていったのである。
これによって、教会の長年の懸案であった異世界人の社会問題は、完全な形で解決したのであった。
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そんなある日のこと。アリシアは国王からの直々の招きを受け、王城の謁見の間へと足を運んでいた。私は「教皇の愛猫」として、いつものようにフリフリのケープを着せられ、彼女の足元に四つん這いで付き従っている。
玉座に座っていたのは、かつて私を「無能な難民」として容赦なくポイ捨てした、あの立派な髭を蓄えた国王だった。さらに王の側近として、あの夜の接待で味方に引き入れた王国財務局の若き俊英ルイスと、近衛騎士団のアラン副団長が護衛として同席している。
「アリシア教皇よ。元老院とバルデスらの腐敗に長きにわたり気づけず、この国を毒牙にかけていた余の盲目ぶり、いくら恥じても足りぬ。そなたの勇気ある行動が王国を救ってくれた。心から礼を言う」
国王は玉座から立ち上がると、一国の王としての威厳をかなぐり捨て、教皇であるアリシアに向かって深々と頭を下げた。異例の謝罪である。
「お顔をお上げください、国王陛下。ですが、この国を救った真の功労者は私だけではありません。陛下には、ぜひこの者へもお声をかけていただきたいのです」
アリシアはそう微笑むと、足元で香箱座りをしている私に向かってスッと手を差し伸べた。
「偽りのヴェールよ、解けなさい」
温かい光が私の体を包み込み、「可愛い小太り猫」の幻影が音もなく弾け飛んだ。後に残されたのは、よれたスーツを着て四つん這いになった、四十二歳の中年男性である。
私はゆっくりと二本足で立ち上がり、コホンと一つ咳払いをして乱れたネクタイを直した。
「な、なんだと……!?猫が、人間に!?」
玉座の王が目を剥いて驚愕の声を上げる。しかし、それ以上に驚いたのは同席していたルイスとアランの二人だった。
「と、特使殿!?まさか、教皇様のあの愛猫があなただったのですか!」
「ハハハ!そういうことだったのか。我々を導き、あの完璧な稟議書を書いた特使殿が教皇様の懐刀だったとは!」
二人は驚きつつも、共に腐敗を打ち倒した同志との予期せぬ再会を心から喜び、晴れやかな笑顔を見せた。私も彼らに向かって「お久しぶりです」と軽く会釈を返す。
一方、国王は私の顔をマジマジと見つめ、やがてハッと息を呑んで私の前に歩み寄ってきた。
「そなたは……まさか、あの時の勇者召喚に巻き込まれてきた……」
「お久しぶりです、陛下。何の特典も持たぬ、ただの無能なおっさんです」
私が淡々と答えると、国王の顔は一瞬にして蒼白になり、そして深い後悔と羞恥の色に染まった。
「……余は、なんという愚か者か。国を救うほどの知恵と手腕を持つ傑物を、ただの無能だと決めつけてあのように冷酷に追い出してしまうとは……。すまなかった!どうか、余の不明を許してはくれまいか!」
かつて私をゴミのように見捨てた王が、今度は私に対して深々と頭を下げ、声を震わせて詫びている。
私は怒るでもなく、ただ静かに息を吐いた。
「お気になさらず。私も波風を立てる気はありません。結果としてこの世界が平穏になり、おっさんたちの居場所もできたのですから、過去のことはすべて水に流しましょう」
私が事なかれ主義の極みである、大人の営業スマイルを見せると、国王は安堵の涙を浮かべた。ルイスとアランも、私の器の大きさに感嘆の息を漏らしている。
こうして、私はかつて受けた理不尽な評価を完全に覆し、王国の中枢から確かな謝罪と名誉回復を勝ち取ったのである。




