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第39話 リモート出演

 アリシアの宣言と同時だった。

 私はタイミングを見計らい、四つん這いのまま前足で分厚い書類の束を滑らせ、祭壇の中央へと押し出した。

 それは、見習い聖女のノノたちが徹夜で解読し、私がロジックを組み立て、エルザがタイプライターで打ち込んだ、完全無欠の監査資料だった。


「ただいまより、教会のトップとして、あなた方元老院の極めて不健全な経営に対する、徹底的な『監査報告』を行います」


 アリシアが書類の束に手を置き、全世界に向けて高らかに宣言する。

 事なかれ主義だったおっさんと、名ばかりだった大聖女による、腐敗した経営陣への容赦ない逆襲が、今ここに幕を開けたのだった。


 +++


 大聖堂は、再び水を打ったような静寂に包まれた。

 アリシアの手元にある分厚い書類の束。それが一体何なのか、群衆は固唾を呑んで見守っている。


「皆様、どうかこの数字をよくご覧ください」

 アリシアは束の一番上にある羊皮紙を手に取り、魔導スクリーンに向かって掲げた。そこには、ノノが翻訳した魔界の古代文字と、エルザが完璧にタイピングした教会の公開予算が並記されている。


「これは、魔王軍の前線営業部から直接入手した、彼らの裏帳簿と密約書です」


 その言葉が落ちた瞬間、会場から悲鳴にも似たどよめきが湧き上がった。

 魔王軍の裏帳簿。人間界にとって不倶戴天ふぐたいてんの敵であるはずの魔族の内部資料を、大聖女が持っているという事実に、誰もが耳を疑った。


「馬鹿な……っ!」

 ゲルドバの顔からスッと血の気が引いた。彼が最も隠したかった、決して表に出るはずのない爆弾が、今まさに全世界の前に晒されているのだ。


「教会上層部――元老院は、長年にわたり魔王軍と結託していました。彼らが適度に人間領へ侵攻し、魔族の脅威を煽る。そして教会と王国は、それを理由に民衆から多額の防衛支援金と聖布金を徴収する。……すべては、あなた方からお金を巻き上げるための、仕組まれた出来レースだったのです!」


 アリシアの痛切な告発に、信者たちは信じられないものを見るような目で祭壇を見つめた。

「そんな……我々が捧げた祈りと浄財が、魔族の侵攻を自作自演するための資金だったというのか……!」

「勇者召喚で犠牲になった人たちはどうなるんだ!」

 怒りと悲しみの声が波のように広がり始める。


「ええ、その通りです。そして、元老院の悪逆非道はそれだけにとどまりません」

 アリシアはゲルドバを鋭く睨みつけ、さらに言葉を重ねた。

「彼らは、そのようにして巻き上げた莫大な予算を、魔王軍へ『興行の報酬』として支払う密約を交わしていました。……しかし、実際の魔王軍側の入金記録を見てください」


 私はタイミングを見計らい、別の書類を前足で押し出した。

 そこには、教会が防衛費として計上した額と、魔王軍が実際に受け取った額の、あまりにも露骨な差異が記されている。


「教会の予算として計上されている魔王軍への上納金に対し、実際に魔族側へ支払われている額は、わずか二割に過ぎません。……つまり、残りの『八割』もの巨額な資金は、すべて元老院の懐に入っていたのです。彼らは信者を騙すだけでなく、裏取引の相手である魔王軍に対してすら、不当な中抜きを行い、私腹を肥やしていた悪徳業者なのです!」


 大聖堂が揺れるほどの怒号が巻き起こった。

「ふざけるな!」

「我々の善意を返せ!」

 もはや、ゲルドバが作り上げた「大聖女の不祥事」など誰も気にしていない。全世界の怒りの矛先は、完全に腐敗しきった元老院へと向いていた。


 完璧なロジックと、言い逃れのできない動かぬ証拠。

 ノノの頭脳と、見習い聖女たちの連携、そして私が徹夜で組み上げた監査資料が、圧倒的な権力を持っていたはずの元老院を完全に包囲したのだ。


 +++


「で、でっち上げだ……っ!」


 ゲルドバは顔面を蒼白にさせ、額から滝のような脂汗を流しながら叫んだ。

 先ほどまでの傲慢な態度は見る影もなく、その姿は追いつめられた惨めな老人にしか見えない。

「そのような出所不明の書類など、何の証拠にもならん!だいたい、魔王軍の内部資料など、人間である貴様に手に入れられるはずがないだろう!これはすべて、私を陥れるためにこの小娘が捏造した偽造文書だ!」


 ゲルドバは必死に声を荒らげ、自分に都合のいい理屈を並べ立てた。

 私は彼の足元で香箱座りをしながら、心の中で深くため息をついた。


「ミャァ……(往生際が悪いですね)」

 私は冷徹な中間管理職の目線で、彼を哀れんだ。

 証拠を突きつけられてなお「捏造だ」と喚き散らすのは、無能な経営者の典型的な末路だ。書類の真贋を問うことで時間を稼ぎ、裏で工作を図ろうという魂胆だろうが、そのような手はすでに読み切っている。


「捏造……ですか」

 アリシアは冷ややかに微笑み、彼を見下ろした。

「私が魔族の帳簿を捏造したと、本気でそう主張するのですね?」

「当然だ!魔王軍の幹部と直接取引でもしない限り、そんなものが手に入るわけがない!貴様は魔女だ、悪魔と結託して私を陥れようとしているのだ!」


 ゲルドバのその言葉こそ、私たちが待っていた「最後の一手」を引き出すための完璧な呼び水だった。

 アリシアは小さく頷くと、マイク代わりの魔導具を両手でしっかりと握り直した。


「分かりました。そこまで言うのなら、私が出したこの資料が本物であるかどうか……『当事者』に直接確認を取らせていただきましょう」

「な、何を言っている……?」

 ゲルドバが怪訝な顔をした瞬間、アリシアは祭壇に設置された魔導スクリーンの操作盤へ手を伸ばした。


「最高審議会のネットワークに、外部からの特別通信を接続します」


 アリシアの合図とともに、大聖堂の空中に展開されていた青白いスクリーンの一つが、バチバチとノイズを立てて切り替わった。

 そこに映し出されたのは、教会の神聖な大聖堂にはおよそ似つかわしくない、漆黒の玉座と禍々しい炎だった。


 そして、その玉座に深く腰掛けているのは、圧倒的な魔力と威圧感を放つ、一人の男。

 漆黒の角と、知性を感じさせる鋭い双眸そうぼう。彼こそが、魔界の頂点に君臨する男であり、利益至上主義を掲げる合理的な社長。

 魔王軍代表取締役社長・ルシフェルその人であった。


「……随分と、騒がしい総会をやっているようだな。人間の経営陣どもよ」

 スクリーンの向こう側から響く、地鳴りのような低い声。

 全世界が凍りついた。魔王が、人間界の最高審議会にリモート出演してきたのだ。


 ゲルドバは完全に言葉を失い、膝から崩れ落ちそうになっていた。

 私は首元の巨大な赤いリボンを揺らしながら、静かに喉を鳴らした。

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