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第38話 臨時最高審議会

 ゲルドバは痛ましく顔を歪め、深く重いため息をついてみせた。

 私は祭壇の袖の物陰に隠れ、香箱座りをしながらその三文芝居を冷ややかに見つめていた。私の体には、あの悪徳貴族ダングロウドを告発した時と同じ、教会の紋章が入った純白シルクの特注ケープと、首元には巨大な赤いリボンがしっかりと結ばれている。四十路の中年男性としてはこの上ない生き恥だが、周囲の目には「大聖女に付き従う清らかな小太り猫」にしか映っていない。


「皆様もご存知の通り、我らが教会の象徴である大聖女アリシア。彼女は若くしてその座に就き、慈愛の象徴として多くの信者から慕われてきました。我々元老院も、彼女の成長を温かく見守ってまいりました。……しかし!」


 ゲルドバの声音が、突如として鋭く、糾弾するような響きへと変わった。


「彼女の裏の顔は、あまりにも醜悪でした。あろうことか大聖女という立場を利用し、複数の男性関係を持ち、夜な夜な密会を重ねていたのです!」

 大聖堂を埋め尽くした数千人の信者や貴族たちから、どよめきが湧き起こった。


「証拠はここにあります!」

 ゲルドバは懐から数枚の羊皮紙を取り出し、魔導スクリーンに向かってこれ見よがしに掲げた。

「これらは、彼女が複数の相手に送ったとされる恋文の一部です。その内容はとてもこの神聖な場で読み上げられるようなものではありません。極めて淫乱で、破廉恥極まりない言葉が並んでいます。さらに、彼女は教会の予算を私的に流用し、その密会の資金に充てていた疑いすらあるのです!」


 会場のどよめきは、次第に怒りと失望の声へと変わっていく。

 私は呆れ果て、心の中で深くため息をついた。

「ミャァ……(証拠の捏造とは、悪徳企業の常套手段ですね。筆跡を似せるくらいの労力はかけたのでしょうが、やり口が古臭すぎます)」

 彼女が夜な夜な密会を重ねていた?そんなはずがない。彼女は毎晩、見習い聖女たちを守るための根回しや書類仕事に追われ、執務室で徹夜ばかりしていたのだから。


「このような淫乱で無能な小娘に、これ以上教会のトップを任せるわけにはいきません!」

 ゲルドバは民衆の怒りを煽るように、声をさらに張り上げた。

「大聖女の座からの即刻追放!そして、彼女が私物化し、不道徳な温床となっている『見習い聖女寮』の即時解体を、ここに元老院の総意として提議いたします!」


 信者たちから「大聖女を引きずり下ろせ!」「寮を解体しろ!」という同調の叫びが上がり始めた。

 ゲルドバは口元を歪め、勝利を確信したような醜悪な笑みを浮かべていた。これで彼女のカリスマ性は地に落ち、邪魔な施設も合法的に潰せる。彼はそう信じて疑っていないのだろう。


 +++


 大聖堂を包む怒号と非難の声が頂点に達しようとしたその時。

 パイプオルガンの重厚な音色が、不意に鳴り響いた。


 ギギギ、と重い音を立てて、祭壇の奥へと続く巨大な扉が開く。

 その瞬間、会場の空気が水を打ったように静まり返った。


 現れたのは、純白のドレスに身を包んだ大聖女アリシアだった。

 その歩みには一切の迷いがなく、背筋はピンと伸びている。彼女の顔には、冤罪をかけられた悲壮感も、民衆の怒りに対する恐れも微塵もなかった。あるのはただ、腐りきった上層部を完全に叩き潰すという、氷のように冷たく、刃のように研ぎ澄まされた静かなる決意だけだ。


 私は物陰から立ち上がり、四つん這いのまま彼女の足元にピタリと寄り添った。フリフリのケープを揺らしながら、胸を張って歩く。中身は事なかれ主義のおっさんだが、今日ばかりは荒波暴風を立てる側だ。極上の業務遂行クーデターを成功させるため、最強のバディとして彼女を支え抜く。


「……何のつもりですか、アリシア」

 壇上に上がってきた彼女を見下ろし、ゲルドバが不快そうに顔をしかめた。

「あなたはすでに弾劾の対象です。このまま大人しく罪を認め、見苦しい弁明などせずに大聖堂から立ち去りなさい。そうすれば、極刑だけは免じてやろうと言っているのです」


 圧倒的な権力を笠に着た、上からの威圧。

 しかし、アリシアは彼の言葉を鼻で笑い飛ばした。


「弁明?罪を認める?」

 彼女はゲルドバを冷ややかな目で見据えると、マイク代わりの魔導具を自らの手で引き寄せた。


「私が一体、何の罪を犯したというのでしょうか。あなたが先ほどから並べ立てているその滑稽な妄言のことですか?」

 アリシアの透き通るような声が、大聖堂のみならず全世界へと響き渡る。


「筆頭枢機卿ゲルドバ。あなたは、捏造された安っぽい恋文を掲げて民衆を扇動し、この私を社会的に抹殺しようとしている。……お尋ねしますが、ここは未開の地の宗教裁判ですか? それとも、私は魔女ですか?」


 その痛烈な皮肉に、ゲルドバの顔がサッと朱に染まった。

「き、貴様っ……!神聖なる最高審議会の場で、そのような暴言が許されると……!」

「許されないのは、あなたたち元老院の腐敗しきった在り方です」


 アリシアは一歩も引かず、さらに声を張り上げた。

「私を『淫乱な無能』と罵り、聡明な若者の未来を壊そうとするその本当の目的。それは、あなたたちが長年にわたって行ってきた悪逆非道な横領と、裏取引の証拠を隠滅するためでしょう!」


 会場が再び、先ほどとは違う質のざわめきに包まれた。

 信者たちも、何が真実なのかを図りかねて混乱している。


「何を馬鹿なことを!証拠もないくせに、これ以上の出鱈目でたらめを口にすれば……」

「証拠なら、ここにあります」

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