第37話 高級エルフクラブ
一次会のドワーフ料亭で完全に彼らの胃袋と心を掴んだ私は、すかさず二次会へと彼らを誘導した。
次なる舞台は、聖都で最も格式高い高級エルフクラブである。
優雅な音楽が流れる豪奢な個室で、息を呑むほど美しいエルフの女性たちが上品に酒を振る舞う。若手官僚や騎士たちは、すっかり気を良くしてフカフカのソファーに深く腰を沈めていた。
「いやぁ、特使殿! 今日は本当に素晴らしい夜だ! これほど美味い酒を飲んだのはいつぶりか!」
すっかり上機嫌になったルイスが、エルフの女性にお酌をされながら笑声を上げる。
よし、場は完全に暖まった。ここからが本題だ。
「皆様に喜んでいただけて何よりです。……さて、ルイス殿、アラン殿」
私はすっと表情を引き締め、懐から一枚の羊皮紙を取り出してテーブルの上に置いた。
「実は本日、皆様のその優秀な頭脳と行動力を頼りにして、ご相談したい『大事業』があるのです」
私が提示したのは、ノノの計算と私のロジックで組み上げられた『魔族との終戦および国交樹立に関する上申書』の草案だった。
それを一読したルイスとアランの酔いが、一瞬にして冷めるのが分かった。
「こ、これは……魔族と手を結ぶというのか!? しかし、教会の元老院がそんなことを許すはずが……」
「ええ。ですから、元老院という『中抜き業者』を完全に排除するのです」
私は教会上層部とバルデス局長が行ってきた、防衛費の横領と補助金の不正受給の全貌を彼らに明かした。
「このままでは、王国は防衛費という名目で元老院に吸い尽くされ、確実に財政破綻します。ですが、もし王国側から元老院の不正を告発し、同時に魔族との平和的な国交樹立を取りまとめることができれば……防衛費はゼロになり、新たな貿易の利益が王国に莫大な富をもたらします」
息を呑む若手たちに、私はニヤリと悪魔的な――いや、中間管理職的な営業スマイルを向けた。
「そして、この歴史的な大事業の『発案者』として、王様から最大の評価と名誉を得るのは……この稟議書を上申した、皆様方になるというわけです」
「我々の、手柄に……?」
「左様です。皆様ほどの優秀な方々が、いつまでも悪徳上司の下でくすぶっているべきではありません。私が、絶対に王様の決済が通る『最強の稟議書の書き方』を指導させていただきます。すべては、憂国の士である皆様の輝かしい未来のために」
実利と名誉。そして、それを成し遂げるための完璧な道筋。
高級エルフクラブの甘い香りが漂う密室で、キーマンたちのプライドと野心は完全に満たされた。
「……やりましょう、特使殿。バルデス局長をはじめとする腐敗官僚どもを、我々の手で一掃してみせる」
ルイスの目に、確固たる決意の炎が宿った。
「近衛騎士団の動かし方は俺に任せてくれ。教会の不正の証拠さえあれば、いつでも元老院を国家詐欺罪で包囲できる手筈を整えておこう」
アラン副団長も力強く頷き、私と固い握手を交わした。
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深夜。
ほろ酔い気分で夜風に当たりながら、私は聖女寮への帰路についていた。
魔王軍側の説得はザルグが引き受けた。そして今、王国側からの元老院包囲網も完璧に敷き終わった。キーマンたちの胃袋とプライドを満たし、彼らが自発的に動く最強の稟議書も完成したのだ。
残すは、元老院が仕掛けてくるであろう最後の大舞台。大聖女アリシアを弾劾するための「最高審議会」のみである。
「さて、腐った経営陣を全員まとめてリストラしてやりますか」
私はネクタイを緩め、よれたスーツのポケットに手を入れて、夜空に向かって不敵に笑った。
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聖都の中心にそびえ立つ大聖堂は、これまで経験したことのないような異様な熱気と、張り詰めた緊張感に包まれていた。
天井まで届く巨大なステンドグラスから差し込む光の束。それを遮るように、祭壇の周囲にはいくつもの青白い光を放つ魔導スクリーンが空中に展開されていた。
教会の歴史上類を見ない、全世界へ向けての生配信。
名目は、教会の最高意思決定機関である元老院が主催する「臨時最高審議会」の開廷である。だが、その実態は、自分たちの利権を脅かす目障りな存在を社会的に抹殺するための、公開処刑の場だった。
「光に導かれし迷える子羊たちよ。そして、世界各地でこの配信を見守る敬虔なる信者の皆様」
祭壇の中央で、純白に金の刺繍が施された豪奢な祭服を纏う筆頭枢機卿ゲルドバが、芝居がかった手つきで天を仰いだ。彼の声は魔導具によって増幅され、大聖堂の隅々まで、そしてスクリーンを通して全世界へと響き渡る。
「本日、我々元老院がこのような場を設けたのは他でもありません。極めて嘆かわしく、そして神を冒涜する忌まわしき事態が、この神聖なる教会の内部で発覚したからです」




