第33話 聖女たちの徹夜作業
一方その頃。
教会本部の地下深くにある、元老院の秘密会議室。
薄暗い円卓の上で、筆頭枢機卿ゲルドバは報告にきた部下の神官を忌々しげに睨みつけていた。
「なんだと? 魔王軍の襲撃が失敗しただと?」
「は、はい……。結界を解き、手筈通り魔王軍の精鋭二十体が聖女寮に突入したのですが……なぜか彼らは一切の破壊行動を行わず、そのまま撤退したとの報告が……」
神官が震え声で報告を終えると、ゲルドバは手に持っていた銀のワイングラスを壁に向かって思い切り投げつけた。ガシャンという鋭い音と共に、赤い液体が血のように壁を伝い落ちる。
「馬鹿な! 魔族の精鋭が、ただの小娘どもの寮を前にして尻尾を巻いて逃げただと? あり得ん!」
ゲルドバはギリッと奥歯を噛み締めた。
魔王軍への依頼は、確実に大聖女を失脚させるための完璧なシナリオだったはずだ。それが何の理由もなく失敗に終わるなど、到底考えられない。
「……何かある。あのアリシアの小娘、何か裏で手を打ったに違いない」
ゲルドバの濁った瞳に、疑念と警戒の色が濃く浮かび上がる。
「これ以上、あの小娘を自由にさせておくわけにはいかん。……おい、すぐに臨時最高審議会の手配をしろ」
「さ、最高審議会、ですか?」
「そうだ。全世界に配信する最高審議会の場で、あの小娘を『無能』として弾劾し、大聖女の座からすぐに引きずり降ろす。手遅れになる前に、息の根を止めてやる」
ゲルドバは冷酷な笑みを浮かべ、圧倒的な権力を用いた次なる罠を仕掛けようとしていた。
事なかれ主義のおっさんと見習い聖女たちが反撃の狼煙を上げるその前に、元老院の毒牙が再び迫りつつあった。
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ノノの驚異的な計算速度に引っ張られるように、他の寮生たちもそれぞれの特技を活かして監査作業をサポートし始めた。
「よーし、重い書類運びならウチに任せな!」
ミーシャは持ち前の体育会系の体力を活かし、地下書庫から埃を被った大量の段ボール箱を次々と執務室へ運び込んでくる。彼女の底なしのエネルギーは、深夜の力仕事において非常に頼もしかった。
「先生。この束、証拠隠蔽のために細かく裁断されています」
エルザが眉をひそめてシュレッダーにかけられたような紙屑の山を指差した。
「……ルミナが、元に戻す」
銀髪を揺らして進み出たルミナが、紙屑の山に両手をかざす。極度の寂しがり屋だが魔法の才能は突出している彼女の力が発揮され、淡い光と共に裁断された書類がパズルのように組み合わさり、瞬く間に元通りの一枚の羊皮紙へと復元されていく。
「復元された資料は、私が時系列順にタイピングしてまとめます」
エルザは風紀委員としての几帳面さをいかんなく発揮し、復元された端から目にも留まらぬ速さでタイプライターを打ち込み、完璧な資料の束を作成していく。
「みんなー! 疲れた脳にはこれよ!」
日付が変わる頃、クレアがお盆に人数分のグラスを乗せてやってきた。
「あたい特製の、滋養強壮に効く薬草ジュースよ! ちょっと苦いけど、徹夜作業もこれでバッチリ乗り切れるわ!」
料理がプロ級の彼女が調合した特製ジュースが振る舞われ、皆の疲労を和らげていく。
一方で、私は机の端に陣取り、香箱座りをしたままじっと目を閉じていた。
頭の中では、かつて中間管理職として培った経験をフル回転させ、ノノが弾き出した数字を元に、魔王軍を説得するための「完璧なロジック」を必死に組み立てているのだ。
「ふふっ。ヒロシちゃんは呑気で悩み事が無さそうでいいねぇ」
クレアが優しく私の頭を撫でる。
「ほんとだ。ウチらがこんなにピリピリしてんのに、一人だけマイペースで羨ましいぜ」
ミーシャが私の横腹の肉をタプタプと揺らし、ルミナが背中に頬ずりをしてくる。
「ミャオン……(いや、今ものすごく頭使ってるんですが……)」
寮生の五人は私を見てすっかり勘違いし、徹夜作業の癒やし目的で次々と私を揉みくちゃにしていく。おっさんとしての尊厳は削られるが、彼女たちのストレス緩和になるならと、私は事なかれ主義でされるがままになっていた。




