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第3話 大聖女からの依頼

 ダングロウドの不気味な保護施設から連れ出された後、私は前を歩く「ローラ」と名乗った女性の背中を静かに見つめていた。

 石畳の裏通りを歩くその足取りは迷いがなく、背筋はピンと伸びている。すれ違うガラの悪い連中すら思わず道を譲るような、不思議な威厳があった。


 彼女は一体何者なのだろうか。ただの裕福な貴族の令嬢というわけではなさそうだ。先ほどダングロウドの鼻先に叩きつけた完璧な書類や、ずっしりと重い金貨の袋。あれだけのものを瞬時に用意してみせた手際。そして何より、あの狡猾な男を言葉一つで黙らせた圧倒的な圧力。

 長年、中間管理職として様々な人間を見てきた私の経験則が、「この人はただ者ではない」と告げていた。


 しばらく歩き、喧騒から離れた一角にある、古びた木の看板が揺れる落ち着いた雰囲気の喫茶店に入るよううながされ、彼女と共に入った。


 +++


 店の中は薄暗く、客は私たち以外にいなかった。奥のテーブル席に向かい合って座ると、彼女は周囲を一度確認してから、深く被っていたフードをゆっくりと下ろした。

 その瞬間、私は思わず息を呑んだ。


 薄暗い店内ですら光り輝くような、透き通るような白い肌。意思の強さを感じさせる美しい瞳。まるで一枚の絵画から抜け出してきたかのような、息を呑むほどの美しさがそこにあった。四十路を過ぎたおっさんの私が、年甲斐もなく見惚れてしまうほどだ。


「驚かせたわね。改めて自己紹介するわ。私の名前はアリシア。……教会の『大聖女』と呼ばれる立場を任されているわ」


 大聖女?


 その単語を聞いても、私の頭にはピンとくるものがなかった。この異世界に放り出されて数日、生きることに必死で、この世界の常識など何一つ学べていなかったからだ。


「大聖女……ですか? すみません、その、聖女というのがどういうものか、恥ずかしながらよく分かっていなくて」


 私が正直にそう告げると、アリシアは呆れた様子もなく、むしろ可笑しそうに小さく吹き出した。


「そうね、あなたはこちらの世界に来たばかりの迷い人だったわね。簡単に言うと、聖女というのは神に仕え、癒やしの奇跡や結界といった神聖な魔法を扱う教会の象徴のような存在よ。人々の心の拠り所であり、怪我や病を治す力を持っているの。そして大聖女というのは、その聖女たちの頂点に立つ、教会のトップというわけ」


「トップ……! つまり、社長や会長のようなものですか!?」

「ええ、まあ、そんなところかしら」


 教会のトップ。つまり、とんでもない大物に私は拾われたということか。私は慌てて姿勢を正した。


「ダングロウドに突きつけたあの書類と身分証。あれは私が得意とする高位魔法で一時的に偽装したものよ。ただ、譲渡費用として見せた金貨は本物よ。魔法が解けることはないわ」


 アリシアは少し悪戯っぽく笑って種明かしをしたが、私は背筋に冷や汗をかいた。あの男が後で書類が偽物だと気づいた時、何を思うのか。そしてこのアリシアという女性は、いい人なのか悪い人なのか、いまいち分からない。


「しかし、なぜ教会のトップであるあなたが、わざわざ私のような何の取り柄もないおっさんを?」


 私の問いに、アリシアの瞳からスッと笑みが消え、真剣な光が宿った。


「あなたを保護したのは、同情だけじゃないわ。国やダングロウドのような悪徳貴族たちが、『哀れな迷いおっさんたちを保護している』という名目で、教会から出ている巨額の補助金を掠め取っているの。私は独自にその不正の情報を得たわ。でも、彼らを完全に追い詰めるには、決定的な証拠が必要なのよ」


 彼女はまっすぐに私を見据えた。


「つまり、あなたには彼らの不正を暴くための『生きた証拠』になってもらいたいの。もちろん危険は伴うかもしれないけれど……やってくれるかしら?」


 そう言うと、彼女は先ほどダングロウドのデスクに叩きつけた、ずっしりと重い金貨の袋と同じ重さくらいの袋をテーブルの上にどしりと置いた。


「もし嫌なら、この金貨を持って今すぐここから逃げてもいいわよ。当面の生活費にはなるはずだから。ただし、外にはダングロウドの追手もいるかもしれないけれどね」


 試すような、冷ややかな視線。

 私は少しの間、沈黙し、目の前の金貨の袋を見つめた。

 勇者召喚の巻き添えでこの世界に放り出され、何の能力もないと分かれば城からポイ捨てされた。どこへ行っても仕事はなく、行き倒れて死にかけていたところをダングロウドに拾われたものの、そこでも「売れ残り」として惨めな思いをしてきた。


 この金貨を持って逃げたところで、異世界の常識も腕っぷしもない私では、すぐに騙されるか野垂れ死ぬのがオチだ。どう計算しても、一番安全なのは、教会のトップという強大な権力を持つ彼女の庇護下に入ることだ。


 私の「事なかれ主義」の損得勘定が、瞬時に最適解を弾き出した。

「……金貨は結構です。あなたに協力します」

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